>孤立する学びを超えて――実践共同体が切り拓く人材育成と組織変革の新潮流(後編)
「自律的に学べ」と求められる一方で、その方法は個人任せ――。多くの企業で見られるこの状況に対し、関西学院大学・松本雄一教授は強い問題意識を抱いている。人的資源管理論を専門とする同氏が提唱するのは、人が一人で学ぶのではなく、仲間と共に学び合う「実践共同体」という考え方だ。共通のテーマのもとで実践を共有しながら学ぶこの仕組みは、個人の成長だけでなく、組織全体の学びの質や文化そのものを変えていく可能性を持つ。本インタビューでは、実践共同体の基本概念から導入のポイント、成功の鍵、そして自律型人材育成やキャリア形成への影響までを多角的に紐解く。孤立しがちな現代の学びを問い直し、これからの人材育成のあり方を考えるヒントがここにある。後編では、実践共同体を構築するポイントやキャリアデザインを考える際の秘訣などを聞いた。
【後編のエッセンス】
松本氏は、実践共同体を牽引するのは自発的に学びを広げる“ファーストペンギン”の存在であり、企業はそれを温かく支援する姿勢が重要だと説く。構築には「進化」「多様性」「リズム」など7原則があり、自然な成長を前提とすることが鍵となる。また、自律型人材の本質は失敗から学ぶ力にあり、安全に挑戦できる場として実践共同体が機能する。さらに、多様な人との出会いがキャリアの可能性を広げる契機となる。最後に、学びは個人任せではなく、共に学び合う文化を組織全体で育むことが企業成長の基盤になると強調する。
目次

01学びを牽引する“ファーストペンギン”の存在意義
社内で誰が、実践共同体の第一号を立ち上げるか。場合によっては、役員や人事部が誰か社員に、「どうやってみない」とけしかけるケースもあるのかもしれませんが、一番手、ファーストペンギンになるのは大変そうですね。だからこそ、企業としてそれをやんわりと温かく支援してあげるという、そういう姿勢が求められるというわけですね。
組織の枠にとらわれず、いろいろな人と繋がりあって、そこからいろんなことを学んでいる。 そういう関係性をお持ちの方って、意外とどの会社にもいたりします。一言で言うと、「みんな俺みたいに学んでみたらどう」「実践共同体で学べばいいじゃないか」と音頭を取ってくれる人です。
実践共同体は、ただ単に知識をやりとりして学んで良かったみたいな塾のような場所ではありません。自律的人材というのは、そのような形で会社の枠を超えて、みんなが繋がり合って、お互いに学び合いながら、それを仕事にも生かしていくことができます。「自分のやっている仕事は、やらされている仕事ではなくて、やりたい仕事だ」、そんな感じで言えるような目線が高い人材を育てていってもらいたいです。
この世には塾が沢山ありますけれど、塾から新しいタイプの学生が出てくることはあまり期待できません。しかし、実践共同体にはそういう力があると私は思います。だからこそ大事なのは、そういう学びの機会、ただ単に研修で知識や技能を伝える以外のところで、目線を高くするような学びが、必要なのではないかということです。そのような実践共同体を作る上で、トップもそういうふうに考えることが良いのではないかと思っています。

02実践共同体を育てる「構築の7原則」とは
実践共同体を構築するためのコツってあるのでしょうか。
実践共同体を構築するために大事なことが7つあります。それを私は「構築の7原則」と名付けています。具体的には、以下の通りです。
1. 進化を前提とした設計を行う
「自分たちのアイデアをより大きくする」「会社に影響を与える」など、活動を進化させていくことを考えましょう。
2. 内部と外部それぞれの視点を取り入れる
部内者・部外者両方の視点を運営に活かすことです。
3. さまざまなレベルの参加を奨励する
個々人、それぞれの理由で参加して良いのです。多様な意図やバックグラウンドの参加を呼び掛けていきましょう。
4. 公と私それぞれのコミュニティ空間をつくる
「公と私」「フォーマルとインフォーマル」「研究会と交流会」を明確にわける必要はありません。
5. 価値に焦点を当てる
「この実践共同体に参加するとどんなメリットがあるのか」をみんなで良く考えてください。最初から用意しておく必要はないですし、途中で変わっても構いません。
6. 親近感と刺激を組み合わせる
定期的な会合と刺激的なイベントを組み合わせてみましょう。
7. コミュニティのリズムを生み出す
「次の予定がいつも決まっている」状態を作ること。リズムをキープすることはとても重要になってきます。
以上の7つです。

03失敗から学ぶ力が自律型人材を育てる
わかりました。先ほどもキーワードとして出て来ましたが、昨今、自律型人材の育成が叫ばれています。この自律型人材の育成を進めていく上でのポイントはどこにあるのか、そこに実践共同体がどういうふうに絡んでくるのかも、ご説明いただけますか。
自律型人材とは、文字通り自律的に動ける人材と考えることができます。私が重視しているポイントは、失敗から学ぶ力のある人です。「自律型人材を育てよう」と言いますけれど、実態としては、「失敗してほしくない。でも自律してほしい」であったりします。そんな無茶なことを言う人が結構います。失敗しないように動くということは、決められた安全な枠から出ないことです。それは、自律ではありません。
自律型人材を育てるならば、安全に失敗できる環境を用意しておく必要があります。実践共同体は、その受け皿になりうる可能性があるということです。なぜなら、仕事から離れて、自分のやりたいことをやって良いし、学びたいことを学んでも良いのです。そこで、いろいろ考えて、実践を共有するときに失敗事例も共有する。そういうような形で失敗しても「みんなで学べば良いんだ」という考え方をみんなが持てば、自らやってみるか」という感じになるのではないかと思います。
それも心理的安全性につながる話ですね。「まあ失敗してもいいんだ」「何を言っても、この場は許される」と思えれば、「またいろいろやってみようか」という気持ちが高まります。
心理的安全性で言えば、「この場では何を言ってもいいんだ」という言葉や振る舞いの中でも、せいぜいそこに止まっているような気がします。しかし、「実際は失敗してもいいんだ」「遠慮なく学んでもいいんだ」「挑戦してもいいんだ」というような感じで、心理的安全性にはいくつかの段階があると思っています。
心理的安全性が上手くできているみたいな感じなのに、会社にイマイチインパクトがないというのは、そういうところだと思います。

04出会いが広げるキャリアとロールモデルの力
わかりました。松本先生はキャリアデザインも研究内容の一つに上がっています。キャリアデザインを考えるにあたっての第一歩は何だとお考えですか。
そうですね。いろいろなキャリアを見ることが大事です。実践共同体の考え方からすると、いろんなキャリアがあるんだと見ることで、実際いろいろな働き方やキャリアがあることを知らないといけません。勝手に自分でキャリアに限界を見て、それ以上成長しなくなってしまいます。
「自分のやりたいこと何なのか」、そういう自分に対する理解も大事だと思いますが、実践共同体はいろんな人が影響してくるわけですから、そこでいろんなキャリアを持っている人に出会ったり、あるいは自分のロールモデルとなりそうな人に出会うこと、そこからキャリアデザインが本当に動き出すと思います。
「メジャーリーグに挑戦したい」と言って、本当に挑戦できたのは野茂英雄と大谷翔平しかいないのではないでしょうか。楽しそうに野球やっている姿を見て、「俺もああなりたい」というロールモデルを見つけて、メジャーに挑戦しているはずです。
何の成功事例もないのに自律的にキャリアを歩むのは無理な話です。いろんな人に出会って、いろんなキャリアの可能性があるんだと、それを自分で見ることが大事です。そのためにも実践共同体は役に立つと思います。
今回お話している実践共同体というテーマから離れるかもしれませんが、2025年6月に共著書『お仕事マンガの経営学』(有斐閣)が出版されました。こちらは、どのような意図で執筆されたのですか。
そうですね。漫画は、経営学を研究する貴重な資料になり得る、という考え方のもとに、漫画を資料として経営学の研究をガチでやるというような感じの内容になります。「漫画だったら読むか」と学生が言うように、人に一歩を踏み出させるようなエネルギーを持っています。
だからこそ、『お仕事マンガの経営学』読んでもらえたらおわかりいただけるのですが、内容はかなり難しいです。それでも、やはり手を伸ばしてみたいと思えるのが漫画の力だと思います。お仕事に関する漫画を取り上げながら、経営学の研究を頑張ってやってみようというような内容になります。
Amazonでは、島耕作シリーズ,働きマン,夏子の酒など,サラリーマンや職業世界を描いたマンガを取り上げ、それら作品を,現実を反映した『データ』と見なして分析した実験的研究書」として紹介されています。やはり、島耕作を扱っているのですね。
確かに島耕作は出てきますが、いろんなところでちょっとずつ出てくるという印象ですかね。

05共に学ぶ文化が企業の未来をつくる
そうなんですね。では最後に、中小、中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。
ありがとうございます。メッセージというか、いつも言いたいことは同じです。仕事の中における学びというのは、一人ではなくて、みんなで学び合って互いに成長していく。これが、私からの基本的なメッセージです。
「そんなのはわかっている」とおっしゃる方もおられるかもしれませんが、頭では分かっていても、意外に実現できてないことではないですかと言いたいですよね。
「うちの会社は成長している」と言っても、実態としてはほんの数人が頑張っているだけであったりします。しかも、頑張っていても誰も認められていないか、仕事を通じて自分が成長しているという実感が持てないということも珍しくありません。
学ぶことを求められているものの、「どうしたら良いかわからない」。そんな感じになっている人も多いのではないでしょうか。
中小企業であれば、全員で集まって学び合う機会があるかもしれません。ただ、大きな企業だと学びに関心を持っている人、あるいは学びたいことがある人がわっと集まるには、何らかの仕掛けが必要になります。そして、学ぶという学びのコミュニティは、ただ単にみんなの学びを進めるだけではなくて、会社全体の学びに対する考え方を変えてくれるということをお伝えしたいと思います。
ー 松本先生、貴重なお話をわかりやすく、そして楽しく説いていただきありがとうございました。実践共同体がもっと広く定着していくと、日本企業も変わるのではないかという気がしてきました。
【編集後記】
本インタビューを通じて印象的だったのは、「学びは一人で完結するものではない」という一貫したメッセージである。多くの企業が「自律」を掲げる一方で、その実態は個人への丸投げになってはいないだろうか。松本氏の語る実践共同体は、そのような状況に対する一つの有効な解答であり、「共に学ぶ」ことで人と組織の可能性を広げるアプローチであると感じた。また、無理に制度化するのではなく、小さく始め、長期的に“育む”という視点も非常に示唆的である。学びを「義務」から「自然と足を運びたくなるもの」へと転換できるかどうか――それがこれからの企業の競争力を左右するのかもしれない。本記事が、読者の皆様にとって自社の学びの在り方を見つめ直す契機となれば幸いである。

松本 雄一 氏
関西学院大学
商学部 教授
関西学院大学商学部教授。博士(経営学)。北九州市立大学経済学部経営情報学科助教授、関西学院大学商学部准教授を経て現職。専門は経営組織論、人的資源管理論。主な研究テーマは実践共同体による人材育成、組織における技能形成。『ベーシックテキスト 人材マネジメント論Lite』『ベーシックテキスト 人材開発論Lite』(同文舘出版)、『学びのコミュニティづくり ―仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ』(同文館出版)ほか、著書多数。『実践共同体の学習』(白桃書房)が2019年度日本経営学会賞(著書部門)研究奨励賞を受賞。
