イノベーションを加速するには、従業員の動機付けと時間的な余裕に加え、失敗のリスクを前提にしたマネジメントが欠かせません。東北大学の秋池篤准教授は、新しい挑戦は通常業務より失敗しやすいからこそ、一度の失敗で諦めたり予算を削ったりせず、失敗しても次の機会がある仕組みと、挑戦を後押しするリーダーシップをセットで整えることが大切だと語ります。
経営者が「挑戦せよ」と呼びかけても、社員が動かない――多くの企業が抱える悩みです。若手が大手企業を避け、スタートアップを選ぶ動きも見られます。何が社員の一歩を妨げているのでしょうか。
本記事では、秋池准教授へのインタビューをもとに、イノベーションを加速するための3つの条件、失敗のリスクをマネジメントする具体的な方法、社員が挑戦しない理由と「トータルなインセンティブ設計」、変革型リーダーシップの役割、そして経営戦略とオペレーションを結びつける視点について解説します。
この記事でわかること
・イノベーションを加速する3つの条件(動機付け・時間的余裕・失敗リスクへの備え)
・失敗を前提にしたマネジメントの具体策(長期の予算、評価、リアルオプション、スピンアウト)
・社員が挑戦しないのはなぜか――「動かないほうが得」という判断
・トランスフォーメーショナル・リーダーシップ(変革型リーダーシップ)とは
・経営戦略とオペレーションを全体最適で結びつける視点
東北大学大学院 経済学研究科 准教授(取材時)。2011年東京大学経済学部卒業。2015年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、2018年博士(経済学)。東北学院大学経営学部の助教、講師、准教授などを経て、2024年より現職。専門はイノベーション・マネジメント、特にデザインイノベーション。共著に『はじめてのオペレーション経営』(有斐閣、2024年)。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
日本企業がイノベーションを加速するには、イノベーション研究で指摘されてきた要因を実行することが大切です。しかし、その実行自体が難しいと秋池准教授は言います。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| ① 動機付け | 金銭的・非金銭的を問わず、従業員が前向きに取り組める要素が必要 |
| ② 時間的な余裕 | 余裕がないと、アイデアが生まれなかったり、思いついても試されなかったりする |
| ③ 失敗リスクへの備え | 新しいことへの挑戦は通常業務より失敗しやすい。インセンティブや時間を与えても、失敗は起こりうる |
出典:秋池准教授への取材をもとに編集部作成
このうち見落とされがちなのが、3つ目の失敗のリスクです。一度の失敗で諦めたり、予算を削ったりしてはいけません。失敗することを前提に、それをどうマネジメントするかが重要だと秋池准教授は言います。
| 方法 | 内容 |
|---|---|
| 長期の予算 | 少額でもよいので、予算を長期的に出し続ける |
| 挑戦を評価する人事 | 挑戦そのものを評価し、一度や二度の失敗では人事評価を下げない |
| リアルオプション | 小規模に始め、うまくいけば投資を増やし、芳しくなければ打ち切る |
| スピンアウト | 新しい事業を独立した企業として切り出す。失敗したときに元の組織へ戻る道も残しておく |
出典:秋池准教授への取材をもとに編集部作成
この考え方は、国全体にも当てはまると秋池准教授は言います。スタートアップに挑戦する人が「もう戻れない」と感じれば、一歩を踏み出せません。事業がうまくいかなくても元の企業に戻れる仕組みなどがあれば、挑戦する人は増えるはずです(試行錯誤を前提にしたマネジメントについては、原田勉教授の解説記事でも紹介しています)。
挑戦を評価し、一度や二度の失敗で評価を下げないようにするには、成果だけでなく挑戦のプロセスも見える評価の仕組みが土台になります。
挑戦のプロセスも評価できる仕組みをつくる
失敗を恐れずに挑戦できる組織にするには、目標や役割、挑戦の過程を共有し、評価に反映できる仕組みが役立ちます。DEFiDEの「JOB Scope」は、職務やスキル、評価・育成の情報を一元的に管理できるクラウドサービスです。
経営者が挑戦を呼びかけても社員が反応しないのは、マネジメントや風土に問題があるからなのでしょうか。秋池准教授は、社員が失敗のリスクも含めて総合的に考えた結果、前向きに動かないほうが得だと判断している可能性があると言います。失敗すれば周囲に迷惑がかかり、何か言われるかもしれない――そうした不安が一歩を妨げるのです。
| 社員が考える要素 | 動きやすくなる条件 |
|---|---|
| 金銭面 | 挑戦が報われるインセンティブがある |
| 周囲の動き | 事業が伸び、失敗を気にしない雰囲気がある。周りも挑戦している |
| 失敗した後 | 失敗しても、再び挑戦できる |
出典:秋池准教授への取材をもとに編集部作成
イノベーションはシステム全体の問題であり、「動いてほしい」と求めるだけでは機能しません。社員が動かない場合は、話を聞いて本当の原因を明らかにし、トータルなインセンティブの仕組みを考えることが大切だと秋池准教授は言います(失敗に寛容な組織づくりについては、清水馨教授の解説記事でも紹介しています)。
仕組みとあわせて重要なのがリーダーシップです。秋池准教授が注目するのが、リーダーが従業員を動機付け、変革を促すトランスフォーメーショナル・リーダーシップ(変革型リーダーシップ)です。
| リーダーの行動 | 具体例 |
|---|---|
| 方向性を示す | 「これをやろう」とコンセプトを示す |
| アイデアを引き出す | 案を出し合う場で、「それも良いアイデアだね」と引き出す |
| 責任を引き受ける | 「何かあれば自分が責任を取るから、皆でやっていこう」と伝える |
出典:秋池准教授への取材をもとに編集部作成
挑戦を促すには、「トライしていいんだよ」と言うだけでは足りません。リーダーがコンセプトを示し、ファシリテートし、責任を引き受けることが必要です。そして社会全体としても、失敗しても次の機会がある仕組みをつくることが鍵になります。
秋池准教授の研究の中心はデザインイノベーションですが、イノベーション・マネジメントの研究では、アイデアを実行に移す面も重視されています。実行に適した組織構造やリーダーシップは、講義でも扱っているテーマです。
秋池准教授は、共著書『はじめてのオペレーション経営』(有斐閣、2024年)で、経営と日常業務の関係を論じています。経営では、資金調達や人材の雇用・配置といった日常的な取り組みを、企業全体として確実に実行できることが重要です。こうした日常業務の実行を「オペレーション」と呼びます。
オペレーションの知見は製造業で蓄積されてきましたが、オフィス業務など幅広い仕事に当てはまります。そして、経営戦略とオペレーションは互いに影響し合う関係にあります。
| 関係 | 内容 |
|---|---|
| 戦略→オペレーション | 経営戦略に応じて、日常業務の進め方が変わる |
| オペレーション→戦略 | 今の日常業務の進め方によって、とれる戦略が変わる |
| その結果 | 企業は従来のやり方から変わりにくくなる |
出典:秋池准教授への取材をもとに編集部作成
イノベーションを起こすには、新しい挑戦だけでなく、それを支える日常のオペレーションも含めて、全体最適の視点で経営を考えることが欠かせません。
A. 秋池准教授は、従業員が前向きに取り組める動機付け、アイデアを生み試すための時間的な余裕、そして失敗リスクへの備えの3つを挙げています。新しい挑戦は通常業務より失敗しやすいため、失敗を前提にどうマネジメントするかが重要だとしています。
A. 少額でも予算を長期的に出し続けること、挑戦を評価し一、二度の失敗で人事評価を下げないこと、小さく始めて状況に応じて投資を増減するリアルオプション、新事業を独立企業として切り出し失敗時に戻る道も残すスピンアウトなどが挙げられています。
A. 新しい取り組みを小規模に始め、うまくいけば投資を増やし、芳しくなければ打ち切るという考え方です。最初から大きく投資せず、段階的に判断することで、失敗のリスクを抑えながら挑戦を続けられます。
A. 秋池准教授は、社員が失敗のリスクも含めて総合的に考えた結果、前向きに動かないほうが得だと判断している可能性があるとしています。金銭面、周囲の動き、失敗後に再び挑戦できるかどうかなど、トータルなインセンティブの仕組みを考える必要があるといいます。
A. リーダーが従業員を動機付け、変革を促すリーダーシップです。秋池准教授は、リーダーが方向性を示し、メンバーのアイデアを引き出し、「何かあれば自分が責任を取る」と責任を引き受けることで、挑戦を後押しできるとしています。
イノベーションに失敗は付き物です。失敗を許容し、そこから学び、次につなげる。仕組みとリーダーシップの両面を意識すれば、イノベーションを担う人材も育っていく――それが秋池准教授から中小・中堅企業の経営者と人事責任者へのメッセージです。
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