いわゆる「働かないおじさん」は、本人の問題ではなく、人材育成を怠り、外部に丸投げしてきた企業がつくり出したものです。立命館大学の守屋貴司教授はそう指摘し、自社の経営戦略を見据えた独自の人材育成システムと、人が育つ組織文化を築くことこそが、真の人的資本経営だと語ります。
人的資本経営が注目されて数年がたちました。しかし、本当に経営に反映できている企業はどれほどあるでしょうか。人的資源管理論を専門とする守屋教授は、多くの日本企業の取り組みは「数字合わせ」にとどまっていると厳しく指摘します。
本記事では、守屋教授へのインタビューのうち、人事・人材育成に関わる論点を中心に、人的資本経営が経営に反映されていない現状、経営目標と人材計画のつながり、流行の人事制度に飛びつく「ファッションマネジメント」の問題、「働かないおじさん」を生む企業の責任と対策、そして成長企業に求められる視点について解説します。
この記事でわかること
・人的資本経営が経営に十分反映されていないと守屋教授が見る理由
・経営目標の裏付けとなる「人の配置・育成・活躍」の計画が必要な理由
・流行の人事制度を導入する「ファッションマネジメント」の問題
・「働かないおじさん」を生む企業の人材育成の責任
・自社独自の人材育成システムと「人事のプロ」を育てる重要性
立命館大学 経営学部・大学院経営学研究科 教授(取材時)。1989年商学修士(関西学院大学)、2004年博士(社会学、立命館大学)。1992年奈良産業大学(現・奈良学園大学)専任講師、助教授、教授、経営学部長を経て、2006年より立命館大学経営学部教授。立命館大学事業継承塾副塾長、一般財団法人アジア太平洋研究所上席研究員。京都府最低賃金審議会公益委員、日本労務学会機関誌編集委員長、日本経営学会理事などを歴任。専門は人的資源管理論、経営学、社会学。著書に『人材危機時代の日本の「グローバル人材」の育成とタレントマネジメント』(晃洋書房)、『価値創発(EVP)時代の人的資源管理』(ミネルヴァ書房)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
東京証券取引所が2023年3月に上場企業へ「資本コストや株価を意識した経営」を要請したことで、上場企業の意識は一定程度変わりました。守屋教授もこれを大きな改革だと評価しています。しかし、人的資本経営に本当に真剣に取り組んでいる会社は限られているというのが守屋教授の見方です。
守屋教授は、上場の基準や市場の規律が欧米の市場と比べて緩く、上場企業がそれに甘えてきた面があると指摘します。その結果、経営の仕組みが弱い企業が、外部の投資ファンドからの厳しい要求にさらされるケースも出ています。上場企業が本当に真剣にならざるを得ない状況になって初めて期待できる、と守屋教授は語ります。
守屋教授が最も問題視するのは、投資家に対して、人的資本経営に関する本質的な開示がなされていないことです。
| 多くの企業が示していること | 示されていないこと(守屋教授の指摘) | |
|---|---|---|
| 内容 | 翌年度以降の売上高、経常利益、純利益などの目標 | その目標に向けて、人をどう配置し、どう育て、どう活躍させて達成するのか |
| 人的資本の開示 | 女性管理職比率などの指標 | 経営目標とのつながり。指標が「数字合わせ」にとどまっている |
出典:守屋教授への取材をもとに編集部作成
一方で、「人が採れないので計画を達成できない」と中期経営計画を正直に修正する企業も現れ始めています。守屋教授は、目標を掲げるなら、それを実現できる人員体制や人材育成、リスキリングの裏付けを持つべきだと言います(経営戦略と人的資本のつながりについては、円谷昭一教授の解説記事でも紹介しています)。
守屋教授は、多くの日本企業の人材育成の現場が、外部のコンサルティングなどが持ち込む流行の手法――いわば「ファッションマネジメント」――を受け入れていると指摘します。
| ファッションマネジメントの特徴 | 守屋教授が求める姿 |
|---|---|
| 今流行りの(多くは米国から輸入された)人事制度・人事システムを、高いコストをかけて導入する | 自社の未来の経営戦略を見据えた、自社に合った人的資本経営の改革を行う |
| ウケのよい、身につかない研修を外部に任せる | 自社独自の人材育成システムと、人が育つ組織文化を構築する |
| 外部の人材業界企業に丸投げする | 外部の支援はあくまでサポートと位置づけ、自社で人事のプロを育てる |
出典:守屋教授への取材をもとに編集部作成
流行の手法に飛びつく危うさは、他の研究者も指摘しています(流行に惑わされない「マネジメント・ファッション理論」については、竹内規彦教授の解説記事でも紹介しています)。
大企業は優秀な人材を採用してきました。しかし守屋教授は、その人材を、いつの間にか「働かないおじさん」にしてしまった企業の罪は極めて重いと言います。
その結果、企業は余剰感のある人材に高い給料を払い続けることになり、本人も大変な立場に置かれます。さらに守屋教授は、外部の人材業界企業に多額の費用を払い、キャリアコンサルティングという形で実質的な退職勧奨を繰り返している大企業もあると指摘し、反省を求めます。
守屋教授が求めるのは、外部への丸投げをやめ、自社独自の人材育成システムと、人が育つ組織文化を築くことです。そのためには、自社で人事のプロを育成することが欠かせません。
| 「働かないおじさん」を生まない会社になると | 効果 |
|---|---|
| 社員が成長を実感できる | モチベーションが上がり、離職防止につながる |
| 人的資本経営を実践する企業という評判が広がる | 必要な即戦力の人材が集まりやすくなる |
出典:守屋教授への取材をもとに編集部作成
社員が年齢を重ねても学び続けられるよう、自社の戦略に合った育成と評価の仕組みを整えることが、その第一歩になります。
自社の戦略に合った育成と評価の仕組みを
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守屋教授は、成長企業向けの市場に上場する企業にも課題があると言います。国内市場で売上を数十億円から数百億円に伸ばしても、国内市場を取るだけでは本当の意味での成長企業とは言えない。戦後のソニーやホンダがそうだったように、グローバル市場に挑戦し、世界の市場を取りにいくことが求められるというのです。
そのうえで守屋教授は、国や市場、メディアが企業の実態を正しく開示し、企業に自己変革を強く促すべきだと語ります。働く人々も、株価だけに目を奪われず、日本経済と日本企業の実態に目を向けていく必要がある――それが守屋教授のメッセージです。
A. 守屋教授は、本人の問題ではなく、企業が優秀な人材を採用しながら、人材育成費の削減や育成計画の不備によって学び続ける機会を十分に与えず、40代・50代になって一方的に烙印を押してきた結果だと指摘しています。人材育成を外部に丸投げしてきた日本企業の責任が重いとしています。
A. 守屋教授は、外部への丸投げをやめ、自社の経営戦略を見据えた独自の人材育成システムと、人が育つ組織文化を築くことを求めています。そのために、自社で人事のプロを育成し、外部の支援はあくまでサポートと位置づけるべきだとしています。
A. 守屋教授は、多くの企業が売上や利益の目標は示しても、その達成に向けて人をどう配置し、育て、活躍させるかを示しておらず、女性管理職比率などの指標も数字合わせにとどまっていると指摘しています。目標には人員体制や人材育成の裏付けが必要だとしています。
A. 守屋教授は、流行の人事制度や人事システムを高いコストで導入したり、ウケのよい研修を外部に任せたりすることを指して、この言葉を使っています。自社の経営戦略に合った人事改革と、自社独自の人材育成システムの構築が必要だとしています。
A. 守屋教授は、社員が成長を実感できることでモチベーションが上がり、離職防止につながるとしています。また、人的資本経営を実践する企業という評判が広がることで、必要な即戦力の人材も集まりやすくなるとしています。
後編では、AIの進展と雇用の関係、守屋教授が提言する国による雇用のセーフティネットとリスキリングの仕組み、そして日本の未来を担う中小企業と地域への期待について解説します。
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▶ 後編:AI時代の雇用はどう守るべきか?企業任せの雇用からの転換と、中小企業・地域に託される未来(内部リンク)
▶ インタビュー全文:国が雇用システムを大改革し、企業は真の人的資本経営を(前編)(JOB Scopeマガジン)