>国が雇用システムを大改革し、企業は真の人的資本経営を(前編)
一時は4万円台に乗った日経平均株価だが、ここのところ波乱含みの展開を見せている。8月には、驚異的な下落幅を記録した。「この先も、楽観はできない」と指摘しているのが、立命館大学 経営学部・大学院 経営学研究科 教授の守屋 貴司氏だ。2025年以降には、大きな経済変動があり得ると予測する。アメリカ大統領選やB R I C Sの台頭、中東危機、アメリカ経済の後退などを背景として、大暴落となると日本経済はもちろん、新NISAに浮かれた投資ビギナーにも大きな打撃となる。だが、守屋氏は日本には「もっと本質的な課題がある」と語る。その危機感に目覚めなければ、日本の存立そのものが危うくなるというのだ。インタビューの前編では、日本経済の危うさや日本企業の問題点などを聞いた。
01まだまだ日本企業の認識は甘すぎる
人的資本経営がクローズアップされて数年が経過しました。現状の日本企業では、人的資本経営の具体的な実践に落としこみ、経営に十分に反映できているとお考えですか。
東京証券取引所では、「PBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)が1倍以下であればプライム市場から下ろす」と言っています。そういった話の中において、それなりに意識されているのはすごく大きな改革だと思います。ただ、人的資本経営に対して本当に真剣に取り組んでいる会社は数が限られている感じがします。
その結果として、外資のファンドなどが入ってきて、大変な目に遭っている会社があります。こういう枠組みで言うと、本当に認識できているのかと言うと疑問です。さらに大きな外資のファンドが入ってきたり、東証の改革があって、その中で上場企業がいよいよ真剣にならざるを得ないというケースになってきたら、少しは期待ができるのではと思っています。
十分に反映できていないとしたら、どこに原因があるのでしょうか。
東証の改革は、基本的に緩いです。ナスダック(NASDAQ:全米証券業協会が開設・運営している電子株式市場)であれば、基準に満たない会社は排除されてしまいます。日本の場合は、上場の旨味が沢山あります。借り入れでなく増資をこうするとか、色々な形でさらに株式相互交換による連携ををするとか…。正直言うと、日本の上場企業は甘々です。それが許されてきているわけです。最近になって少しは厳しくなってきましたけれどね。
日本の上場企業は時価総額で言うと、今世界第3位と言われていますが、GoogleやFacebook、Metaなど、いわゆるGAFAMの時価総額合計よりも少ないんです。それで言うと、かなり深刻な状況にあるのですが、東証スタンダード市場や東証プレミアム市場でも下位の会社が、安閑としています。「全然大丈夫」「これからもやっていけるよね」などと思い込んでいます。だから、外資のファンドなどに持っていかれてえらい目にあっているわけです。
そうした脆弱なコーポレイトガバナンス体制下の中での株価防衛策にあって、日本政府や東証は何も対策を施していません。結局、ガードが極めて甘い会社がターゲットにされて外資ファンドの食い物になるという状況が、これがますます広がっていくと見込んでいます。
02日本企業は空手形を打っているだけ
経営数値に反映できる人的資本経営を実施するためのポイントを教えてください。
本質的に言うと、投資家に対して何ら人的資本経営に関する開示がなされていないんですよね。売上高や経常利益、純利益を2025年にどうするかという話は、会社四季報でも開示されています。しかし、そこに向けてどういうふうに人を配置して、人をどう育成して、人をいかに活躍させて利益を達成するかなんてことは何も言っていません。これが、すごくやばい状況なのです。多くの上場している日本企業は、人的資本経営の規制にあわせて女性管理職の登用など数字あわせをして誤魔化しているにしかすぎないのです。
半面、上場している日本企業を精査して分析すると、意外と誠実な会社は中期経営計画を取り下げ、「人が採れないので実現できません」と正直に情報開示をする会社さえあらわれはじめました。そうした会社の株価は、市場に厳しい評価を受け、株価はかなりの下げを余儀なくされています。でも、株価は、人的資本経営の真実を反映しているのです。
僕は恐らくこれからくるドル安、円高や米国経済の景気後退、中国経済の不安性、中東リスクなどを背景として、多くの日本企業が、2025年4月期の売上高や経常利益、純利益などの目標を達成できないと予想しています。現在の円高、日銀の利上げの中での日経平均の大暴落よりも厳しい下げになるかもしれませんし、新NISAではじめた円建てのオルカン、S&P500の投資信託は為替差損と日米の株価下落で大きな下げになるかもしれません。
日本企業からは危機感が伝わってきません。
そもそも2025年4月期に目標としている売上高や経常利益を達成することは、企業の責務です。それに対して、東証プレミアム市場や東証スタンダード市場の会社が誠実に向き合っていないんですよ。要は、次年度の売上高や経常利益が根拠なく出してきて、それによって証券業界は、「日経平均は5万円行きますね」「いやあ、6万円ですよ」などと、裏付けのないことを平気で言い出しています。
結局、それぞれの企業が誠実に向き合っていないんです。日本政府や東証が、「それでは駄目だ」と厳しく指摘して、本当に人的資本経営の改革に基づき、売上向上や営業利益拡大を図れる人員体制や人材育成、そして、リスキリングが図られなければいけないとすべきなのです。人材育成の側面を見ても、多くの日本企業の現場は、外部からのコンサルなどのファッションマネジメントを受け入れ、ファッションのように今流行り(アメリカ直輸入)の人事制度・人事システムを高いコストで導入し、ウケの良い人材研修を行っているに過ぎません。上場しているそれぞれの日本企業にあった人的資本経営改革を行い、本当にマッチョな企業に変身し、売上高、経常利益を向上させる経営を行うべきです。期待値だけで株価を上げている。はっきり言って騙しているわけです。
僕も日本企業のファンですし、多くの教え子がそのような会社に就職しています。なので、期待もしているのですが、株価上昇の裏付けとなるようなことを何もしない、東証プレミアム市場やスタンダード市場、グロース市場の企業も、人の手当もしないにも関わらず、2025年4月期に向けてただ単に数値を合わせて、増収増益だと言っている。おかしくないですか。
この状況を踏まえて、企業に対して「人を充当して、本当に目標数字を実現できるという確証を持って取り組むべきではないか」と言うと、彼らは「いやあ無理でした」「できませんでした」と言って中期経営計画を修正します。それでは、株主を裏切り、そのような会社の株価は大きく下げることとなります。
03「働かないおじさん」を生み出した人材劣化の日本企業の責任
特に、モチベーション向上による離職防止と必要な即戦力な人材獲得の二点について、企業がどう取り組んでいけば良いのでしょうか。
東証プライムに上場するような大企業であれば、人は沢山います。優秀な人間を採用してきましたからね。しかし、その人間をいつのまにか「働かないおじさん」にしてしまったんですよ。その罪は極めて重いと僕は思います。採用をした挙句に、「本当に勉強しないともうリストラになってしまいますよ」とも言わずに、ずっと雇用し続けて、何となく40代・50代を過ぎてみたら、もう何の役にも立たない人間になってしまっていると一方的に通告されます。
特に昨今は、DXの時代、AIの時代となり、変化が加速しています。企業の人材育成経費の削減や人材育成計画の不備などの様々な結果、いつのまにか一方的に「働かないおじさん」の烙印を押された方は、大変です。また、企業サイドも、人材余剰の中、高い給料を払わざるを得ないのが、日本の雇用システムです。
これは、人的資本経営にも関わることですが、人財育成システムの日本企業における不備と人財研修などを外部委託し、その時代ごとにウケの良い身につかない研修に経費をかけ、結果、「働かないおじさん」をうんだ日本的経営の大欠陥です。人材育成システム、人が育つ組織文化は、自社の未来の経営戦略見据えて行うものです。外部(特に人材業界企業)丸投げをせず、しっかりの自社独自の人材育成システム、人の育つ組織文化を構築し、「働かないおじさん」をうまないことが必須です。
しかし、やはりそれができず、「働かないおじさん」をうんでしまい、外部の人材業界企業に多額の料金を払って、「働かないおじさん」のキャリアコンサルによる実質的な退職勧奨を、繰り返している日本大企業も見受けられます。反省すべきです。外部(特に人材業界企業)丸投げをせず、しっかりの自社独自の人材育成システム、人の育つ組織文化を構築し、「働かないおじさん」をうまない会社になることこそ、成長実感が生まれ、モチベーションをあげ、離職防止になりますし、そうした人的資本経営を実践する企業の評判は、必要な即戦力の人材を集めることとなります。その場合、あくまでも人材業界企業からの支援利用は、サポートであるべきです。そのためには、自社で人事のプロを育成することです。
もう一つの日本企業の問題は、成長しない東証グロース企業の問題です。「働かないおじさん」問題とは別の、みんな気づいているのに、見ないふりをしている問題です。東証グロース企業と言っても事実上は中堅・小規模企業に過ぎません。なんだかんだ言っても、東証グロース企業と言っても、アメリカの高度なI TやA Iレベルから大きく引き離されており、政府も東証も、メディアも、その点を開示せず、GoogleやFacebook、Amazonのような企業になれる可能性はないわけです。東証グロース市場がふるわない理由の根源を見つめるべきです。
そもそも、東証グロース企業の中で比較的優れた日本のマーケットで売上が数十億というグロース企業が何百億・何千億もの企業になったとしても、日本の国内マーケットを取るパターンがほとんどです。それは本当のグロース企業ではありません。本当のグロース企業は、グローバルマーケットに挑戦して、そのマーケットを取らなければいけないんです。戦後直後のかつてのソニーやホンダもそうしでした。しかし、今の東証グロース企業がそうはなれないと、もう皆わかっているわけです。
日本のグロース企業は、所詮日本の国内だけであって世界まで行けないから、それほど給料は出せないし、本当に伸びていかないから就職しても意味がないと。そこに就職しようと思っている人は、行く行くはリストラされるかもしれないと覚悟しないといけないのです。でも、東証プレミア市場に上場する企業だと、企業の人材育成経費の削減や人材育成計画の不備などの様々な結果、いつのまにか一方的に「働かないおじさん」の烙印を押された方は、「そうは言ってもこの会社にしがみついていた方が良い」と思うでしょう。
だから、グロース企業をはじめとして、スタンダード市場やプレミアム市場の日本企業でも、人的資本経営の本質の部分で言うと、要は国や東証、マスコミが真実の開示し、自己変革を強く迫り必要があります。また、日本国民も、株価に迷わされず、日本経済と日本企業の実態に目を向けてゆく必要があります。日本は外貨債権債務(外国通貨で表示され・支払処理を行うべき債権、ならびに債務)において、世界一のお金持ちな国であり、大きな可能性を秘めています。まだまだできる可能性をあります。どうして、世界一のお金持ちの国がこんなに貧しくならないといけないんですか。
本質的に言うと、実質的にみれば、赤字国債の多さから貧しいように見えますが、日本国の負債と資産を比較すると、資産超過な日本はお金持ちの国なので、国がドイツや北欧のような雇用に関わるセイフティネットをはり、ある職場で、リストラをしてリプレースメント(置き換え、交換)で押し出される人材を、国が2年から4年程度は、所得補償を行い、しっかりとキャリアデザインやキャリアコンサルティングをして、戦える人材を生まれ変わらせると言った雇用保証の大改革が、A I時代において必要です、何しろ、政府と日銀だけでも世界第2位の外貨債券国で、巨額な特別家計を保有しています。日本大企業のレベルで言うと、海外資産保有額で見ると、世界一のお金持ちなんです。それにも関わらず、欧米外資ファンドに買収され、中国などの富裕層やアジアのファンドに、不動産を買い取られ、日本の富を奪われることを看過している大きな危機があります。
日本には経済的に実力があるにも関わらず、米国や中国などの大国の日本の株式市場改革や企業統制改革の要求を飲み、欧米外資ファンドや中国などの富裕層やアジアのファンドの日本国内での規制がなされず、多くの日本の大企業のみならず日本の中小企業も買収され、国の富が移転させられつつあります。この枠組が続く限り、日本はますます駄目になっていくしかないでしょう。新しい国家の枠組みを作れるだけの国力と経済力を持ちながら、日本はどんどん駄目になっていき、結局は終わっていくのがとても心配です。
さらに問題なのは、日本国民の多くが、皆がそれに無関心である点です。忙しく「今だけ良ければ」「自分だけが良ければ」と考え、それなりに政治家・経営者・官僚などは、それなりにお金持ちになってしまっていますからね。しかし、結果として「自分の子どもや孫たちがそれで良いんですか」「日本人はそれで良いのですか」「日本社会はそれで良いんですか」と問われた時に、答える術がもはやなくなっているというのが日本の現実なのです。
守屋 貴司氏
立命館大学
経営学部・大学院
経営学研究科 教授
1989年、商学修士(関西学院大学)、2004年、博士(社会学 立命館大学)。1992年、奈良産業大学(現・奈良学園大学)専任講師、94年助教授、99年教授、2005年、経営学部長を経て、2006年より立命館大学経営学部教授。2018年より立命館大学事業継承塾副塾長。京都府最低賃金審議会公益委員、日本労務学会機関誌編集委員長、日本経営学会理事、全国ビジネス系大学教育会議理事、人事実践科学会議共同代表理事などを歴任。2020年より一般財団法人アジア太平洋研究所上席研究員。2022年4月から2024年3月まで京都先端科学大学大学院ビジネススクール特任教授。専門は人的資源管理論、経営学、社会学。主な著書は『人材危機時代の日本の「グローバル人材」の育成とタレントマネジメント 「見捨てられる日本・日本企業」からの脱却の処方箋』(晃洋書房)、『価値創発(EVP)時代の人的資源管理:Industry4.0の「働き方」と「働かせ方」』(ミネルヴァ書房)など。