>国が雇用システムを大改革し、企業は真の人的資本経営を(後編)
一時は4万円台に乗った日経平均株価だが、ここのところ波乱含みの展開を見せている。8月には、驚異的な下落幅を記録した。「この先も、楽観はできない」と指摘しているのが、立命館大学 経営学部・大学院 経営学研究科 教授の守屋 貴司氏だ。2025年以降には、大きな経済変動があり得ると予測する。大暴落となると日本経済はもちろん、新NISAに浮かれた投資ビギナーにも大きな打撃となる。だが、守屋氏は日本には「もっと本質的な課題がある」と語る。その危機感に目覚めなければ、日本の存立そのものが危うくなるというのだ。インタビューの後編では、AIバブル崩壊の可能性や中小企業経営者への期待などを聞いた。
目次
01AIバブルの崩壊に次いで、大恐慌が到来する可能性がある
AIはもはやインターネット回線や検索エンジンのように、インフラになりつつあります。そうした中で、AIの役割と人間の役割はどう違うとお考えですか。
今、米国などではChatGPTやChatGPT-4o(OpenAIが開発した最新のAIモデル)が出てきています。しかし、経営学者として見る限りにおいて言うと、あまり利益になっていません。つまり、データセンターみたいなものができて、ChatGPTが何兆円、何十兆円と投資されていますが、ChatGPT-4oがフリーになっています。
この状況は、僕が見る限りにおいて言うと、ITバブルに酷似しています。ITバブルが崩壊したように、AIも崩壊する可能性が高いです。そこの部分で言うと、極めて危ない状況です。政府が新NISAを謳って、毎月1兆円近いお金で、米国株などを対象とした円建て投資信託を国民が購入することとなっていますが、下手をするとその資産が10分の1ぐらいになるかもしれません。
これは、米国の有識者も言っているのですが、AIバブルは、ITバブルと非常に良く似ています。初期投資においては、データセンターなどに対して凄くお金を掛けるんです。それがものすごくコストに比して、利益を生みません。なので、結果としてある時点から設備投資が止まり、それがAIバブルの崩壊につながっていきます。それで、新NISAに毎月積立していたにも関わらず、その投資した部分が10分の1に減少するというとんでもない話になっていくわけです。
ソフトバンクのCEOである孫正義氏が賢いと思うのは、彼はそうした時代の流れをしっかりと見据えています。AIバブルが崩壊し、その次にSuper AI(人間の知能を越えたAI)みたいなものが来ると。でも、多くの日本人はそれに気づかず、新NISAに踊らされていて、気づいたら悲惨な目に合ってしまいかねません。
日本はようやく0.25%となりましたが、大騒ぎになりましたが、世界的に見れば、未だゼロ金利に近いです。そこから、いわば円キャリートレード(超低金利の円を資金調達して、それを外貨に換えて金利の高い通貨で運用して利ザヤを稼ぐ手法)と言われる形で円を安い金利で借りて米国に投資して、それでガーッと上げてやって儲けています。恐らく、米国の大統領選の前後で下げたり、上げたりがあった上で、2025年に恐慌が来ることをとても危惧しています。
もっと言えば、中近東発や東アジアで世界的な戦争が起きるかもしれませんし、そこに日本が巻き込まれることもあり得ます。それは、トランプが大統領になるかどうかで、変わってきます。彼はビジネスマンであり、過去の彼の在任中、戦争がなかったように、中国やロシアをそこまでは挑発しないでしょうからね。もし、大暴落を反トランプ派の人間が仕掛けたとしても、トランプはすぐゼロ金利施策を断行するでしょうから、V字回復することになると思います。
悲惨なのは、日本人ですね。新NISAに何もかもなげうって投資した挙句に、底値で買い戻すこともできなくて困るといった、そんなストーリーになるのではないかと少し危惧しています。そうならなければ良いのですが。本来、国は、元本保証の物価連動型国債などの安全な商品でも新NISAなどの推奨もできたのではなかったかと危惧しています。
02日本は駄目な国として塩漬けにされている
グローバル化とAIの進歩が加速する中、今後、日本の働き方・働かせ方はどう変わるとお考えですか。
恐らく変わらないと思います。日本がITやAI革命に取り残され、駄目になるシナリオの方が、世界の多くの国にとっては、都合が良いからです。今の日本の体制サイドも、社会体制、政治体制、経済体制を維持したがっています。もう、これは亡国への道です。
だから、本質的に言えば、国がドイツや北欧のような雇用に関わるセーフティネットをはり、ある職場で、リストラをされてリプレースメント(置き換え、交換)で押し出される人材を、国が2年から4年程度は、十分な所得補償を行い、しっかりとキャリアデザインやキャリアコンサルティングをして、戦える人材を生まれ変わらせると言った雇用保証の大改革が、AI時代において必要ですそうすることが必要です。米国や中国など大国は、あえてわかっていてもそのような改革を日本には求めません。日本は外圧がないと変われないので、日本政府は、外資ファンドがより日本で跋扈(ばっこ)するとこを容認、支援しています。それゆえ、日本は富を奪われ、豊かであるはずの日本が、益々貧しくなるのです。
遡ってみると、日本はずっと戦後、厳しい状況の中で、松下幸之助さん、稲盛さん、本田さんなど多くの志のある経営者の苦闘によって日本企業と日本経済はサバイバルを続けてきました。戦後、日本は事実上GHQの支配下においてGHQの意図通りの国となりました。そうした、その枠組みの中でも、日本の先人の経営者や国民は、必死に頑張って来て、ようやく「Japan as Number One」と謳われるような地位に昇りつめました。ただ、その後、まさにプラザ合意(1985年9月、米ドル高是正に向けたG5による協調介入合意)の中で一気に存在感を喪失し、以来もう30年も「失われた30年」にされてきました。
その中において、本当に志のある人物(経営者・政治家・官僚・イノベターなど)が日本に出て来るかどうかです。出て来なかったら、失われた30年どころか、日本は失われた40年、50年になってしまいます。これは、多くの有識者の見立てでもあります。
日経平均が一時、4万2000円まで上がりました。どうして上がったのかと言えば、新NISAの影響もあるでしょうが、数値で見ると、外資が買っているからです。つまり、円安で、安い日本企業の株を買い占めた上で、巧みに売り抜けたり、アクティビストと称して、外資ファンドが、日本国民と日本企業が、長年、蓄積した内部留保を吐き出させ、それを獲得していったりするわけです。また、為替も外資ファンドの大きな運用先です。円を160円から150円、140円、130円、場合によっては、120円、110円ぐらいまでもっていき、それでもって日本の為替でも大儲けし、かつ、株式保有を通して、日本の上場企業を支配し、配当金やその他のキャピタルゲインも持っていく、ストーリーが見えてしまっています。
そういう意味で言うと、かつてインドが植民地であった頃は、本当に生きていくのも大変でした。それで、独立運動で、マハトマガンジーを先頭に立ち上がり、GDPでも将来的には日本を抜くとも言われています。でも、日本の場合は今だかつて完全な植民地にはなっていないし、といって独立独歩でもない。その中で、国民は年金として2000万円どころか、4000万円が必要だと言われ、慌てて新NISAを活用して米国の株式などを、S&P500やオルカン(全世界株式投資)などの円建ての投資信託を、インフルエンサーと政府の誘導で、全く疑問なく積み立て続けている報道を聞いて、危惧してきました。日経平均が大きく下がる度に、新NISA民がNISA積立から降りるとの記事を読んで、日本人の盲従には危惧しています。
僕は言うべきことは言わないといけないという信念を持って生きてきました。今こそ正しいアクションをしないと、日本はまずい事態に突入してしまいます。それを伝えたいです。
それだけ、日本の行く末を憂いておられるということは、裏を返せば守屋先生が日本を愛しているということなのですね。
僕は日本を愛しています。その大きな理由は、日本という国にアジアのあらゆる文化が集積しているからです。チベット文化や中国文化、韓国文化などはもちろん、もっと言えば、世界民俗博物館が日本なんですよ。こんな素晴らしい国を駄目にしてしまうのは、世界において最も大きな喪失だと思います。にもかかわらず、誰も日本の行く末を考えていません。このまま何もしなければ、大変なことが起こります。
03AIへの対応には、日本企業だけでは限界で、雇用保証の大改革が必要
米国企業では93%がAIを導入して生産効率の向上を模索しています。一方、日本企業は導入が大きく遅れています。この現状をどう捉えておられますか。
確かに、遅れていますね。その大きな理由は先程から指摘している通り、日本という国が雇用をセーフティネットで支えていないので企業が雇用責任を過度に押しつけられ、AIによる生産性向上が図れていないからです。大体、日本は一番の対外債権国なんです。世界の中で一番お金持ちなのです。それにもかかわらず、国は企業に雇用を押し付け、雇用をしっかりした2年から4年間のセーフィティネットとリスキリングのシステムを構築していません。その上で、不幸にもリストラされた人間を国が、ドイツのようにしっかりとキャリアカウンセリングやキャリアアドバイスをして、本当に有益な産業部門に異動させたら良いのです。
戦後から1980年ぐらいまでの日本は、企業に雇用を支える体力がありました。今では、日本企業は雇用に縛られて身動きが取れず、日本は世界の中でも一番の対外債権国の日本になっているのですから、国として雇用を支えてあげれば良いのです。日本の国債なんて円建て債券ですから、日本銀行が紙幣を印刷すれば全部返せます。にもかかわらず、それをやらずに企業に対して雇用責任を押しつけるのがおかしいのです。しかも、誰も何も言いません。皆が気を遣う国であるから、誰も言わない。同調圧力が強すぎる国でもあるんですね。
AIが進展する中、仕事がなくなる人も出てきます。そうした人にどのように対処していけば良いとお考えですか。
繰り返しますが、要は国が雇用をしっかり面倒見る。企業はしっかりと真の人的資本経営を展開し、世界的な競争力を高めていけば良いのです。私は、中小企業の経営者の方々とも良くお話ししますが、皆さん「このままではまずい」と気づいてはおられます。日本の中小企業と日本の地域は今後、日本の希望です。
かつて、江戸時代、各藩は、各藩別に独立・採算で頑張ってきました。日本の各地域も、日本の中小企業、農業事業主など中心に、昔でいうところの殖産興業、地方は人材不足ですからそれを埋めるためにも、今でいうところのDXやAIの導入展開を推進し、世界に地方一丸となって地元のブランド品の確立を行い、世界に販路を広げ、地方自治の権限を強め、日本国から各地域が独立割拠して、前述したきたような正論を国にも主張することが、日本の未来を拓くと思います。
インドの知人にこんなことを良く言われます。「インド人はイギリスによる植民地時代を乗り越えて、ようやく独立を勝ち取った。日本は一度も独立を勝ち得ていないではないか」と。だから、「インドを学びなさい」と言うのです。それも一理あるなと思いますね。
04日本の自主独立を担うのは、中小企業の経営者
守屋先生は、2020年に『人材危機時代の日本の「グローバル人材」の育成とタレントマネジメント』(晃洋書房)を執筆されました。それから4年が経過した今、状況に変化があるとお考えですか。
中国で、「グローバルリーダーの日本」と発言すると中国人から批判されてしまいます。彼らは、中国こそがグローバルリーダーだと信じているからです。むしろ、日本はマレーシアやインドネシア、タイなどの力を借りて、本当の意味での対等に協力しあって、まずは力のある地方から自主自立独立をすれば良いのです。アジアの皆さんの力を借りることです。その方向に、タレントマネジメントも改めるべきだと思いますよ。
中小、中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。
中小企業・中堅企業の経営者、特に親しくしている中小企業家同友会の経営者の方々はすごくリベラルです。まさに、自主・自立・独立・対等・平等の体現者だと僕は思ってます。だから、本当に中小企業の経営者が主軸になるような日本社会を実現すれば、日本の自主独立が達成されて本当に素晴らしい日本になると思っています。その活躍の担い手として、大企業に負けずに頑張ってもらいたいというのが、僕の気持ちです。中小企業の経営者に立ちあがってもらいたいです。日本の自主独立は、中小企業が主軸になってこそ実現されます。そうならないとしたら、時々、日本は滅びてしまうような気に襲われて、とても心配しています。
守屋 貴司氏
立命館大学
経営学部・大学院
経営学研究科 教授
1989年、商学修士(関西学院大学)、2004年、博士(社会学 立命館大学)。1992年、奈良産業大学(現・奈良学園大学)専任講師、94年助教授、99年教授、2005年、経営学部長を経て、2006年より立命館大学経営学部教授。2018年より立命館大学事業継承塾副塾長。京都府最低賃金審議会公益委員、日本労務学会機関誌編集委員長、日本経営学会理事、全国ビジネス系大学教育会議理事、人事実践科学会議共同代表理事などを歴任。2020年より一般財団法人アジア太平洋研究所上席研究員。2022年4月から2024年3月まで京都先端科学大学大学院ビジネススクール特任教授。専門は人的資源管理論、経営学、社会学。主な著書は『人材危機時代の日本の「グローバル人材」の育成とタレントマネジメント 「見捨てられる日本・日本企業」からの脱却の処方箋』(晃洋書房)、『価値創発(EVP)時代の人的資源管理:Industry4.0の「働き方」と「働かせ方」』(ミネルヴァ書房)など。