「未分化」とは、一人ひとりが組織や集団の中に溶け込み、その能力や貢献が見分けられなくなっている状態です。同志社大学の太田肇名誉教授は、テレワークがうまくいかない、頑張りで評価される、ジェンダーギャップが解消しないといった日本企業の多くの問題の根には未分化があり、個人の貢献が見える「分化」した組織へ転換することで、多くの問題が解決に向かうと語ります。
テレワークで部下の働きぶりが見えず、不安になる。成果ではなく、長く働いていることが評価される――こうした問題は、それぞれ別の問題のように見えて、実は同じ根を持っているのかもしれません。
本記事では、太田名誉教授へのインタビューをもとに、「分化」と「未分化」の意味、未分化が生む問題の連鎖、ジョブ型と「自営型」の違い、生成AIの時代に生まれるチャンス、そして中小企業の経営者に向けた「健全な家族主義」の提言を解説します。
この記事でわかること
・「分化」と「未分化」とは何か
・未分化が、テレワークの不調やジェンダーギャップを生む仕組み
・ジョブ型は分化の一つの手段――「自営型」との違い
・生成AIの時代に、これまで日の目を見なかった人に生まれるチャンス
・退職後も関係が続く「健全な家族主義」
同志社大学 名誉教授。兵庫県出身。神戸大学大学院経営学研究科修了。経営学博士。専門は組織論。公務員を経て、三重大学人文学部助教授、滋賀大学経済学部教授を歴任し、2004年より同志社大学政策学部教授(本インタビューの取材時)。2025年4月より現職。個人を尊重し、その能力を引き出す組織のあり方を研究している。著書に『個人尊重の組織論』(中公新書)、『「自営型」で働く時代――ジョブ型雇用はもう古い!』(プレジデント社)、『何もしないほうが得な日本』(PHP新書)、『日本人の承認欲求』(新潮新書)など多数。『プロフェッショナルと組織』で組織学会賞、『仕事人(しごとじん)と組織』で経営科学文献賞、『ベンチャー企業の「仕事」』で中小企業研究奨励賞本賞を受賞。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
太田名誉教授は、日本の組織の問題を考えるうえで、「分化」という考え方を重視しています。
| 状態 | 内容 |
|---|---|
| 未分化 | 一人ひとりが組織や集団の中に溶け込み、埋もれている状態 |
| 分化 | 一人ひとりの能力や貢献が、集団や組織から切り分けられ、識別できる状態 |
出典:太田名誉教授への取材をもとに編集部作成
分化には、働く場所が分かれる「物理的な分化」、一人ひとりの役割や貢献が認識される「認識的な分化」、制度の上で個人の仕事や評価が切り分けられる「制度的な分化」の3つの側面があります。太田名誉教授は、日本の多くの問題の根は未分化にあり、分化すれば多くの問題を解決できると考えています。
未分化は、さまざまな問題を連鎖的に引き起こします。
| 問題 | 未分化との関係 |
|---|---|
| テレワークがうまくいかない | 集団単位の仕事が多く、一人ひとりの成果(アウトプット)で評価できない |
| 頑張りで評価される | アウトプットで評価できないため、働きぶりや頑張り(インプット)で評価せざるを得ない |
| 管理職の不安と監視 | テレワークでは働く姿が見えないため、管理職が不安になり、監視につながる |
| 長時間労働・休みにくさ | 成果が見えないため、「頑張り」を示そうと残業が増え、休暇も取りにくくなる |
| ジェンダーギャップ | 評価があいまいなため、女性が不利に扱われやすく、性別などによって昇進を阻まれる「ガラスの天井」も生まれる |
出典:太田名誉教授への取材をもとに編集部作成
太田名誉教授は2018年ごろから分化の必要性を訴えてきましたが、分化はまだあまり進んでいないといいます。一方で、ジョブ型を取り入れようという機運の高まりは良い傾向だとしています。ジョブ型は、分化を進める一つの手段だからです(日本型組織が抱える問題については、太田名誉教授の前回の解説記事でも紹介しています)。
個人の貢献を見えるようにするには、一人ひとりの職務や役割、期待する成果をはっきりさせることが第一歩になります。
一人ひとりの職務と貢献を明確にする
個人の貢献が見える組織にするには、職務ごとの役割や期待する成果を明確にしておくことが役立ちます。DEFiDEでは、ジョブ型人事の基本となる職務の枠組みをまとめた資料を提供しています。
太田名誉教授は、ジョブ型はこれからの日本企業にとって良い方法ではあるものの、ベストではないと言います。そこで提案するのが「自営型」の働き方です。
| 観点 | ジョブ型 | 自営型 |
|---|---|---|
| 仕事の分け方 | 職務記述書などで、仕事を職務単位に区切る | まとまった仕事を、一人の個人が丸ごと受け持つ |
| イメージ | 決められた職務を担う | 組織の中で、自営業者のように働く |
| 例 | 「経理の担当者として、決められた職務を果たす」 | 「このプロジェクトは自分が担当する」「開発からマーケティングまで自分が見る」 |
出典:太田名誉教授への取材をもとに編集部作成
ITの進化によって、一人が受け持てる仕事の範囲は広がっています。米国のシリコンバレーや中国、台湾では、会社に所属しながら自営業者のように働く人が増えており、日本でも製造や建築、情報、出版、営業などの分野に広がりつつあるといいます。太田名誉教授は取材時、このテーマで本の出版を準備していました(自営型の働き方については、太田名誉教授の前回の解説記事でも紹介しています)。
ある調査では、過半数の人が「転職や独立はしない方が得だ」と考えているといいます。太田名誉教授は、個人の意識を変えるだけでは不十分で、仕組みを変える必要があると指摘します。今の仕組みのままでは、何もしない方が得になり、挑戦が生まれないからです。
| 個人が企業に求めるもの | 内容 |
|---|---|
| 自由度 | 仕事を自由に進めさせてもらえること |
| 組織の枠に閉じ込めないこと | 副業の容認、のれん分けのような独立の仕組み、起業の支援など |
出典:太田名誉教授への取材をもとに編集部作成
太田名誉教授は、アジアの組織に見られる「あいまいさ」に、人の能力を最大限に引き出すヒントがあると考えています。IT化が進むほど、人ならではのアナログな強みが見直され、日本や中国、台湾の組織に隠れた強みが生きるというのです。欧米に追随するだけでは、肩を並べたり追い越したりすることは難しいといいます。
生成AIについても、太田名誉教授は、個人の価値観や能力についての考え方を根本から変えるものだと見ています。生成AIでこなせる能力は必要なくなる一方で、生成AIを上回る必要はなく、人間ならではの能力を持つ人、これまで日の目を見なかった人や「優等生」と言われてこなかった人に、逆転のチャンスがあるというのです。
太田名誉教授は、人事部も、個人を組織に囲い込み、守りながら育てる「パターナリズム(父権主義)」的なあり方から抜け出すべきだと言います。組織が望む人物像に沿って人を育てるという考え方は、通用しなくなるからです。
中小・中堅企業の経営者に向けて、太田名誉教授が掲げるキーワードは「健全な家族主義」です。家族主義は日本社会の土壌のようなもので、多くの中小企業が家族主義的な経営を掲げています。
| 観点 | よくある家族主義 | 健全な家族主義 |
|---|---|---|
| 在籍中 | 家族のように大事にする | 家族のように大事にする |
| 社員が辞めると言ったとき | 手のひらを返し、裏切り者のように扱う | 会社を離れても、付き合いが続く |
| 関係の広がり | 在籍している社員に限られる | 退職者も含めて仲間を広げ、事業を広げて共存共栄を図る |
出典:太田名誉教授への取材をもとに編集部作成
中国や台湾では、退職した人との関係が円満で、それを良い方向に生かしているといいます。本来の家族であれば、離れても付き合いは続くはずです。在籍している間だけでなく、広い視野で個人と関係を築き、間接的にも仲間をつくることが、これからの組織の力になるのです(社員の独立を支援して社外のパートナーにする経営については、高橋勅徳准教授の解説記事でも紹介しています)。
A. 一人ひとりが組織や集団の中に溶け込み、その能力や貢献が見分けられなくなっている状態です。反対に、一人ひとりの能力や貢献が切り分けられ、識別できる状態を「分化」と呼びます。太田名誉教授は、日本の多くの問題の根は未分化にあるとしています。
A. 太田名誉教授は、集団単位の仕事が多く個人の成果で評価できないため、頑張りで評価されたり、テレワークで管理職が不安になって監視につながったりすると指摘しています。評価があいまいなことは、長時間労働やジェンダーギャップにもつながります。
A. ジョブ型は分化を進める一つの手段であり、太田名誉教授はジョブ型導入の機運を良い傾向としています。ただし、ジョブ型はベストではなく、まとまった仕事を個人が丸ごと受け持つ「自営型」の働き方を提案しています。
A. 職務を細かく区切るジョブ型とは異なり、まとまった仕事を一人の個人が丸ごと受け持ち、組織の中で自営業者のように働くあり方です。ITの進化で個人が受け持てる範囲が広がり、国内外で広がりつつあるといいます。
A. 在籍している社員を家族のように大事にするだけでなく、会社を離れた人とも関係を続け、退職者も含めて仲間を広げる考え方です。太田名誉教授は、辞める社員を裏切り者のように扱うのではなく、共存共栄を図ることを中小企業の経営者に勧めています。
前編では、個人の意思から出発する組織と、人事を「インフラ」に変える考え方を見てきました。一人ひとりの意思を引き出し、その貢献が見えるようにすることが、個人を尊重する組織への道なのです。
個人の貢献が見える評価の仕組みを整える
頑張りではなく、一人ひとりの貢献で評価するには、職務や目標、評価の基準を見直すことが役立ちます。DEFiDEでは、人事制度や評価制度の課題について相談を受け付けています。
▶ 前編:個人を尊重する組織とは?「ジョブ型が最適解か」への疑問と、人事を「インフラ」に変え、個人の意思を引き出す方法(内部リンク)
▶ インタビュー全文:組織論の第一人者が語る、個の働き方と組織のあり方を巡る新たな潮流(後編)(JOB Scopeマガジン)