バーンアウトの重症化を防ぐ鍵は、上司や同僚による人の支えです。同志社大学の久保真人教授は、やりがいやエンゲージメントばかりを強調し、その熱意に頼って働かせる「やりがい搾取」の組織こそが最も危ないと指摘し、仕事以外の世界を持てる職場をつくることが組織のためにもなると語ります。
前編では、バーンアウト(燃え尽き症候群)がワーク・エンゲージメントと同じ延長線上にあり、仕事に熱心な人ほど陥りやすいことを紹介しました。後編では、組織としてバーンアウトにどう向き合えばよいかを考えます。
本記事では、久保教授へのインタビューをもとに、バーンアウトの重症化を防ぐ上司と同僚の支え、「やりがい搾取」の組織が危ない理由、感情労働という考え方、人的資本経営と情報開示への見解、ジョブ型雇用と教育システム、そして仕事以外の世界を持てる職場の大切さについて解説します。
この記事でわかること
・バーンアウトの重症化を防ぐ、上司のひと言と同僚との対話
・「やりがい搾取」の組織が最も危ない理由
・感情労働とは何か、その光と影
・人的資本経営と情報開示に対する久保教授の見解
・ジョブ型雇用に教育システムの変革が欠かせない理由
同志社大学 政策学部・総合政策科学研究科 教授(取材時)。1983年京都大学文学部卒業。1999年京都大学大学院文学研究科で博士(文学)取得。大阪教育大学教育学部助手、同志社大学政策学部助教授などを経て、2006年より現職。専門は組織心理学で、看護師・介護士・教員などヒューマンサービス職のバーンアウト(燃え尽き症候群)、感情労働、働きやすい組織と個人のウェルビーイングを研究。著書に『バーンアウトの心理学――燃え尽き症候群とは』(サイエンス社、2004年)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
組織としてバーンアウトの重症化を防ぐには、人による支えが非常に重要だと久保教授は言います。研究を始めたころに出会った、ある看護師長のエピソードがその象徴です。
その看護師長は、子どもや若い患者も多く亡くなる白血病の病棟で働いていました。そして、受け持ちの患者が亡くなった部下の看護師に、必ず「よくやったよ」と声をかけていたといいます。患者が治って退院しても、亡くなっても、看護師として最後まできちんとケアできていれば、それは成功だという考え方です。
ただひたすら仕事にのめり込んでいくのではなく、その限界を知り、自分のできる最善を尽くそうという姿勢です。
――久保教授
特に若い患者が亡くなると、「もっとできることがあったのではないか」という負のループに陥りがちです。そうしたときに前向きになれる声をかけてくれるロールモデルとなる上司がいる組織は、バーンアウトへの耐性が強いと久保教授は言います。
| 重症化を防ぐ支え | 内容 |
|---|---|
| 上司のひと言 | 限界の中で最善を尽くしたことを認め、「よくやった」と声をかける |
| ロールモデルの存在 | 仕事との距離の取り方を体現する上司や先輩がいる |
| 同僚との対話の場 | 病院の「カンファレンス」のように、ベテランと若手がケースについて話し合い、仕事への関わり方や距離の取り方を学ぶ場を設ける。病院以外の組織でも有効 |
出典:久保教授への取材をもとに編集部作成
部下を前向きにするひと言をかけられる上司を増やすことは、組織全体の支えを厚くすることにつながります。
部下を支え、成果を上げるリーダーの行動を知る
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どんな組織がバーンアウトを起こしやすいのか。久保教授は象徴的に、やりがいが搾取されているような組織だと言います。
やりがい搾取とは、働く人のやりがいや使命感を利用して、十分な報酬や休息のないまま長時間の労働や過大な負担を強いる状態を指します。やたらとエンゲージメントややりがいを強調する組織は、バーンアウトを起こしやすいと久保教授は指摘します。
| 「やりがい搾取」の組織 | |
|---|---|
| 見た目 | 皆がやりがいに満ちて働いている。ワーク・エンゲージメントの調査をすれば高い得点が出る |
| 実態 | 使命感から、十分な対価のない超過勤務が当然になっている。バーンアウトや過労と隣り合わせの環境 |
| 久保教授が挙げる例 | 真面目な人が多く、生徒のためなら超過勤務も当然と考えがちな教員の組織 |
出典:久保教授への取材をもとに編集部作成
一見すごくやりがいに満ちて皆が働いているような組織が、実は一番危ない――エンゲージメントの数字だけを見て安心してはいけない、ということです(前編で紹介したとおり、エンゲージメントとバーンアウトは同じ延長線上にあります)。
久保教授がもう一つの研究テーマとしているのが感情労働です。
感情労働とは、自分の感情を抑えたり演出したりしながら、相手(顧客など)の求めに合わせた感情表現を求められる労働のことです。米国の社会学者A・R・ホックシールドが1983年の著書『The Managed Heart』(邦訳『管理される心』)で提唱しました。クレーマーにも笑顔で対応する、悪いと思っていなくても謝る――サービス経済化の中で、肉体よりも感情を酷使する働き方が増えてきたことが背景にあります。
| 感情労働の側面 | 内容 |
|---|---|
| マイナスの側面 | 感情を抑え続けることによるストレス。バーンアウトとの親和性が高い、原因になっているという議論もある |
| プラスの側面 | 相手から感謝されたり、感情のやり取りがあったりすることが、達成感や満足感につながる |
| 社会構造上の課題 | 知識やスキルは高く評価される一方、感情を酷使する労働は正当に評価されにくい。サービス業では非正規の低賃金労働も多く、女性が多く配置される背景には「女性は愛想を振りまくのが得意」といったステレオタイプがあるという議論もある |
出典:久保教授への取材をもとに編集部作成
感情労働という概念は、今の社会のいろいろな側面を浮き彫りにする重要な言葉だと久保教授は語ります。
久保教授は、労務管理から人的資源管理、そして人的資本へと言葉が変わってきたことに、人に対する考え方の変化を見ています。
| 言葉 | 久保教授の受け止め |
|---|---|
| 人的資源 | 何か消費するもの、というイメージ |
| 人的資本 | 大切に持っていなければならないもの、企業の財産。人をより尊重する考え方 |
働き方改革やメンタルヘルスなど、働く人のケアを重視する流れも、人的資本の考え方と重なっていると久保教授は言います。労働人口が減り、人材の奪い合いになる中で、自社の人的資本をできるだけ磨き、生産性に生かせる企業が発展していくというのが久保教授の理解です。
一方で、人的資本の情報開示については、開示そのものにエネルギーをとられ、人材の育成やキャリアプランに手が回らなくなっているとしたら本末転倒だと指摘しています。
久保教授は、日本でジョブ型雇用を広げるのは難しいと見ています。企業だけの問題ではないからです。
久保教授がオーストラリアに滞在していたとき、現地の大学で社会学を学ぶ日本人留学生が「日本の銀行に就職したい」と話していました。現地の教員は「経済学の学位も取るために、1年卒業を延ばしたほうがよい」と助言していましたが、久保教授の答えは「日本の銀行に就職するのに、経済学の学位はまったく必要ない」でした。
| 日本の現状 | ジョブ型雇用の前提 | |
|---|---|---|
| 企業の採用 | 潜在能力のある活動的な若者を求める新卒一括採用 | 職務に必要な専門知識やスキルで採用 |
| 大学の学位 | 専門知識やスキルの証明になるほどのハードルを課していない | 学位が専門性の証明になる |
| 学生の大学選び | 偏差値や知名度で選び、学部を問わず受験することも多い | 学びたい専門分野で選ぶ |
出典:久保教授への取材をもとに編集部作成
もしジョブ型雇用の方向に進むなら、教育のシステムも変えなければならないと久保教授は言います。社員の処遇をジョブ型に近づけることはできても、新卒一括採用という雇用の入り口はそう簡単には変わらないだろうというのが久保教授の見解です(新卒採用とジョブ型の関係は、亀野淳教授の解説記事でも紹介しています)。
仕事だけに専心するのではなく、仕事とは何か別の世界を持っている人たちがいてこそ、やりがいを持って働けるし、生産性も高まる職場であると思っています。
――久保教授
それがウェルビーイングにも通じる考え方です。仕事以外にも目を向けられる機会や、価値観を養える職場環境をつくることが、結果的に組織にプラスに返ってくる――それが久保教授からのメッセージです(ウェルビーイングと生産性の関係は、小野浩教授や髙橋潔教授の解説記事でも紹介しています)。
A. 久保教授は、人による支えが非常に重要だとしています。限界の中で最善を尽くしたことを認める上司のひと言、仕事との距離の取り方を体現するロールモデルの存在、病院のカンファレンスのようにベテランと若手が話し合う場づくりなどが、重症化を防ぐと述べています。
A. 働く人のやりがいや使命感を利用して、十分な報酬や休息のないまま長時間の労働や過大な負担を強いる状態です。久保教授は、やたらとエンゲージメントややりがいを強調する組織はバーンアウトを起こしやすく、一見やりがいに満ちた組織が実は一番危ないと指摘しています。
A. 自分の感情を抑えたり演出したりしながら、顧客などの求めに合わせた感情表現を求められる労働です。米国の社会学者ホックシールドが1983年に提唱しました。ストレスやバーンアウトにつながる面がある一方、感謝される喜びなどプラスの面もあると久保教授は述べています。
A. 久保教授は、エンゲージメントの調査で高い得点が出る組織でも、使命感から十分な対価のない超過勤務が当然になっていれば、バーンアウトや過労と隣り合わせだと指摘しています。数字だけで安心せず、働き方の実態を見ることが大切です。
A. 久保教授は、企業だけの問題ではなく、新卒一括採用や、学位が専門性の証明にならない大学教育、偏差値で大学を選ぶ学生の行動など、教育システムとも結びついているためだとしています。ジョブ型を広げるには教育システムの変革も必要だと述べています。
やりがいは大切な原動力ですが、それに頼りすぎれば人は燃え尽きてしまいます。人が支え合い、仕事以外の世界も大切にできる職場こそが、長く高いパフォーマンスを生み出す土台です。
人が支え合い、長く活躍できる人事制度を
やりがいに頼りすぎず、社員が長く活躍できる職場をつくるには、役割や評価、働き方の仕組みを見直すことも大切です。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援します。
▶ 前編:バーンアウト(燃え尽き症候群)とは?ワーク・エンゲージメントと「同じ延長線上」にある理由(内部リンク)
▶ インタビュー全文:やりがいを搾取する組織が最も危ない(後編)(JOB Scopeマガジン)