[JOBSCOPE]教授インタビュー解説

中小企業のイノベーションとは?やめる決断と失敗に寛容な組織|千葉大学・清水馨教授

作成者: JOB Scope編集部|Oct 15, 2026, 11:59:47 PM

 

中堅・中小企業のイノベーションは、劇的な変化や急成長だけではありません。千葉大学の清水馨教授は、目の前の顧客のニーズに応えて少しずつ製品を変え、ある時振り返ると10年前とはまったく違うものになっている――そうした地道な改善の積み重ねこそが、中堅企業のイノベーションだと語ります。

前編では、中堅企業の定義と3つの成長型、顧客を選ぶ経営について紹介しました。後編では、中堅・中小企業がイノベーションを生み出し、人の力を高めていくために、経営者に何が求められるかを考えます。

本記事では、20年以上にわたり中堅企業の経営者にインタビューを重ねてきた清水教授へのインタビューをもとに、イノベーションの捉え方、失敗に寛容な姿勢、経営者にしかできない「やめる決断」、MVVとの付き合い方、人的資本を高める数値目標と言葉の使い方、そして社員が前向きな言葉を使い続ける会社づくりについて解説します。

この記事でわかること

・急成長だけではない、中堅・中小企業のイノベーションの捉え方

・日本企業に必要なのは「失敗に寛容な姿勢」である理由

・経営者にしかできない「やめる決断」と能力の取捨選択

・MVVは「軸」を決め、それ以外は柔軟にしておく

・人的資本を高める数値目標の立て方と、職場の言葉の使い方

取材協力:清水 馨(しみず かおる)氏

千葉大学大学院 社会科学研究院 教授(取材時)。1992年慶應義塾大学商学部卒業。1998年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学(2023年博士号取得)。2013年千葉大学法政経学部教授、2017年より千葉大学大学院社会科学研究院教授。20年以上にわたり中堅企業の経営者へのインタビュー調査を続け、イノベーション論や経営者の意思決定を研究。著書に『中堅企業の質的成長 240社の社長インタビュー調査から』(中央経済社、2024年)。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

イノベーションは劇的な変化だけではない

清水教授は、どんな経営を行い、何を幸福と考えるかは経営者自身が決めることだとしたうえで、イノベーションには大きなものから小さなものまであると言います。研究者や読者は大きな変化や急成長に目を奪われがちですが、それがかえって企業の存続に悪影響を及ぼすこともあるのです。

清水教授が観察してきた中堅企業は、目の前の顧客のニーズをくみ取り、それに応え続ける地味で地道な努力を積み重ねています。

イノベーションの「入れ替え」の例 内容
媒体を入れ替える 業務用調味料を運ぶ容器を一斗缶から段ボールとビニールパックに変える。機能は同じでも、空になった容器の運搬が大きく改善する
主体を入れ替える 同じ曲を別の歌手が歌うカバーソングのように、担い手を変える
背景が変わる 同じ題名の作品でも、1952年のラジオドラマ『君の名は』と2016年の映画『君の名は。』とでは、戦争と震災という時代背景が異なる

出典:清水教授への取材をもとに編集部作成

イノベーションはまったくの無からすべてを創り出すイメージが強いものの、既存の何かを新たに入れ替えるだけの場合も多いと清水教授は言います。藤本隆宏氏(早稲田大学)が示したように、ビジネスとは顧客のニーズ情報をいかに正確かつ迅速、効率的に設計・生産・販売へと転換していくかの競争です。そこに、誰が担うのかという「主体」と、技術・政治経済・法律・価値観などの「背景」の変化を加えて考えることが大切です。

日本企業に必要なのは「失敗に寛容な姿勢」

研究者が紹介するイノベーションの例は、すでに成功して出来上がったものばかりです。しかしその後ろ側には、失敗した製品や断念した開発プロジェクトがあふれていると清水教授は指摘します。

そもそも「イノベーション」という言葉には「成功した」という意味が含まれており、失敗したものはイノベーションと呼ばれません。成功例と失敗例を突き合わせれば成否の分かれ目がわかるはずです。そこで清水教授は、日本企業に必要なのは、厳密にはイノベーションではないと言います。

日本企業に本当に必要なこと(清水教授) 内容
① 新しい試みを続ける 誰にも気づかれないことや、思い込みで手をつけていなかったことを見直し、少しずつ変えていく
② 失敗を積極的に評価する 新しい試みに付随する失敗を、責めるのではなく評価する
③ 失敗に寛容な姿勢を持つ 他人の失敗を笑い叩く意識を捨て、挑戦を称える。長く、飽きずに、諦めずに挑み続ける

出典:清水教授への取材をもとに編集部作成

挑み続けることが呼び水となって、引き合いが増えたり新しい案件が舞い込んだりする。ある程度は我慢してやり続けることが、オーナー企業でもある中堅企業のイノベーションの素だと清水教授は見ています(新しい価値を生む力については、米倉誠一郎氏の解説記事でも紹介しています)。

経営者にしかできない「やめる決断」

清水教授が経営者の意思決定の研究で見出した重要な発見が、何かを始めることよりも、何かをやめる決定のほうが社長として重要な役割だということです。

  始める意思決定 やめる意思決定
難しさ 比較的簡単 難しい
担い手 誰でも提案できる 社長にしかできない
例 新規事業、新製品 売上や利益が出なくなった顧客との取引、見込みのない事業、もはや儲からない祖業

出典:清水教授への取材をもとに編集部作成

従業員はその事業に携わって頑張ってきたため、やめる基準を決めて社内に明確にしておかないと、その後の経営に大きな影響を及ぼします。過去にお世話になった顧客でも、会社の祖業でも、もはや儲からないなら、担当者の努力を無にしてしまうとしても、やめると決断できるのは社長だけです。それは自社の能力の取捨選択であり、自分のビジネスに感情移入しないことでもあると清水教授は言います。

変化の「速度の差」を見抜く動体視力

利益率の低下は、ライバルが習熟して自社が相対的に弱ってきた証拠であり、買い手の需要や体力が落ちてきた証拠でもあります。清水教授は、お金は瞬時に世界を動き、技術は数十年に一度大きく変わり、無意識の価値観はなかなか変わらないというように、モノやコトによって変化の速度が違うからこそ、機会と脅威が生まれると言います。その速度の差に気づく「動体視力」を鍛えておくことが、経営者の腕の見せ所です。

MVVは「軸」を決め、それ以外は柔軟に

ビジョン、ミッション、バリュー(MVV)やパーパスを明確にすること自体は悪いことではありません。清水教授は、自社独自の技術、提供する機能、特定の顧客のいずれかを重視する姿勢を決めておくことは大切だと言います。困難に直面したとき、守りたい優先順位があれば、決断を早く正確に下せるからです。

軸の例 内容
技術を軸にする 自社の技術を軸に、多様な産業と取引する
機能を軸にする 例えば「包む」という機能を軸に、紙、樹脂、木、金属、ガラスなどあらゆる素材をそろえる
顧客を軸にする 特定の顧客を軸に、求められる技術と機能を提供する

出典:清水教授への取材をもとに編集部作成

問題は明確にしすぎることです。技術もニーズも顧客も変わり続けます。すべてを固定すると動けなくなるため、軸以外は柔軟にしておくことが大切です。「がっちり決めた瞬間に老化が始まる」と語った社長もいたといいます。また、カリスマ経営者が一人で決め続ける会社は、引退後に引き継げなくなるおそれがあるため、皆で引き継いでいける言葉を共有しておくことも必要だと清水教授は言います。

人的資本を高める――技能と行動、数値目標、言葉の使い方

清水教授は、人的資本とは従業員一人ひとりの技能と行動であり、企業価値は利益だと捉えています。行動とは「行動力」という言葉にすり替えるのではなく、目的のために動き続けることです。今までのやり方を捨てて未知のことに挑み、切磋琢磨し、ときには意見を主張し、失敗してもめげない――口で言うのは簡単ですが、それを従業員に理解してもらうのは非常に難しいと言います。

数値目標は「120%の努力で達成できそうな」水準に

目標の水準 起こりやすいこと
80%の努力で達成できる 手が空いた時間に余計な仕事をつくり出す
120%の努力で達成できそう エネルギーを集中させやすく、モチベーションも上がりやすい
150%の努力が必要 始める前から諦める

出典:清水教授への取材をもとに編集部作成

目標が独り歩きして無理に売れば、翌期の数字は落ちます。清水教授は、誰かの責任を問うのではなく、経営者を含めて全員で理由を考えるクセが大切だと言います。残業も、無意味な残業と必要な残業を区別して業務改善を進めればよいとしています。

職場の言葉遣いが、人的資本を変える

清水教授は、会社の中で使われる言葉遣いに注意を促します。「必要がある」「しなければならない」「べきである」や二重否定が頻発していれば要注意です。特に「べき」は、発言者の希望にすぎないのに社会的規範のように装い、責任を回避する便利な言葉だといいます。

言い方 受け取られ方
「工場に聞かなければわかりません」 表面上は同じ意味でも、発言者の技能、責任、対応速度、相手の受け取り方が正反対になる
「工場に聞けばわかります」 前向きで、相手に安心感を与える

出典:清水教授への取材をもとに編集部作成

後工程のある仕事とない仕事をどちらを午前に、どちらを午後にやるかをあらかじめ決めておくだけでも、つまらない摩擦から解放され、残業が減っていきます。細かい点を改善していく過程で、人的資本は見違えるようになると清水教授は語ります。

社員がどんな言葉で働き、職場をどう感じているかを知ることが、前向きな組織づくりの出発点になります。

職場の風土と社員の意識を、データで把握する

失敗に寛容で、前向きな言葉が飛び交う職場かどうかは、社員が仕事や職場をどう感じているかに表れます。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」は、生成AIで従業員の属性や組織の特性に合わせた質問を作成し、職場の風土や働き方への意識を迅速にきめ細かく可視化します。

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人的資本の情報開示と中堅企業

清水教授は、上場企業への情報開示の意図は理解しており、特にダイバーシティ、コンプライアンス・労働慣行、健康・安全の分野が重要だと見ています。経営層の男女格差は、経験と能力ある人材を出自に関係なく教育し登用する原点に立ち返るよい機会であり、工場の大きな事故を数値化・比較できれば経営者の意識改革にもつながるといいます。

一方で、個人的な意見と断ったうえで、開示業務が煩雑でメリットが少なければ、人材と資金に限りのある中堅企業の中には上場廃止を選ぶ企業も出てくるのではないかと懸念しています。規制の目的がよくても、追いつけない企業が形だけを真似る結果になりかねず、バランスが大切だと清水教授は言います。

社員が前向きな言葉を使い続ける会社に

大企業の研究では自社の技術や経営者の才覚に多くのページが割かれますが、中堅企業の経営者は口々に「何よりも大切なのは社員だ」と言います。社員の教育と生活、そして社員を通じた顧客の情報収集が、会社の生命線なのです。

キャリアプランを押し付けすぎない

清水教授は、「自分の成長」を気にする学生が増えていることについて、大人がキャリアプランを押し付けている弊害ではないかと指摘します。キャリアプランを考えすぎると、合わないと思った課題を「コスパ、タイパが悪い」と避けがちになります。しかし、新しい課題の「パ」は本来見えないものです。キャリアプランは経験や環境、人生の出来事で変わっていくものであり、組織に入れば、まず顧客や取引先、上司や同僚からの信頼を得ることが第一歩だと清水教授は言います。

常に社員が前向きな言葉を使い続けていけるような会社、職場にすることが企業経営者や人事担当者にとっては重要だと思います。

――清水教授

大人は若者に自分たちができなかったことを押し付けるより、今日どんな顧客の話を聞いてきたか、顧客は喜んでくれたかを確かめ、「いつまでにできますか」と聞かれたときにどう答えるかを教えることが大切です。二重否定を使わないよう大人自身が意識を改めることが、長い目で見て大人にも若者にも生産的だと清水教授は語ります(中堅・中小企業の人事については、大木清弘准教授や藤本雅彦教授の解説記事でも紹介しています)。

よくある質問(FAQ)

Q. 中堅・中小企業のイノベーションとはどのようなものですか?

A. 清水教授は、劇的な変化や急成長だけでなく、目の前の顧客のニーズに応えて少しずつ製品を変えていく地道な努力の積み重ねもイノベーションだとしています。容器を変える、担い手を変えるなど、既存の何かを新たに入れ替えるだけの場合も多いと述べています。

Q. 日本企業がイノベーションを生むには何が必要ですか?

A. 清水教授は、厳密にはイノベーションではなく、新しい試みを続けること、それに付随する失敗を積極的に評価すること、失敗に寛容な姿勢を持つことが必要だとしています。他人の失敗を笑う意識を捨て、挑戦を称え、諦めずに挑み続けることが大切です。

Q. 経営者にとって最も重要な意思決定は何ですか?

A. 清水教授は、何かを始めることよりも、何かをやめる決定のほうが社長として重要な役割だとしています。儲からなくなった顧客や事業、祖業であっても、やめると決断できるのは社長だけであり、やめる基準を決めて社内に明確にしておくことが大切だと述べています。

Q. MVVはどのように扱えばよいですか?

A. 清水教授は、技術・機能・顧客のいずれかを重視する軸を決めておくことは大切だが、すべてを固定すると動けなくなるため、軸以外は柔軟にしておくべきだとしています。「がっちり決めた瞬間に老化が始まる」と語った社長もいたといいます。

Q. 人的資本を高めるために何ができますか?

A. 清水教授は、人的資本を従業員一人ひとりの技能と行動と捉え、120%の努力で達成できそうな数値目標を設定すること、「べき」や二重否定を多用せず前向きな言葉を使うこと、業務の順番を工夫して残業を減らすことなど、細かい改善の積み重ねを勧めています。

まとめ:地道な改善と前向きな言葉が、会社を強くする

  • 中堅・中小企業のイノベーションは、顧客のニーズに応え続ける地道な改善と、既存のものの入れ替えの積み重ね
  • 日本企業に必要なのは、新しい試みを続け、失敗を評価し、失敗に寛容であること
  • 始めるより「やめる」決断こそ社長の役割。変化の速度の差を見抜く動体視力を鍛える
  • MVVは技術・機能・顧客のいずれかの軸を決め、それ以外は柔軟にしておく
  • 人的資本は技能と行動。120%の目標、前向きな言葉、細かな業務改善で人は見違える

大きな変化を一気に起こすことだけがイノベーションではありません。顧客の声に耳を傾け、失敗を恐れずに挑み続け、社員が前向きな言葉で働ける職場をつくること。その地道な努力の連続が、中堅・中小企業の未来をつくります。

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▶ 前編:中堅企業とは?240社の社長インタビューで見えた「3つの成長型」と、顧客を選び身の丈を知る経営(内部リンク)

▶ インタビュー全文:中堅企業は地道な努力の連続(後編)(JOB Scopeマガジン)