後継者育成で大切なのは、早い段階から意思決定に参加させて経験から学ばせる「経験学習」と、トップの振る舞いを間近で見て学ばせる「観察学習」の2つです。法政大学大学院の高田朝子教授は、女性の後継者や管理職に足りないのは能力ではなく、こうした幅広い経験の機会だと語ります。
前編では、強い組織とは意思決定のやり方を柔軟に変えられる組織であり、多様な人を意思決定の場に入れることが変革の近道であることを紹介しました。後編では、その意思決定を担う人をどう育てるかを考えます。
本記事では、女性管理職と後継者の研究を長く続ける高田教授へのインタビューをもとに、後継者育成に欠かせない経験学習と観察学習、女性の後継者や管理職に経験が足りない理由、女性の登用が進まない理由と増やす方法、トップの意識改革、そして意思決定を軸としたこれからのリーダーシップについて解説します。
この記事でわかること
・後継者育成に欠かせない「経験学習」と「観察学習」
・女性の後継者や管理職に足りないのは能力ではなく「経験」
・機会を奪う「優しい虐待」と、本人に決めさせることの大切さ
・女性管理職が増えない理由と、数を増やすことの意味
・意思決定を軸としたこれからのリーダーシップと権限移譲
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授(取材時)。立教大学経済学部経済学科卒業後、モルガン・スタンレー証券会社勤務を経て留学。1992年Thunderbird国際経営大学院修了、国際経営学修士(MIM)。1996年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、経営学修士(MBA)。2002年同博士課程修了、博士(経営学)。高千穂大学経営学部専任講師、助教授を経て、2008年法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科准教授、2011年より現職。専門は組織行動、リーダーシップ、ファミリービジネス。著書に『手間ひまかける経営』『女性マネージャーの働き方改革2.0』(いずれも生産性出版)など。イオンディライト株式会社社外取締役(取材時)。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
中小企業、特にファミリービジネスでは、今も「息子に継がせたい」という経営者が多数派です。高田教授が女性後継者を研究する中で気づいたのは、男性の後継者のほうが「後継者としての教育を受けた期間」が長いことです。長男の優位性が強く、特に地方では「娘はいつか嫁に行くから」と、後継者選びが男性に偏りがちです。
高田教授は、男性でも女性でも、子どもに継がせたいなら早いタイミングで教育を始めるべきだと言います。管理職や役員になるには、目の前の部署の事実だけでなく、会社全体の未来予想図を考える必要があります。全体を俯瞰する立場へと視点を変える経験を、時間をかけて積ませることが重要です。
後継者に限らず、人材育成で大切なこととして、高田教授は次の2つの学びを挙げています。
| 経験学習 | 観察学習 | |
|---|---|---|
| 意味 | 経験から学ぶこと | 他人が意思決定する場を見て学ぶこと |
| 磨かれるもの | 意思決定の精度。意思決定は訓練によってのみ上達する | 上に立つ者の振る舞い方 |
| 実践の例 | 後継者を早い段階から意思決定の場に参加させ、決めて、誤りがあれば修正する経験を重ねさせる | 役員に近い部署への配属、役員の「かばん持ち」、重要な会議や会合への同席 |
| ルーツ | ― | 「帝王学」。父親から子へ、政治の決め方や臣下への報酬の配り方などの振る舞いを、横で見せて学ばせてきた |
出典:高田教授への取材をもとに編集部作成
誰も最初からよい意思決定はできません。意思決定をして、誤りがあれば修正し、どう着地させるかの思考実験を繰り返しながら、再び意思決定をする――この一連の流れが経営には欠かせません。後継者を育てたいなら、家族かどうかにかかわらず、早い段階で意思決定の場に引き込み、多くの決定を経験させるべきだと高田教授は言います。
日本だけでなく海外でも女性管理職と後継者を研究してきた高田教授は、男性との決定的な違いは幅広い経験の差であり、能力の差はないと言います。幅広い経験がないと、組織やコミュニティの中での振る舞いや意思決定を幅広く学べず、仕事の「ささいなこと」の経験値に差が出るのです。
企業の中では、男性には帝王学に近い経験ができる場があります。役員に近い部署への配属や役員のかばん持ちは、伝統的に男性が担うことが圧倒的に多かったといいます。若いうちから「社長は役員会でこう振る舞うのか」「こんな根回しをしているのか」と、トップの行動を観察する機会を得ているのです。夜の会合での意思決定に立ち会うのも、これまではほとんどが男性でした。
子どもがいる女性を夜の会合に連れて行くことや、きつい仕事を任せることに、上司が躊躇するケースがあります。高田教授はこれを「優しい虐待」と呼んでいます。上司にとっては優しさのつもりでも、きつい仕事には多くの場合それ相応の果実があり、その機会を奪うことになるからです。
「本人に決めさせてください」
――高田教授
本人が「ベビーシッターに預けてでも会合に行きたい」「きついのはわかっているがやってみたい」と言うなら、やらせればよい。上司が思い込みで決めることではないのです。経験学習や観察学習がすべて実になるとは限りませんが、問題は機会を奪うことです。機会は均等にあるべきであり、人材育成に近道はなく、自分で経験し学び取るという王道が結局は一番効果的だと高田教授は語ります。
近年は、蔵元を娘が継ぐケースも目立ってきました。杜氏を目指して大学の醸造学科に進む女性も増えています。日本酒づくりは、米づくりから瓶詰めまで地域の人を多く雇用し、神社への奉納などを通じて地域コミュニティとのつながりも強い産業です。地域に貢献することに喜びを感じる若い世代にとって、親和性が高いと高田教授は見ています。
女性の管理職登用がなかなか進まない理由について、高田教授はまず、管理職になる「うまみ」が少ないことを挙げます。苦しく、責任を負わされ、日本の雇用慣行では給料もそれほど上がりません。苦労している管理職を見れば、私生活を犠牲にしてまでなりたいとは思えないのです。
上場企業は仕組みが整い、女性社員も増え、女性管理職比率の開示も求められているため、増加は時間の問題だと高田教授は見ています。気になるのは、日本の大多数を占める中小企業です。厚生労働省の調査でも、管理職に占める女性の割合は課長相当職で12.3%、部長相当職で8.7%にとどまっています(「令和6年度 雇用均等基本調査」)。
| 中小企業で女性登用が進まない理由 | 内容 |
|---|---|
| ① 社長の問題 | 「女性はすぐ辞める」などと考える声の大きい社長が一定数おり、周囲も何も言えない |
| ② 女性自身の現状維持志向 | 相談相手や社外のネットワーク、他のキャリアの選択肢がないと、意思決定の場に関わること自体を面倒に感じ、現状維持を選ぶほうが得だと考えてしまう |
出典:高田教授への取材をもとに編集部作成
どちらも、社長が「このままでは会社が回らない」と自覚し、自ら女性活躍の旗振り役になるところから始まると高田教授は言います(管理職を敬遠する理由については、坂爪洋美教授の解説記事でも紹介しています)。
女性マネージャーの育成を加速するために、高田教授が「間違いなく必要」と語るのがトップの意識改革です。成功体験が強すぎると「このやり方で今の地位に来たのだから、このままでよい」と考えがちです。トップが本気になれば、周りの役員も変わります。
あるシンクタンクの調査では、現場の女性が最も失望し、辞めようと思うのは、トップの言うことと現場で起きていることが違うときだったといいます。女性活躍を掲げ、仕組みを用意しても、いざ応募しようとすると「まだテスト中だから」「推薦制だから」と言われれば、絵に描いた餅になってしまいます。
トップの方針が現場でどう受け止められ、運用されているかを把握するには、社員の声をデータでつかむことが手がかりになります。
トップの方針と現場の実感のずれを、データでつかむ
女性活躍などの施策が「絵に描いた餅」になっていないかを確かめるには、現場の社員が制度や職場をどう感じているかを把握することが大切です。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」は、生成AIで従業員の属性や組織の特性に合わせた質問を作成し、組織の状態を迅速にきめ細かく可視化します。
長年女性マネージャーの研修を担当してきた高田教授は、10年ほど前は受講者の多くが主任クラスだったのに対し、ここ5〜6年は普通に女性マネージャーが参加し、役員クラスが視野に入る人も出てきたと言います。大企業を中心に女性の昇進は増えており、今後さらに加速すると見ています。
人は、自分と似た要素を持つ人から強い影響を受けます。シリコンバレーで起業家が次々と生まれるのは、似た夢を持つ人が身近にいて「自分にもできる」と思えるからです。同じように、管理職に昇進する女性が出たら、その事実を広く知らせるべきです。「あの人がなれたのだから私も」と思う人が出てくるからです。
| 数を増やすことの意味 | 内容 |
|---|---|
| 役員候補が生まれる | 男性100人が管理職になっても、役員になるのは1〜2人。女性管理職も数を増やせば、その中から役員が生まれる |
| 小さな失敗が目立たなくなる | 少数派のうちは注目されやすく小さな失敗も目立つが、数が増えればその影響は薄れる |
| 事例が次の挑戦を生む | 身近なロールモデルが「自分にもできる」という意識を生む |
出典:高田教授への取材をもとに編集部作成
そのため高田教授は、数年間はクオータ制(一定数のポストを女性に割り当てる制度)を導入するくらいでもよいと考えています(女性リーダー育成の進め方については、関口倫紀教授の解説記事でも紹介しています)。
これからのリーダーに求められる能力として、高田教授は意思決定の力を挙げます。かつてのリーダーシップは人を統率する力でした。それも大切ですが、社会の変化が激しくなると、いちいち上に伺いを立てていては間に合いません。現場で決めることが求められ、それが合理的になります。そもそも、マネジャーの仕事は意思決定なのです。
決めることは訓練であり、訓練は回数、つまり経験です。高田教授は、決める訓練をリーダーシップの評価に組み込むべきだと言います。
| これからの組織とリーダーシップ | 内容 |
|---|---|
| 権限移譲と分散型の組織 | 意思決定の深さと速さを両立させるには、現場で思考実験を重ねて決める必要がある。人口減少の中、分業を効率的に回すためのピラミッド構造の必要性は薄れている |
| 個人が尊重される組織 | 心理的安全性が担保され、他人へのリスペクトがある組織。人が会って交流し、コミュニケーションが豊かな組織ほどリーダーシップを発揮しやすい |
| 「自分ならこうする」と考える個人 | 上に決めてもらうのではなく、自分なりの答えを持って物事に関わる姿勢からリーダーシップが生まれる |
出典:高田教授への取材をもとに編集部作成
A. 高田教授は、男性でも女性でも、継がせたいなら早いタイミングで教育を始め、全体を俯瞰する視点を時間をかけて養うべきだとしています。具体的には、早い段階から意思決定の場に参加させる「経験学習」と、トップの振る舞いを間近で見せる「観察学習」の2つが欠かせないとしています。
A. 経験学習は、自ら意思決定をして、誤りがあれば修正する経験から学ぶことです。観察学習は、トップなど他人が意思決定する場や振る舞いを間近で見て学ぶことで、かつて「帝王学」と呼ばれてきたものに近い学び方です。
A. 高田教授は、男性との違いは能力ではなく幅広い経験の差だとしています。役員の近くで働く、重要な会合に同席するなど、トップの振る舞いを観察し意思決定を経験する機会が男性に偏ってきたためです。上司が配慮のつもりで機会を与えない「優しい虐待」も一因だとしています。
A. 高田教授は、トップの意識改革と、施策が現場で運用されているかの目配りが欠かせないとしています。さらに、意識的に数を増やし、昇進した女性を広く知らせることで「自分にもできる」と思える人が増えるため、数年間はクオータ制を導入するくらいでもよいと述べています。
A. 高田教授は、意思決定の力だとしています。社会の変化が激しく、現場で速く決めることが求められるためです。決めることは訓練であり、経験の回数で磨かれるため、決める訓練をリーダーシップの評価に組み込み、権限移譲を進めるべきだとしています。
意思決定の力は、経験によってしか磨かれません。後継者にも、女性にも、若手にも、その機会を均等に開くことが、変化の時代を生き抜く組織とリーダーを育てる道です。
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