強い組織とは、環境の変化に合わせて、意思決定のやり方を柔軟に変えられる組織です。法政大学大学院の高田朝子教授は、前例踏襲を第一の選択肢とする組織は強くならず、過去の成功体験から抜け出すには、多様な人を意思決定の場に入れる仕組みが欠かせないと語ります。
バブル崩壊後の「失われた30年」を経て、多くの日本企業の経営基盤はなお脆弱です。不連続で予測の難しい時代を乗り越えるには、新しい時代ならではの組織とリーダーシップが求められています。
本記事では、組織行動、リーダーシップ、ファミリービジネスを専門とする高田教授へのインタビューをもとに、人本主義経営から見た人的資本経営、日本企業を縛る「過去の成功体験」、意思決定の場に多様な人を入れる意味、ジョブ型雇用の広がりと「なんちゃってジョブ型」の落とし穴、強い組織の定義、そして経営者が変われない理由について解説します。
この記事でわかること
・人本主義経営の視点から見た人的資本経営
・日本企業を縛る「過去の成功体験」と「行動の規則」
・意思決定の場に多様な人を入れることが変革の近道である理由
・ジョブ型雇用の広がりと「なんちゃってジョブ型」の落とし穴
・強い組織とは何か、経営者が変われない「一貫性の法則」
取材協力:高田 朝子(たかだ あさこ)氏
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授(取材時)。立教大学経済学部経済学科卒業後、モルガン・スタンレー証券会社勤務を経て留学。1992年Thunderbird国際経営大学院修了、国際経営学修士(MIM)。1996年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、経営学修士(MBA)。2002年同博士課程修了、博士(経営学)。高千穂大学経営学部専任講師、助教授を経て、2008年法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科准教授、2011年より現職。専門は組織行動、リーダーシップ、ファミリービジネス。著書に『手間ひまかける経営』『女性マネージャーの働き方改革2.0』(いずれも生産性出版)など。イオンディライト株式会社社外取締役(取材時)。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
人本主義経営から見た人的資本経営
日本はもともと、人を大切にする人本主義経営を掲げてきました。そのため高田教授は、「人的資本経営」と言われても新しい感じはしないと言います。
| 時代 | 企業と従業員の関係 |
|---|---|
| 高度経済成長期〜 | 似た教育を受けた人が集まる企業が、従業員を家族のように守り、長く働いてもらう。従業員は生活の安定と安心を得て、企業も強くなる「お互いに利のある関係」 |
| バブル崩壊後 | 国際競争で効率が最重視され、効率とトレードオフになりやすい教育・育成の余裕がなくなる。「自己責任」という言葉に置き換わり、人本主義のよさが失われていった |
| 現在 | 人的資本という言葉が先行する一方、従業員にはかつての「会社が守ってくれる」という安心感がない |
出典:高田教授への取材をもとに編集部作成
日本企業を縛る「過去の成功体験」
高田教授は、今の日本は強烈な過渡期にあり、本来捨てるべきなのに今も考え方の基本になっているのが「過去の成功体験」だと指摘します。
戦後復興からバブルまでの「Japan as No.1」の時代を実際に知る人は、今の企業では少数派です。しかし、残りの大多数の人も、その時代につくられた「行動の規則」によって教育されてきました。その行動の規則が陳腐化するスピードが速くなり、途方に暮れている――それが今の日本の姿だと高田教授は言います。
一番大事なのは、過去の成功体験を持つ人が、新しいものを取り入れようと意思を持ち、それを実行することです。しかし、人はすぐには変わりません。そこで高田教授が勧めるのが、ダイバーシティを進めることです。
意思決定の場に多様な人を入れる
高田教授は、今までの行動の規則を重視しない人を意思決定の現場に引き込み、そこで決めていく仕組みをつくることが、これからの日本企業に欠かせないと言います。現状維持ではもう対応できないからです。
意思決定の場では、同じ属性の人ばかりが集まる状態を避けるべきです。女性かもしれないし、LGBTQの人かもしれない。いずれにせよ、これまでのエリートコース以外の人を入れていくことです。
高田教授が経営改革に関わるある大手新聞社では、指標の一つとして「女性のいない会議をつくらない」ことに取り組んでいます。会議は基本的に意思決定の場です。似たような人たちが集まってすべてを決めるままでは何も変わりません。決める場に多様な人がいる状態を恒常的につくる――その会社でも、改革から3年目にようやく女性管理職比率が上向き始めたといいます。
ジョブ型は広がる――ただし「なんちゃってジョブ型」に注意
高田教授は、ジョブ型は一定数あってよく、人手不足の中で拡大していくと見ています。すべての働き方がジョブ型である必要はありませんが、働き方の多様化を認めなければ、企業は立ち行かなくなるからです。
背景の一つが、育児と介護のダブルケアです。高田教授が教えるビジネススクールでは、40歳前後で親になり、その後すぐに実親の介護が始まる人が増えています。こうした人は、時間を確保しやすいジョブ型のほうが働きやすいのです。メンバーシップ型の働き方を物理的に続けられない人は、男女ともに増えていきます。
| ジョブ型を導入するときの注意点 | 内容 |
|---|---|
| 「ジョブ型です」と割り切る | ジョブ型を選んだ社員に、メンバーシップ型の振る舞いを求めてはいけない |
| 「なんちゃってジョブ型」をつくらない | ジョブ型はスキルや成果で評価する働き方。慣れ親しんだメンバーシップ型の視点で評価しない |
| 専門性を高める方向で育成する | ジョブ型人材は、専門性を高める方向で育てる |
| キャリアのラダー(はしご)を複数用意する | ライフイベントや出会いを経てマネジメントに関心を持つ人もいる。ラダーを変えるときの手続きや評価を決めておかないと混乱する |
| マネジャーの育成方法を考える | ジョブ型からどうマネジャーを育てるかは、さらに検討が必要 |
出典:高田教授への取材をもとに編集部作成
ジョブ型は人生をどう考えるかを、社員にも企業にも突きつけるものであり、人材育成の面では一筋縄ではいかないと高田教授は言います。
ジョブ型の要素を取り入れる際には、評価の考え方やキャリアのラダーまで含めて全体像を設計しておくことが、混乱を防ぐ鍵になります。
「なんちゃってジョブ型」にしないために
ジョブ型を機能させるには、職務の定義だけでなく、評価の考え方やキャリアのラダー、育成の方向性まで一貫して設計することが欠かせません。JOB Scopeでは、ジョブ型人事制度を設計するためのフレームワークをまとめた資料を無料で提供しています。
強い組織とは?――意思決定のやり方を柔軟に変えられる組織
高田教授は、強い組織を「環境に対してフレキシブルに意思決定のやり方を変えられる組織」と定義しています。
| 強くならない組織 | 強い組織 | |
|---|---|---|
| 意思決定 | 前例踏襲がファーストチョイス | 環境に合わせて意思決定のやり方を柔軟に変える |
| 過去の成功体験 | 成功体験があるがゆえに、やり方を変えられない | 一つのやり方に固執しない |
| 変化への対応 | 予測の範囲内でしか対応できない | さまざまなパターンを試し、トライアンドエラーで進める |
出典:高田教授への取材をもとに編集部作成
世の中が予測の範囲内で動くなら前例踏襲でも対応できました。しかし今は変化が非常に速く、想定外のことも多く起こります。だからこそ、一つのやり方に固執せず、トライアンドエラーをしながら進められる組織が強いのです。
経営者が変われない理由――「一貫性の法則」
特に中小企業の経営者は、自分のスタイルにこだわりがちです。高田教授は、心理学の「一貫性の法則」(自分の行動や発言、信念などに一貫性を持ちたいという心理)で説明します。一貫性を守ることは、深く考えなくてよいため、人の脳にとって楽なことです。前例踏襲は、まさに一貫性を守ることです。
- 過去の成功体験のおかげで会社が大きくなったという意識がある
- やり方を変えることが、自分のアイデンティティの否定のように感じられる
- 怒ったり、かたくなに守りの行動に出たりする
- ますます現状維持に固執する
このサイクルを断ち切るには、「従来のやり方の否定=自分の否定」という思い込みを打ち破るだけの経験を、経営者自身がすることが一番だと高田教授は言います(過去の成功体験を手放す「アンラーニング」については、松尾睦教授の解説記事でも紹介しています)。
よくある質問(FAQ)
Q. 強い組織とは何ですか?
A. 高田教授は、強い組織とは環境に対して柔軟に意思決定のやり方を変えられる組織だと定義しています。前例踏襲を第一の選択肢とする組織は強くならず、一つのやり方に固執せず、さまざまなパターンを試してトライアンドエラーで進められる組織が強いとしています。
Q. 日本企業が変われないのはなぜですか?
A. 高田教授は、戦後復興からバブルまでの成功体験が「行動の規則」として刷り込まれ、その陳腐化が速まる中で途方に暮れていることを挙げています。過去の成功体験を持つ人が新しいものを取り入れる意思を持ち、実行することが最も求められているとしています。
Q. 組織を変えるにはどうすればよいですか?
A. 高田教授は、ダイバーシティを進め、今までの行動の規則を重視しない多様な人を意思決定の場に入れる仕組みをつくることを勧めています。例えば「女性のいない会議をつくらない」ことを指標にした大手新聞社では、改革3年目に女性管理職比率が上向き始めたといいます。
Q. 「なんちゃってジョブ型」とは何ですか?
A. ジョブ型を導入しながら、メンバーシップ型の視点で評価したり、メンバーシップ型の振る舞いを求めたりする状態です。高田教授は、ジョブ型はスキルや成果で評価する働き方であり、企業として割り切るとともに、キャリアのラダーを複数用意しておくべきだとしています。
Q. 経営者が自分のやり方を変えられないのはなぜですか?
A. 高田教授は、心理学の「一貫性の法則」で説明しています。過去の成功体験で会社が大きくなったという意識があると、やり方を変えることが自分のアイデンティティの否定のように感じられ、ますます現状維持に固執してしまうといいます。
まとめ:強い組織は、意思決定のやり方を変え続けられる組織
- 日本はもともと人本主義経営の国。バブル崩壊後に失われた「お互いに利のある関係」の再構築が問われている
- 日本企業は、過去の成功体験から生まれた「行動の規則」に縛られている
- 変革の近道は、多様な人を意思決定の場に入れる仕組みを恒常的につくること
- ジョブ型は人手不足とダブルケアの中で広がる。「なんちゃってジョブ型」を避け、キャリアのラダーを複数用意する
- 強い組織とは、環境に合わせて意思決定のやり方を柔軟に変えられる組織。経営者自身が「一貫性」の壁を越える経験が必要
後編では、後継者育成に欠かせない「経験学習」と「観察学習」、女性の後継者や管理職が増えない理由と増やす方法、トップの意識改革、そして意思決定を軸としたこれからのリーダーシップについて解説します。
多様な働き方とキャリアを支える人事制度を
ジョブ型とメンバーシップ型が共存し、社員がライフイベントに応じてキャリアのラダーを選べるようにするには、それを支える人事制度の設計が欠かせません。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援する人事制度改革プラットフォームです。
▶ 後編:後継者育成はどう進める?「経験学習」と「観察学習」で意思決定力を磨く方法と、女性の後継者・管理職を増やす鍵(内部リンク))
▶ インタビュー全文:新しい時代ならではの強い組織とリーダーシップが必要(前編)(JOB Scopeマガジン)