[JOBSCOPE]教授インタビュー解説

アンコンシャスバイアスと人事施策|女性活躍・育休・シニア|和歌山大学・厨子直之教授

作成者: JOB Scope編集部|Oct 18, 2026, 6:49:10 AM

 

アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み・偏見)にもとづいて設計された人事施策は、良かれと思って導入しても、期待した効果を上げにくくなります。和歌山大学の厨子直之教授は、多様性の確保は基本的に企業の成長にプラスだとしたうえで、制度を整えるだけでなく、一人ひとりの価値観を分析して本質を見抜くことが欠かせないと指摘します。

女性活躍、男性の育児休業、シニアの継続雇用――多様な人材の活躍に向けた制度は充実してきました。それでも、女性の管理職登用は思うように進まず、育休も形だけの取得にとどまる例があります。何が足りないのでしょうか。

本記事では、厨子教授へのインタビューをもとに、ダイバーシティ施策が逆効果になる理由とアンコンシャスバイアスの問題、男性育休を促す3つの組織的支援、シニアのモチベーションとリスキリング、ジョブ型への完全移行が難しい理由と日本型のジョブ型の考え方、そして人事が流行に流されないための「データに基づく意思決定」を解説します。

この記事でわかること

・アンコンシャスバイアスが人事施策の効果を下げる理由

・男性育休を促す3つの組織的支援(トップの関与・業務の共有・コミュニティ)

・シニアのモチベーションを高める契約の考え方と、リスキリング

・ジョブ型への完全移行が難しい理由と、限定正社員の生かし方

・流行に流されない「データに基づく意思決定」と、中小企業の強み

取材協力:厨子 直之 氏

和歌山大学 経済学部 経済学科 教授(取材時)。2002年関西学院大学商学部卒業。2007年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。専門はポジティブ組織行動、人的資源管理。経営行動科学学会 副編集委員長。民間企業や大学病院で、定量的なデータ分析やポジティブ心理学にもとづく人材育成の講演・研修も行う。主な著書に『経験から学ぶ人的資源管理〔第3版〕』(共著、有斐閣、2025年)、『こころの資本――心理的資本とその展開』(共訳、中央経済社、2020年)など。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

多様性は成長にプラス、ただし施策が逆効果になることも

多様性の確保は企業の成長にプラスになるのか。厨子教授は、基本的にはプラスにつながるとしつつ、場合によってはマイナスになると言います。

厨子教授が紹介するのが、小泉大輔・朴弘文・平野光俊(2013)の研究(『経営行動科学』第26巻第1号)です。女性の「就業を継続できる」という効力感(就業継続効力感)に、どのような施策が効くのかを分析しています。

施策 女性の就業継続効力感への影響
ポジティブアクション(女性の活躍を後押しする積極的な取り組み) プラスに働く
拘束性の緩和(在宅勤務、勤務地限定制度など) プラスに働く
ポジティブアクションとしての育児休業制度の導入・充実 マイナスに働く結果も見られた

出典:小泉大輔・朴弘文・平野光俊(2013)『経営行動科学』第26巻第1号をもとに編集部作成

育休の充実は女性にとって良いことだと思われがちです。しかし実際には、働きやすさを高める取り組みのほうが就業継続に効くこともあります。その背景にあるのが、アンコンシャスバイアスです。

「女性はこうだから」という思い込みが施策を空回りさせる

「女性はこうだから、こうすべき」という思い込みにもとづく施策は、良い効果を期待しにくいと厨子教授は言います。例えば「結婚・出産をしたら責任の重い仕事はしたくないだろう」という見方は思い込みであり、実際には一人ひとりの価値観は多様です。

ダイバーシティ推進には、法制度や人事制度の充実だけでなく、アンコンシャスバイアスへの対処が必要です。一人ひとりの価値観を分析し、本質を見抜くことが求められます。外国人についても、「外国人だからこうだ」という認識を改める必要があると厨子教授は指摘します。

人的資本経営に関する報道の分析(前編参照)でも、女性活躍や賃金格差は依然として話題に上がり続けています。このテーマが今なお取り上げられ続けていること自体が、諸外国と比べて女性の活躍や管理職登用が加速していないことを示していると厨子教授は見ています。

男性育休を「形だけ」にしない3つの組織的支援

男性の育休取得率は上昇していますが、1日だけ取得させて取得率を上げる企業もあります。厨子教授は、1日だけの取得が育休本来の意味に結びついているとは言えないと指摘します。

厨子教授がウェールズ大学トリニティセントデイビッド(UWTSD)のMBAプログラムで指導した修士論文では、男性の育休経験者へのインタビュー調査から、取得を促す要因として次の3つが挙がりました。

促進要因 内容
① 組織トップの関与 育休を推進する風土をつくる。社長自身も取得し、社員に奨励するくらいの強い想いが必要
② 共有可能な業務 複数人で業務を共有したり代行したりできる、仕事を他の人がこなせる環境をつくる
③ 父親コミュニティ 育休について気軽に話せる任意の場。育休中の仕事の状況への不安を解消する情報共有の場にもなる。経営層も参加する

出典:厨子教授への取材(UWTSDのMBAプログラムの修士論文にもとづく)をもとに編集部作成

制度の充実だけでなく、トップのリーダーシップ、柔軟な職務設計、コミュニティによる心理的な安心感の醸成といった組織的な支援が重要です。これらは男女を問わず、活躍推進のポイントになると厨子教授は言います。なお、業務を他の人が代替できるようにすることは、職務を明確に区切るジョブ型の考え方とは逆行する面もあると補足しています。

半年から1年、職場を離れる本人は「職場に復帰できるか」「昇進できるか」という不安を抱えています。心理面のケアを行い、安心感を与えることが大切です(男性の育児休業が女性活躍につながる条件については、川口章教授の解説記事でも紹介しています)。

シニアの活躍とリスキリングはワンセット

労務行政研究所の2023年の調査では、高齢者・シニア雇用の課題として「モチベーションアップ」が最上位に挙がっています。シニア雇用に移ると報酬が下がったり、仕事の内容が大きく変わったりするため、日本企業でシニアの活躍が進んでいるとはまだ言えません。意欲や自律性を高める職場配置が十分でないというのが、厨子教授の率直な見方です。

ポイント 内容
本人の希望を聞く 本人の希望を聞きながら、次の仕事を契約していく
賃金を下げる根拠を示す 賃金を下げる場合は、その根拠を明示して納得感を得る
ジョブ型契約への移行 仕事内容と処遇を明確にし、単年度ごとに契約を更新するイメージで納得感を高める
リスキリング シニアの活躍には必要。ただし企業の投資はまだ十分に浸透していない

出典:厨子教授への取材をもとに編集部作成

シニアの活躍にはリスキリングも欠かせません。しかし、リスキリングに好意的な考えはあるものの、導入はまだ進んでいないと厨子教授は感じています(ミドル・シニアの活躍と企業の育成責任については、守屋貴司教授の解説記事でも紹介しています)。

シニアとジョブ型で契約を結ぶには、担ってもらう仕事の内容や期待する役割を、あらかじめ言葉にしておくことが前提になります。

職務の内容と期待役割を言語化する

シニアの継続雇用で納得感のある契約を結ぶには、職務の内容と期待される役割、それに見合う処遇を明確にしておくことが役立ちます。DEFiDEでは、ジョブ型人事の基本となる職務の枠組みをまとめた資料を提供しています。

▶ ジョブ型人事の資料をダウンロードする

ジョブ型への完全移行は難しい――日本なりのジョブ型を

厨子教授は、多くの人が言うように、ジョブ型雇用へ完全に移行することはないと考えています。一方で、グローバル化やダイバーシティが進むと、年齢や能力といった属性で報酬を決める日本の仕組みは、海外の人材に理解・受容されにくくなります。そのため、仕事の価値と成果で評価するジョブ型への移行は、進む、あるいは進まざるを得ないとも見ています。

人事管理論の佐藤博樹氏は、メンバーシップ型とジョブ型は理念型であり、現実にそのままの形では存在しないと述べています。だからこそ、日本なりのジョブ型など、多様なあり方があってよいと厨子教授は言います。

完全なジョブ型が難しい理由 内容
教育システム 日本の教育には欧米のような職業教育の色彩がほとんどなく、新卒を経験者として採用するのは難しい。時間をかけて仕事にマッチングさせるメンバーシップ型の育成も依然として重要
次世代リーダーの育成 リーダーを短期間で飛躍的に成長させるには、幅広い異動(ローテーション)が必要になる
限定正社員の扱い 職務や勤務地が限定される限定正社員には、幅広いローテーションをかけにくい

出典:厨子教授への取材をもとに編集部作成

ただし、限定正社員にも優秀な人は多くいます。キャリアの段階に応じて限定正社員と無限定正社員を柔軟に転換できるようにすること、そして限定された職務の中でも次世代リーダーをどう育てるかが、今後ますます求められると厨子教授は言います。

流行に流されない「データに基づく意思決定」

厨子教授は、経営の現場でデータに基づく意思決定がますます重要になると強調します。人事は流行に流されやすく、大企業の取り組みが優れて見えることもありますが、どの企業にも当てはまる万能な施策はありません。

スタンフォード大学ビジネススクールのジェフリー・フェファー教授は、共著書『事実に基づいた経営――なぜ「当たり前」ができないのか?』(東洋経済新報社)で、企業の失敗は、世間の通説を十分に検証せず鵜呑みにすることから起こると指摘しています。

観点 流行に流される人事 データに基づく人事
施策の選び方 話題のテーマや大企業の取り組みをそのまま取り入れる 自社の現場のデータやエビデンスで、効果を確かめてから選ぶ
測定 測ること自体が目的になり、現場が疲弊する 働きがいや価値向上という目的に必要な指標に絞る
目指す姿 開示や数値化に偏る 開示・測定と働きがいの「両軸」を実現する

出典:厨子教授への取材をもとに編集部作成

中小・中堅企業には、社員との距離が近く、データを集めやすいという強みがあります。現場にある貴重なエビデンスを見逃さず、自社ならではの持続的な価値につなげる議論をすること。そして、人的資本情報の開示・測定と、現場に寄り添った働きがいという「両軸経営」を実現することが人的資本経営の本質だと厨子教授は語ります。

よくある質問(FAQ)

Q. アンコンシャスバイアスは人事施策にどう影響しますか?

A. 「女性はこうだからこうすべき」といった無意識の思い込みにもとづく施策は、良い効果を期待しにくくなります。厨子教授は、法制度や人事制度を充実させるだけでなく、一人ひとりの価値観を分析して本質を見抜くことが必要だとしています。

Q. 女性活躍の施策が逆効果になることはありますか?

A. 厨子教授が紹介する研究では、在宅勤務や勤務地限定などの拘束性の緩和は女性の就業継続効力感を高める一方、ポジティブアクションとしての育児休業制度の導入・充実がマイナスに働く結果も見られました。働きやすさを高める取り組みのほうが就業継続に効くこともあるといいます。

Q. 男性の育休取得を促すには何が必要ですか?

A. 厨子教授が指導した修士論文の調査では、①社長自身も取得するなど組織トップの関与、②複数人での業務の共有・代行、③育休について気軽に話せる父親コミュニティの3つが促進要因として挙がりました。復帰や昇進への不安に対する心理面のケアも大切です。

Q. 日本でジョブ型へ完全に移行できますか?

A. 厨子教授は、完全な移行は難しいと見ています。職業教育の色彩が薄い日本の教育システムでは新卒の経験者採用が難しく、次世代リーダーの育成には幅広い異動が必要だからです。一方で、グローバル化に伴い日本なりのジョブ型への移行は進むとしています。

Q. データに基づく意思決定はなぜ人事に必要ですか?

A. 人事は流行に流されやすく、大企業の取り組みが優れて見えても万能な施策はないからです。厨子教授は、中小・中堅企業は社員との距離が近くデータを集めやすい強みがあるとし、現場のエビデンスを生かして自社ならではの価値につなげることを勧めています。

まとめ:思い込みではなく、一人ひとりの価値観と自社のデータで人事を考える

  • 多様性の確保は基本的に成長にプラス。ただしアンコンシャスバイアスにもとづく施策は逆効果になりうる
  • 男性育休は、トップの関与、業務の共有、父親コミュニティという組織的支援で「形だけ」から抜け出せる
  • シニアの活躍には、本人の希望を聞く契約、賃金の根拠の明示、リスキリングがワンセット
  • ジョブ型への完全移行は難しい。日本なりのジョブ型と、限定・無限定正社員の柔軟な転換を考える
  • 流行や通説を鵜呑みにせず、自社の現場のデータとエビデンスで意思決定し、開示・測定と働きがいの「両軸経営」を目指す

多様な人材の活躍も、人的資本経営も、出発点は自社の社員一人ひとりです。思い込みや流行ではなく、社員の価値観や声というデータから施策を考えることが、人事の本質といえるでしょう。

多様な人材を生かす人事のあり方を相談する

女性活躍、男性育休、シニアの継続雇用、ジョブ型の導入など、多様な人材の活躍に向けた人事制度の見直しについて、DEFiDEに相談できます。

▶ 人材マネジメントについて相談する

▶ 前編:人的資本経営の課題とは?「働きがい」の軽視、測りすぎ、開示のジレンマと、働きがいを高める越境学習・キャリア支援(内部リンク)

▶ インタビュー全文:データに基づく意思決定の重要性を伝えたい(後編)(JOB Scopeマガジン)