組織改革/人的資本

競争力を加速させる部門横断のバリューチェーン

 

ベンチャー・スタートアップ企業は、創業当時には立ち上げメンバー一丸となって事業を前に進めているはずです。
しかし会社が一定規模になると「部門の壁」問題が立ちはだかり、創業当時のような勢いやスピーディな意思決定がしにくくなります。

「組織の壁」は大手企業でよく耳にする課題ですが、中小企業でもこの課題が発生するメカニズムは同様で、むしろ規模が大きくなりすぎる前に対処するのが重要となります。

一定規模までは、ある種の“気合”で事業成長は可能ですが、それ以上の競争力を獲得するためには、組織の力を最大限に活用する必要があります。
組織の存在が壁となるか、成長力の源泉となるかは、部門を超えた取り組みの有無に左右されます。

今回は部門を分断させず連携できるための部門横断のバリューチェーンについて、必要性や設計において重視すべきことについて取り上げます。

 


1.企業活動の根底にはバリューチェーンの概念が必要

ビジネス規模(売上規模)や業界、企業ごとの戦略によって、組織の設計はさまざまです。またビジネス環境の変化に合わせ、組織は常に変化し続けているといっても過言ではありません。

一方でどんな企業であっても、バリューチェーン(Value Chain:価値連鎖)に沿って顧客へ価値を提供するという構造は同じであり、それを支える組織の役割分担には多くの共通点があります。

バリューチェーンという言葉は、本来はメーカーの製造プロセスで一般的に使われる概念です。製造業のオペレーションに関する用語や定義についてグローバルで標準化を推進しているASCM/APICSという団体では、バリューチェーンを次のように定義しています。

【バリューチェーンとは?】
企業が消費者に販売し、支払いを受け取る商品やサービスの価値を増大する企業内の機能

出典:サプライチェーンマネジメント辞典 APICSディクショナリー第16版

現在では、メーカーに限らず幅広い業種で製品に使われる概念です。製品・サービスの新しい価値を生み出してから顧客に届けるプロセスを、社内組織で効果的に役割分担するためです。

具体的にバリューチェーンは、図の例のようにさまざまな機能が連携することによって構成されており、各機能は社内の組織に紐づいていきます。

バリューチェーンの概念図

バリューチェーンの言葉通り、この活動はチェーンとして価値が連鎖することが重要です。

企業によっては、製造段階で素晴らしい製品・サービスを生み出しても、顧客に届けるプロセスがうまくいかないなどのケースが散見されます。
このように連鎖が分断されると、各組織が必死に活動したとしても、結果的に企業の利益につながりにくくなってしまうのです。


2.なぜ、部門横断のバリューチェーンが必要か

営業、開発などの部門が各々の組織目標を達成すべく奔走することは良いことですが、部門成果の足し算が企業の成果となっては、それ以上の成果は見込めないでしょう。

足し算ではなく、掛け算として企業成果の総和を広げるためには、部門を横断するバリューチェーンを志向する必要があります。

近年では「部門横断チーム」や「全社横断プロジェクト」など専門チームを立ち上げ、意図的に部門横断の動きを促進する組織の作り方もあります。
専門チームは組織図に掲載されることから、全社員からの注目を浴び、「部門横断の動きを推奨する」という経営からの強烈なメッセージになります。

ただし気を付けなくてはいけないのは、最終的には特定組織に頼らずに、全社的に部門横断で連携をとるような「風土」までの昇華を狙うことです。
経営や人事は、その最終的なゴールを念頭において、特定組織ではなく全社的に部門横断が進むような仕組みや仕掛けを志向しなくてはなりません。


3.バリューチェーンの第一歩目は現状の見える化

現状の見える化イメージ全社的な部門横断を推進するには、本来的には組織改編を含めたバリューチェーンを構築する必要があります。

その際、日本企業で障壁になるのは、業務の可視化が進んでいない点でしょう。
あるべきバリューチェーンを目指すためには、現在の業務を分解し、フラットにあるべき姿を再構築する必要があります。

しかし日本企業は部署名による区分はあれど、その業務がどのような成果責任があり、どのようなスキルを持った人材が担うべきかなどの粒度では可視化できていないのが実情です。
例えば、バリューチェーン上での「販売・マーケティング」のような機能をどこの組織でも担っていなかったり、あるいは複数の組織で担ったりして効率を下げる事態に気づけなくなってしまいます。

あるべき組織を作るためには、人事制度で大きな転換が必要です。従来型の職能をベースとした人事制度なのであれば、ジョブ型の概念を持ち込むことが推奨されます。
各部門の役割や部門業務、成果責任を明確化した職務定義などを通じて、まずは現状をつまびらかにしていくのです。


4.バリューチェーンに不可欠な顧客の視点

現状の見える化ができれば、次に理想的な部門横断バリューチェーンが成立するための組織体制や業務プロセスを再構築します。
バリューチェーンを構築する際に大事な点は、顧客の視点で設計することです。

組織を再編成しようとすると、ついつい人員・予算など目の前の事情に引きずられて考えてしまいがちになります。社内視点のみで設計をしてしまうと、顧客が受け取るべきバリューの連鎖のどこかにひずみが生じることが予想されます。

マーケティングでは、自社の製品・サービスを顧客に届ける戦略を考えるマーケティングミックスというフレームワークがあります。

従来はマーケティングミックスには「売り手側」「自社側」の視点で捉える4P分析が主流でしたが、近年は「買い手側」「顧客側」の視点で捉える4C分析が加わりました。

4P分析は、1960年のアメリカで生まれた概念です。その時代は「プロダクトアウト」と呼ばれる、作り手サイドのマーケティング戦略を重視する傾向がありました。

しかし世の中に製品・サービスや情報が溢れかえり、モノを作っても売れない時代になりました。そこで顧客の視点に立って製品・サービスの開発を行う「マーケットイン」という発想が生まれました。

そのため、マーケティングにおいても、4Pを製品・サービスを選ぶ顧客側の視点で捉えなおす必要が生じました。そこで生まれたのが4C分析です。

自社視点の4Pと顧客視点の4C

バリューチェーンを再構築する場合、「どうやって価値を届けるのか」という自社視点だけでなく、顧客側の「どうやって価値を受け取るのか」の視点が不可欠となります。
マーケティングミックスのようなフレームワークも活用し、あらためて真っ新な目で顧客の立場に立つことも重要でしょう。


5.バリューチェーンはペルソナを起点に運用する

望ましいバリューチェーンを構築できたとしても、変化の激しいマーケットでは運用面において細かいチューニングやブラッシュアップが必要となります。

その際、見直しの基準となるのが「部門共通のペルソナ」の存在です。
ペルソナ(persona)とは、直訳すると「人格」という意味です。商品やサービスを利用する典型的な顧客モデルのことで、マーケティングにおける概念です。

ペルソナは具体的であればあるほど、部門間で共通認識が生まれやすくなります。
年齢、性別、居住地、職業、役職、年収、家族構成、趣味、特技、価値観、ライフスタイルなど、実際に実在しているかのようにリアリティのある仮想の顧客プロフィールを作るのです。

1992年のアメリカで「おむつとビール」という逸話が話題になりました。
「おむつを買った人はビールを買う傾向がある」というデータマイニングの分析結果が出たからです。

ペルソナがない企業は、この謎の現象に首をかしげるだけで終わるでしょう。
ただしペルソナを設定し、常に顧客の状況を注視している企業であれば、この現象が起こる仮説が立てられます。
「子供のいる家庭では母親がかさばる紙おむつを買うように父親に頼み、店に来た父親はついでに缶ビールを購入していた。従って、この2つを並べて陳列したところ、売り上げが上昇した」という顧客インサイトに基づく要因特定に到達できることでしょう。

設定したペルソナは各部門で共有することで、さらに部門横断の動きが加速することも期待できます。
例えば、マーケティング、営業、カスタマーサービスのすべての部門で、潜在顧客~ロイヤル顧客までナーチャリング(育成)するような、一気通貫した活動が展開できます。

創業期間もない中小企業の場合、とかく新規顧客の開拓に集中しがちになります。
しかし一定の企業規模になると、顧客開拓のみならず顧客維持やリピート促進などさまざまな状況にある顧客への対応が求められます。

社内の対応部署が分断されてしまうと、どこかの顧客層の満足は得られても、どこかの顧客層のフォローは手薄になる状況が予想されます。

そんなときも各部門でペルソナが共有されていれば、柔軟かつスピーディに手薄な層をリカバリするような体制が組めるようになります。


まとめ

組織というものは、同じ企業ミッション・ビジョンに一丸に向かっているようでも、ある程度の規模になると、部門によって僅かなズレが生じてしまうものです。

社内がバラバラになるのを防ぐのは、顧客の存在です。
顧客の存在がないと各部門が良かれと思った動きが、結果的に相乗効果を生まないどころか、どこかの部門の阻害要因にもなりかねません。

「顧客を大事に」というのはスローガンだけでなく、部門組織に反映されて初めて意味が生まれます。
社内の分断が気になりだした場合は、各部門の事情に目を向ける前に、顧客の視点に立ち返ってみてはいかがでしょうか。

 

JOB Scope編集部

著者: JOB Scope編集部

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