第3回
2024/02/21
目次
本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦」にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。
第1回 株式会社木元省美堂
これらは売上が10億円前後で、社員数で言えば100人以下が多い。大企業や中堅企業のような様々な仕組みが十分に機能しているとは言えない一面があるのかもしれないが、中小企業としては果敢に挑んでいると捉えることができよう。
今回(第3回)と次回(第4回)では、社会保険労務士法人名南経営の代表であり、株式会社名南経営コンサルティング代表取締役副社長の大津章敬(おおつあきのり)氏を取材した内容を紹介したい。
01 ―――
名南経営(名古屋市)は、1966年に税理士法人からスタートした。税理士である創業者は、企業へのワンストップサービスの実現を目指し、1968年に社会保険労務士と行政書士の事業を開始。その後、業績拡大にともない、名南コンサルティングネットワークとなり、税理士、社会保険労務士(以降、社労士)、行書書士のほか、公認会計士、弁護士、司法書士などがスタッフとなり、顧客企業を多面的に支援することができるようにした。
社労士部門は1970年代から拡大し、小山 邦彦氏(現 名南経営相談役)が2代目代表をしていた2010年に社会保険労務士法人名南経営となる。小山氏は、1985年から2016年まで代表を務めた。2016年から、大津章敬(おおつあきのり)氏が3代目の代表となる。
2024年現在、社会保険労務士法人名南経営の職員数は社会保険労務士や人事労務コンサルタントら約40人。全国でも最大級の社労士法人として知られる。顧客の大半が企業や団体で、名古屋市をはじめとした東海地方のほか、関西圏、首都圏の中堅企業から大企業まで幅広い。
社員の入社・退職などの労働・社会保険手続きや給与計算をはじめ、労務相談、人事制度の構築を支援する。最近は、グローバル化の影響で駐在員の規定など海外人事労務サービス支援やM&A・事業再編に労務面から関わる。社労士の3号業務(人事労務コンサルティング)に強いと言われている。
大津氏は大学3年生のときに社会保険労務士資格を取得し、1994年に新卒で名南経営グループに入社。社会保険労務士として中小、中堅企業から大企業まで幅広く、人事労務のコンサルティングに関わる。専門は、企業の人事制度整備・ワークルール策定など人事労務環境整備。全国での講演や執筆を積極的に行う。2016年10月に社会保険労務士法人名南経営代表に就任。2021年からは、全国社会保険労務士会連合会 常任理事として、全国45,000人の社労士に対する研修、そして国への各種政策提言の責任者を務めている。
社会保険労務士法人名南経営 代表 大津章敬 氏
02 ―――
「22歳から3代目の代表となった40歳前後まで、2代目の小山(邦彦氏)のそばで学んできました。それは、きっと師匠と弟子に近い関係だったのではないかと思います。長い間、マンツーマンで様々なことを教わり、吸収してきたので3代目になる際に特別なレクチャーを受けたわけではないのです。
3代目としてスタートする時に2代目が残してくれたもの、たとえば既存の事業や仕組みに感謝する一方で、それらを今の時代に合わせていくことも必要と思いました。たとえば、1代目、2代目の時に請け負った企業のビジネスのあり方が、今の時代にはやや合わないのかもしれない、と思うものもあります。これらがあり、現在の売上が成り立っていますから、否定する考えはもちろんありません。
一例で言えば、企業から給与計算業務を請け負っていますが、以前は、現在のようなパソコンやスマホで入力できる勤怠管理システムが浸透していませんでした。最近はそれが増えていますが、1~2代目の時からの顧客企業の中には、今でも紙の出勤簿を使っているケースが少数ですがあります。
この場合、こちらで毎日の出社や退社の時間を確認し、給与を計算することになります。こういうことはここ10数年、ITデジタル化を私たちは進めていますから、しだいに減りつつはあります。
2、3代目の中には先代が残した社員、たとえばベテランのいわば番頭的なタイプの社員への対応に苦労する人もいるようです。私の場合は、それはほとんどなかったのかもしれません。名南経営の社労士部門に入った時に社労士は5人程しかいませんでしたから」
03 ―――
「給与計算を受注する機会が増えたのは、その頃(1990年代後半~)に「戦略的アウトソーシング」という考え方が企業社会全体で普及したことがあるか、と思います。
この時代よりも前は、給与計算は自社の経理や総務で対応していたケースが多かったのですが、人件費の圧縮、削減を1つの理由に外部の社労士事務所などに委託するようになったのです。戦略的アウトソーシングのあり方は時代とともに変わっていくものですが、今後も給与計算業務へのニーズは増えていくと思います。
人事制度構築を中心とした人事労務のコンサルティングの依頼が増えたのは、小山が中心となり、長年取り組み、つくってきた信用や実績、企業とのネットワークがこの時期になり、芽生えたからではないでしょうか。
私は1994年に名南経営に入社した時から、このようなコンサルティングに深く関わりたいと願っていましたから、やりがいを感じる日々ではありました。仮に3代目になったならば、このコンサルティングの中でさらに強力な商品をつくりたい、とも思っていました」
この2つは大津氏が2016年に3代目となった以降も、事業の大きな柱であり続けている
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2016年以降、大津氏が3代目として特に力を入れたのが、下記の3点だった。
「いずれも人事労務コンサルティングの先にあるもの、と私は考えています。1で言えば、人事制度を構築し、顧客企業で導入したとします。そこから、新たな問題が生じる場合があります。
たとえば、人事評価や昇進、昇格、育成などが挙げられます。これらにも継続的にサポートをしていこうとするのが、人事労務の相談顧問です。また、働き方改革の時代となり、労働関係法令の改正が相次ぐようになり、その対応のためのアドバイスを求められることも増加しました。これも追い風となりました。
2については、事業承継やM&Aが増えたことで、近年、急激に伸びている業務となります。
これらの3つの業務は2代目の小山の頃から段階的に進めてきたのですが、その蓄積もあり、私が代表になってから大きく伸びました。業務改革の観点から捉えると、手続き業務が多い社労士業界の中でコンサルティングや労務相談の顧問業務を増やし、その延長として社労士の会員制組織であるLCGを作り、事業を拡大したことか、と思います」
日本人事労務コンサルタントグループ【LCG】
|社会保険労務士とコンサルタントの集団 (lcgjapan.com)
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日本人事労務コンサルティンググループ(LCG)は、大津氏が小山氏らとともに長年取り組み、培った人事労務コンサルティングのノウハウを同業者である社労士に提供することを1つの目的としている。
2024年現在、全国の1,600事務所を超える社労士が会員となり、参加する。社労士事務所の業務にあわせた各種システムを提供するとともに、各分野で活躍する講師を迎え、タイムリーなセミナーなどを開催している。2020年からはコロナウィルス感染拡大したことを踏まえ、ウェブでのオンラインによる講演も増やしてきた。それらの一部は、エックス(旧 ツイッター)やフェイスブックで随時、紹介している。
名南経営は1、2代目の頃から「社労士の3号業務(人事労務コンサルティング)に強い」と言われるが、その評価がゆるぎないものになった理由の1つはこのLCGの成功にある。
日本人事労務コンサルティンググループ(LCG)のフェイスブック
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大津氏は、自らを「ITデジタル推進派。可能な限り、推し進めるべき」と言いきる。その1つは、企業から請け負う役所などへの手続業務の電子化を段階的に進めてきたことだ。
「以前は、たとえば企業に入社した社員に関する氏名や生年月日などの個人情報をそこの総務や経理の担当者からファクスなどで送っていただき、こちらで公的な書類に手書きで記入し、年金事務所やハローワーク(職業安定所)に持っていくことをしていました。
現在は、顧客からの仕事の依頼や公文書の納品も専用のシステムで行っており、FAXや郵送は激減しました。実際の諸手続きについても、原則として電子申請100%の対応としたことで公的機関に書類を持参することがほぼなくなり、私たちにとって時間やコストを相当に減らすことができたのです。以前は、「職安担当」といった担当者を配置し、頻繁に職業安定所に行っていました。この時間や労力を減らすことができただけでも、大きなメリットと言えます。
ファクスからネットワークシステムへ、と一気に切り替えたのではなく、この10年程、担当の社労士がそれぞれの企業に丁寧に説明し、ご理解をいただき、合意のうえ、段階的に切り替えてきました。ファクスでのやりとりを求める企業が今もごく一部にありますが、大半はネットでのやりとりになっています」
07 ―――
「給与計算についても以前は、私どもで計算し、印刷した紙の給与明細書を顧客企業に郵送し、そこの経理や総務から個々の社員に渡すことをしていました。これも、双方ともに一定のコストや手間が発生します。最近は個々の企業に説明し、ご理解をいただき、合意のうえで給与明細の電子化(WEB配信)を進めています。
私のほうからは名南経営の各職員には、「いつまでにこのくらいの数の企業に電子化にご協力をいただけるように」といった目標は与えていますが、相手の企業に強制をするものではありません。意思に反して電子化をしてもらうようなことは避けるように繰り返し指示しています。
これらの電子化は弊社にとってメリットがあるだけでなく、顧客企業にとっても大きなメリットがあるのです。たとえば、2020年前後からのコロナウィルス感染拡大の時、オフィスに出社できなくなることがありました。その際、メールのやりとりができると安全で、効率的であり、ペーパーレス化などコスト削減にもなるはずです」
08 ―――
木企業とのメールによるやりとりは、誤送信といったリスクもありうる。人事に関する内容は、プライバシーに関するものや深刻なものも少なくない。大津氏はそれも踏まえ、対応している。
「最近は一部の企業では入社の手続きの際、新たに入った社員の氏名とメールアドレスをその企業が契約する外部の企業が運営するクラウドシステムに登録します。すると、本人にメールが届くので、各自がスマホなどで会社に届出が必要な氏名、住所、基礎年金番号などを入力します。
この内容を企業の総務部門がチェックし、その後、名南経営の担当者がクラウド上で確認し、各種手続きを進めることになります。これにより、転記や情報転送の手間をなくすと同時にミスも撲滅し、企業・当社双方の業務負担、コストを削減できるのです。雇用契約や入退社手続き、年末調整などの手続きをペーパーレス化し、データとして蓄積することもできます。
私たちはこれらのことを企業に伝え、双方の協力でデジタル化を進めてきました。一連の電子化の試みで、私たちの残業時間は大幅に減りました。企業側の総務や経理の担当者の負担も減っていると思います。
社労士の業界も顧客企業の業界も人手不足の影響を受けています。状況を見て人を増やすことも大切ですが、業務改善を通じて、そもそもの業務量を減らすことも必要なのです。その意味で、ITデジタルを上手く使うのは双方にとってますます重要になります」
次回は、3代目である大津氏のデジタル改革をさらに深堀りする。ITデジタルを進める際のセキュリティの保護や今後の課題などをテーマにした内容となる。
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