第4回
2024/02/21
目次
本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦」にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。
これらは売上が10億円前後で、社員数で言えば100人以下が多い。大企業や中堅企業のような様々な仕組みが十分に機能しているとは言えない一面があるのかもしれないが、中小企業としては果敢に挑んでいると捉えることができよう。
前回(第3回)と今回(第4回)では、社会保険労務士法人名南経営の代表であり、株式会社名南経営コンサルティング代表取締役副社長の大津章敬(おおつあきのり)氏を取材した内容を紹介したい。
2024年現在、社会保険労務士法人名南経営の職員数は社会保険労務士や人事労務コンサルタントら約40人。全国でも最大級の社労士法人として知られる。顧客の大半が企業や団体で、名古屋市をはじめとした東海地方のほか、関西圏、首都圏の中堅企業から大企業まで幅広い。
社員の入社・退職などの労働・社会保険手続きや給与計算をはじめ、労務相談、人事制度の構築を支援する。最近は、グローバル化の影響で駐在員の規定など海外人事労務サービス支援やM&A・事業再編に労務面から関わる。社労士の3号業務(人事労務コンサルティング)に強いと言われている。
大津氏は大学3年生のときに社会保険労務士資格を取得し、1994年に新卒で名南経営グループに入社。社会保険労務士として中小、中堅企業から大企業まで幅広く、人事労務のコンサルティングに関わる。専門は、企業の人事制度整備・ワークルール策定など人事労務環境整備。全国での講演や執筆を積極的に行う。2016年10月に社会保険労務士法人名南経営代表に就任。2021年からは、全国社会保険労務士会連合会 常任理事として、全国45,000人の社労士に対する研修、そして国への各種政策提言の責任者を務めている。
01 ―――
3代目の代表となった大津氏はITデジタルの改革を推し進める一方で、顧客企業に関する情報の扱いには細心の注意を払ってきた。人事労務に関する情報は、個人情報であるものや解雇など重大な問題もあるためだ。
「顧客企業とのやりとりを安心、安全、快適に行うために、名南経営のシステム開発者らが税理士や社労士が顧客企業とのやりとりの際に使うことを想定し、開発した専用システム「MyKomon」(マイコモン)を私たちの社労士法人でも利用しています。
【公式】マイコモン | 会計事務所ための生産性向上ツール (mykomon.com)
社内の共通ルールとして、顧客企業とのやりとりは原則として全員が「MyKomon」に限定し、使います。アウトルックのメールやグーグルのメールをはじめ、フリーメール、チャットツール、LINEやフェイスブックなどいずれもビジネスの場でも役に立つはずです。プライベートでは、私もこれらを使うことがあります。
それでも、名南経営の一員として顧客企業とやりとりをする際は、「MyKomon」に限定し、使用しています。私たちが顧客企業との間で扱う情報は人事労務に関するものですから、情報は厳重に管理、保護すべきなのです。
顧客企業とのやりとりでアウトルックのメールやグーグルのメール、フリーメール、チャットツール、LINEやフェイスブックを使おうとする場合、事前に配属部署の所属長に申請し、許可を得ることにしています。無許可の場合、会社が貸与するパソコンやスマホでこれらのツールやアプリは使えないようにシステム上、制限を掛けています」
02 ―――
「MyKomon」のほうが、たとえばフリーメールよりは情報保護の面でははるかに安全で、確実です。そもそも高いセキュリティを誇るシステムであり、誤送信のような問題も生じません。私たちの職員全員の顧客企業とのやりとりの一元管理もできます。
仮に担当の社労士が病欠の場合、顧客企業とのそれまでの履歴が残っていますから、名南経営のほかの社労士が早急に対処できます。私たちの社労士法人は、40人ほどの職員が在籍しています。その組織力を生かした仕事をするためにも、個々の職員がバラバラに動くのではなく、職員が1つの組織としてチームとして企業の依頼や要望に迅速に、正確に応えるようにしています。その意味でも、一元管理ができるようにしているのです。
「MyKomon」は、(前回、第3回で説明したような)日本人事労務コンサルティンググループ(LCG)の会員である社労士にも提供し、利用を促進しています。社労士が顧客企業とのやりとりをする際に有益と考えているからです」
03 ―――
2020年のコロナウィルス感染拡大により、多くの企業がZoomのようなオンラインツールを使い、打ち合わせや会議、報告や連絡、相談をするようになっている。大津氏は、それよりも前からオンラインツールを全社で使うように試みてきた。
たとえば、顧客企業から労務相談を受ける場合などだ。ただし、そこで話し合う内容には企業経営に大きな影響を与えるものや、正解がない問題も多いことから、オンラインのみで終えることはしていないという。
「内容によっては互いに踏み込んだ話になるケースもあり、状況に応じてリアル(面談)とオンラインと使い分けるようにしているのです。もともと、名南経営は創業者が税理士でしたから、当時から顧客企業に出向く機会が多く、それが社風として今もあるように感じます。我々、社労士も先方に出向くことは多いのです。先方が、こちらのオフィスに来られることもあります。
特に労務トラブルの時は、直接会うようにしています。トラブルに遭ったことで生じる顧客企業の感情面にも、こちらとしては配慮すべきと考えているためです。可能な限り、寄り添いたいのです。
コンサルティングもまた、オンラインだけで終えるのは難しいケースがあります。たとえば、人事評価制度について話し合う時です。パソコンの画面の前でこちらが話すだけでは、相手に正確に伝わらないことがありえます。
このような時には実際に会い、模造紙を使い、説明し、ワークショップのように顧客企業の担当者らとディスカッションをしながら、理解を深めるのがよいように思います。とはいえ、様々なケースがありますから、顧客企業の考えや要望を聞きつつ、リアルか、オンラインかを決めています」
04 ―――
なぜ、顧客企業とのやりとりをオンラインのみで終えるのが難しいのかー。それを理解するために、2020年に私たち編集部の担当者が大津氏にヒアリングをした際に答えていた内容の一部を紹介したい。
「パワハラの研修や講演をすると、質問を受けることがあります。多いのは、パワハラのラインです。つまり、何を持ってパワハラと呼ぶのかといった判断基準を知りたいのだろうと思います。
厚生労働省が定めた言わば、最低限のガイドラインは確かにありますが、日々の仕事において絶対的な基準は存在しないのです。たとえば、上司で言えば、部下との関係性によって接し方を変えていくしかないのだと思います。これは、私も気をつけているところです」
この「日々の仕事において絶対的な基準は存在しない」といった指摘をオンラインでさらにくわしく説明し、顧客企業の人事担当者の理解を得るのは相当に難しいのではないだろうか。また、内容がシリアスで、オンラインだけで話を終えるのには適さないのかもしれない。
大津氏は、次のようにも答えていた。
「クライアントである会社の総務や人事から、社員との労務トラブルの相談を受けることはあります。第三者である私に自社の社員を「使える、使えない(戦力になる、ならない)」とはっきりとは言いませんが、それに意味が近いことを話す場合があるのです。
「使えない」とする理由で最も多いのは、「仕事をなかなか覚えない」「上司が問題のある行動を注意するが、あらたまらない」「上司が言ったこと(指示したこと)しかしない」などです。その場で私は、「使える、使えない」といった言葉に反応はしません。背景や本来の問題をお聞きするようにします」
この「背景や本来の問題をお聞きするようにします」も、オンラインだけでは難しいのではないだろうか。顧客企業の側も言いにくい場合があるかもしれない。
05 ―――
大津氏は、さらにこう語っていた。これもリアリティーがある話だが、オンラインだけで詳細を伝え、理解を深めてもらうのは難しいのではないだろうか。
「他のケースで相談を受ける場合でも、会社が社員を「使えない」と評価する時は、「上司が言ったこと(指示したこと)しかしない」タイプが多いように思います。言い換えると、上司の考えていることや部下に求めていることを察して、先回りして対処できる部下を「使える」と高く評価する傾向があるのでしょうね。
この場合の「先回り」は本来、上司へのゴマすりやおだてを意味するものではないはずです。ところが、いい気分にさせてくれる部下を高く評価する上司がいるようです。
たとえば、ある中小企業では、社長とは意思疎通が十分にできているので、その一面では「部分最適」なのかもしれませんが、他の仕事のレベルを見ると必ずしも「デキル人」とは言えない管理職がいます。それでも、高い評価を受けているのです。この会社以外にも、客観的に見て、仕事ができるわけではないのに人事の処遇で優遇されている人は少なからずいます。
さらに言えば、上司は自分と似たような仕事の仕方をする部下を「使える」と高く評価する傾向があるように思います」
これは顧客企業の人事担当者の理解力を心得たうえで説明をしないと、誤解を招くことがあるのかもしれない。とはいえ、たとえば「客観的に見て、仕事ができるわけではないのに人事の処遇で優遇されている人は少なからずいます」といった指摘は、多くの企業が心得ておくべきことなのではないか。とすると、リアル(面談)の場で直接、向かい合い、説明すべきことなのだろう。
大津氏はこのようなことを考慮し、オンラインですべてを終えるのは難しいと話している、と思われる。
06 ―――
大津氏は、1997年に2代目代表の小山氏(現在、相談役)らとともに人事労務サイト「労務ドットコム」を立ち上げ、インターネットを通じて人事労務関連情報の提供に力を入れている。
これ以前から、大津氏は特に人事労務に関する雑誌や新聞、書籍などで執筆をしたり、インタビュー取材を積極的に受けている。ほかの社労士法人や社労士事務所もマスメディアに登場するが、社会保険労務士法人名南経営ほどに露出度は高くはない。
大津氏が1997年当初から編集責任者を務め、毎日、官報や厚生労働省の審議会資料に目を通し、必要がある場合、それに関する内容をコンパクトにまとめ、アップロードする。毎日、ブログを更新することで社労士や企業、団体、公的機関のアクセスが多く、2024年現在では毎月約30万人が閲覧している。人事労務業界の企業や団体が運営するウェブサイトでは、アクセス数が最も多い部類に入り、いわばハブのような存在になっている。
労務ドットコム | 名南経営が提供する人事労務管理情報サイト (roumu.com)
原点は、大津氏が個人で人事労務管理に関するホームページを1995年に立ち上げたことにある。大津氏によると、「当時は人事労務管理に関する情報を得ようとすると書籍や専門誌を購読するしか方法がなかった。企業の人事労務管理の現場を見ると、情報不足であるがゆえに、もしくは基本的な規程や契約書が整備されていないがゆえに無用なトラブルや労使の認識のズレが発生していると感じていた」という。
そこで、無料で使える就業規則集や書式集をつくり、ホームページに公開した。多くのアクセスを集めたことから、名南経営として1997年に「労務ドットコム」を立ち上げた。2019年9月に全面リニューアルを行い、現在に至る。人事労務に関する膨大な書式や書類、データがアップされているために、社労士や企業の人事担当者がすぐに使えるようになっている。ニュース性に加え、利便性や資料性の高いウェブサイトとも言えよう。
07 ―――
2023年12月の時点では、事業の現状と今後の課題についてこう語っている。
「私が2016年に代表になってから挑んだ3つの事業は、人事労務の相談顧問(相談に特化したサービス)と、人事労務デューデリジェンス業務、そして日本人事労務コンサルティンググループ(LCG)の運営(社労士の団体)でした。これらは、比較的順調に進んできたように思います。
ITデジタルへの取り組みもおおむねよくできているのですが、課題もあります。士業の事務所と言えば、人の入れ替わりが激しいというイメージをお持ちの方もいらっしゃるのではないかと思いますが、当社では勤続15年を超えるようなベテランも多く在籍しています。
実績が豊富ということではよいのですが、仕事のやり方を抜本的に変えるためにはどうしても抵抗感があるケースが少なくないと感じています。これは、現在の仕事のやり方にプライドを持っており、かつ実際に仕事のレベルが高いので、止むを得ないでしょうね。
特にクラウドのツールを活用する場合には、システムに業務を合わせることが必要な場合があり、時として、従来に仕事のやり方よりも精度が落ちることがありえます。従来が過剰品質になっていたと感じることもありますが、そのような場合にはしっかりと議論をして、あるべき業務品質を確認することも求められます。
それでも、私はITデジタルの施策を推し進めてきました。その際、年齢が若い人たちにまず、試みてもらい、その効果が組織内ではっきりとわかるようにしています。そうなると、中堅やベテランの人もそれを試みるようになります。
ITデジタルの施策に挑むことで、個々の仕事の質をさらに高め、効率よくすることで量を減らし、その空いた時間で知識や情報を得る学習をすることができます。社労士としての技能を一段と高めることができるのです。
(前回、第3回で説明したように)人手不足は深刻化し、社労士の業界にも影響を与えています。新たに人を雇うことと並行し、仕事のあり方そのものも改革すべきと私は考えているのです」
08 ―――
大津氏は2020年の私たちのヒアリングでは、2代目の小山氏から引き継いだ時をこう振り返り、3代目としての今後の抱負を語っていた。
「私には、「師匠」(2代目の小山氏のこと)と呼べる上司がいました。30代前半の頃、「今後、人事コンサルタントの道を極めるならば、外資系のコンサルティングファームに移ったほうがチャンスは増える。お前ならば、できる!」と言ってくれたのです。
それよりも10年ほど前から、その上司のもと、マンツーマン指導を受けていました。育て上げた部下を手放してでも、私の将来のことを考えていてくれたのだと思うと、うれしくなりました。「この人を裏切れない」と、その後も現在の会社に残り、懸命に人事コンサルティングに取り組むようになりました。
2016年に上司は役員を退任し、その後を受け継ぐ形で私が就任しました。上司は今、相談役として勤務していますが、私に役員の仕事について何かの意見を言うことはありません。本当は、言いたいことがあるのかもしれませんね。その意味で、私よりははるかに懐の深い人です。
そのような思いを持ち、部下たちと接するようにしています。自分に問題がある場合は、素直に謝るようにもしています。私は、部下のありがたい行動などにとっさにお礼や感謝が言えない時があり、誤解を招いてしまう場合があるのです。ふだんから、気をつけるようにしています。
上司は、「職場環境整備業」であるべきです。部下が働きやすい環境の調整をする一方で、部下の仕事の問題などの責任を取ることが求められます。私も、そうありたいといつも思っています」
2代目の代表のことを「懐の深い人」と話している。リーダーとして組織を率いる場合、部下たちを様々な意味で受け入れるのは、確かに極めて重要である。特に売上が10億円前後ならば、なおさらだろう。ITデジタルがさらなる発展をしても、リーダーの人格や性格、気質によって組織や部下は成長もするし、弱くもなる。そこを見失わないのが、大津氏の優れた資質なのかもしれない。