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寛容の心がない経営者こそが、辞めたほうがいい / 社会保険労務士 中村紳一(その3)

作成者: JOB Scope編集部|2026/05/18

シリーズ あの人この人の「働き方」

この人に「キャリア」あり!
寛容の心がない経営者こそが、辞めたほうがいい

~ 社会保険労務士 中村紳一(その3)~

 

今回は社会保険労務士で埼玉一人親方部会理事長、一般社団法人埼玉労災事業主協会代表理事の中村紳一さん(63歳)を取材した。3回完結の最終回(その3)。

 

 

AI時代に中小企業が生き残るために最も大事なことは何か?技術でも仕組みでもなく、「人」と「心」にあると語る中村紳一氏。ゼロからの創業から売上約5億円を達成した経営者として、40年以上のキャリアから導き出した本質的な経営哲学を語る。

 

 

 


 

 

 

01 ―――

まとめ

 

「稼ぐ力」が最も重要である理由

 

中村氏は、かつての同僚(銀行をリストラされた50歳目前の男性)の話から重要な気づきを得た。同僚は退職金2000万円超、高年収、マイホーム、充実した福利厚生という恵まれた環境にありながら、リストラに強い不満を抱いていた。中村氏はその姿を見て、こう考えた。「財産や退職金よりも、何より大事なのは『稼ぐ力』だ」と。

 

リストラされても、老後になっても、稼げる力さえあれば不安は少ない。逆に、いくらお金があっても稼ぐ力がなければ常に不安が付きまとう——。自営業として40年以上生きてきた中村氏の実感だ。

 

AI時代に「代えのきかない人」になる方法

 

中村氏は、ほとんどの社労士がAIに仕事を取られている状況を冷静に分析する。「AIに勝てない業務に固執するのは危険。社労士という枠の中にとどまっている限り、生き残れない」と警告。生き残るために重視しているのは、主に次のことだ。

 

  • ・誰と付き合うかより、誰と付き合わないかを決める
  • ・納得できない仕事は請けない
  • ・自分にしかできない価値を提供し、「代えのきかない人」になる

 

特に個人事業主や自営業、小規模事業では、モチベーションが最も重要な経営資源だと強調する。だからこそ、誰と付き合わないかを決めたり、納得できない仕事をしないことを説く。

 

創業以来続けている「毎日ランチ全額負担」の理由

 

中村氏は2011年の創業時から、従業員全員のランチを毎日全額負担(1人1000〜2000円)する。「高いと思ったことは一度もない。元気に出社して、楽しく仕事をしてくれるならむしろ安い」と語る。人間関係とモチベーションを大切にする。「これこそ、AIには絶対にできない領域だ」。

 

事業継承と最終的な結論

 

2026年現在、売上5億円から10億円を目指す。事業継承も視野に入れ始めた。息子が後を継ぐ可能性もある中、最も重視しているのは「事務所の資産価値を高めること」。その鍵となるのが、「寛容の心」。「特に中小企業では、優秀な人材が集まりにくい、ハンディが多い。だからこそ、リーダーに寛容の心が欠かせない。部下の失敗にヒステリックに反応する経営者こそ、辞めた方がいいのではないかと思います」

 

 

 

02 ―――

生きていくうえで大切なのは「稼ぐ力」

 

中村氏は「社会人になってから歩んできた道は大きな誤りはなかった」と振り返る。1985年に大学を卒業した後、一部上場のメーカーに勤務をしたものの、数年間で退職。バブル時代の末期だった。

 


埼玉労災一人親方部会のオフィス(埼玉県さいたま市)

「メーカーに勤務していた頃の同僚から15年程前に突然、連絡が決ました。久しぶりに都内で会いました。彼は私と同じ年でその時、50歳目前。メーカーを退職後、九州の有力地方銀行に転職し、実績を積んだようですが、私と会った数か月前にリストラになり、辞めていました。そこに不満があったみたいです。私のことをブログで知り、人事労務にくわしい社労士だから深い話し合いができると思ったのかもしれませんね。

 

話を聞くと、50歳前の退職金が2000万円を超えているようです。銀行在籍中の賃金は、地域の中堅や中小企業と比べてはるかに高い。福利厚生も驚くべく充実している。立派なマイホームを持ち、妻や子と幸せな家庭を築いていた。その時点で大きな病気もしていない。再就職もした。これだけの状況が整っていながら、なぜ不満なのかと不思議に思いました。

 

しかも、九州から東京に1人で来て、言わば旅行に来ている。当時、社労士として個人事務所を営んでいた自分からすると、そんな経済的、時間的な余裕はうらやましい限り。自慢話をしに来たのかなと思ったぐらいでした。

 

おそらく、共感して欲しかったのでしょうね。「リストラになってこんな苦しい思いをしている。同情して慰めてほしい」と…。突き放すことなく、じっと聞きましたが、世間相場からすると冷たい仕打ちを受けたとは思えません。リストラのプロセスに法律面で問題があったようには見えないし、退職条件も相当に恵まれている。社労士として中小企業のリストラを多数見ましたが、こんな好待遇は聞いたことがない。

 

つくづく思うのですが、財産や資産運用よりも、生きていくうえで大切なのは「稼ぐ力」ではないかと思います。その力があるならば、リストラになっても、老後も大きな心配はいらないでしょう。数億円のお金を握ったとしても、稼ぐ力がないと常に不安感や不安はつきまとうのではないでしょうか。そういう時代になっていると思います」

 

 

 

03 ―――

生き残るためには、「代えのきかない人」になること

 

最近は会社員を辞めて自営業としてスタートし、収入を増やそうとする人がいる。会社員を続けながら副業をする人も増えてきた。これらも「稼ぐ力」と言えるのだろうが、中村氏は厳しくも、鋭い指摘をする。

 

「20代から40年以上にわたり、自営業をしてきた経験で言えば自営業をする人は創業当初はやぶれかぶれのケースが多い。人生がうまくいかなくて、先のことをあまり考えずに始める。私も、そのひとりでした…。厳しい社会だから、なりふり構わずでないと生き残れないかもしれませんね。

 

生き残るためには、「代えのきかない人」になること。発注側はさまざまな理由から、何かがあれば他の自営業者に変えます。私も無念な思いを大量にしました。「代えのきかない人」になるためには自分にしかできないことをして、それで認められないといけない。大勢の人と同じことをしていてはムリ。「何をするとビジネスとして成功し、報酬としてお金を得るのか」と考えるべき。私も、そうありたいと思っています。2011年に現在の事務所を設立したのも、そのような経緯からです」

 

AIの処理能力の高さを認め、多くの事務処理を大胆に任せ、自らは従業員や顧問の弁護士、税理士、社労士との信頼関係構築に力を入れる。これも、「何をするとビジネスとして成功し、報酬としてお金を得るのか」と考えたうえでのことだ。「ほとんどの社労士はAIには勝てない。業務の大半を奪われる。長年、稼ぐ力を身につけることをしてこなかったからだ」とも強調する。

 

「社会保険労務士の中には AIに大量の仕事を奪われつつあるのに、“社労士”とアピールする人がいます。世間では、そんなに高く評価されていません。ところが、社労士が互いに“私たちはすごいよね”と励まし合う。自信がないからでしょう。社労士という職業そのものが行き詰まっているのだから、枠の中にいたらダメ。それを壊したり、飛び越えないといけない。“弁護士・社労士”とか、“○○大卒社労士”とレッテルを張っている場合ではない」

 

 

 

04 ―――

最も大事なのは誰と付き合わないか、どういう仕事を請け負わないか

 

社労士として個人事業主の頃、苦労をしながら「稼ぐ力」を養い、生き残るための術をつかんだことを赤裸々に語る。

 

「仕事を請け負ううえで相手(発注者)の人格や気質、言動、自分への接し方、仕事への姿勢、進め方、やり方に強い抵抗感がある時は組むべきではない。報酬や納期、仕事の中身に納得できない時は請け負わないほうがいい。

 

誰と付き合うかは大切でしょうが、最も大事なのは誰と付き合わないか、どういう仕事を請け負わないか…。このあたりは特に個人事業主、自営業者、小さな事務所や会社は常に心得ておくべきでしょうね。手当たり次第に付き合い、請け負うのは必ず悪いことになります。規模が小さい以上、大企業のように大量の仕事を請け負えない。時間内で処理もできない。時間も従業員の数も予算も相当に限られている。これらを踏まえ、誰とどのような仕事をするとパフォーマンスを上げることができるか、といつも考えたい。

 

ただし、個人事業主や自営業に特に言えますが、経験が浅い頃や実績に乏しい時期は土台を作るのを優先すべきです。そのために、ある程度の我慢は時には必要でしょう。私も発注者に不満があろうとも、20~30代はこらえていた時期がありました。実績を積み、生きていく基盤ができてきたら我慢は避けるべき。デメリットが大きい場合は、請け負う必要はない。たとえ請けたとして、長くは続かない。失うものが大きいはず。

 

不満を抱える人間関係や仕事だと、パフォーマンスは決して上がらない。大企業のような仕組みやシステムがないのだから、モチベーションに目を向けるべき。そこが、大きな原動力になる。経営資源に乏しいのだから、やる気を資源と見なし、いかに上げるかと考えたほうがいい。満足できて、納得できる環境で、楽しくなる人間関係や仕事をして、モチベーションを上げていくべきです。

 

経営者はそういう環境を作ることに力を注ぐべきでしょうね。記事(その1)で話したように、創業の2011年から全従業員にランチをごちそうするのも楽しくなる人間関係となり、納得した仕事を皆と一緒にしたいから。一緒に食べて雑談をして笑い、全員でモチベーションを上げたい。これらは、私が愛用するAIでもできないこと。人間にしかできないところに時間とエネルギーを注ぎ込みたい」

 

 

 

05 ―――

寛容の心は特に中小企業の場合、非常に大切

 

創業15年を迎え、売上は5億円前後になった。中村氏は63歳。心身ともに健康で、体のメンテナンスには力を入れている。将来を見据え、事務所の事業継承を具体的に考えるようになりつつある。

 


埼玉労災一人親方部会のオフィス(埼玉県さいたま市)

「今後、10億円を目指します。息子が後を継ぐことになるか、と思います。これまでは事業継承を考える余裕はほとんどなかったのです。社労士の頃を振り返っても、中小企業の経営者で後継者がいない場合は少なからずありました。ご子息、ご令嬢が後を継がないケースは多々あります。後継者がいないならば、選択肢の一つとして会社を売るのはあり得るのでしょうね。少子化がさらに本格化すると今後、増えてくるでしょう。

 

後継者がいる場合、その人が心から「この会社の後を継ぎたい」と思うようなレベルにしなければいけないでしょうね。従業員にしろ、業績にしろ、社内の体制や仕組みにしろ、これらができていなくて後継者を作ろうとしても無理があるのではないのでしょうか。2026年現在、代表をしておりますが、この事務所の資産価値を可能な限り高めていきたいと思っています。資産価値を高めるためには、まずは従業員が定着し、きちんと仕事をしてくれる環境を作ることが大切です。そのためには社長をはじめ、リーダーが従業員を許すことができる努力ができるかどうかではないでしょうか。私が、つくづく感じることです。

 

寛容の心は、ものすごく大事。特に中小企業の場合、非常に大切でしょうね。従業員は大企業のように優秀な人がそろわないし、安定的に稼ぐ仕組みがあるわけでもない。ハンディが、とにかく多い。そういう中で社長らリーダーは寛容の心を持って社員たちに接することをもっとしないと、定着はしない。仕組みは、まず作れない。最終的に経営はうまくいかないでしょうね。たとえば、従業員の仕事上の問題にヒステリックに反発したり、問題を指摘するならば、私はその経営者こそが辞めたほうがいいのではないかと思います」

 

(その1へ)
(その2へ)

 

 

編集後記

 

3回連続で、社会保険労務士・中村紳一氏(埼玉一人親方部会理事長)にAI時代に中小企業経営者としてどう生き抜くかを聞き、リアルに描いた。成功談ではなく、失敗・裏切り・葛藤・学びを赤裸々に語った「等身大の経営者記録」とした。

 

その1:AIに仕事の大半を奪われつつ、事業をピボットして売上5億円規模まで成長させた過程と、AI活用の実例。

 

その2:採用の失敗体験(特に600万円架空請求の裏切り)と、「誠実さ」を最優先とする採用哲学。

 

その3:40年超のキャリアから導き出した「稼ぐ力」「付き合うべき人・仕事の選び方」、そして最終結論としての「寛容の心」。

 

その1(AI)→ その2(人・採用)→ その3(心・哲学)とつながっていく。「AIに代替されにくいのは人間関係であり、そこに必要なのは寛容の心」というメッセージを最終回にしたのは、私たち編集部のメッセージでもあるからだ。

 

AIが進化する今、「稼ぐ力」と「寛容の心」を兼ね備えたリーダー像は多くの経営者や会社員に深い示唆を与える。中村氏の言葉は、技術に頼りすぎる現代に「人間らしさ」を訴えていないだろうか。3回完結の記事が、読む方の経営やキャリアを考えるきっかけになれば幸いだ。

 

 

 

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