第12回
2023/11/28
目次
前回(第11回
ビジネス英語に特化したオンライン英会話サービスを展開するビズメイツ株式会社(東京都千代田区)代表取締役社長の鈴木伸明氏は、IT企業のヤフーや英会話学校のベルリッツ・ジャパンを経て、2012年に創業した。
オンライン英会話学習を運営する会社は、インターネットのオンラインツール「スカイプ」が普及した2010年前後から増えているが、同社は創業期からビジネスパーソンにターゲットを絞ることで差別化を図ってきた。
トレーナー(講師)は主にビジネス経験豊富なフィリピン在住のフィリピン人で構成され、オンラインツールを使い、主に日本在住の日本人に英語を教える。ビジネスですぐに使える実践的で、質の高い内容が特徴。
最近は外国籍のITエンジニアの転職エージェントやグローバルなIT人材の採用支援なども手掛ける。
01 ―――
Q、10億円に達したのが、創業から6年目の2018年だったのですね。
ええ、そうです。比較的スムーズに到達したのですが、自己採点で言えば、70点くらいと思っています。タイムマシンのようなものがあり、創業の頃に戻ったならば4年目の2016年に10億円に達することもできたのではないかな、と考えています。
たとえば、創業当時は経営者とのネットワークが現在のようにはなかったのです。今は経営者とのつながりがありますから、それを生かし、資金調達などが以前よりはスピィーディーに対応できるかもしれません。
あるいは、(前回で説明したように)ウェブマーケティングを通じて様々な経験をして成功や失敗などがありました。組織構築やシステム開発など上手くいなかった部分を回避することができたのであれば、4年は決して難しくはなかったはずです。
10億円の壁を強く意識することはほとんどなかったのですが、30億円の壁は意識しました。特に社員の育成をはじめとしたマネジメントやチームビルディングにおいてです。
10億円前後までは、私としてはどのタイミングで何をどうすべきかがきちんと見えていました。その時期までは、こちらが取り組んでほしいことを管理職に明確に伝えられたため、私としてはその仕事を確実に遂行してもらうことを求めていました。10億円を超え、30億円をめざす過程では組織の規模が大きくなり、私のところまで情報が迅速に報告されない場合が増えてきます。そうなると、管理職各自がその時々で判断し、意思決定することになりえます。
02 ―――
Q、それは、なかなか難しいのではないでしょうか?10億円までの時期に、管理職にはその意味での「考える機会」が多くはなかったのでしょうから。
当社に限らず、自ら考え、自ら決めることを教育訓練してきていないと、誰もがすぐにはできないものです。そこで一時期、そのような考える力を身につけている人を主に管理職として中途採用で雇ったのです。
中途採用をすると、前職までの経験がありますから、それをもとに考え、判断しようとします。それが、私の意図したものと違う方向に進んでしまう時があったのです。このような経験を経て、現在はそれぞれの管理職(主に執行役員や部長級)にビジョンとそれを実現するための戦略を考えてもらい、私と話し合い、双方ですり合わせをするようにしています。この場が、執行役員や管理職への教育指導ともなります。
03 ―――
Q、2018年から、新卒採用をはじめていますね。
10億円までは、(前回の記事で説明したとおり)売上の3分の1程を広告費に投下し、既にオンライン英会話の利用を検討している顕在的な顧客層にリーチすることに力を入れてきました。その効果があり、比較的順調に10億円を超えることができました。チームビルディングやその根幹とも言える「人の育成」に力を入れる余裕が多少できてきたのです。10億円以前にもそれらに力を入れてきましたが、10億円を超えると、投資できる余裕が生まれます。
そのような背景があり、新卒(主に高専学校、大卒、大学院)採用をはじめたのです。現在は、中途と新卒の双方をしていますが、社内を見ると、各部署を超え、横断的なつながりを持っているのは新卒で入った人たちのほうが強いようです。たとえば、同期のつながりです。
04 ―――
Q、ベンチャー企業の大半は、中途採用オンリーです。チームや組織をつくるうえで、新卒採用は必要でしょうか。
当社においては、必要だと考えています。中途採用者だけで構成すると、各部署や職種でセクショナリズムが生まれる場合があります。その専門性や経験、実績を評価され、入社するわけですから止むを得ない一面はあるのでしょうが、私としてはセクショナリズムになるのはできるだけ避けたい、と考えています。
中途採用者は当社のサービスや仕事内容への関心が高く、新卒採用者は、サービスもさることながら、会社のビジョンやミッションに共感し入社する傾向があります。そうした違いもあるものかもしれませんね。
当社には複数の事業があり、今後も拡大していく予定ですから多様な人材が必要です。したがって、ダイバーシティ(多様性)を重視しますので、新卒だけにすることは考えてはいません。中途とのバランスを考えながら、採用を続けていきます。30億円を超えると、新たなステージになるわけですから、私を含め、役員や管理職、社員たちも変わっていくべきでしょうね。
05 ―――
Q、創業経営者としてわずか数年で10億円を超えるためには、いわゆるビジネス脳を持っていないと難しいはずです。一方で、会社員でその脳を持っている人は相当に少ないように思います。10億円の前の時点で、社内で孤独を感じる時はなかったのでしょうか?
それは、多少はありました。そこで10億円の少し手前の時期、つまり、2017年の頃から、他社の経営者とのつながりや交流を増やすことを意識しました。多数の企業経営者が参加する団体に参加したことで視点が変わったり、視野が広がったような気がしています。そこで得たことを社内で活かすようにもしました。
経営者と知り合うことそのものが大切ではなく、たとえば、それぞれの方がどういう考えで社内の仕組みをつくっているのかを知ることが重要なのです。
経営者として、人間的な成長の機会を得ることができるのも大事です。社員たちが、この社長についていきたいと思える人になりたい、と私は思っています。充実した組織をつくるうえで、特に創業経営者にはリーダーにふさわしい人格が必要と感じます。
私は現在46歳で、仮に60歳まで経営に携わるとした場合、14年後を意識する必要があります。14年後には今の20代の社員が30~40代になる頃で、こういう社員たちにたくさんの成長の機会をつくっていく重要性を感じています。今後、この世代が大きく成長をするでしょうから。
06 ―――
Q、10億円の前の段階で、壁にぶつかり、悩む経営者は少なからずいます。その方たちに向けて特に大切だと思えることをメッセージとしてください。
自らの経験をもとに言えば、10億円が近くなると、社内のすべてが見えている状態から、しだいに見えなくなる状況になっていくようになります。その時に経営者として、少なくとも何をきちんと把握しておくべきかをあらかじめ考えておき、必要な情報があがってくる体制や仕組みをつくっておくことが必要ではないでしょうか。
07 ―――
前回と今回を通じて、ビズメイツの鈴木社長にヒアリングを試みた内容を紹介した。
ここからは内容を補足するために、私たち編集部のメンバーが多くの企業へのヒアリングから感じ取っていることを書きたい。
まず、ビズメイツのように比較的短い期間(創業6年目)で10億円を超える企業は相当に少ないことだ。経済雑誌やビジネス雑誌、ニュースサイトではそのような企業が多数掲載されている。そのような意図のもと、編集されているからであり、実際はベンチャー企業の大半は10億円以下だ。
前回の記事では鈴木社長は、10億円に達するために重視したポイントを4つ挙げている。いずれも大切な指摘であるが、私たち編集部が着眼したのはビジネスモデルと販売チャンネルの構築だ。創業4年目の2016年では、売上の35%程を広告費に使ったという。ここまで資金を広告費に投下するベンチャー企業は、10億円以下の段階では少ない。この大胆ではあるが、野心的で緻密な挑戦が功を奏したのではないか。
特に、鈴木社長の次の言葉に成功をした要因が凝縮されていると私たちは考える。
「広告費をいかに効果的に使うか。それでいかに顧客が増え、売上を増加させるか。この回転を高速で回していくスタイルをつくりたかったのです。これが、成長スピードになります。
資本金500万円でスタートし、2023年3月にグロース市場に上場するまで増資はしませんでした。増資は十分に可能だったのですが、10億円までは手元にある資金を可能な限り、広告費に投下することを優先したのです」
08 ―――
今後、30億円を超え、さらに拡大を目指す場合、おそらく直面するのは事業の成長に、人のそれが追いついていかないことだろう。例えば、管理職が数人の部下を持ち、育成し、チームを率いることができたとしても、部下が10人を超えると、要領を得なくなる場合はベンチャー企業には多々ある。
その時に、一部のベンチャー企業ではその管理職が「創業メンバー」だからと言って、そのまま据え置く。部下を育成し、チームビルディングができない人が管理職として、上司として居座ると、部下が苦しむ。部下の向こうにいる顧客や外部スタッフ(外注先)も困惑するかもしれない。本来は、こういう場合は管理職を他部署に早急に異動させたり、一般職(非管理職)に降格させたりすることも検討すべきかもしれない。
管理職に限ったことではなく、一般職の中にも、事業の成長についていくことができない人が一定数現れるはずだ。それが、企業の成長を考えるとある意味で健全なのかもしれないが、そのように捉える社員は少ないだろう。これから、こういう意識のギャップのようなものは社内で感じる機会が増える可能性がある。それでも、経営層は何らかの決断をせざるを得ない時があるだろう。時に非情にならなければ、組織や社員、その家族、取引先や顧客を守ることはできない。これは、飛躍していくベンチャー企業がぶつかる壁であり、乗り越えなければいけないものに見える。