第1回
2023/10/05
目次
01 ―――
本シリーズは、前シリーズ「ベンチャー企業がぶつかる10億円の壁をどう乗り越えるか」の続編となる。前シリーズをひととおりご覧いただいたうえで、お読みになると理解がスムーズになると思う。
▼『ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」をどう乗り越えるか!』シリーズはこちら
ベンチャー企業が、売上5~8億円でゆきづまる期間が数年に及ぶ時、いわゆる「10億円の壁」にぶつかっている可能性が高い。それを乗り越えようとする時に立ちはだかるのは、実は創業期からの成功体験である。
通常、大半のベンチャー企業は5~8億円に達することができない。10億円の壁にぶつかることができるのはある意味で、創業メンバーやその後の第一世代の社員(その多くは管理職)らが優秀であるからだ。
だが、優れているからがゆえにその時点までの経験に必要以上に影響を受けている可能性が高い。成功体験が失敗を招く、とも言えよう。
例えば、創業メンバーや第一世代の社員数人が懸命に取り組めば10億円の壁を突破できると信じ込む。しかし、この認識は誤りだ。5~8億円ならば、すでに正社員数が60人~130人になっている。創業メンバーのほか、数人の力だけでは組織が機能しなくなっているはずだ。成長のステージ(段階)が創業期と明らかに違うのに、マネジメントや組織のつくり方が創業期のままになっている。
創業メンバーの間は時間をかけて話し合うことをしなくとも、ある程度はあうんの呼吸で理解し合えるケースがあるだろう。だが、60人~130人になるとそれは難しい。
例えば、創業メンバーはこんなことも知らないのかと思いつつも、社員たちと向かい合い、丁寧に説明し、理解し合う文化をともに作るしかない。
これは時間やエネルギーが必要になる試みであり、効果が目に見える形で現れるのは少なくとも3~5年はかかる。その間に社員が次々と辞めるかもしれない。このレベルのベンチャー企業は定着率が概して低い。
まして、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業は資金繰りとの闘いでもある。顧客数は大企業に比べると依然、少ない。それぞれの契約額も大きいとは言い難い。結果として、常に財務面でリスクがあり、資金ショートに陥る可能性すらある。
その危機を避けるためにも、創業メンバーらは時間をかけ、じっくりと育成することにアレルギー反応が出る傾向がある。その象徴が、社長や役員が部下である管理職や一般職の仕事をいわば取り上げてしまい、自らがしていることだろう。
好意的に解釈すれば責任感や使命感と言えるのかもしれないが、これでは部下たちがしらけてしまい、仕事力がつかない。管理職もやる気を失うのではないか。例えば部長や課長が本来は、各部署のリーダーとしてまとめていくべきだが、社長や役員が管理職の仕事までしてしまうと、するべきことがない。部下たちも指示を部長や課長に仰ぐのではなく、社長や役員らの考えや判断を重視する。
こうなると、役員と管理職の間の役割分担や権限と責任の所在があいまいになり、指揮命令系は錯綜し、ムリやムダ、ムラが増え、組織がスムーズに機能しない。チームビルディングができない。結局、創業メンバーや第一世代の数人だけで稼ぐ構造を抜け出せない。売上10億円の壁にぶつかる大きな理由と言える。
02 ―――
10億円の壁を超えることができないベンチャー企業の部長、課長、マネージャーは大企業の管理職に比べると、様々な意味で問題や課題に直面する可能性が高い。組織が未熟であるから止むを得ない一面はある。だが、あまりにも理不尽な経験をする状況もあるのだ。
その原因をつくっているのが、社長や役員であるケースが多い。その意味では、根が深い。管理職がやる気を失ったり、退職する一因はここにある。
ところが、社長や役員は一向に変えようとしない場合もあるのだ。社長や役員はこれまでの成功体験を意識から消し去ることができずに、創業時と同じ感覚のままのケースも見受けられる。これでは、組織で稼ぐようにはならない。10億円の壁に必ずぶつかる。
03 ―――
そこで本シリーズでは、売上10億円の壁にぶつかるベンチャー企業では機能不全になっているとも言える管理職のあり方にスポットを当てたい。まず、以下にこの規模のベンチャー企業の管理職の主な悩みを挙げる。
A:社長や役員が、管理職の仕事をする。結果として、自分の仕事がない。部下の前で恥をかかせられたような思いになり、空しくなる
B:社長や役員との間の役割分担や権限と責任のあり方があいまいで、部署の指揮命令系統が混乱する
C:部長と課長、マネージャーの間の役割分担や権限と責任のあり方もあいまいで、錯綜や混乱が多い。
D:部下である社員たちが自分を飛び越え、社長や役員らの顔色をうかがうようになる。1人の部下に2人の上司がつく、「ワンマン・ツーボス」の問題が生じる
E:管理職としての経験を積む機会が大企業に比べると少なく、部下育成やチームビルディングができない
F:経験が浅く、スキルもないために部下からなめられたり、軽く見られる場合がある
G:そもそも、管理職は何をするべきか、何ができないといけないのかを正確には心得ていない。会社全体で、部署内でも共有されていない
H:プレイング・マネージャーではあるが、実際はプレイヤーの仕事が大半
I:事実上、管理職不在の部署となり、様々な問題が生じる。だが、社長や役員らは何もしない。自分もどうしていいのか、わからない
J:部下たちの仕事への姿勢が悪い。仕事力が低く、ミスやトラブルが多いが、どのように指導、育成をしていいか、わからない
04 ―――
これらすべてに該当するケースは少ないのかもしれないが、半数以上に当てはまる管理職は相当数になるのではないか。AからFまではすでに説明した通りであるので、Gから説明をしたい。
まず、G。管理職とは所属する部署のリーダーであり、部下を持つ身である。ここ20年前後は特に大企業で総額人件費の厳密な管理のもと、部下のいない管理職が増えてはいるが、本来、管理職には部下がいるものだ。また、いなければいけない。売上が10億円以下のベンチャー企業ならば、部下のいない管理職を設ける経営的な余裕はないはずだ。
部下の数は数人から10人を超える場合があるだろうが、どういう状況であれ、部下を育成する責任があることは肝に銘じたい。これは本人だけでなく、会社全体で共有すべきことだ。Hの「プレイング・マネージャーではあるが、実際はプレイヤーの仕事が大半」では好ましくないのだ。
これは当たり前のようでいて、実は勘違いをしている人が相当に多い。例えば、「あのマネージャーはよく仕事をしている」と評する時がある。しかし、その仕事がプレイヤーの仕事を意味していないだろうか。マネージャーの仕事である部下育成やチームビルディングは含まれているか否か。そこまで見据えたうえで判断をしたい。
プレイング・マネージャーではあるが、実際はプレイヤーでしかないならば、そもそもプレイング・マネージャーとは言わない。通常は、給与には管理職手当があり、そこには部署の運営や部下の育成などが含まれているはず。プレイヤーのみならば、この手当は不要になる。
05 ―――
このことは「管理職とは何ぞや」といった定義があいまいであることを意味する。さらには、管理職になる際の昇格基準もあいまいの可能性が高い。大企業を含め、多くの日本企業に言えることだが、一般職から管理職にする時に一般職の時の勤務態度や実績、成果をベースに判断する場合が多い。
そのこと自体、誤りではないのだが、「名選手必ずしも名監督にならず」と言われるように、一般職として優秀であった人が管理職になってもその調子を維持できるとは限らない。それどころか、部下を持つのは明らかに不向きな人もいる。例えば、必要以上に厳しい指導をしたり、パワハラを繰り返したりする場合だ。今は、こういう行為は社会常識を逸脱していると批判を受けやすい。会社全体の信用や名誉を失うこともある。
ここで、私たちが数年前に50代のベテランの人事コンサルタントに、「部下にパワハラをする上司はなぜ、生まれるのか」をテーマにヒアリング(聞き取り調査)をした際の一部を紹介したい。
以下は、人事コンサルタントの回答
部下を潰してしまうような「使えない上司」でも、社長や役員から見ると、よく見えることがおそらくあるのでしょう。例えば、「彼は、明確な考えをもって指導している」「あの課長は、部下に丁寧に教えている」などと見えるのだと思います。
社長や役員が「管理職とは、こういう仕事をするものなのだ」とふだんから具体的に考えていないということもありえます。多くの会社は、非管理職から管理職に昇格させるとき、たとえば営業部なら稼いだ額など、個人としてのパフォーマンスだけをもとに、「この社員はいい!」と評価する可能性が高いのです。
漠然とした理由で昇格させているから、部署のマネジメントにおいて何かの問題が生じたときも、「どこにどのような問題があるのか」と分解して、具体的に考えることができない。結果として、選んだ管理職を必要以上に性善説で見ることになりかねないのでしょう。
私がコンサルタントとして接した社長や役員の多くは、管理職をおおむね信じているように思います。少なくとも、管理職を疑いの目で見る社長や役員は少ない。信じるあまりに、管理職に「丸投げ」になってしまいかねない場合もありえます。本来は、健全なる疑いを放棄することなく、「客観的に見ること」が必要なのです。
06 ―――
私たちが特に重要と感じたのは、次のくだりだ。
「管理職とは、こういう仕事をするものなのだ」とふだんから具体的に考えていない。
漠然とした理由で昇格させているから、部署のマネジメントにおいて何かの問題が生じたときも、「どこにどのような問題があるのか」と分解して、具体的に考えることができない。
このような傾向は、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業に顕著ではないだろうか。社員の数が少なく、定着率も高くはないために、昇格のハードルを下げざるを得ない。
例えば、「あの人はプレイヤーとしてはがんばってきたが、部下を持つとまずいことが起きるのではないか」と感じる人ですら、とりあえず管理職にして部下を持たせているのではないか。
07 ―――
人事コンサルタントは、こうも指摘していた。
「マネジメント力の乏しい人が管理職になると、その後、2つにわかれていくのです。1つは、マネジメントの役割を放棄してしまう。つまり、ひとりで仕事をし、成果を上げようとして、部下の育成や指導ができない。もう1つは、試行錯誤をしながらもチームをつくり、皆のレベルを底上げし、マネジメントを覚えていく。
前者は数人の部下を率いることはできたとしても、30人の部署の部長や本部長をすることは難しい。ところが、こういう人を部長や本部長にしてしまうから、「使えない上司」となるのだと思います。
私のこれまでの印象でいえば、一般職の時に高い業績を残して昇格した人の7割ほどが、前者に該当します。この7割の管理職たちが自らの力を省みることなく、部下たちを必要以上に抑えつけようとするから、組織として機能不全になるのです。」
人事コンサルタントのこの一連の言葉をどう受け止めるかー。様々なとらえ方はできようが、マネジメント力(この場合は潜在能力)が弱い人がなると、後々、問題が続出することが予想できるだろう。
08 ―――
したがって、昇格をさせる時には少なくとも次のことまで検討したうえで決めたい。
本人に、部下を育成する考えがあるのかどうか
本人に、部下をまとめてチームをつくり、組織として機能させる考えや思いがあるか否か
大切なのは現時点で部下を育成したり、チームビルディングができるか否かではなく、その志があるかだ。
また、社長以下、役員間で「管理職はチームをつくり、部下を育成できなければいけない」といった意識が共有できているか否か、だ。このあたりの認識が実は10億円の壁の前でゆきづまるベンチャー企業は、職場の隅々までは浸透していない。