第5回
2023/10/24
目次
01 ―――
前回(第4回)
「安定的に稼ぐ仕組み」とは、次のようなことを意味する。
そのために、それぞれの役員や管理職、一般職の担当する仕事や目標、量、質、成果、実績を明確にし、文書化する。それを少なくとも上司と本人は共有する。これは、前シリーズで説明した「ジョブ型雇用」の1つの姿とも言える。可能ならば、同じ部署のほかの社員もその共有態勢に加わるようにしたい。
「10億円の壁」にぶつかる企業にとってのジョブ型雇用
このような役割分担やそれにともなう権限と責任の明確化をしないと、「また、社長が前面に出てきて、私たちの仕事に介入する」と思われがちだ。これでは役員や管理職、社員らのやる気は出ないだろう。
創業経営者が考えるのは、自らが中心の態勢をつくることではない。自分がいなくとも組織全体や各部署がスムーズに動き、業績拡大ができる仕組みをいかにつくるかだ。
報告・連絡・相談のあり方はチームや部署のメンバー構成や仕事の状況によって随時変わる。従って、3~6か月など一定期間が過ぎたらPDCAサイクルを回し、常によりよきものを目指す。PDCAサイクルとは、「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Action(改善)」の頭文字をとって名付けられた業務改善のこと。
創業経営者や社長は常に自分のところに報告が集中する仕組みをつくろうとするが、それでは創業期のままであり、10億円を超えるのは難しい。
02 ―――
これら一連の取り組みによってチームや部署、会社全体で動く文化を隅々まで浸透させることができるのは、早くとも5年はかかるだろう。10年の場合もあるに違いない。
その間に創業経営者や社長は我慢できずに自分ひとりで判断し、決めることをしてしまう。管理職や社員はそれに無批判に従うのみ。意見を言うことすらできないケースすらある。
こういう状態では、創業期の頃に戻ってしまう。10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の大半が、このジレンマに陥る。ある意味で、創業期から10億円の手前まで来た歴史、つまり、過去の成功体験から抜け出せていない。実は、その体験で得たことにしがみつく姿勢が、10億円の壁を乗り越えることができない理由になっていることに気がつかない。
確かに創業経営者や社長には、極めて重大な責任がある。管理職や一般職の意向を無視し、ひとりで判断し、決めることはやむを得ない面もあるだろう。だが、自分が前に出ようとする時にこそ、役員や管理職、一般職に大幅に権限を委譲するようにしたい。そうでないと、チームビルディングや仕組みづくりはまずできない。
「すべての責任は自分がとる。だからこそ、君らが思い切って前に進め!」と言えるか。
10億円の壁にぶつかるベンチャー企業には、創業経営者や社長の個人商店スタイルから株式会社への脱皮が求められている。その覚悟があるか否か、なのだ。
03 ―――
以上のことを踏まえ、前回(第4回)
まず、創業経営者であり、社長のMが創業期に類まれな感性やビジネスプランニング力で実績を積んでいったのは事実であり、高く評価されるべきだ。10億円を超えるためには創業経営者や役員に必ず、そのような力が不可欠になる。この力がないと、10億円を超えるのは難しい。
日本のような世界有数の経済大国で、それぞれの製品、商品、サービスの市場が飽和している状況では、後発であるベンチャー企業が売上10億円に迫るところまで辿りつくのは容易ではない。激しい逆風の中、小資本で創業するのだから、会社員のようなごく普通の発想やビジネスプランニング力、行動力では無理だ。
ここが、落とし穴になる。創業経営者はいわば、慢心してしまうのだ。「10億円の手前まで順調に拡大してきたから、壁は乗り越えられるだろう」「自分のような力があれば、なんとかなる」と思い込む。
04 ―――
Mにもそのような慢心があったのだろう。創業期(1980年代半ば)から放送局の衛星放送に語学力の高いディレクターを派遣社員として送り、売上を拡大していた時に次のことはしておくべきだった。この時期にしかできないことでもある。
このような雇用における道筋をつくり、可能な限りのリスクマネジメントをする。そして、派遣ディレクターとの信用・信頼関係をつくることが必要だった。Mは、このあたりが相当に杜撰だった。
チームビルディングや組織づくりは、テクニックではない。大切なのは、創業経営者の心だ。いかに自らを押し殺し、ほかの役員や管理職、一般職とともに仕組みをつくるか。その意識があるか否か。強いリーダーシップでぐいぐいと引っ張るのは売上5~6円までくらいだ。そこからさらに拡大するならば、全員がリーダーシップを発揮するような職場や風土をつくらねばならない。そこに尽きる。
05 ―――
前回(その4)の記事のラストで説明したように、Mは自らのビジネスモデルの危うさを社員らに指摘されると怒り、興奮し、根にもち、辞めるように仕向けた。シビアな見方をすると、Mの器や心の広さが10億円を超える企業の経営者のそれではないのだ。
Mは、自らの狭い視野や考えを大胆に変えないといけなかった。売上が9億円に達していたのだから、もはや個人商店の発想では組織が機能しない。
ここで、私たちの編集部のメンバーがベンチャー企業の創業経営者に数年前に聞き取りをした内容の一部を紹介したい。15年程前に創業し、10億円を超える勢いで上昇している企業だ。創業経営者が、チームや部署、会社全体の仕組みをいかにつくろうとしているか、に注意しながらお読みいただきたい。Mとは、対照的と言えよう。
「創業からある時期を過ぎた頃から、トライ・アンド・エラーの末、考え方を変えるようになったのです。結局、部下が思い描いたように動かなかったり、正しい行動を取れない時は、上司である私の側に何らかの問題があるのです。少なくとも、今はそのように考えています。
私は、悟るようになりました。自分ひとりでは何もできない、と…。優秀な人にこの会社に来てもらい、納得して働いてもらえる環境を作らないと、夢は実現できないと思うようになったのです」
「私は、夢が叶うならば社長以外のポジションでも構いません。お金を稼ぐことだけを目的にするならば、他の方法があるように思います。日本の場合、起業をしても会社の生存率は低い。3年以内に8割程が倒産や廃業をします。30年後の生存率はさらに低い。99.8%が消えていくのです。それでも、社長になりますか?と聞きたくなります。」
06 ―――
本来は、上司は他にするべきことがあるはずです。他の部下との関係づくりや育成、優秀な人材を獲得するなどしてチーム(部署)を作らないといけない。そんな大切なことを見失い、部下について「使えない」なんて言っている人は承認欲求が強すぎるように思います。自分のことを会社に認めてほしい、といった願望です。
本当は、自分に対しての貢献度を重視するべきです。大切なのは、自分自身がどれほど納得する仕事をしたかでしょう。他人からの評価や評判よりも、自分に対しての貢献こそ、重視するべきです。
こういう上司は、感情をコントロールすることもできていないのではないでしょうか。感情のコントロールとは、スタッフに対する怒りとか、ツライ、イライラするといった感情を自分で抑えて、管理することを言います。「使えない部下」がいたとしたら、自分で感情を高ぶらせているだけです。怒りそのものに、何の価値もありません。
07 ―――
初めて雇用をした時から決めているのは、自分よりも優秀な人を採用すること。そのほうが、圧倒的に成長する。優秀な人が増えると、社長のプライドや威信が低下する? そんなこと、考えませんよ。夢を叶えるためなら、プライドなんて捨てたほうがいい。そんなプライドには、1円の価値もない。
「自分より優秀な人を採用しない」といった考えだと、自らの力以上に会社が成長しない。確かに「自分が一番で、社員はみんな下」といった考えの社長もいるのでしょうね。それはそれで1つの考えかもしれないけど、少し「イタい」のかなと私は思います。
社長でも管理職でも、下にいる部下たちのほうが優秀であるべきですよ。部下たちが働きやすい環境を作るのが、社長の仕事なのだと思います。その意味で、部下は自分たちを育ててくれる。うちの会社では、優秀なスタッフ全員で社長育成ゲームをするみたいなもの。
会社規模が大きくなってくると、ちょっとしたさびしさはあります。だんだんと、自分から離れていく感じがします。起業した頃から作り上げてきた思いがありますから…。だけど、それでいい。会社を私物化する社長もいるようですが、それはしたくない。
08 ―――
この経営者の考えは、「部下の方が創業経営者などよりも優秀であるべき」ではないだろうか。これは創業経営者にとっては大変に難しいはずだ。10億円の壁にぶつかるベンチャー企業に、大企業やメガベンチャー企業のような優秀な人材が多数エントリーするのかと言えばその可能性は低い。
光っている人材は、新卒、中途ともに採用試験ではおそらく見つからない。磨けば光るかもしれない人を雇い、光るように育成する仕組みをつくれるかどうか。創業経営者や社長が「自分が一番で、社員はみんな下」と思っているようではダメなのだ。育成しようするならば、管理職に勇気をもって大幅に権限を委譲し、育て上げてもらうのだ。そのための環境づくりが、チームビルディングであり、組織づくりと言える。
それをしようとしないのは、創業経営者や社長がいつまでも権限を手放そうとせずに、会社を私物化しているからではないだろうか。会社が自分から離れていくと感じるのは、10億円の壁を乗り越えた経営者の大半が感じてきたことだろう。そのさびしさを消し去ることが求められているのだ。