第4回

10億円の壁」にぶつかる企業に
とってのジョブ型雇用

2023/06/05

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01 ―――

10億円の壁」にぶつかるベンチャー企業の新卒採用のおさらい

 

前回は「10億円の壁」にぶつかるベンチャー企業の新卒採用をテーマとした。新卒採用は定着率を高め、組織化を進めるうえで大切なものではあるが、ベンチャー企業にとってはその予算やノウハウ、経験などがまだ乏しく、課題が多い。


そこで具体的なポイントを挙げて、個々の社員がバラバラに動くのではなく、チームや部署として効果的な動きをして業績を拡大し、10億円の壁を乗り越えるポイントを人事の観点から述べた。


今回は、その1つのポイントである新卒採用をテーマにする。そして、ジョブ型雇用についても触れたい。



02 ―――

ジョブ型雇用と職種別採用

 

ジョブ型雇用が、マスメディアで取り上げられる機会が増えつつある。導入する大企業やメガベンチャー企業、ベンチャー企業、中小企業が確かに増えてはいるが、実態はそれが職種別採用であるケースは少なくない。例えば、新卒採用で営業職、総務・経理・広報・IRなど管理部門職、プログラマーやデザイナーなどのエンジニアなど職種別に採用をしている。


最近は、新卒でも専門職として早く戦力にしたいといった思惑が企業にあることが考えられる。背景には、次のような要因がある。 

 

  • 国内外の市場が激変し、企業間の競争がし烈になっている。
  • 顧客やクライアントのニーズが早いスピードで多様化、専門化、高度化している。
  • 従来の総合職だけの採用では、これらの変化に迅速に的確に対応できない。レベルの高い専門職を多数そろえて、市場の変化や顧客、クライアントのニーズに着実に、確実に満たすことが必須。
  • 国内外の企業間の競争に勝つためには、最も高いコストである総額人件費を厳密に管理し、必要に応じて可能な限り削減することが急務。大企業やメガベンチャー企業、ベンチャー企業、中小企業の多くが欧米の企業と比べると総額人件費が相当に高い。
  • 総額人件費を減らすためには総合職を削減し、専門職を増やすのが、現実的なアプローチ。
  • 総合職は本来、管理職予備軍ではあるが、課長や部長、マネージャーなどのポストは総額人件費削減をするためにも今後さらに減らさざるを得ない。その代わりに、専門職を増やすのが妥当。
  •  

これらの要因により、新卒でも職種別採用をする企業は増えてはいるのだが、入社時に労働契約を交わす時、その内容は従来の総合職とほとんど変わらない。つまり、入社時の入り口を職種ごとに設け、試験を行うものでしかない。例えば、入社後、状況に応じて他の職種に転換することはありうる。


ジョブ型採用は、職種別採用からさらに踏み込んだものだ。例えば営業職と漠然とした形で採用するのではなく、営業職の中で担当する(募集する)職務にフォーカスを当てたものとなる。ここに、職種別採用との大きな違いがある。

 

 

03 ―――

そもそも、ジョブ型雇用とは?

 

ジョブ型雇用は、職種別採用と採用のあり方や入社後の扱いが異なる。


通常、ジョブ型雇用は新卒、中途ともに募集する職種ごとに、企業がいわゆる「職務記述書」(ジョブディスクリプション)をつくる。そこには、主に次のようなものが書かれてある。


  • 職務内容、勤務場所、労働時間、転勤や配置転換の有無
  • 求めている職務遂行のレベル、それにともなう報酬や評価
  • 評価方法や報酬(賃金)決定の方法
  • 求めているスキルや経験、特性
  • 求めているポジション(役職)、そのミッション
  • 職務についての知識、資格

つまり、職務内容やポジション、期間における職務の成果や実績などにより、報酬(賃金)が決まるシステムと捉えることができる。従来の総合職は通常は、ここまで詳細には決めない。まずは就社して、そこで長い期間、営業や広報、総務、IRなど様々な部署でいろいろな職務を担当し、キャリアを積んでいく。ジョブ型雇用がプロフェッショナル志向であるに対し、ジェネラリスト志向とも言えよう。

 

 

 

04 ―――

総合職との違い

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総合職の場合、評価の要素に年齢や性別、勤続年数(入社年次)といった属人的な要素が一定のウェートを依然占めるが、ジョブ型雇用の場合、これらの要素で評価し、賃金を決めるのではない。あくまで職務内容やポジション、期間における職務の成果や実績などで判断される。ここが、従来の日本企業の賃金決定のあり方と大きく異なるところだ。

 

新卒、中途ともに入社する際はこれらの職務記述書を確認し、理解したうえで企業と労働契約を交わす。その職務として採用された以上、通常は他の職務への転換はない。

 

職務への明確な考えや強い思いがおのずと必要になり、捉え方によっては厳しい雇用スタイルと言えよう。これまで通り、正社員ではあるのだが、いわば職務を媒介として企業と関わる。その意味では、職業意識や責任感、使命感、プロ意識を植え付けさせるものと言える。

 

 

05 ―――

ジョブ型雇用が必要な、本当の理由

 

ジョブ型雇用とは「職務内容やポジション、期間における職務の成果や実績などにより、報酬(賃金)が決まる。年齢や性別、勤続年数で報酬を決めるのではない」と説明した。ここは大切なところであるので、さらに深く考えたい。


日本企業(この場合、大企業から中小企業まで広範囲にわたる)の賃金を決める基準はかねてから「あいまい」と言われてきた。1970年代前半に、50年代後半から続いた高度経済成長が終わる。その頃から年功序列型賃金のベースとなっている職能資格制度を問題視する声が、特に経済界や経営学者、人事コンサルタントから挙がってきた。

 

そして、70年代後半には多くの企業で、人件費を抑制することを目的としていわゆる年功カーブ(20代、30代、40代、50代と賃金がカーブを描くように上がっていくこと)にメスを入れてきた。


例えば、すでに70年代後半には、40~50代の賃金がそれ以前のように増えないようにしている。その手法の1つとして50代前半から半ばに「管理職定年」を設けた。該当年齢に達した時に課長や部長といった役職を外し、一般職(非管理職)にして管理職手当が給与につかないようにして賃金を減らした。


1980~90年代からは、さらに年功カーブにメスを入れる。中高年の賃金が成果や実績に応じた額にするために、成果・業績主義を導入する企業が増えてはいる。だが、2023年の現在もその大半が、依然として職能資格制度をベースにした賃金制度になっている。社員の職務遂行能力を査定評価し、賃金を決めるものだ。


この制度には5~8までぐらいの等級(グレードとも呼ぶ)があり、職務遂行能力がどこの等級に該当するかを決めると、賃金が決まる仕組みだ。等級は、下から上に1つずつ上がっていくことが多い。それが、年功序列といった印象を与えることになる。職能資格制度が、年功序列の理論的な根拠と言われるゆえんである。


職務遂行能力の中には、成果や業績、実績などの評価軸とともに行動評価の軸がある。協調性や規律、リーダーシップ、積極性などだ。この2本立ての基準で、個々の社員を査定する。


企業は社内外の状況に応じて、業績の評価と行動の評価のバランスを変える。例えば、今期は業績を上げようとして業績を6、行動を4の比率にして評価を出すようにした。業績は確かに上がったが、チームワークが乱れてきた場合、例えば次の期間は業績を4,行動を6にする。


つまり、業績評価と行動評価のバランスを取って個々の社員や各部署、社内全体の状況を改善する。一見すると合理的ではあるのだが、ここには、それぞれの社員が担当する職務で評価する意識が弱い。これでは、職業意識や責任感、使命感、プロ意識を植え付けることが十分にはできない。

 

 

 

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賃金決定のプロセスはあいまい

 

このように「仕事基準」の賃金決定をしていないところに社員たちの不満がある。例えば、次のようなものだ。


「日々の仕事と給料のバランスが合っていない」

「こんなに多くの量の仕事をしているのに、給料が少ない」


前々から問題視されている「サービス残業」の一因も、ここにある。今なお管理職は残業時間が多い企業があるが、「管理職手当の中に残業代も入っている」という理由で、本来受け取るべく残業が支給されないことがある。これは、法律に抵触する可能性がある。


そもそも管理職とは何なのか、どのような仕事をするべきなのか、その内容やレベル、労働時間や報酬などを厳密に決めて労使で共有していないところに、大きな問題がある。


この管理職の賃金決定の過程があいまいになる構造は、実は個々の社員の賃金決定のプロセスがあいまいになることでもある。担当する職務での賃金決定を厳格にしていないと、総額人件費の厳密な管理や圧縮・削減は難しい。


企業の最大のコストである総額人件費を正しく管理していない中、営業や研究開発、新規事業などへの投資はリスクが伴う。これでは、さらなる業績拡大が難しい。このような観点から考えても、ジョブ型雇用を導入するのは必要なのだ。

 

 


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「10億円の壁」にぶつかる企業にとってのジョブ型雇用

 

10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の多くは、前々回や前回に述べたように組織化が十分ではない。大多数のベンチャー企業は、このレベルには達しない。その意味では、優れた企業と言える。確かに競争力のある商品、製品、サービスを持つがゆえに事業の成長のスピードは早い。だが、その成長に社員の成長が追いついていかない。


それを補うために中途採用を繰り返すが、定着率が必ずしも高くはない。社員の出入りは激しい。思い描いた人材にもなかなか巡り合えない。社会での知名度がまだ低く、採用力が大企業やメガベンチャー企業に比べると、見劣りするのだ。


そこで新卒採用を始めるが、想定していたような学生と巡り合うことができない。会社説明会を開くものの、1回につき、参加する学生は10~20人が多い。シーズンで計20~30回の説明会を開催する企業もある。あるいは、採用担当者がブログ、FacebookやTwitterを運営し、自社をPRする。だが、大きな効果がない。これほどに時間とエネルギーを投下しても、不本意な結果になるケースが目立つ。


新卒にしろ、中途にしろ、エントリー者数の数(母集団)は一定水準以上を超えることは必要だ。数が多ければ、優秀な人材を確実に獲得できるわけではない。だが、少なくとも倍率(エントリー者数を採用者数で割る)で言えば50倍は超えたい。それをクリアしないと、ある程度の期間(5~10年)は定着し、チームや部署としてハイレベルな水準まで育成できうる人材と巡り合うことは難しい。とはいえ、10億円の壁にぶつかる企業は得てして採用力が弱い。


このレベルのベンチャー企業がジョブ型雇用をして新卒や中途の採用をする意味は、ただ人員を補充することが目的ではない。10億円の壁にぶつかる最大の理由である組織化が遅れていることをあらためて思い起こしたい。個人がバラバラに動くのではなく、チームとして部署として動き、業績を上げていくためにはどのような人材が必要であるか、と常に考えたい。


 

08 ―――

ジョブ型雇用と新卒採用

 

そこで試みたいのが、ジョブ型雇用だ。この雇用スタイルでは、採用ターゲットを総合職や漠然とエンジニア職として募集するのではなく。前述したようにジョブスクリプションを前面に出すのだ。


つまり、明確な考えやキャリア形成のプランを持っている学生を狙うべきだ。例えば「我々の会社ならば、長きにわたり、エンジニアとして勤務することができる」とジョブスクリプションをコンパクトにまとめたものを学生に説明会やブログ、FacebookやTwitterで提示し、説明したい。


特に強調したいのは、「スキルや知識、ノウハウなどを身につけ、ほかの企業でも通用するほどになる」といった点だ。自己成長への意識や欲望や今後のキャリア形成への意欲を刺激するようにしたい。就社意識というよりは、就職意識に訴えるようなアプローチをする。


この場合、狙うのは、IT企業のエンジニア志望で、「この職業で生きていきたい」といった明確な職業意識を持ち、大学1~2年でプログラムの基礎的なものは一通り心得ている学生を採用しようとする学生だ。


このように定めると、エントリーする学生は減るかもしれないが、専門性をマスターしたいとする意識の高い人は来る可能性が高くなる。つまり、大企業やメガベンチャー企業のような10万人を超えるようなエントリー者を集めようとするのではない。母集団形成の量(数)ではなく、質を狙いのだ。


その場合の「質」は、世間一般の優秀な学生ではなく、10億円の壁にぶつかる現状をともに乗り越えようとする志を持った学生を意味する。とはいえ、忘れてはならないのは、倍率50倍である。これは、なんとしてもクリアはしたい。


このくらいの倍率ならば、定着し、育成できる人材を採用できる。こういう社員が増えていくと、チームや部署がしだいに出来上がり、レベルの高い動きができるようになる。業績もしだいに上がる。10億円の壁を乗り越えるのは、時間の問題だ。


次回は、ジョブ型雇用とメンバーズシップ型雇用との違いや双方のメリット、デメリットをテーマとする。

 

 

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著者: JOB Scope編集部
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