第5回

ジョブ型雇用のメリット

2023/06/06

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「10億円の壁」にぶつかるベンチャー企業の新卒採用のおさらい 


 

前回、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業が、新卒採用をする際にジョブ型雇用を前面に出した採用をすることをテーマとした。多くの企業は総合職を中心とした採用を続けているが、それとは差別化を図るうえでもジョブ型雇用での採用は意味がある。 

今回は、そのメリットを取り上げたい。以下に挙げたメリットを違う角度から捉えると、デメリットとみることもできるかもしれない。確かにデメリットもあるのだろうが、10億円の壁を乗り越えようとする時には大きな武器になる雇用スタイルであることは間違いない。



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ジョブ型雇用のメリット(その1)

 

●職業意識、責任感、使命感 

前回説明した通り、職務を媒介として労働契約を交わすために担当職務への関わり方がこれまで以上に真剣になり、責任感や使命感、プロ意識が高くなる。 

職業意識が必要になる理由の1つには、市場環境の激しい変化がある。顧客の求めるニーズが多様化し、そのうえで高度化、専門化している。さらにはITデジタルの浸透もあり、その変化が相当なスピードで進む。 

こういう激動の時代においては研究開発職やエンジニア、プログラマー、デザイナーなどの技術者をはじめ、営業や総務、経理、広報、IRにも高いレベルの仕事力が求められる。そのためにも、職業意識を身につけるにふさわしいジョブ型雇用が必要とされる。
 

 

 

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ジョブ型雇用のメリット(その2)



●学ぶ姿勢や育成、指導、教育 
 
ジョブ型雇用により、各自が担当する職務や仕事の内容を明確にする。その成果や実績で評価し、賃金や昇進、昇格を決める。このような方針のもと、個々の社員に求められる経験や技能、知識や資格(社内外の資格試験)を明確にする。 

結果として、社員への指導や育成が具体的になる。例えば上司は「このような技能を身につけさせるためにこんなことをさせておこう」と部下に効果的な指導ができる。部下も漠然とした指示や指導を受けるよりも、納得感が増す。 

上司と部下の双方が、部下がマスターすべき技能が共有できているがゆえに育成や指導の目的や意味を理解したうえでのコミュニケーションが可能になる。指導や育成をめぐる誤解や摩擦、時にパワハラを防ぐことにもなり、良好な人間関係をつくれる。職場の雰囲気もよくなる。 


会社としても、全社員の教育やその環境が整えやすい。社員に身につけさせる技能が明確であるために例えば、社内研修の際に外部の教育支援会社に委託するうえで、支援会社と深い話し合いができる。その研修の学習効果を把握することが容易になり、今後の研修の課題も明確になる。 

中長期(5~15年)の視点で個々の社員が身につけるべき技能が明確になるために長いスパンでの計画的、段階的な育成が可能になる。これが、社員の達成感や納得感、充実感を高め、定着率を上げることにつながる。辞める人が減り、社員の出入り(入社と退職)に落ち着きが出てくると、各部署の態勢や仕組みがしだいにできあがる。10億円の壁にぶつかるベンチャー企業は、この仕組みができていないからこそ、苦しむ。

 

 

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ジョブ型雇用のメリット(その3) 

 

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●職業意識の高い人材を採用できる

新卒や中途の採用において、例えば「自分は営業職で生きていく」といった職業意識の高い人材を採用することができる。日本では、この意識はまだ総じて低い。多くの企業は新卒・中途双方ともかねてから総合職として採用する傾向があるため、まずはそこに入社する「就社意識」が強くなる。いわゆる、メンバーズシップと言われるものである。総合職は通常、長い雇用期間のもと、例えば営業→営業企画→広報→IR→企画開発→営業などと部署を数年ごとに異動し、経験を積む。

広い視野を持つジェネラリストを育成することは、特に大企業では大切ではある。全社規模の仕組みが行き届いているのだから、たとえ専門職であろうとも、ある程度は他部署のことを心得ておく必要がある。だが、10億円の壁にぶつかる企業はジェネラリストよりは、スペシャリストやその潜在的な力を兼ね備えた人材を採用するほうがいい。

その理由は、主に次のものだ。

 

  • 規模がまだ小さいために、大企業が行うような全社規模の配置転換(人事異動)が難しい。従って、採用時にはその職務や仕事に適した人材が必要。合わない人材の場合、部署や会社として対応に苦慮する。その社員を引き受ける部署が少ないうえに、解雇にするのは法律面からして難しい。

  • 財務面でも経営基盤が、まだ十分には整っていない。この時、最も必要な人材は顧客や市場のニーズをつかみ、それを商品、製品、サービスにしていくことができる専門性を兼ね備えた人材。営業力ももちろん大切だが、市場で他社との競争に勝つことができる商品、製品、サービスをプロデュースすることが先決。10億円の壁をのりこえるためには、強力な商品、製品、サービスが不可欠だ。

 

 

 

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ジョブ型雇用のメリット(その4)

 

●スペシャリティを持った人材に巡り合う

大企業がジェネラリストを育成するのは、経営幹部を育成するためでもある。社長や役員の大半が内部昇格である以上、経営者の視点を持つ人材を育成する必要がある。そのためにも、ジェネラリスト志向にならざるを得ない。

一方で、10億円の壁にぶつかる企業には優秀な経営幹部はすでにそろっている。その多くは株主でもあり、大企業のように社長や役員が数年で変わることはほとんどない。

10億円の壁にぶつかるベンチャー企業には、優秀な創業メンバーやその後に入社してきた第一世代がいる。足りない人材は、その後に続く第二~第三世代だ。具体的に言えば社内の態勢や仕組み、風土がある程度整いつつある中、少なくとも一定の期間(5~10年)は定着し、担当する職務で早いうちに実績を出す力を兼ね備えた人だ。

こういうスペシャリティを持った人材に巡り合う可能性をより高めるためには、総合職といった漠然とした職種よりは、ジョブ型雇用を前面に出したほうが効果はある。ターゲットにする人材が明確であるからこそ、ジョブ型雇用を導入したほうが得策と言える。

また、エントリー者が多い大企業やメガベンチャー企業との差別化を図るうえでも、ジョブ型雇用にするのが好ましい。一部の大企業やメガベンチャー企業もジョブ型雇用をしているが、まだ少ない。たとえ、ジョブ型雇用にしていたとしても特定の職種に限っているケースもある。だからこそ、ベンチャー企業は積極的に試みたい。

 

 

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ジョブ型雇用のメリット(その5) 

 

●総額人件費の厳密な管理及び圧縮・削減

ジョブ型雇用では職務内容やポジション、期間における職務の成果や実績で判断される。通常は、在籍年数(勤続年数)や年齢などを評価要素にすることはしない。したがって、在籍年数が増えることで賃金が上がることはない。言い換えると、年功給を導入していないので人件費の膨張を防ぐことができる。

年功給の人事評価でのウェートが大きいと、社員の平均年齢が上がり、勤続年数が増えると人件費がふくらむ傾向になる。これは、それぞれの社員の成果や実績に応じた結果、増えているのではない。年功を重ねるだけで賃金が増加しているのだ。これが、総額人件費の管理のうえで大きな問題となる。

1991年にバブル経済が崩壊し、90年代後半以降、日本経済が行き詰まり、拡大成長が難しい状況が2023年の現在も続く。この30年前後、多くの企業が苦しんできたが、大企業の場合、年功給の扱いで長年、もがいている。社員の平均年齢は30代後半から40代前半と、ベンチャー企業の20代後半から30代前半の平均年齢よりも高い。

こうなると人件費の管理で難しいのは、特に40~50代の社員の賃金だ。まして、この10数年はバブル期(1980年代後半から90年代初頭)に新卒として入社した数が多かった。その膨れあがった人件費を圧縮、削減するために成果・実績給や管理職定年、希望退職制度(リストラ)を導入してきた。しかし、その改革は未だ不十分である。

10億円の壁を乗り越えようとするベンチャー企業が、大企業の一連の試みから学ぶべきは次のことだ。

―社員の賃金や処遇を決める時に成果や実績で評価しないと、総額人件費の厳密な管理ができないために多くの社員が不幸な結果に出くわすー

ここに、ジョブ型起用を導入する大きな理由がある。 

 

 

 

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ジョブ型雇用のメリット(その6)

 

●総額人件費が膨張する事例

総額人件費が膨張する事例は、次のようなケースだ。

ある出版社(正社員数500人)で、A編集部が廃止となった。部員は編集長(部長、50代前半)、副編集長(課長、40代半ば)の2人の管理職以下、編集者が10人(全員が一般職)。

10人の編集者は、1か月以内に全員が他の編集部に異動となった。ところが、2人の管理職を引き取る編集部がない。他の編集部には、編集長と副編集長がすでにいるからだ。2人の管理職は半年以上、担当する仕事がなかった。その間、A編集部の時と同額の賃金の支給を受けていた。その総額は、1000万円を超える。

これは職能給のベースとなる職能資格制度(年功序列の理論的な根拠の制度)の運用上、それぞれを降格させ、一般職にすることがほとんどできないためだ。また、基本給の減額は法律上難しい。

2人の管理職だから1000万円前後になったが、これが数十人の管理職になると相当な額になる。しかも、その間、管理職たちの成果や実績は一般職とだほど変わりがない場合がある。

このような人件費を圧縮、削減するために大企業や中堅企業は退職金と基本給の数年分を支給してでも、中高年をリストラしようとする。売上10億円の壁を乗り越えようとするベンチャー企業は事例のようなケースが社内で多数見られると、意欲を失いがちになるのが20~30代の社員であることも心得ておきたい。優秀な人材は得てしてこういう問題に敏感で、不満を持ちやすいために辞めてしまうケースがある。もはや、余剰人員とも言える中高年が実態にそぐわない賃金を受け取り、近い将来有望な人材が辞める。これでは、組織として成長しない。

 

 

 


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ジョブ型雇用のメリット(その7) 

 

●異質な人材を積極的に受け入れる風土

ここ10数年、非正規社員や外国人労働者、高齢者、障がい者などダイバーシティ(多様性)な人材の受け入れを考える企業は増えている。だが、現在、多数を占める人材とは異質な人材を受け入れ、チームビルディングをして高いパフォーマンスを発揮させるマネジメント力は依然として弱い。これが、この30数年で欧米企業に市場シェアを奪われていった一因でもある。

今後、少子化により日本人の数が減る。10億円の壁を乗り越えようとするベンチャー企業は大企業やメガベンチャー企業には採用力では見劣りするために、非正規社員や外国人労働者など多様な人材を雇う必要に迫られる。

その時、異質と言える人材を受け入れる風土を作ろうとしているか否かが問われる。新たな人を採用し、生え抜きの社員と競争させるだけならば、潰し合いや足の引っ張り合いになる可能性がある。あるいは、生え抜きの社員に必要以上に同調することになっていきがちだ。

これでは、組織の活性化にはなりえない。従来までの総合職、つまり、メンバーズシップの採用だけでは人材の質が同質になり、異質な人材を積極的に受け入れる風土がなかなか作れない。そのためにも、ジョブ型雇用は必要なのだ。特定の職務のエキスパートを多数雇う企業ならばそのこと自体、ダイバーシティと言える。

 

 

 

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ジョブ型雇用のメリットのまとめ 

 

10億円の壁を乗り越えようとするベンチャー企業にとっては、ジョブ型雇用はメリットが多い。ただし、一方ではデメリットもある。その表裏一体の関係を考慮しつつ、組織を運営する力が社長、役員、管理職には求められる。例えば、職業意識が高い社員を育成すると、技能や知識を高め、賃金や処遇のよりよい企業に転職するケースが増えるかもしれない。あるいは、配置転換(人事異動)を拒むかもしれない。

ベンチャー企業ならば状況に応じて例えば、営業担当者が総務の仕事をしてほしいと願うこともあるだろう。だが、特定の職務に従事することを前提とした労働契約である以上、それは難しいかもしれない。

次回は、そのようなデメリットを掘り下げたい。 

 

 

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著者: JOB Scope編集部
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