第2回

10億円の壁」の人事のポイント

2023/05/26

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「10億円の壁」のおさらい


前回、10億円の壁の概略をまとめた。(『第1回 ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」をどう乗り越えるか!』はこちら

今回は、壁にぶつかる企業の人事のポイントをテーマにしたい。ベンチャー企業にとって人事は泣き所といわれる。まずは、営業力を強化し、収益基盤をつくることが最優先だからだ。だが、おろそかにしていると壁を乗り越えることはできない。この場合の人事とは、採用や定着、育成、チームビルディングを意味する。

まず、前回を振り返り、特に大きなポイントを思い起こしたい。それは、次のようなものだ。

 

  • 10億円の壁にぶつかるのは5~9億円前後まで達したからこそであり、実は相当に優れた企業。大多数のベンチャー企業は、このレベルにたどり着くことができない。
  • 創業メンバー、例えば社長や役員、さらに創業数年以内に入社した社員たちは、プレイヤーとしては相当に優れている。だが、マネージャーとしての経験は概して浅く、力量は発展途上である場合が多い。例えば部下5~10人を1つのチームにまとめ、組織力を生かした営業にして業績を上げ続けることがなかなかできない。結果として、個々の社員が独自の判断で動く、いわゆる個人戦になっている。
  • 売上が5~9億円前後になり、正社員が50~130人の規模になっている以上、チーム力を生かした組織戦に切り替える。創業時からの優秀な人たちだけががんばる、「個人戦」の発想を捨てて、組織の力を生かした戦いにする。


  • 10億円の壁にぶつかる企業の職場でよく見かける光景は、次のようなものだ。

 

  • 上司から部下に指示をするが、伝わらない。
  • 上司が知らないところで、部下たちが仕事を進め、混乱や問題が続出する。
  • 上司と部下が仕事について深い会話ができない。
  • 一般職たちで仕事について会話をしようとしても、やりとりが続かない。        
  • 個々の社員が独自の判断で仕事を進めるために、同じ部署でもほかの社員は何をしているのか、わからない。
  • 互いに仕事を教え合ったり、支え合うことが少ないために、各自の仕事のレベルが上がらない。
  • チームとして、部署として仕事をすることが十分にできないために、ムリ・ムダ・ムラが多い。
  • 売上の割に総額人件費をはじめとした経費が高く、社員の賃金が伸び悩む。
  • 社員の定着率が低い。新卒、中途ともに入社5年以内に4~6割以上が辞める
  • 人事や総務、その担当役員や社長がそれぞれの社員の退職理由を正確には把握していない。
  • 退職理由をその退職者が現れた部署の運営や社員育成などのマネジメントに生かすことができていない。
  • 退職理由をそれ以降の中途、新卒の採用試験に生かすことができていないために、同じことを繰り返す。



02 ―――

「10億円の壁」でゆきづまる会社の人材のレイアウト

 

10億円の壁にぶつかる企業の社員の構成は、少なくとも次のように3つにわけられる。 

 

  • 創業メンバー(社長や役員、さらに創業数年以内に入社した社員)
  • 管理職(執行役員、本部長、部長、課長、マネージャー)
  • 一般職(非管理職)
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これらのうちで、20~30代で中途採用試験を経て入社した社員がおそらく、8~9割には達しているだろう。経営基盤がまだ脆弱なベンチャー企業のほとんどが、中途採用を中心に据え、体制を整えようとする。

最近は、「ジョブ型雇用」と称して入社後に担当する職務やその範囲、会社として求めるレベルや期待値、役割や責任、賃金、処遇などを明確にする企業が増えている。職務を通じて会社と関わることで、担当する仕事への責任感や使命感をより強く意識してほしいと願う経営層が増えている、と捉えることができる。もともと、ベンチャー企業や中小企業の中途採用は、特定の職務を担当できる人材をターゲットとしているが、ジョブ型雇用はそれがより明確に、厳密になったものと見ることもできる。

 

 

03 ―――

中途採用オンリーの怖さ

 

column_yoshida_2_1 10億円の壁にぶつかる企業が、中途採用を中心に進めることは誤りではない。だが、中途採用者のそれぞれの背景(出身の業界、企業、担当してきた職務、年齢や性別、今後のキャリア形成、人生設計など)が大きく異なる以上、定着率を上げるための取り組みを念入りにしないと、離職率は高いままで、辞めていく人は絶えないだろう。

 この試みは、実に難しい。多くのベンチャー企業が挑むが、大半はあきらめてしまう。何をどのようにしても、辞めていく人が次々と現れるからだ。その理由の1つには、定着するような人材を獲得できていない可能性が高いためだ。

入社後に担当する職務やその範囲、会社として求めるレベルや期待値、役割や責任、賃金、処遇などが不明確なケースが依然多いが、これでは即戦力であるはずの中途採用者の心をつかむことは難しいのかもしれない。だからこそ、ジョブ型雇用での採用を考えてみることを検討すべきなのだ。

 ややシビアなことを言えば、売上10億円の壁にぶつかる企業の中途採用試験にエントリーしてくる人の多くは、各業界の売上や正社員数のランキングが上位10番以内の企業に籍を置く人は少ない。おそらく、15位以下が大半を占めるだろう。

仮に上位10番以内の企業に正社員として在籍し、5~7年勤務してきた人ならば、その本人と上司や周囲との人間関係や仕事への姿勢などには何かの問題があったと見るのが必要かもしれない。通常は、上位10番以内の企業に5~7年勤務した人がこのようなベンチャー企業に転職するケースは少ない。
 
あるいは、売上10億円の壁にぶつかる企業の中途採用試験にエントリーしてくる人は転職回数が多い傾向もある。例えば、30代前半ですでに4回の転職をしている場合も少なくない。本来、この年齢ならば多くとも3回以内が望ましいだろう。回数が多い人は、定着が難しいケースが目立つ。「雇ったところで、また辞めるだろう」と採用担当者が思うのはある意味で当然かもしれない。いずれにしろ、中途採用者だけで全社員の人員構成をするのはリスクが大きい。

また、今後は少子化が一層に進む以上、30~40代のミドル層を中途採用で獲得するのも難しくなる。それを見据え、新卒採用をすることはベンチャー企業にとっても必要と言える。

 

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新卒採用を始めるものの…

 

そこで10億円の壁にぶつかる企業で、意識の高い社長や役員がいる場合は新卒(主に大卒)の採用をスタートする。しかし、大半が早いうちに(ほとんどは1年以内に)次のような問題に直面している。

 

  • 新卒採用に人事のヘッド(採用の現場責任者)の経験が10年以上の人が社内にほとんどいない。経験がないがゆえに、実績やノウハウ、知識、情報に乏しい。
  • 採用をするうえでの予算や態勢がほとんどない。採用チームをつくってはみたが、機能しない。リーダーが事実上、不在。社長や役員が中途半端な形で指示をしたり、運営をしようとする。これが、さらなる混乱を呼ぶ。
  • 求人広告を大手の求人サイトや自社サイトに載せるが、エントリー者(学生)はプレエントリーで500人以下、本エントリーで250人以下となる。
  • 銀行や総合商社、テレビ、IT、自動車メーカーなどの業界の最上位(売上や正社員数などの総合ランキング)は、総合職でプレエントリーが8~15万人、本エントリーは8000~1万3千人。これらの企業は総合職の内定者数は30~50人が多く、倍率は相当に高い。エントリーする者が在籍する大学は、入学難易度で言えば国公立、私立の文系・理系問わず、最上位の1割以内が多い。
  • 10億円の壁にぶつかる企業の新卒採用にエントリーする者が在籍する大学は、入学難易度で言えば国公立、私立の文系・理系問わず、中位から下位が多い。
  • 数人を採用はしたものの、3年以内に半数以上が辞める。5年後には、1人もしくは誰も残っていない場合もある。
  • 社内にシラケたムードが漂う。そもそも、新卒採用をしていることすら知らない社員がいる。
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ここで、新卒採用を止める会社が続出

 

社長や役員、一部の管理職の中から「新卒採用はもう止めよう」といった声が聞かれ始める。その後、数年以内に新卒採用を中止し、中途採用中心に切り替える。そして、中途採用で入った社員が次々と辞める。また、元の状態に戻ってしまうのだ。ここが、10億円の壁の怖いところでもある。壁を乗り越えようとすると、さらに高く、厚く見えるようになるのだ。

 ここでさらにシラケたムードが漂い、創業メンバーの中には限界を感じたり、強い不満を持ち、退職する者が現れる。しかも、転職先は同業他社のケースもある。中には、部下を数人引き連れて辞め、同じ業界で起業をする者もいる。こうなると、組織として機能不全となり、業績にも影響が出始める。5億円まで達していたのに、3億円になってしまう企業もある。

 

 

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10億円の壁でゆきづまる会社の新卒採用のポイント (1)

ここで真っ先に考えるべきは、次のことだ。なぜ、新卒採用を始めたのかー。それは、定着率を上げることで各部署やチームをつくることであったはず。チームビルディングをするうえで、大前提になるのは辞める人を減らすことだ。

人が次々と辞める状態が改良されることなく、組織づくりは不可能だ。組織ができていないのに、組織戦はできない。いつまでも、個々の社員は独自の判断でバラバラに動く個人戦のままで、ムリ・ムダ・ムラの塊となる。

定着を促進するためには、「新卒者に目をつけたほうがいい」とかねてから人事の専門家の間ではいわれている。中途採用者に比べると、その会社以外のことを正確には知らないために様々な面で影響を受けやすいからだ。例えば経営理念や各事業、それぞれの部署の仕事やその仕事の進め方、さらに職場での人間関係、社風などだ。

一部にその例外はいるのかもしれないが、傾向として新卒者は社員教育で教えられたことをそのまま受け入れるケースが多い。だからこそ、上司は日々の指導を熱心でありたい。採用試験では例えば会社説明会や求人サイト、自社サイトで経営理念や社風、各事業、オフィス環境、社員の素顔、入社後に担当する職務やその範囲、会社として求めるレベルや期待値、役割や責任、賃金、処遇なども、学生のレベルに応じて丁寧な説明をしたほうがいい。写真や動画をまじえ、わかりやすく紹介したい。ここでも、「ジョブ型雇用」は生きてくるはずだ。

 

 


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10億円の壁でゆきづまる会社の新卒採用のポイント (2)

 

 これは中途採用においてもいえるが、10億円の壁の前でゆきづまる企業によく見られるのが、次の「人事育成の方程式」を見失っていることだ。

採用で、定着しうる人材を雇う→定着率を可能な限り上げる→部署やチームをつくり、その中で育成をする

 これは多くの人が心得ているようでいて、実はできていない。例えば、新卒採用において「フィーリングが合う」「なんとなく、イケている」ぐらいの感覚で、内定を出している場合がある。中途採用では、「プログラーマーとしてのスキルがほかのエントリー者よりも高い」といった基準だけで採否を決めているケースもある。

これらの判断も1つの考え方かもしれないが、採用はまず、定着しうる人材を獲得することにあるのだ。定着しない中で育成はできない。だからこそ、経営理念や社風、各事業、オフィス環境、社員の素顔、入社後に担当する職務はしつこいほどに繰り返し丁寧に説明し、理解し合うことが重要だ。「この人は、定着しないかもしれない」と感じる人をあえて採用するべきではない。

 

 

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壁を乗り越えるための人事のポイント

 

 前半で書いたように、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業にはメガベンチャー企業や大企業で活躍するような人材がまず入社しない。優秀な人を求めるのではなく、自社に合い、「そこそこにデキル人」を見つけ、定着させること。そのうえで、育て上げることだ。育成のプロセスで、しだいに上司や部下のコミュニケーションの機会が増え、信頼関係が芽生え、チームビルディングの基盤が出来上がる。これが、経営風土や社風をも変えていくことになる。個人戦から組織戦への転換ともいえよう。組織戦をしないと、10億円の壁を乗り越えることはまずできない。 

 

10億円の壁の前でゆきづまる企業の大半は、採用→定着→育成の流れが破綻している。採用で失敗し、定着が進まず、育成ができていない。壁にぶつかった時には、自社はどこでゆきづまっているのか、その理由を含め、考え直したい。 

 

 

 

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著者: JOB Scope編集部
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