第6回
2023/10/31
目次
01 ―――
本シリーズ(第1回)から(第5回)までで、10億円の壁を乗り越えることができなかった企業や乗り越えつつある企業を取り上げた。その差は、組織として安定的に稼ぐ仕組みをつくることができたか否かである。それを可能にするためには、次に挙げるポイントを説明した。 (この連載の記事一覧はこちらから
①社員の育成が極めて重要
②社員の中核であり、育成の対象の要になるのは管理職。一般職を育てあげるのも大切だが、まずは管理職のレベルを上げないと、その部下である一般職は育たない。
③その管理職を育たないようにしているのは、社長や役員の場合がある。社長や役員が管理職の仕事や権限を取り上げてしまっている。
管理職になる以上、それにふさわしい経験や技能、実績、知識、見識、考え、人望があるはず。だが、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業では、採用力は大企業やメガベンチャー企業に大きく見劣りする。しかも慢性的に定着率が低いこともあり、管理職への昇格基準は甘くなる場合が少なくない。現時点では管理職とは言い難いが、とりあえずマネージャーにしておこうとするケースは多い。昇格の基準があいまいで、ハードルが低いとも言えよう。
そのような管理職では「部下の育成を安心して任せることができない」と社長や役員が考えるのはある意味で当然かもしれない。しかし、これではいつまでも組織として未熟であり、毎期安定的に稼ぐ仕組みはつくれない。結果として、10億円を超えるのは難しい。とはいえ、取り組まざるを得ない。
02 ―――
今回は、この課題に果敢に取り組む中小企業の経営者たちに私たちの編集部のメンバーが数年前にヒアリングした一部を紹介したい。
まずはじめの企業は小売店で正社員は15人程で、パート・アルバイトは約20人。10億円はまだ、超えてはいない。現在の社長は40代で、2代目経営者であり、社長だった父親から後を継いだ。
父(先代の社長)のように厳しいと、今の時代は経営はできないと思います。社員が、みんな辞めていきますよ。
私は2代目社長であった父の後を継いで経営しているのですが、11年前までは父のもとで経営見習いのような形で働いていました。父はものすごく頑固で、仕事熱心。死ぬ寸前まで働き続けていました。1年で休むのは、わずか数日。社員たちにも厳しかった。頻繁に叱ったり、怒鳴ったりしていました。
ブレーキがきかない人でした。それでも店を守り、ついには自社ビルを建てたから、経営者としてはすごいのでしょうね。今は、社員を感情に任せて叱るとそのたった一言で、上司と部下の関係が崩れてしまいかねない。「社長だ!」と威張る時代ではないのです。
私は、経営見習いの頃に父から厳しく言われた言葉が心に長く残りました。あのくやしい思いは、今の社員には味わわせたくない。社員は、大切ですからね。みんなが、「使える部下」ですよ。そう思うようにしています。言いたいことがあっても、ぐっとこらえるようにしています。そりゃあ、ストレスですよ。ためないようにはしているのですが…
03 ―――
組織づくりをするうえで特に困ったことを聞くと、こう答えた。
父が死んだとき、特に困り果てました。父が社長をしていた頃は、社員が数年ごとに辞めていく。長い人でも、10年くらいだった。社員を育てていなかったから、会社の経営を支える仕組みができていない。僕は、その仕組みをつくることがこの11年間の大きな仕事でした。
会社の仕組みは、父の考えや路線ではつくれないでしょう。あそこまで言いたい放題に言えるのは、ある意味ですごい…(苦笑)。時々、父は社員を「あんな奴は使えねぇよ。次の奴を雇えばいいよ」と言っていました。私は使えないような人でも使えようにするのが、雇った側の責任だと思います。
私たち編集部は、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の経営者や役員はこの社長の「社員を育てていなかったから、会社の経営を支える仕組みができていない」といった言葉の意味を深く考えるべきと思っている。
10億円を超えようとするならば人をなんとか育て上げ、力を身につけさせ、管理職にする。その管理職を通じて一般職を育成し、社員全体の底上げを図る。社長や役員が管理職よりも前に出て、一般職を育成するべきではない。それは創業期で、正社員が20~30人以下の話である。このステージならば、社長や役員が前面に出るのは止むを得ないのかもしれない。
だが、10億円の壁を超えようとするならば管理職に段階的に権限を委譲し、管理職を通じて各部署をつくり、会社全体がスムーズに進むように設計をしないといけない。この設計こそが、経営者や役員には必要なのだ。
ここで、注意事項。
10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の創業者や社長は「組織づくり」というと、フラットな組織をつくろうとするケースが多い。たとえば社長の下に役員がいて、その下に一般職を多数並べる。そこには、管理職がいない。これでは、社長があらゆる仕事を抱え込み、一定のスピードで進んではいかない。管理職を減らし、ついにはなくし、自らがじかに一般職に陣頭指揮をとるのが好ましいと思っている限り、まず、10億円を超えるのは無理だ。
組織づくりの第1歩は、管理職をつくること。社長はそこに力を注ぐべきだが、特に創業経営者はこれを苦手としているケースが目立つ。それを果敢に試み、10億円の壁を乗り越えた経営者を次に紹介したい。
04 ―――
下記は、私たちの編集部のメンバーが7年程前に正社員数が500人を超える自動車教習所の社長(60代後半)にヒアリングをした内容の一部である。
社長は数年前に退任しているが、就任中に父親(先代の社長)が創業した企業の改革を次々と行った。安定的に稼ぐ仕組みをつくり続け、大幅に業績を拡大した。10億円の壁ははるか前に乗り越え、今や70億円に迫る。
「使えない社長」がいるとするならば、社員や部下のことを「使えない」とレッテルをはり、自分だけで考え、ひとりで決めて進めてしまう人だと思います。
500人の社員がいるならば、500の脳があるのです。社員たちに考えてもらったほうが、はるかにいいわけです。ところが、社長ひとりで全部を仕切り、あらゆることを決めようとすることがあります。あれでは社員はやる気をなくし、育ちません。おそらく、業績は伸びず、ゆきづまっていくでしょう。大きくは伸びないと思います。
社長業で大切なのは、人の育成だと思います。業績が伸びて、会社の規模があるレベルに達し、キープしないと、業績はやがてじりじりと下がる「じり貧」になってゆきます。少なくともそのレベルになるまで、社員を懸命に育てあげないといけない。残念ながら、それをしない社長は実際にいるのです。
05 ―――
私がそのような社長と接すると、社員のことを信用していないように感じます。
「あんな社員はダメだ」と乱暴に決めるつける人もいます。自分が経営する会社の社員のことをそんなに悪く言ってどうするの?と思うのですが…。私が社員ならば、辞めてしまうかもしれません。
社長にとって、社員は鏡です。上司と部下の関係も同じです。自分と同じようなレベルの人が、社員や部下として目の前にいるのです。社長と労働組合の関係も似ています。経営者や会社に対し、戦闘的な労組があるでしょう。そのような会社の社長は、「あの労組の野郎は、何もわかっていない」というスタンスをとっています。だから、労組も過激になるのです。
結局、社長と社員、上司と部下の関係は対話でしか成り立たない。意見などを言ってもらい、話し合う。その姿勢が大切です。「俺の言うことを聞け!」と命令をしているだけでは、うまくいかない。それこそ、「使えない社長」になってしまうでしょう。
06 ―――
私たちは、この社長の次の言葉に特に強い感銘を受けた。
社長ひとりで全部を仕切り、あらゆることを決めようとすることがあります。あれでは社員はやる気をなくし、育ちません。おそらく、業績は伸びず、ゆきづまっていくでしょう。大きくは伸びないと思います。
社長業で大切なのは、人の育成だと思います。業績が伸びて、会社の規模があるレベルに達し、キープしないと、業績はやがてじりじりと下がる「じり貧」になってゆきます。少なくともそのレベルになるまで、社員を懸命に育てあげないといけない。残念ながら、それをしない社長は実際にいるのです。
結局、社長と社員、上司と部下の関係は対話でしか成り立たない。意見などを言ってもらい、話し合う。その姿勢が大切です。「俺の言うことを聞け!」と命令をしているだけでは、うまくいかない。
07 ―――
確かに社長が全部を仕切ろうとしている限り、管理職をはじめ、社員の育成はまず不可能なのだ。時間やエネルギーを使い込むだろうが、なんとか育てあげるといった責任感を持ち、取り組むしかない。
とはいえ、管理職にすべてをいきなり任せるのは10億円の壁にぶつかるベンチャー企業では難しいだろう。したがって段階的に権限を委譲したい。たとえば、次のようなステップを踏むのだ。
②5年以上の経験者に教える場合のポイントをまず、社長や役員と管理職がすり合わせする。
「管理職とは何なのか、何をすべきで、何をしてはいけないのか」
「社長や役員との違い」
「一般職との違い」
「部下は管理職に何を求めているのか、求めていないのか」
「会社としてどういう管理職であってほしいのか、なってほしくない管理職」
「部下育成とは?」
「部下育成は何をもって、育成と言えるのか」
「育成のゴール、そこにたどり着くまでの流れ」
「組織(部署)をつくるとは?」
「組織づくりは何をもって、つくりと言えるのか」
「そのゴールまでの道のり」
「それぞれのステージにどのようにすれば到達できるのか」
「報告、連絡、相談のそれぞれの内容、仕方」
「部下(一般職)の仕事のうち、特に確認すべきことや確認する優先順位」
「確認したうえで、部下へのフィードバックの仕方」
③これらを後々の誤解を防ぐために、可能な限りにおいて文書化をする。
④社長や役員は月に1~2回は個々の管理職と1対1の面談をして、この文書をもとに話し合い、部署や部下たちの現状や管理職自身の②で挙げたことができているか否か、の進捗を確認する。
⑤管理職全員が参加する会議に社長や役員も参加し、④で個々の管理職と話し合ったことのうち、共有すべき部分はこの場で共有する。
①から⑤までは、ジョブ型雇用の1つのあり方とも言える。
08 ―――
次に挙げるのは25年程前に創業し、10億円を目指しつつ、着実に成長する在宅診療クリニックを運営する企業の経営者へのヒアリングの一部である。
ここで、考えるべきは「好ましからざる管理職」だ。まずは、お読みいただきたい。
弊社のような在宅医療クリニックで看護師として長く勤務すると、勘違いをする人もいるのです。私が以前、ほかの在宅医療クリニックの経営者から相談を受けたケースを簡単に紹介します。
医師から何かを頼まれても、バカにしたような態度をとるベテランの看護師がいるようなのです。医師はその看護師を敵に回し、看護師全員で徒党を組まれたくない。それでは、患者さんにも迷惑をかけてしまう。だから、ぐっとこらえる。我慢を重ねた末で、クリニックの経営者に相談をしたようです。「あの看護師をなんとかしてほしい」と…。
しかも、この看護師はほかの優秀な看護師に厳しくあたり、辞めるように仕向けるみたい。そのクリニックはこのような看護師にも一定の役職を与え、待遇をよくしていかざるを得ない。この業界は慢性的に人手不足であり、今は深刻な状況なのです。
すると、看護師はますます勘違いをする。いよいよ、困ったことになったようなのです。私の数十年の経験をもとに言えば、このタイプの看護師は得てして自己顕示欲が強い。それは、必ずしも悪いことばかりじゃない。「自分はすごいよ」っていう思い込みが本人にないと、伸びないのかもしれないと思うときがあります。優秀な人って、自己顕示欲が強いものですよ。
ただし、その思い込みが強すぎると、自分にはすごい才能があると信じ込み、部下などに感謝ができなくなる。おのれよりも能力が高い部下がいると、排除する。こうなると、「最悪の上司」でしょう。クリニックを経営する側からすると、「使えない管理職」です。
経営する側からすると管理職にしろ、その下にいる人にしろ、いいところはできるだけ認めてそこを伸ばしたい。その人が苦手としているところは、みんなでカバーしたほうがいい。少なくとも、これが私の鉄則なんです。
その思いを感じ取れないほどに、「自分はすごいよ」っていう思い込みがひどくなると、経営する側からするとその人を普通に扱うことは難しいかもしれませんね。
社長の言葉から何を感じるだろう。管理職に大幅に権限を委譲した結果、間違った方向に進んでしまうケースは確かにありうるのかもしれない。本来は、その人と丁寧に話し合い、軌道修正すべきなのだが、それができない場合がある。どれだけ言っても、理解しようとしない管理職はいるのだ。
そこが、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業のある意味での限界と言える。決して、社員の質が大企業やメガベンチャー企業のようには高くないのだ。
だからこそ、前シリーズ「ベンチャー企業がぶつかる10億円の壁をどう乗り越えるか」で新卒採用をすべき、と何度か説明した。新卒者のほうが、素直に教育を受け入れる傾向はある。中途採用をするだけでは、社内にはすでに他社で教育を受けた人しかいないことになる。この人たちに管理職はどうあるべきかと教え込み、一定期間であるレベルまで育てるのはなかなか難しい。それでも育て上げるしかないのだ。次回(その7)では、そのあたりも取り上げたい。
なお、本シリーズは前シリーズの続編となる。前シリーズをひととおりご覧いただいたうえで、お読みになると理解がスムーズになると思う。