少子高齢化の影響で、労働力不足が続く日本企業。
そんななか、昨今のビジネスシーンでは「リスキリング」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。
人的資本経営の潮流の影響も受け、今や企業規模を問わずリスキリングに注目を集めている状況にあります。
ただし、リスキリングの定義や内容がわからず、自社でどのように導入を進めるべきか苦慮している方も多いようです。言葉ばかりが先行して正しい意味を把握できていない場合、リスキリングによる効果を見込めないおそれがあります。
流行に左右されない本質的な理解を得るには、さまざまな視点でリスキリングを問い直すことが必要です。そこで本記事ではリスキリングについて、真の狙いや取り組みポイントを解説していきます。
リスキリングを活用して事業の成長につなげたいとお考えの方は、ぜひご一読ください。
目次
1.あらためてリスキリングとは?リスキリング(Re-skilling)とは、職業能力の再開発、再教育を意味します。
企業内での具体的なシーンで説明すると、新しく発生する業務・仕事に役立つ「新しいスキル」を学ぶことです。
リスキリングの重要性が初めて提唱されたのは、2018年の世界経済フォーラム(通称ダボス会議)の場です。その年のダボス会議では「リスキル革命」に関するセッションが開かれました。第4次産業革命によって数年で8,000万件の仕事が消滅する一方で、9,700万件の新たな仕事が生まれる、との予測が報告されたのです。
そして、今後生まれる新たな仕事に対して今のスキルセットでは対応し切れないため、社会全体でリスキリングに取り組む必要性に迫られている、との訴えがなされました。
その後、リスキリングが日本で注目を浴び始めたのは、2020年頃の国からの投げかけがきっかけです。
日本経済団体連合会(経団連)が2020年11月に発表した「新成長戦略」や、経済産業省が開催している「デジタル時代の人材政策に関する検討会」において、新たに生まれる雇用への労働力確保の重要性が提言されました。
そこで、企業は社員のリスキリングを推進することが奨励されたのです。
さらに『「現代用語の基礎知識」選 2022ユーキャン新語・流行語大賞』に「リスキリング」がノミネートされたこともあり、リスキリングは企業のみならず、一般的に注目を集めるようになりました。
リスキリングの本質的な理解を深めるために、類似概念である”アップスキリング”と”リカレント教育”と比較してみましょう。
まず、アップスキリングとの違いです。
アップスキリングもリスキリングも、提供主体は企業側にあります。一方で、両者の違いはスキル獲得後に取り組む仕事内容にあります。
アップスキリングは「今の仕事に必要なスキルを高めること」です。
しかし、リスキリングは「新しいスキルを身につけ、新しい業務・職業に就くこと」であり、これまでと異なる仕事に取り組む点に違いがあります。
例えば、営業職の社員がプログラミングを学び、ITエンジニア職に転身するのはまさにリスキリングです。他方で、プレゼンテーションなどの営業スキルを学んだものの、仕事は営業職のまま、というのはアップスキリングになります。
一方、リカレント教育とは「就労と就学を繰り返すことでスキルを習得すること」です。提供主体が教育機関であるという違いもあります。
例えば、一時的に仕事を離れて大学などの教育機関に通い、卒業後に同じ分野でキャリアアップしたり、新しい職業にジョブチェンジしたりするなどが代表例です。
改めて「リスキリング」で大事なのは、企業側が主体となって取り組むことです。
今後、環境変化によって多くの仕事が消失・発生する状況で、あらゆる世代のビジネスパーソンがリスキリングに迫られています。しかし、日本でリカレント教育が浸透しなかったように、個人に学び直しを委ねるだけでは限界があります。
企業が生き残っていくためには、経営戦略として今後成長が見込まれる分野のスキルを社員に身に付けてもらうことが不可欠です。
そのために、企業が主体となって社員のリスキリングを進めることが重要なのです。
HRトレンドは、その時々の社会背景や時代の変遷などを受けて生まれるものです。リスキリングについては、大きく3つの潮流が関係しています。
リスキリングは、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」に代表される、デジタル関連業務におけるスキルや知識の習得を意味することが多いでしょう。
欧米ではIT関連の成長分野に人材をシフトし雇用を守るため、2016年頃から取り組みが進んでいます。
近年では日本政府もリスキリングの推進を呼びかけており、経済産業省の「デジタル時代の人材政策に関する検討会」でリスキリングは以下のように定義されています。
“新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること” |
日本ではDX推進において、多くの企業がIT人材不足に頭を悩ませているのが現状です。外部から採用をしようとしても、「2030年にはIT人材は最大で79万人不足する」との経済産業省からの発表の通り、IT人材獲得競争は熾烈を極めています。
DXに必要な人材を自社内で育てるために、リスキリングが喫緊の課題となっているのです。
「先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態」なVUCAの時代といわれ、久しく時が経過しました。
経済やビジネス、個人のキャリアに至るまで、ありとあらゆるものが複雑さを増し、将来の予測が困難な状態にあります。
グローバルの流れに目を向けても、さまざまな国の政治の先行きが不透明であり、今までやってきたことやスタンダードだと思われてきたことが、崩れつつある状況でしょう。
ビジネスにおいても、昨今は次々と画期的なサービスが生まれています。
一方で、これまで想定していなかった業界と競合しなければいけなくなったり、売上低下の原因がまったく予測できなかったりするなどの事態が起こっています。
このように、今までは自分達と同業界の競合を意識していればよかったのですが、そもそもの業界というくくりの概念自体がなくなりつつあります。
これまでの業界常識にとらわれず変化に対応するためには、一つのスキルではなく社員にマルチスキルを求める必要が生じているのです。
働き方においても、従来の日本の企業では当たり前だった終身雇用や年功序列といった制度もなくなりつつあり、人材の流動性も高まっています。
ワーク・ライフ・バランス、リモートワーク、人生100年時代、新卒の3年3割離職問題・・・・・・、これらの言葉に代表される働き方の変化は、多くの企業人がリスキリングの必要性を実感した背景のひとつでしょう。
リスキリングがさらに注目されるようになったのが、新型コロナウイルスの流行でしょう。 事業活動の一部はオンラインに切り替わり、オフィスに出勤しないテレワークも定着しつつあります。
働き方が変化したことで、新しい商習慣や労働環境に適応したスキルを身につける必要性が高まっているのです。
リスキリングを考えるもう一つの視点としては、日本や先進国での少子高齢化による労働力確保でしょう。
2021年には、日本企業にとってリスキリングにさらに深く関係する仕組みが作られました。「高齢者雇用安定法」の改正によって、社員が70歳になるまで就業機会の確保に向けて努めるよう義務が課せられたのです。
定年が延長されるシニア社員にリスキリングを施し、労働力を確保する必要性が増しているといえるでしょう。
2018年、世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)において「2022年に全労働者の54%以上が大幅なリスキリングを必要とする」という調査結果が発表され、世界中に大きな衝撃が走りました。
ここまで言葉として流行しながらも、日本企業でリスキリングを効果的に取り入れている企業は、残念ながらあまり数は多くありません。
ここからはリスキリングの浸透を阻む、日本企業独自の課題を考えていきます。
人的資本経営の考え方では、人材を「資産 (Human capital)」と見なして投資対象と認識しています。
しかし従来の日本企業は、従業員を「資源(Human resource)」と捉え、採用や教育費などは「費用」とする考え方が大半でした。
資源という言葉の通り、従業員が身に着けた能力を、いかに効率的に「消費」するかという解釈になります。そのため、人材に投じる資金はコストとして捉えられ、いかに支出を抑えるかが経営マネジメントの主眼になりがちでした。
事実、人に対する人材開発や能力開発の投資は、日本は先進国の中で最低レベルです。
その結果、日本の人材獲得力も世界各国と比較しても最低水準にとどまっています。
企業側に人材のマーケット価値を高めるような投資の姿勢がないため、魅力的な労働環境と認識されないことが一因でしょう。
また人材獲得力の低さは、職能資格制度に代表されるような「社員に優しい」日本の人事制度も関係していると想定されます。
自らのスキルを上げて、価値が高い(労働対価が高い)職務に就くジョブ型人事制度が当たり前の欧米諸国からすると、日本の労働環境では自己研鑽できないと思われてしまうのです。
働く個人側の立場でリスキリングを考えても、課題は山積しています。
まず、日本の社会人は学ぶ時間が圧倒的に少ないのです。 総務省の調査では、社会人の1日の平均勉強時間はわずか6分でした。しかも、95%以上の社会人が「勉強時間は0」と回答しているのです。
日本は長時間労働の傾向が高いため、仕事で1日の大半の時間が取られてしまい、自己研鑽する時間が捻出できない状況なのかもしれません。
会社を離れて、社外で自己啓発をしているかどうかという観点でも、残念な調査データがあります。 先進各国と比べても、圧倒的に日本人は「何もやっていない」という回答比率が高いのです。
※以下の表は、横スクロールして表の続きを確認できます。
これら個人側の問題点を考えると、ますます企業側から学びの環境を整える必要性がご理解いただけるのではないでしょうか。
「少子高齢化の影響で、労働力が足りない」「DX化を担えるIT人材がいない」など、昨今どこの企業でも聞かれる、代表的な課題のセリフ。そんな状況の救世主になる可能性があるのが、社員の職業能力の再開発、再教育を意味するリスキリングでしょう。
第一に、経営戦略の実現を支える人材戦略を構築することが重要です。
リスキリング施策を唐突に検討するのではなく、経営戦略を実現するための求める人材像を明確にする必要があります。
描いた人材戦略に対して、現状そして現状とのギャップを定量的に把握した上で定期的に見直しを行うことが重要です。
これは経済産業省の人的資本経営に取り組む提言、通称『人材版伊藤レポート』の3つの視点のうちのひとつである「As is-To beギャップ」です。
ギャップを埋めるために、経営戦略として優先的にセットすべきスキルを策定します。
習得すべきスキルが定まったら、教育プログラムを検討するステップに進みましょう。
eラーニングや集合型研修のような外部の教育機関に依頼するのが代表的ですが、スキルによっては社内勉強会なども教育コンテンツとして考えられます。
さらにリスキリングは学ぶだけでなく、新しい業務で実践して初めて効果を発揮します。 学ぶことを目的とするのではなく、スキルを実践する場まで用意するのがリスキリングのポイントです。
リスキリング施策を定着させるためには、仕組みの下支えも重要となります。
具体的には、リスキリングによってスキルアップした社員には、価値の高い職務に配置しなくてはなりません。そのうえで適正な人事評価を行い、マーケット競争力が高い報酬を支払う人事制度に整える必要があります。
スキルセットが実現した人に、業務配置や給与に変化が起こらないのだとしたら、社員としても前向きにリスキリングに取り組む意識にならないでしょう。
職業能力の再開発・再教育を意味する「リスキリング(Reskilling)」。 これまでも自社の人材育成・人材教育は、ほとんどの企業で何らか取り組んでいるかと思います。 それにもかかわらず「リスキリング」という言葉がこれほどまでに注目されるのには理由があります。
多くの企業では施策レベルでリスキリングは行うものの、人事制度改定にまでは踏み切れず、結果的にリスキリング施策が社内に浸透していない状況があります。
その要因が、人事制度の柱になっているのが人の能力を基軸とした職能資格制度だからでしょう。
リスキリングの要諦は、新たに獲得したスキルによって、新たな仕事を開拓することにあります。職能資格制度では、スキルアップして等級は上がったとしても、仕事の変化は起こりません。
一方、ジョブ型人事制度であれば、社員のスキルに応じた仕事のマッチングが可能となります。
ただ、社員ごとのジョブマッチングの仕組み構築は、運用にそれなりの負荷が生じることも事実です。
人事部門が全社員のスキル状況や社内の職務調査を手運用で行っていては、他の人事業務にまで手が回らなくなってしまいます。
仕組みというものは、ソフト面だけでなくハード面まで視野に入れて、初めて運用がスムーズにいくものです。
できれば人事制度改定というソフト面を整えたのであれば、人事制度を運用できるツールやプラットフォームも導入検討すると良いでしょう。
DX人材育成のためにリスキリング施策を実施したにもかかわらず、人事業務がDX化していなければ、本末転倒のような事態も招きかねません。
「リスキリング」の名称の通り、リスキリングの取り組みについての中心話題は「何のスキルを開発するか」に集中しています。 しかし、単なるスキル開発に留まらない、企業の生き残りをかけた施策がリスキリングです。
リスキリングは、単なるスキル開発だけでなく、変化の激しい時代への適応力を高める取り組みといえます。
多くの企業が人材不足という課題を前にして、既存社員の活躍の幅をリスキリングによってどう広げていくかを模索中です。新しい学び方をいかに積極的に取り入れていくかで、今後の企業競争力に差がつく時代といえるでしょう。
単なる「既存の教育研修の延長」という視界でリスキリングを進めてしまうと、社員としてもどこまで本気でリスキルに取り組むかは疑問が残ります。
また、既存の教育研修費の範囲内での施策しか展開できないため、企業競争力につながるようなダイナミックな仕掛けも難しいでしょう。
ぜひ経営戦略・企業の成長という視界を持ちながらリスキリングに取り組み、社員という「資産」をどう磨いていくかを検討してください。