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京都産業大学経営学部マネジメント学科教授の中井透氏インタビュー(前編)/目指すは、革新性と生産性が両立した状態(前編)

作成者: JOB Scope編集部|2025/04/16

もはや、M&Aは大企業だけではない。昨今は、中小企業に対するM&Aも加速している。事業承継の一つの選択肢として注目されているからだ。中小企業庁でも、2021年4月に「M&A支援機関登録制度」を創設している。M&Aを検討する上で重要なプロセスとなるのが、企業価値の算定だ。企業全体の価値を評価することを言う。この手法は、資金調達や経営戦略の策定にも役立つだけに、中小企業の経営者として身に付けるべき知識となっている。そのためにも、中小企業の経営者にもファイナンス教育が重要となると説いているのが、財務管理論を専攻する京都産業大学の中井 透教授だ。インタビューの前編では、望ましい企業の定義や経営者が抱える悩みへの向き合い方などを伺いました。 

 

01中小企業にこそ、「おカネ」に関するマネジメントを

中井先生は、主に「おカネ」というフィルターを通して中小企業を研究されています。着目された経緯をお聞かせください。

私は大学を卒業して、金融機関に就職しました。その後、ビジネススクールで学び直しました。ご存じの通り、ビジネススクールは初年度に色々な科目を履修しないといけません。まさに、人・モノ・おカネ・情報・戦略など、一通りです。それらの中で最も自分に合っていると思えたのが、「おカネ」のマネジメント。つまり、財務管理やファイナンスと言われる領域でした。それが、まず一つです。

もう一つは、ファイナンスが組織論や人的資源管理論などに比べて数字を扱うことが多いからです。これは私が理学部を卒業しているからかもしれません。数字があまり苦になりませんでした。いわゆる経営資源の中で、なぜ人的資源管理(ヒト)や生産管理(モノ)ではなく財務管理(カネ)なのかと言われたら、そういうバックグラウンドが影響していると思っています。

中小企業を対象にしている理由は、経営指導の仕事をさせていただく中で、中小企業の経営者とお話しする機会が増えて関心が高まったことが挙げられます。修士論文を書きながら、腕試しに中小企業診断士試験を受けてみたらたまたま合格したのがきっかけで、経営指導にかかわることが多くなってきたことが背景にありますね。

仮説を立ててデータを集め、分析検証する。こうした典型的な研究スタイルは、中小企業の、特におカネにかんする調査・研究では困難な場合が多いです。なぜなら、彼らに情報の開示義務はなく、クローズされている場合がほとんどだからです。ですから、財務情報や非財務情報などのデータを取るためにも、なるべく経営者の方々と親しくしてきました。近い位置にいないといけなかったからです。そうした意味で指導先の企業の方々にいろいろ教えてもらったり、情報を得たりしながら、実態把握に努めてきたわけです。そういう意味では、関心対象が中小企業になるのは、私にとって必然だったのかもしれません。

中小企業の「おカネ」のマネジメントを研究していて思うことは、先に述べた3つの経営資源の中でも特に「おカネ」が大企業との比較において差が大きいことです。
たとえば、中小企業でもきらりと光る優秀な人材はたくさんいるし、そうした人たちが作り出す製品には優れた品質ものがいっぱいあります。相対的な量での大企業との違いはあっても、質では中堅企業や大企業を凌駕する場合も少なくないです。大企業との差がない場合も多いといえるでしょう。しかし、おカネについては、資金調達の量も、調達した資金を運用するためのマネジメントの質も不足しているのです。

しかし、中小企業におけるおカネのマネジメントはとても重要で、必要不可欠であることには間違いありません。 
たとえば、良い会社の定義として、企業の望ましい姿とはどういう状態を指すかというと、私は革新性と生産性が高いレベルで両立している状態であると思っています。革新性とは市場、つまり顧客が求めているものを的確に把握し、それに対応・適合できている度合いを指します。具体的にどんな経営かというと、市場への対応力に優れた経営であり、そのことを通じて拡大や成長を志向する経営だといえます。経営機能で言うなら、マーケティングとか研究開発などをイメージしていただくと分かりやすいと思います。 

 一方の生産性とは、投入した経営資源を上回る産出結果がもたらされている状態を指します。具体的にどんな経営かと言うと、アウトプットがインプットを上回るような効率性を重視した経営であり、安定や収益を志向する経営です。 

 おカネのマネジメントは生産性を高めていく上で、重要で欠かすことのできないものです。 
しかし、多くの中小企業やスタートアップを見ていると、自社の製品やサービスを市場に提供することで売上の成長を図ろうとする革新性の追求がなされているのは良いにしても、そのための資金調達や調達された資金の効率的運用の評価が等閑になっている場合が少なくないのです。 

 私はおカネというフィルターを通して中小企業なり、スタートアップを研究していますが、ここでいうフィルターという言葉には、ふたつの役割を意図しています。ひとつは、タバコのフィルターをイメージしてください。ニコチンをろ過しているわけですから、歯止めを掛けるブレーキ役という意味での濾過器が持つ役割です。お客さんのニーズがあるからとか、イノベーションを起こさないと競争に負けるからといった、革新性追求の経営になりがちです。それが本当に必要なのかどうかというのは、シビアな観点からろ過して、無駄なものを取り除く役割がフィルターにあるのではないかと思います。 

もうひとつは、カメラのフィルターをイメージしてください。フィルターはレンズそのものを保護する役割を担っています。つまり、大事なものを守る役割です。会社経営において大事なものは何かというと、私からすると資金やキャッシュです。ですから、そこを疎かにしないで、フィルターを通して見たときにキャッシュが残っているかをチェックするということです。 

02「おカネ」という経営資源の管理は代替が効く

中小企業の経営者は、「おカネ」に関しては苦労しています。資金繰りやファイナンスを安心して任せられる右腕もいなかったりします。

「安心して任すことができる右腕がいない」といった発言は、私も良く耳にします。そうした発言が出る背景を考える上で、少し意地悪な受け止め方ですが、実は任せられる人がいるから右腕が育たないのではないかと思っています。 

たとえば、営業やセールスという業務では、基本的に代替が効きません。外部の人材に来てもらって、その人に「私の代わりに営業してください」とはいえません。営業代行業のようなものは存在しますが、決められた仕組みの中で成立する、極めて限定的な部分でしかありません。機能レベルが高まるほど、高度な仕事になるほど、代替が効かないので自分でこなさなければなりません。高い成果を得るための努力や改善が求められますし、その結果、マネジメントのレベルも向上します。 

ところが、ファイナンスでは代替が効いてしまいます。「税理士の先生に頼んでおけば問題ない」「わからない部分は税理士の先生がカバーしてくれる」となるのです。だから、経営者自身もそうですが、専門的な能力を持った人材が育ちにくくなるのです。トップマネジメントになれば、通常は「分からないでは済まされない」ことばかりです。しかし、「分からないでは済まされないことはない」のがファイナンスのマネジメントだともいえるのです。 

あとですね、これはどこでも言われている話ですが、成功している企業でも、CEOがファイナンスをわかっていないケースも多々あります。しかし、そのこと自体は大きな問題だとは思っていません。分かっている人が、CEOのそばにいて役割分担ができていれば良いのです。だとしたら、経営者は「うちにはそういう専門家がいないから」と言っているだけでなくて、ファイナンスに詳しい人を育てるか、外部から専門人材を引っ張ってくれば良いと思います。 

これだけ人的資本経営の時代だと言われながらも、中小企業の経営者の中には「人への投資をする余裕がない」と発言される方も少なくないです。どうお考えになりますか。 

認識が低いと感じます。ファイナンスが機能しているかどうかという問題よりは、経営者のマネジメントに対する認識の低さです。ファイナンスは、いわゆる生産性を重視します。人に対してどれだけ資源なり資金をインプットするのか。それを投入した結果、アウトプットにどう反映されるのかということについての意識が低いということです。そういう経営者は、おそらく利益に対する感度も低いと思います。中小企業やスタートアップの多くは非上場ですから仕方がないのですが、「ROEを高めろ」と言われても、ピンとこなかったりします。 

それから事業承継やM&Aも最近増えてきていますが、そういうステージになると必ず出てくるのが企業価値の評価です。 

経済産業省は2020年9月、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」がまとめた報告書を公表しました。いわゆる「人材版伊藤レポート」と呼ばれるものです。さらに、この報告書を深堀した内容の「人材版伊藤レポート2.0」を策定しています。この一連の流れの中で、企業が人材の価値を高めることによって、企業価値を持続的に押し上げることになるとしています。企業価値が正当に評価されなければ望ましい事業承継はできませんし、戦略性の高いM&Aの実現も困難になります。この企業価値を決定づけるのは有形資産ではなく無形資産としての人材であり、人材が有する価値そのものだといっているわけです。そんな状況の中で「人材に投資する余裕がない」のは困ったものだと思いますね。 

先生のゼミの研究テーマは「新しいビジネスの創造」です。これは、中小・中堅企業にとっても重要なテーマです。創り出す力を高めるにはどうしたら良いのでしょうか。

ゼミの研究テーマなので、学生の皆さんに課しているテーマです。インターネットで検索したら出てくるような、それをコピーして貼り付けたら出来上がるようなものではなく、自らが考えて作り出したビジネスを成長させるシナリオを描いてもらっています。その過程では、原則として人の真似はできないことになっています。世の中で自分だけが考えた、自分しか創り出せない独自性、独創性を追求することが重要だとの考えにもとづくものです。 

これをビジネスに当てはめると、「何事にも関心を持つ」ということになるのではないでしょうか? 実際のビジネスでも、オリジナリティがなければなりません。しかも、ただ関心を持つだけでなく、そこから不具合や得られていない便益を探し出して、「こうなったら良いのになぁ」「こんなのがあったら良いのになぁ」との思いを巡らすとこでオリジナリティは進化するのです。 

 ニーズは顕在化していますが、その一歩手前の、現状で不具合な状態をどれだけ多く見つけることができるかが重要だと思います。その意味では、実際のビジネスでもゼミ活動でも、色々な場所に出向き、多くの人と交わり、たくさんの経験をすることが求められるでしょうね。最近はやりのセレンディピティ(思いがけない発見をすること)も、その可能性がありそうな場や状況に身を置くことなしに獲得しえないものですから。

03廃業に追い込まれないためにも、共同経営も検討を


後継者難や事業承継も中小・中堅企業経営者の悩みの種です。どう向き合っていけば良いのでしょうか。

まずお断りしておきたいのは、私はスタートアップのマネジメントにも関心がありますので、その立場からいえば、スタートアップをこれまで以上に経済面や運営面で支援して、活性化すべきだと思っています。

そのうえで、私は以前から、スタートアップを1社創る努力をするよりも、今あるひとつの会社を廃業に追い込まないようにする方が投資効率が高いので、これを推進すべきだといってきました。

多額の支援を施して、経済産業省と文部科学省が躍起になって、ようやくひとつのスタートアップを創っても、一方で事業承継がうまくいかずに廃業に追い込まれた会社があれば、企業数の観点からはプラス1+マイナス1で何も生み出さないことになる。だから既存の会社を廃業に追い込まないことにも多くのエネルギーを注入して効果的な施策を講じるべきだと思っています。

経営者の方々に対しては、自分の代で終わろうとせず、事業を継続させるための可能性を真摯に探っていただきたいと思っています。

経営者を目指す人と事業を承継させたい経営者を繋ぐプラットフォームを有効活用することも一つかもしれません。また、年代の違う人と共同経営をすることでバトンタッチの助走期間が長くなりスムーズな事業承継が可能になることも考えられるでしょう。共同という意味のCooperativeの二文字を取って、Coの経営、Co-Management、あるいはCoの最高経営責任者、Co-CEOというスタイルです。

共同経営というのは新鮮なアイデアです。

日本にはこうした概念は長らくありませんでした。社長が1人いたら、次は副社長です。あるいは、キャプテンはひとりで、次は副キャプテンという感じでした。私は、高校のときに米国にいましたが、現地ではそのときから運動部は「Co-キャプテン」制でした。最近だと日本の大学の運動部でもCo-キャプテンがいたりします。

役割と責任を分担する中で、全く同じ年代だと同じタイミングでの事業承継となりますが、若干ずらしてみるのもアイデアです。両方とも経営者マインドを持った人が、時間差を設けて「Co-CEO」に就く。そうすると、次の人を新たなCEOとしてスムーズにバトンタッチできます。

中井 透

京都産業大学 経営学部

マネジメント学科  教授 

慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了。広島大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了。博士(マネジメント)。1991年岡山商科大学商学部専任講師、2000年同教授、2007年から現職。京都産業大学副学長、理事・評議員、経営学部長、大学院マネジメント研究科長、進路就職支援センター長などを歴任。学会活動として日本財務管理学会会長・常任理事、日本経営財務研究学会評議員など。近著として『物語でわかるスタートアップファイナンス入門』(2025年、中央経済社)。

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