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東京都立大学大学院経営学研究科高橋准教授のインタビュー/悪用厳禁!禁断の経営技術とは(前編)

作成者: JOB Scope編集部|2026/02/27

 日本人は生真面目な民族だ。それが、プラスに出る場合とマイナスに出る場合にわかれる。イノベーションの創出に向けてはどうか。過去は違ったかもしれないが、ここ数十年では間違いなくマイナス面が大きい。今持っている技術力を活かして、新たな市場を切り拓けないかと律儀に考え続けているものの、突破口を見出せないでいるのが実情だ。一方、世界を見ると、日本人には信じられないほどのダイナミズムで新市場を創出している企業家がいる。実際、非合法取引/非合法市場で生まれた製品やサービスを洗浄し、合法化してしまっている例が数え切れない。そうした経営技術に日本人経営者やビジネスパースンも着目すべきだと提言する経営学者がいる。東京都立大学大学院 経営学研究科 准教授の高橋 勅徳氏だ。名付けて、「イ・リーガル・アントレプレナーシップ」。どのような概念なのか、『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』(同文館出版)の出版を記念して3回シリーズでインタビューしてみた。前編では、執筆の意図に迫る。 

 

こんな方に、ぜひ読んでいただきたい 

起業や新規事業で「良いアイデアが出ない」と悩む経営者・ビジネスパーソンの方

コンプライアンスとイノベーションの両立に違和感をおぼえている方

企業家研究・経営学の最前線や海外の議論動向に関心のある研究者・学生の方

 

前編のエッセンス  】

前編では、高橋先生の著書『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』を軸に、法と倫理の狭間に生まれる企業家精神の本質が語られる。ライフスタイル起業の「明るい側面」と表裏一体に存在する、非合法・グレーゾーンから市場を生み出す思考法。非合法市場研究という欧州発の学術潮流を背景に、スティーブ・ジョブズやLinux、角打ち文化など具体例を通して、ニーズは「禁止」からこそ可視化されることが示される。違法を推奨するのではなく、いかに合法へと転換し、公共利益を生むか。その技術こそが、現代の経営者に欠けがちな企業家精神の核心であると提示している。

 

【前編のキーメッセージ】 

アイデア創出の源泉は「自由な発想」ではなく、法や倫理によって抑圧されたニーズにある。

非合法市場は単なる悪ではなく、合法化のプロセス次第でイノベーションの起点となり得る。

コンプライアンス一辺倒では市場は生まれない。法と向き合う姿勢そのものが経営技術である。

01法と倫理の狭間に潜む市場を見抜く企業家精神

高橋先生は、2025年後半は出版ラッシュでしたね。9月に発売された『ライフスタイル起業~ちょっと働き、ほどよく稼いで、ごきげんに生きる。』(大和書房)、同年11月発売の『世界を変えた 企業家図鑑』(秀和システム)に続き、12月には『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』(同文館出版)も執筆されました。『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』の評判はいかがですか。

AMAZONは、それなりに堅調です。むしろ、今回はどちらかと言うと学術関係者からの評判が非常に良いです。一般の方でお読みいただいた人たちは、皆「面白い」と言ってくれています。ただ、まだまだ PR が足りないのか、もう一歩動きがないというか…。現段階では『ライフスタイル起業~ちょっと働き、ほどよく稼いで、ごきげんに生きる。』のほうが良く売れている印象があります。

そうなのですね。こちらの記事が、新著の認知度アップにつながることを願っています。それにしても、ものすごい執筆ペースなのですけれども、今回の『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』という著書は、高橋先生にとってどのような位置づけの一冊になるのでしょうか。

これはですね、ライフスタイル起業や企業家精神には、実は色々なパターンがあることを示したいと考えました。『ライフスタイル起業~ちょっと働き、ほどよく稼いで、ごきげんに生きる。』という本を昨年9月に出版したのですが、もともとはそれよりも2カ月早い7月に出そうとしていたんです。


 企業家と言うと、いわゆる IT 業界に代表される、“キラキラ系の企業家”がメインだと思って、誰もがそこを目指していきがちです。それに対して、違うイメージで起業を考えていくと結構色々な人生が切り開かれていくということを、企業家研究、今全体が世界的に考えている動向の中で出てきているのが、ライフスタイル起業です。平たく言うと自営業者ということになると思います。そういうふうな生き方を上手く選択することによって、人間はものすごく生きやすくなるんだよねと伝えようとしたのが、ライフスタイル起業であり、『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか?―異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」―』という本も出させていただいていました。 


そうした時に、これは昔から考えていることであったのですが、企業家精神と一口に言っても、起業スタイルであったり、方法であったりというところで、色々な多様性があります。その多様な起業方法の一つとして、どうしても一回誰かが注目して議論しなければいけないと思っていたのが、実は非合法市場研究と言われるジャンルでした。それが実は、ヨーロッパを中心に展開されてきています。

非合法市場研究が、ヨーロッパで今盛り上がっているのですね。

この『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』の元ネタになった本があります。非合法市場研究の決定版、Beckert, J., & Dewey, M. (Eds.). (2017)の『The architecture of illegal markets: Towards an economic sociology of illegality in the economy, Oxford University Press. 』という本です。それを読んでいる時に鍵概念、要は中心的な概念の一つが、非合法市場を作って、それを合法市場の利益に転換していく企業家精神で、そうした概念が非常に中心になってきていました。

といったときに非合法化、要は「イ・リーガル・アントレプレナーシップ=非合法な企業家精神」に改めて注目していくことで我々が起業しようと普通の会社で新規事業をやろうという時に直面する困りごとを解決するヒントが見つかります。例えば一番困ることは何なのかというと、「アイデアを出せ」なんですよね。「新しいものを作れ」とか、「市場を作れ」とか、「潜在的な顧客ニーズを探してこい」などと、口では簡単に言うけれども、それがしっかりと方法として体系化されたことは、経営学の歴史が200年近くあるものの、全くないんですよね。

その中で、新しい起業スタイルの一つとして、「非合法の企業家精神」に注目していった時に、この概念の面白さが浮かび上がります。非合法なアンダーグラウンドな企業家精神に注目することの面白さとは何かというと、ニーズを掘り起こして市場を作ってしまう現象が一番ビビッドに見える部分でもあったりします。

これがこの本を書かなければいけないと思った動機でした。構想そのものは、『ライフスタイル起業~ちょっと働き、ほどよく稼いで、ごきげんに生きる。』の執筆に着手した時期とほぼ同時でした。なので、今から3、4年前ぐらいから、もうずっと「これをいつか本にまとめる」と言っていたところに、それに乗っていただける編集者の方がたまたま現れたことによって実現したのがこの本だったわけです。

なので、ライフスタイル起業とある意味裏表で共通点になっているのが、「こうやったらニーズを掴んで、自分にとってプラスになるような市場を作り、事業を起こせる」ということをライフスタイル起業の本で紹介しているのですが、実はそれと表裏一体の形で「非合法の起業家精神」から法体系と倫理に注目していくと、新しい市場は簡単に見つかりやすくなることに気付かされると思います。それを法と倫理に向き合いながら、ニーズを掴んで市場を作るということを最先端でやっている人たちが、アンダーグラウンドな住人だということをメッセージと伝えているのが、この本になります。

アンダーグラウンドは、何でもありだったりしますからね。

もちろんアンダーグラウンドと一口にいっても、本当に悪い人から、ちょっと判断を付けづらい人までこの本の中で沢山出てきます。しかし、アンダーグラウンドを単なる倫理的なイメージ、善悪のイメージだけで見てほしくないのです。例えば、この本の前に出版させていただいた『世界を変えた 企業家図鑑』を執筆前に「やはりそうか」と肌感覚ではわかっていたのですが、取り上げさせていただいた IT 企業家、これは私だけではなくて編集部側からも「この人を取り上げてください」というオーダーがあった人が結構いたのですが、IT 系の企業家の中で私は第一世代と言っているシリコンバレーでコンピューター産業が出てきた当時に起業をしていた人たちは、結構な確率でアンダーグラウンドのビジネスに一回手をだしていたりします。それこそアップルの創業者であるスティーブ・ジョブズを『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』の本の冒頭で取り上げさせていただきまた。スティーブ・ジョブズが昔、違法な国際電話をタダにする装置を売るところからスタートしていて、そのビジネスモデルが実は後々のアップル、第二次のアップルの iTunes を中心としたビジネスエコシステムにつながっていったという話は、意外なことにほとんどの人が着目していません。そんな発見があったのが、実は 昨年11月に発売した『世界を変えた 企業家図鑑』を整理している時だったのです。


スティーブ・ジョブズだけではありません。それこそ私もパソコンで使っていますが、リーナス・ベネディクト・トーバルズが挑んだ LINUX の試みは、基本的にハッカー文化の延長戦上にあるといえます。なので、彼ら自身はソフトウェアというのは共有財産だから、皆が自由に使えるコモンズ(特定の個人に所有権があるのではなく、共同体や社会全体に属する資源)でないとダメだという信念があるのですが、実際に今やっていること見ると著作権法違反です。ハッカーたちが見据えていたのは、自分が自由に使えるOSやアプリケーション、コンピューターが欲しいというニーズがそこに確かにあるということです。だけど、それが法律や制度の壁に阻まれて実現できないのであれば、そこにいかにパイプラインを通すのかという企業家精神が発生してくるわけです。

ITビジネスの特徴でもあるのでしょうか。

言い方が悪いのですが、IT ビジネスに限らずベンチャービジネスは、特許でビジネスを守ろうとする順法闘争と、他社の特許をどうくぐり抜けるのかという非合法スレスレ行為の連続であったりします。そう考えた時に企業家精神、いわゆる我々のビジネスアイデアの源泉がどこから生まれるのかと考えた時に、法律や倫理との付き合い方という側面から見ていくと、「ヤル気を出せ!」みたいなロジックしかない現在のビジネスパースンや経営者に対して、「実はこういう手続きでやったり、物事を考えていくと、潜在的なニーズや満たされていないニーズが簡単に見つかりますという、より具体的なメソッドが提案できるようになります。

同時に法律との付き合い方を考えていくと、法律的な課題をクリアしながら合法的にいかにビジネスを展開していくのかという発想に至ることができます。実は、これは日本の経営者が米国の IT ベンチャーに、特に IT ビジネスの世界では日本の企業家や経営者が、ずっと欧米の企業家や経営者に後塵を拝し続けた理由の一つだと思います。だから、ダメなものはダメ、日本人はそのままダメだからやらないということで手をつけない。その結果、本書でも取り上げたWinny(2002年に開発されたファイル共有ソフト)なんかは、取り逃してしまった新技術の典型だと思います。

単に法律や倫理に盲従して「ダメ」と判断するのではなくて、ダメな技術で市場が出来上がってしまったら、これをいかに洗浄していくのか。要は正しいものに変えていくのかが重要です。そのためにも法律とどう付き合っていくことを考えていくルートの企業家精神の経営技術の側面に特に光を当てたかったのが、この『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』を執筆した大きな意図になります。

企業家にとっての経営技術とは何なんだろう考えていった時に、実は『ライフスタイル起業~ちょっと働き、ほどよく稼いで、ごきげんに生きる。』という本と、『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』表裏一体なのです。『ライフスタイル起業』で明るく楽しい方向性で企業家の経営技術を書いていくなかで、ライフスタイル起業とはいっても、これ倫理的に法的にどうかという話題が出てきてしまうんですよね。例えば多分私が今一番簡単に副業で稼ごうと思ったら、一番手っ取り早いのが修士論文の執筆代行です。それをやるのが一番稼げるでしょう。

しかし、これは絶対にやってはいけないことです。しかし、ニーズあるからゆえネットを探すと、それを商売にしている例があちらこちらに落ちています。

「ライフスタイル起業」でも、この法や倫理のハザマにニーズが発生しています。そのハザマには確かなニーズが存在し、そこからどのようにビジネスを組み立てていくのかと考えていくと、起業に必要な経営技術を非常に学びやすくなります。というのが、実はこの「イ・リーガル・アントレプレナーシップ」という考え方、特にイとリーガルの間に点(・)を入れているものの、イを取るとリーガルというのが一つのポイントになっています。

この「イ・リーガル・アントレプレナーシップ」という考え方は、これは日本の経営者がよくできる人が上手く使っていたり、あるいは悪用してとんでもないことをしていたりしています。実際、社会から「コンプライアンスを守れ」と言われるので徹底的に守っていくとどうなるかというと、それを守っていない競合他社に出し抜かれてしまいます。とはいえ、違法行為に手を染めることが状態化すると、発覚した次の段階で会社が潰れてしまいかねない。「徹底的に遵守する」のでも「違法上等!」でもなく、法律や倫理とうまく付き合い、利用しながら組織の競争優位を確立していく企業家精神という姿勢が、今の経営者にとって一番重要なのではないかというのが、この本のもう一つの執筆意図として考えています。

02ギラギラ企業家が実践するグレーゾーン戦略

 高橋先生から、「キラキラ企業家」というキーワードをいただいたのですけども、この非合法取引、非合法市場でチャンスを見いだそうとしている人たちは、キラキラではなくて「ギラギラ企業家」という言葉が似合う気がします。  

 私もそう思います。ギラギラですね。 

 濁点が入ってくる人なのではないかと思いました。 

そうですね。ギラギラ系企業家になってきます。それこそ私は、この本の中でも書きましたけれども、私は夜の新宿歌舞伎町で24時間開いている喫茶店で論文や本の執筆をしています。当然、そこにはギラギラしている人が周りには沢山います。そういう人たちの会話に小耳を立てていると、普通の人よりものすごく法律のことを知っていたりします。もちろん彼らが知っているのは自身の事業に関わる法律がメインなのですが、ちゃんと守って違法にならないようにしながらも、彼らが考えるのがどう抜け穴を作るのかっていうところなのです。そこにあるのは、法律で禁止されているということは、逆にニーズも発生していることだという発想の逆転だと思います。

もちろん、法律のはざまにニーズを見つけて、彼ら自身も違法行為で稼いだからといって、捕まるのは嫌です。だから、どうグレーゾーンまで最低限持っていくのか、見つからないように隠すとか見えなくするだけではなくて、グレーゾーンに持っていくのはどうこう動かするのということを実は日々考えているのです。

それこそ私は、大学の時北九州にいました。家の近くに、いわゆる東京でも最近目立ち始めましたけれど、「角打ち」という文化がありました。酒屋さんで購入したお酒をその場で飲めるという、事実上の立ち飲み居酒屋です。居酒屋を経営しようと思うと、かなりややこしい、法的な手続きがあります。しかし、そういう角打ち文化とは何なのかというと、酒屋さんの中にテーブルがあって、おつまみとしては缶詰とかが売っている。それを客が買ったお酒を店のテーブルで飲んでいるだけですという体裁にして、警察や保健所が手を出せないような状況を作っているのが、角打ちになります。

角打ちですか。初めてお聞きしました。

今東京でも少しずつ見るようになりましたが、あれはまさに昔から日本人がやっていた一つの非合法商売です。違法とも合法とも言えない、あえていえば適法ではあるという、まさにグレーゾーンでいかに商売を広げていくかというビジネスなのです。

では、角打ちが悪なのか。あれがセーフかアウトか、もしくは取り締まって良いか悪いかで考えていくと、今結構コンビニ前でお酒を飲んでいる人が目立ちつつあります。コロナ禍のタイミングぐらいから目立ち始めてきましたが、コロナが終焉したら居酒屋の営業が再開されるので減るかなと思ったら、未だに沢山います。

それが若い人だけでなく、おじさんやおばさんでも、おじいさんやおばあさんまでやっていたりします。あれが街中に一杯染み出し、たむろしている状態と、角打ちでお店がある程度酔っ払い客を管理している状態では、どちらの方が町の治安にとってプラスですか、マイナスですかと考えてゆくと実は角打ちの方も法律的には怪しいかもしれないけど、全体としてはプラスに転じてしまいます。確かに角打ちは、法の網の目を潜り抜けている存在かもしれません。しかし、そうしたビジネスのほうが、公衆衛生や公共の利益で考えたらプラスに働いているケースもあるわけです。

と考えていくと、イ・リーガルだからダメ、一斉に処罰するというのは、単純にアンダーグラウンドの本当に悪い人が違法ビジネスを地下で展開して儲けるだけです。そうなると、本書が提唱するイ・リーガル・アントレプレナーシップの面白さとは何かというと、要はグレーゾーンを上手く生かしながらお客さんを増やし、市場も増やして、公衆衛生上もプラスになることを目指すことです。違法からグレーゾーンで始まりながら、公共の利益もプラスになるようなビジネスから、実はイノベーションが生じるのではないかという一つのメッセージが、この本から得られます。

03非合法市場研究が切り拓く経営学の新たな領域 

冒頭で、経営のジャンルの同僚の先生方からの反響が大きいというお話がありました。非合法取引/非合法市場は、これまで経営倫理研究の対象になってきていません。その研究対象になっていないところに敢えてチャレンジする。これは、高橋先生にとって挑戦的な試みだったのか、それともご自身にとっては普通のこと、むしろ「他の人がやっていないのであれば面白いのではないか」、「これは自分だからこそ取り扱うべきテーマだ」と思われたのか、その辺りはどうなのですか。

その辺りは、実は全部当てはまります。一つは、やはり経営学において、特に欧米の経営学に関わっている研究ジャンルの中で、この10年の間に非合法市場研究が実は一大ジャンルに成長したことがありました。その集大成として高く評される本が、Beckert, J.& Dewey, M. (Eds.). (2017).の『The architecture of illegal markets: Towards an economic sociology of illegality in the economy, Oxford University Press. 』です。私もこの本を書くために改めて読んだのですけれどとても面白かったです。その本は12、13人の先生たちが集まって書いているのですが、いずれも結構優れたジャーナルに、非合法市場を取り扱った論文が掲載されている方だったりします。

海外ではもう社会学、社会科学の中でもビジネスや経済に関わる分野の人たちは、イ・リーガルマーケットや非合法取引に非常に真剣に向かい合っているのです。それは、善悪の問題、あるいは悪であるということとして、もう何かプラスの効果が出ている時には、どのように評価するのかも含めて真剣に向かい合っています。一方、日本の場合は学問的に潔癖性なのかどうかわかりませんが、犯罪心理学(犯罪行為やそれをとりまく周辺事象を心理学的方法論を用いて明らかにする学問体系)や一部の社会学の分野でしか取り上げていません。

そういう分野を除いて非合法組織や非合法市場の研究は、基本的に行われていなかったりします。経営学の中でも、唯一あるとしたら経営倫理研究になるとおもいます。しかし、そこで展開される議論は、「これはやってはいけない」という事例の分析が中心になっているのが実状でだと思います。残念なことに我が国の非合法市場研究は不祥事研究、企業不祥事研究と言われるジャンルの中には入っていたりする程度なのが現状なのです。

先ほど言ったように、私が大学院以来ずっと従事してきた企業家研究というジャンルは、必然的に企業家の人たちはどうやってビジネスを作ったのか、そのアイデアがどこから生まれてきたのかを追求していきます。それを追求していくと、どこかでこのグレーゾーンの話が出てきます。私たちは、それを学会誌に論文で載せるために、「そこに源泉があったのか」、「彼らの違法精神とは紙一重じゃないか」みたいなことを言ってしまうと、学会の査読者に取り上げてもらえなかったりします。学会報告の時にネタ話で言うかなぐらいの話なのです。

しかし、企業家研究の研究者の人たちは多分どこかで多かれ少なかれ法とどう向き合い、どう隙間を見つけて、その隙間をどう広げていくのかが企業家精神の一つのパターンであると皆自覚しているはずです。そして今、海外でもそういうジャンルの研究が成立しているのであれば、「これはやらねばならない」と思ったのが私の執筆のきっかけでした。同時になぜ私がやる必要があったのかというと、前職ではベンチャー企業に勤めていたベンチャー系研究の先生とこの本についてディスカッションしていた際に、前職で社長が事業を広げるためにとはいえ、非合法にやっていたビジネスをいかに合法化するかを、法務担当の立場から一生懸命取り組んでいたというお話を聞かせていただきました。合法的な手続きとしてこの事業、サービスを合法化させていくのかをやり続けていって、それが実は今その会社、今では本当に大きな会社になったらしいのですけど、その過程がないと上手くいかなかった。だけでも、その話は学術的に取り上げられたことはありません。「確かにこの本で言っていることはまさにその通りなのだけどね」と話しておられていていました。

ただ、この本の内容を日本ベンチャー学会の学会誌に学術論文として載せるかとなると、やはり難しくなってきます。それはそうです。私に査読の担当になったら通すかもしれませんが、「多分他の人だと難しいですよね」という話になりました。

難しい気がします。

ならば、経営倫理研究だと取り扱ってもらえるかというと、やはり経営倫理研究でもそれも難しいと思います。非合法市場の取引を善の可能性や必要悪として書くのも難しいと言わざるを得ません。極めて規範的なので。だとしたら、できるだけ価値中立的に非合法なアントレプレナーシップ、アンダーグラウンドなアントレプレナーシップを取り扱おうと思った時に、何が一番向いている媒体なのかと考えたら、一般書籍だったんですね。

この本のテーマは、学術出版社は腰が引けてしまいます。実は私が最初に手掛けた婚活研究でも「難しいですね」言われてしまいました。しかし、商業出版という流通経路に乗せて、パッケージングだけ一般向けの形で書いたら、きわどい内容の学術的な本を出させてもらえます。そうした時に今企業家研究を行っている人間で、このフロンティアのエッジの効いた部分にアクセスして、関心もあって、しかも商業出版社ともつながりがあり、商業パッケージでも本が書ける人間っていうのが、たまたま今の時代に私だったということだと思います。

しかし、私としてもこれは商業パッケージで、一般の人にも読めるように書いていますが、中身をしっかりと読んで考えて読んでいくと、今の経営学において最先端で議論されている考え方、理論、概念というものも織り込みながら、我が国において今目の前で生じている事例を、リーガル・アントレプレナーシップ、イ・リーガル・アントレプレナーシップの双方から分析していくという本に仕上がっています。私としては非常に書いていて満足感が高いものになりました。2021年に発売した『婚活戦略』以来、理論的な内容を本当にギッチギチに詰めた本を書いたなというのが私の中での実感ですね。

そういう意味では、私だから書けた部分もありますし、時代が私に書かせた面も両方あると思います。

高橋 勅徳

東京都立大学大学院
経営学研究科 准教授

 神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。沖縄大学法経学部専任講師(2002‐2003年度)。滋賀大学経済学部准教授(2004‐2008年度)。首都大学東京大学院社会科学研究科准教授(2009年‐2017年度)を経て現職。専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。第17回日本NPO学会賞優秀賞受賞。『ライフスタイル起業~ちょっと働き、ほどよく稼いで、ごきげんに生きる。』(大和書房)、『アナーキー経営学:街中に潜むビジネス感覚』(NHK出版)、『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』(集英社)、『婚活戦略 - 商品化する男女と市場の力学』(中央経済社)、『大学教授がマッチングアプリに挑戦してみたら、経営学から経済学、マーケティングまで学べた件について。』(クロスメディアパブリッシング)など著書多数。  

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