「若手社員が成長していない」「離職してしまう」と嘆く経営者や人事担当者、管理職が多い。中には、「どう付き合っていけば良いのかさえ悩んでしまう」と指摘する方もいたりする。若手社員の価値観がますます多様化し、職場の環境も変わりつつあるだけに、悩みは尽きないようだ。そうした課題にどう取り組んでいけば良いのか、20代の若手社員の育成について研究されている筑波大学大学院 人文社会ビジネス科学学術院ビジネス科学研究群・助教の池田めぐみ氏にアドバイスをお願いした。インタビューの前編では、レジリエンスやジョブ・クラフティングなどの概念について語ってもらった。
個人やチームが困難に直面することが、少なからずあると思います。そこから回復するプロセスにおいて、チームであれば困難に直面したらパフォーマンスが下がると思います。なので、元の状態に戻したり、あるいはそれ以上に成長していくことがあると思います。そういったものをチームレジリエンスと呼んだりします。あるいは、チームだけではなくて、広くレジリエンスいうのは、そういう気質的なものを意味します。この回復のプロセスには、個人の持つ特性や能力も大きく関わると考えられています。
例えば、何か仕事を失ってしまってすごく落ち込んでも、とても前向きな人だと結構早くに回復できます。でも、「私って駄目だ」と自己肯定感が低かったりするとなかなか回復できないと思います。そうした回復に寄与する力もレジリエンスと呼ばれます。
今に限った話ではないのかもしれませんが、人間が生きていく上で困難に直面しないということはない気がします。特に、変化が激しい時代になってくると予想ができない出来事に直面することも多いです。例えば、個人のレジリエンスで言いますと、キャリアは昔よりも予想しにくいものになってきています。保険会社が急に介護事業を始めていて、今まで保険関連の業務に従事されていた方が、急に介護の部署に異動になると言ったことがあったりもします。働いている人からすると、環境の変化や新しい技術の発展によって、自分が思った通りに行かないみたいなことが増えてきているといった気がしています。
そういったことから、個人、あるいはチームもですが、自分が属している部署の仕事がなくなるかもしれないといったことが、昔よりも多くなってきているわけです。なので、上手く回復するにはどうしたら良いのかと考えていくのが大事なのではないかと思っています。
大学を卒業して就職した友達は、ベンチャー企業だとマネージャーを務めていたり、大企業でも小さいチームのリーダーとして後輩の面倒を見ていたりする人が多かったのですが、彼ら彼女らは、チームの悩みや困難に直面して途方に暮れていました。そういった友だちに寄り添えるような本を書けたら素敵だなということで、この本を執筆しました。この本を書いたときは、自分が博士号を取った後だったので、論文以外のアウトプットにも挑戦できるようになった時期だったというのも、書籍を描いた動機の一つです。
色々な要素があるので、何に絞って話すか難しいところです。まず、第一にはこのチームレジリエンスの本を出版してから、実際に悩んでいる方と対話する機会がありました。そのときに良く思ったことは、リーダーが独りで悩んでいるということです。管理職に誰もなりたがらない、まるで罰ゲーム化していると言われるぐらいに、管理職の責任は重いですし、忙しい状況にあります。部下の価値観も昔と変わってきて困っている方がすごく多いものの、責任が強いから1人でそのチームの問題をどうにかしようと思ってものすごく頑張った結果、気持ちが折れてしまうという人が多いという印象を受けました。
チームの困難は、もはや1人では解決できないぐらい難しくなっています。また、「三人寄れば文殊の知恵」ではないですが、チームメンバーの得意・不得意や背景を生かしながらやっていくと本当は解決できることもあったりします。あるいは、チームだと色々な人が集まっているので、何でも1人で上手く解決しようと思いすぎず、皆の力を上手く活かしたり、チーム一丸となって解決に向かうことを意識するのが大事だと思っています。頑張りすぎているマネージャーに対して、「もっと人に頼っても良いですよ」とか、「チームの仲間に頼って良いんです」と伝えたいと思っています。
二点目は、レジリエンスという言葉を聞くと、困難を回復していくプロセスということで、問題を上手く解決してくことに焦点が当たりがちです。ですが、実はそれだけではなありません。対処した後に、しっかりと振り返り教訓を得たりだとか、同じような困難に再び遭遇しないために被害を最小化できる準備をしたり、そういった困難が起きた後が結構大事だったりします。
もう一点挙げるとすれば、チームが困難に遭遇すると、個人一人ひとりがストレスフルになってしまって問題が解決できなくなることを意識する必要があるかと思います。
例えばエースが抜けたときは、その仕事量をチームで担わなければいけなくなるので、もう頑張らなくてはみたいなプレッシャーがあるでしょうし、他のメンバーからしても、エースが抜けるということは、そもそも「うちの組織はメンバーにプレッシャーを掛けすぎているのでは」と思ってしまうなど、皆がストレス下において誰かのせいにしあうといったことが起きています。
このように「組織が悪い」だとか、あるいは「部下が全然成長していない」などと言いあっているだけでは、困難の解決はペンディングされてしまいます。恐らく、皆に余裕があったりすれば、もう少しお互い譲歩したり、歩み寄りながら「何が問題なのか」を考えられると思います。実際には、問題が起きてしまうとそれも考えなかったりします。その点は自覚する必要があると思います。
20代に特化したことではないのかもしれないのですが、今の働き方は昭和のスタイルとは変わって来ている印象があります。どこが違うのかいうと、昔は一つの会社に勤め上げるというのが結構一般的なモデルでした。なので、上司に厳しいことを言われても、それに従い、歯を食いしばって頑張っていれば出世したり、思い描くキャリアを積み重ねることができました。
しかし、今は半分ぐらいが転職をする時代になっていて、社内だけでキャリアを歩まなかったり、あるいはキャリア教育を受けてきて、自分主体のキャリアを描いていこうという考え方を若いうちから学んでいたりします。なので、その会社に言われたままにキャリアを歩んでいきたい人は減少傾向にある気がします。もちろん、多様化しているので、そういう人も今もいるとは思いますが。昔よりも1社でキャリ形成をと考える人は減ってきていると思います。
そういった中で、どんな仕事を渡すか、どんな部署に配属するのかとかいうのも、自分の納得だとか、仕事自体が楽しくてやっているといった感覚を持つのが難しかったりします。その感覚を自分で持てるように工夫していくことが、大事なのではと思っています。
ジョブ・クラフティングとは、個人が仕事におけるタスクや関係的境界を物理的、あるいは認知的に変えることと定義づけられています。これは、平たくいうと仕事を自分好みにアレンジすることです。具体的には、三つの種類があります。
一つは、タスク次元ジョブ・クラフティングです。与えられた仕事そのものを変えていくような取り組みになっています。何かタスクを追加したり、範囲を増やしたりとか、減らしたりとかするようなことです。例えば、イベントの集客を任せられた新人が、上司からは「ホームページの宣伝だけをやれば良い」と言われたものの、それだけではつまらないと思い、日頃から趣味で楽しんでいるSNS、特にX(旧・ツィッター)を活用して広告を展開したりすることを言います。
二つ目が、人間関係次元ジョブ・クラフティングです。これは他者との関わり方を変えるやり方になってきます。例えば、アパレル・ショップの店員がノルマをこなすためにお客様に洋服を販売しようとすると気持ちが乗らないのですが、自分が元々、その仕事に就いた理由を考えてみて、服のコーディネートを考えてお客様に喜んでもらうことが好きだったと思い出し、むしろお客様の服のご相談に乗ることが大事だと考え、売り方を変えたことでやりがいを感じられるようになります。
最後が、認知型ジョブ・クラフティングです。今までの二つと違ってこれは頭の中で行われるジョブ・クラフティングになっていています。仕事の意味であるとか、自分の仕事が誰かの役に立っているとか、あるいは自分のキャリアにとってどういった価値があるのかっていったことを考え直すといったやり方です。
近年の若手社員には、会社主体のキャリアではなく、自分主体のキャリアを志向している人もいます。しかし、配属などは必ずしも自分の希望通りに行くとは限りません。そういったときは、少しタスクをアレンジするのも1つの解決策になるのではないかと思います。例えば、本当は編集部を希望していたのに、営業部に配属された人がいたとします。そんなときに、「営業の仕事はしたくない」と思うのではなく、営業のチップスや知識を分け合う冊子を作って編集っぽいことをやって楽しんだり、「これはきっと数年後に編集部に異動になった際に活きてくる」と考えながらやっていくと、目の前の仕事が自分の仕事、自分のものになっていきます。
東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。東京大学大学院情報学環 特任研究員、東京大学 社会科学研究所附属 社会調査・データアーカイブ研究センター 助教を経て2024年4月より現職。主な研究テーマは、職場のレジリエンス、若手従業員の育成。分担執筆として関わった書籍に『活躍する若手社員をどう育てるか』(慶應義塾大学出版会)、『ジョブ・クラフティング:仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』(白桃書房)、『チームレジリエンス』(日本能率協会マネジメントセンター) など。