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学習院大学 経済学部 教授 守島 基博氏インタビュー(後編)/全員戦力化により企業価値の向上を目指す。

作成者: JOB Scope編集部|2023/06/19

近年、人材を「資本」と捉え、その価値を最大限に高める人材戦略を実践し、企業価値の向上につなげる人的資本経営が注目されている。さらに、2023年3月期決算以降は上場企業などで「人的資本の情報開示」が義務化されるとあって、情報開示がクローズアップされている。こうした流れの中、情報開示の重要性は認めるものの、人的資本経営の土台となる「戦略人事」の実践を怠ってはいけないと指摘するのが、人材マネジメントの第一人者である学習院大学経済学部教授の守島基博氏だ。後編では、全員戦力化に向けた組織のあり方やその実現への流れ、「戦略人事」を巡る課題などを伺った。(前編はこちら

01全員戦力化に向けては、
適所適材で考えるべき

守島先生はさらに、「全員戦力化」に向けて自律・分散・協働型の組織に変わっていかなければいけないと強調されています。

自律・分散・協働型が重要になってきた背景は、現場が強くならないといけないという経営上のニーズが強くなってきたことです。サービス業もそうですが、製造業も段々とそうなってきており、現場の人たちが一人ひとり自律的に考えて、それで企業目的にあった行動を取っていくことが重要になってきています。例えば、イノベーションを生み出すためには、トップダウンでは難しく、現場が考える必要があります。そうしたことのために、組織として自律・分散・協働型の組織ができていないといけないのです。

つまり、全員戦力化とは現場の一人ひとりまで戦力になっていくことですから、そういう意味では、全員戦力化と自律・分散・協働型の組織は同じ方向に向かっていると言えます。

「全員戦力化」の実現に向けて、どのようなステップで進めていけば良いのでしょうか。

ステップは決まっているわけではありませんが、私が最も重要だと考えるのは、適所適材です。各々の仕事のミッションを明らかにして、ミッションに対して一番ベストな人材を当てはめていくことです。

日本人は、今でも適材適所を議論をし続けていて、優秀な人にどういう仕事を当てはめるかを考えて来ました。逆なんですよ。やるべきことを明確化し、この仕事にはどういう人が必要なのかと考え、そのミッションに対して一番合った人を当てはめていく、適所適材がやはり一番です。配置とか育成に関しては、適所適材が重要だと思います。そうすることで戦略と人材が連動します。

二番目は、適所適材に基づいて仕事を与えられた一人ひとりのパフォーマンスを上げていくことです。いわゆる、パフォーマンスマネジメントになります。それをこれまでより丁寧に行っていくことが重要になって来ます。パフォーマンスマネジメントというと、評価や処遇などの仕組みが良く議論されますが、、重要なのは全員戦力化と言う観点で、一人ひとりを適所に就けた上で、その人のパフォーマンスを個別にマネジメントしていくことだと思います。

一番目が、ポジションマネジメントとタレントマネジメント、二番目がパフォーマンスマネジメントということですか。

そうです。適所適材はポジションマネジメントとタレントマネジメントを戦略的にやっていくという話です。ポジションマネジメントとは、一つひとつの仕事にどういうことが期待されているのかを、経営戦略に基づいて明確にしていくことです。そして、明確にされた仕事に対して人を当てはめていくのが、タレントマネジメントです。

そのためには、どういう人材なのか、どのような能力や経験を持った人なのかをきちんとわかっていないといけません。それをやって、どういう資質を持った人なのかを理解し、それと期待された役割や成果とをマッチングしていくのが適所適材です。ポジションマネジメントとタレントマネジメントの結果として、適所適材が出てくると思います。

タレントマネジメントも全員対象で、一人ひとりの個別性を考慮したマネジメントが必要だということですね。

今は、一人ひとり、キャリアプランも能力、過去の経験も多様になってきています。どのような仕事があっているのかも異なってきます。そこをツールを使って把握していくのが、これからのタレントマネジメントのやり方です。

残念ながら、過去には、タレントマネジメントは優秀層だけのマネジメントだというような理解がありました。そうではなくて、優秀層以外まで含めて、全員がどういう経験をしているか、どのようなキャリアプランを持っているかを理解したりすることが、これからのタレントマネジメントにとって必要なことだと思います。

02データ活用は重要だが、
むしろ現場感を
大切にしてほしい

守島先生は、人事もデータベースやテクノロジーをもっと活用していこう、数字を命あるものにしようということも指摘されています。

人事は今段々と数字を使って議論するようになって来ました。例えば、タレントマネジメントのための各人に関する情報はかなり揃って来ています。ポジションマネジメントであれば、その仕事が経営戦略の中でどのような役割を持っているかも結構わかるようになって来たと思います。しかし、本当に重要なのは、それが、その仕事を担っている人とマッチしているかを考えることです。それを従業員エンゲージメントなどのデータを使って把握する。

そして、例えばエンゲージメントが低いデータが出て来たら、それが「何故なのか」と現場の人たちとしっかりと話をしてエンゲージメントが低い原因を考え、一緒に対策を含めて考えていくようにしないといけないのです。

数字はあくまでも結果なのです。その結果がなぜ生まれたのか。その数字の意味をどう考え、いかに変えていくか。それを現場の人たちと取り組んでいくのが人事の仕事だと思います。

中小企業は、割合と現場の人たちとの距離が近いと思います。逆に言えば、現場の人を理解しやすく、また巻き込みやすいはずです。データをとるのも重要ではあるものの、人事にはむしろ現場感や土地勘みたいなものを大切にしてもらいたいです。

既に、全員戦力化を具現化できている企業はありますか。

色々あります。例えば、ヤマト運輸や富士通などです。ヤマト運輸であれば、一番重要な戦略人材は、現場でモノを運んでいるセールスドライバーの人たちです。その人たちしか、顧客接点を持っていません。なので、その人たちのマネジメントをものすごく丁寧に行っています。ドライバーという戦略人材を企業の方向性に合った戦力にしていかなくてはいけないという想いが強く、仕組みが整っている会社です。

一方、富士通では自律性を通じて全員戦力化を図ることに取り組まれています。二社とも私が全員戦力化の重要性を言い出したから始めたわけではありません。昔からというのが、特徴です。

「戦略人事」の実現に向けて、どんな課題が想定され、いかに乗り越えていけば良いとお考えですか。

一番大きな課題は、人事の人たちのマインドセットが手段中心になっていることです。制度作りであるとか、人の管理であるとか。そういう人の配置だとかが目的化しています。重要なのは、あくまでも経営の目的に即して考え、きちんと貢献していく方向性で考えることです。そこは、マインドセットとしても変えていかないといけません。また、企業の中のカルチャーも変えていかないといけないと思います。

例えば、多くの場合、人事制度は、それ以前の仕組みとの整合性が、強く重要視されています。でもそうではなくて、制度を作ることを考えた場合でも、それが経営の目的にどこまで貢献しているのかを考えることが重要だと思います。

もちろん、人事の人たちのマインドセットを変えればできるというわけでもありません。例えば、経営者が人事の人たちに権限移譲をするであるとか、あとは人事の人たちもビジネスを勉強するとか、色々な変化や知識が必要です。要するに、人事を経営に向けて実践するために何ができるのか、何をすべきかを企業全体でしつかりと考えていかないといけないということです。

03人事はビジネスと
人の心のバランスを
考える必要がある

守島先生は、これからの「戦略人事」は人の心を中心に考えるべきだと指摘されています。その意味合いをお聞かせいただけますか。

新しい時代になってきて、もはや全員戦力化を進めて行かないと「戦略人事」が実践できません。つまり、一人ひとりが活躍する企業を作っていかないといけないということです。

ただ、難しいのは人の心がどんどん変わっています。従業員が大切にしているものが変わって来ています。各人の仕事と仕事以外の望ましいバランスも変わって来ていると思います。なので、人事としては一人ひとりが何を大切にしているのかを考えていかないと、結果的に戦力になってくれない時代になっています。

一人ひとりが大切にしているものは違っていることを前提にして、その人をどう戦力にするかを考えていかないといけません。そういう意味では、今は人の心をしっかりとわかっている人事でないと、働く人を戦力にしてあげられない時代になって来ている思います。

人の心を理解する手段としては、1on1ミーティングが有用になってくるのでしょうか。

1on1は現場のマネージャーの仕事で通常は、人事が直接実施する必要はないと思います。むしろ、人事として重要な点が二つあります。一つは、現場のマネージャーが部下と1on1をしっかりと行っていない場合に、人事として一次情報を取るような手段を持っていることです。つまり、現場の人たちと仲良くしておきましょうということです。

もう一つは、現場のマネージャーが把握できない情報が入ってくるルートを作っておくことです。例えば、「上司には言いにくい。でも人事であったら言える」ということもあるはすです。

従って、現場のマネージャーが1on1を行っていない時には、ある程度は人事が代わって対応していかないといけないですし、実施していても上司に話せないような情報が入って来るようなチャンネルも作っておくことも重要です。

人ひとりの心をきちっとわからなければいけないとなると、人事はさらに大変ですね。

人事は、二つのことをわからないといけません。一つがビジネスモデルや経営戦略です。そして、もう一つが人々の心です。逆に言うと、人事が、経営企画などと比べてユニークなところは、ビジネスだけではなく、人の心がどこまでわかっているかと言う話だと思います。

その二つは、人事だけでなくマネージャーにも言えるのではないでしょうか。

人事はビジネスと人の心の両方を見ていかないいけないとお伝えしました。実は、全く同じことがマネージャーにも言えると思います。違うのは、人事は油断するとどんどん人の心に寄り添っていってしまうこと。素晴らしいことですが、人をサポートしたいという意識が強いからです。

ですから、人事はもう少しビジネスのことを考えなくてはいけませんし、ビジネスと人のバランスをもっと考えていくためにもビジネスを考えなければいけないのです。
一方、現場のマネージャーは下手をすると、どんどんビジネスの方だけを考えてしまうわけです。従って、マネージャーはもっと人の心をしっかりと考えていかないといけません。

いずれにしても、心とビジネスのバランスを両方とも考えていかないといけないという話です。そのためには、マネジメントやリーダーシップのあり方も変えていく必要があります。

最後に中小、中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。

中小企業の方々は、今、人手不足、人材不足でものすごく苦労されていると思います。それは、確かにクリティカルな問題だと思います。とはいって、ただ単にどんどん新しく人を採用するだけでは、対応にはならないと思います。現存の人たちをどやってより良い戦力にしていくのかも考えなければいけません。

そのためにも、適所適材であるとか、人の心のマネジメントをしっかりと行うことで戦力にしていくという方向性が大切です。そこを考えていかないと、せっかく採った人も次々と辞めてしまうということになります。それでは、いつまで経っても人手不足が解決されません。

働きやすい職場、働きがいがある職場を提供してから、社員が戦略になるような環境を整えることが重要になって来るとお伝えしたいです。


守島 基博氏

学習院大学 経済学部 教授

80年慶應義塾大学文学部社会学専攻卒業。86年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得。カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。90年慶應義塾大学総合政策学部助教授、98年同大大学院経営管理研究科助教授・教授。2001年一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より学習院大学教授。18年同学副学長。2020年より一橋大学名誉教授。著書に『人材マネジメント入門』、『人材の複雑方程式』、『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発』、『人材投資のジレンマ』(以上、日本経済新聞出版)、『人事と法の対話』(有斐閣)などがある。

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