近年、日本においてもデザイン経営やデザイン思考、デザインイノベーションなどの概念が声高に叫ばれている。テクノロジー中心主義を貫いてきた日本企業が、イノベーションを加速させていくためには、ビジネスにおけるデザインの価値を高めていかなければいけないというアピールなのかもしれない。世界的なコンサルティングファームにならって、国内の大手ファームでもデザイン会社を買収する動きが広がっているのも、その現れと言っても良いだろう。こうしたなか、デザインイノベーションの実現に向けたマネジメントの在り方を研究しているのが、東北大学大学院経済学研究科 准教授の秋池 篤氏だ。その成果を、論文として発表している。その秋池氏に、今企業経営者がなぜデザインを重視する必要があるのかを語ってもらった。前編では、秋池氏の研究内容やデザインが経営にもたらすインパクトなどを聞いた。
もともと、私の父が製造業の企業に勤務し、開発活動に従事しており、それで、企業の製品開発やイノベーションに関心を持ちました。そのような中で、大学においてイノベーションと経営戦略をテーマに研究されていらした新宅純二郎先生のゼミに入り、イノベーション論について研究をすることになりました。
当時、話題になっていたのが、技術開発に日本企業が一生懸命取り組むものの、なかなか収益が上がらないという問題でした[1] 。「それは、なぜだろう」と疑問に思いまして、いかに企業はイノベーションを価値につなげていけばよいのかというテーマで研究をしたいと考えました。
幾つか研究をしていますがメインの研究は、イノベーション論と言われる領域の中でも外観やインタフェースを新しくすることによって新たな価値を生み出す「デザインノベーション」[2] と言われる分野に関するものです。デザインノベーションに関しては、まだ研究の蓄積は十分ではないのですが、世界的にも注目されるようになってきています。
日本国内でデザインに関して本格的に注目されるようになったのは2000年代ぐらいからです。技術的な側面での差別化が難しくなってきている中で、デザイナーの方の発想を製品開発に活用したり、製品の外形・使いやすさの部分も意識した製品開発に取り組んだりする必要があるとうことで、研究としても捉えられるようになってきました [3]。
このデザインイノベーションのマネジメントに関して、私自身は二つのテーマに特に関心を持っています。一つが、デザインイノベーションをどう生み出していくのかという点です。これは、デザインの創造のプロセスに着目したものです。「デザインを重視しようとか、新しくしよう」と言ったときに、その技術・機能部門とデザイン部門の間の資源配分が変わったり、技術的な制約によってデザインが思う通りにいかなったり、デザイナーが打ち出すコンセプトの実現方法を検討したり…、そういったさまざまな問題・課題があります。そのような中で、「やはりデザインノベーションが大事だ」と掛け声だけで終わってしまうのではなく、それをどうやって具現化していくのかというところが大事になってきます。そのため、このような製品の技術的・機能的な面を担っている方とどのような関係性を築いているのかといったテーマについて注目して分析をしています[4]。
もう一つは、デザインイノベーションの特徴に関する分析です。機能的・技術的な側面と違い、デザインは何が良いのかが明確ではありません。デザインを重視するといった時に、方向性がなかなか定めづらいというのが、デザインの特徴です。例えば、デザインを変えたときにそれが良いのか悪いのかは、なかなか判断がつかなかったりします。「色を変えてみよう」と言っても、どの色が良いのか事前に判断するのが難しいという側面があります。
そういった中で、どういう点がデザインイノベーションにおいて重要なのかであったり、そもそもデザインを変化させることが、どういう結果をもたらすのかであったり、というテーマを明らかにすることを目的に分析をしています。そのために、消費者調査などを用いた分析をしています。
まだ、研究を実施しているわけではありませんので、具体的なお話することはできませんが、デザインの一要素としてサステナブルさを表現するということもあると考えています。以前実施した研究でも[5]、デザインの製品カテゴリーとのフィットを表現した側面は消費者にとって重要な要素でした。現在では、サステナビリティも重要なテーマですので、製品カテゴリーと同様の考えた方でデザインのサステナビリティさという概念も捉えて分析をしたいと考えています。その際には、これまで手掛けてきた消費者調査の手法を活用する計画です。新たなテーマに対してこれまでの分析手法を取り入れるという、これまでの研究の延長戦上の研究テーマになっています。
[1] この点については、以下の文献を参照。延岡健太郎(2006)『MOT入門』日本経済新聞社.
[2] この点については、以下の文献を参照。Gemser, G., & Barczak, G. (2020). Designing the future: Past and future trajectories for design innovation research. Journal of Product Innovation Management, 37(5), 454-471.
[3] この点については、以下の文献を参照。延岡健太郎(2006)『MOT入門』日本経済新聞社
[4] この点については、以下の文献を参照。秋池篤・吉岡(小林)徹 (2015)「技術も生み出せるデザイナー:デザインも生み出せるエンジニア: デジタルカメラ分野におけるデザイン創出に対する効果の実証分析」『一橋ビジネスレビュー』62(4), 64-78.
[5] 秋池篤・勝又壮太郎(2016)「消費者知識とデザイン新奇性の関係: 電気自動車の外観イメージ事例から」『組織科学』49(3), 47-59.
私の研究では、デザインに関する構成概念の全てを網羅しているわけではないことには注意が必要ですが、これまでに私が手掛けた研究の内容に基づいてお話いたします。2024年9月に刊行された『組織科学』という学術誌に載せた研究論文「「製品デザイン」の捉え方─経営学研究への応用」[6] で、デザインに関してどのような構成概念があるのかを整理しました。その論文内で、デザインと言っても非常に多くの構成概念が存在することを指摘しています。その中で、私が以前から取り組んでいるデザインの新奇性・典型性と言われる構成概念に関する研究を紹介します。この概念については、デザインをどの程度あるカテゴリーにおける一般的なデザインイメージから変化させるか、維持するのかというものです。以前執筆した「消費者知識とデザイン新奇性の関係:電気自動車の外観イメージ事例から」論文では、そのデザインの新奇性といったときに「本当に新しい」と感覚的に感じるような新奇性と「機能的に新しそう」「何か優れていそう」「新しい機能を反映している」と感じる新奇性の2つがあるのではと考えました。前者を情緒的新奇性、後者を機能喚起新奇性と分類しました。ただ、それだけでもデザインの見方としては十分ではありません。ほかにも多くの概念が存在します。
先ほどのお話したサステナビリティさの研究についても、この新規性や典型性に関する研究から得られたノウハウを、サステナビリティさに適用していければ役に立つのではないかと考え、研究シーズとして提案しました。
これらもデザインの構成概念の一つです。ほかにも、さまざまな構成概念が存在します。今回のように新奇性や典型性に注目したような研究もあれば、デザインについて機能と象徴的、美観的な側面から構成概念を作成した研究もあります [7]。はたまた、単純か複雑かと言われるような研究もあったりするという形で[8] 、乱立しているというのが、デザインの概念を巡る議論の現状です。そのため、デザインを1つの側面だけに注目してすべて捉えるのは、難しいということです。大事なことは企業として、デザインのどのような側面に注力して取り組むのかだと思います。
[6] 秋池篤・吉岡(小林)徹 (2024)「「製品デザイン」 の捉え方: 経営学研究への応用」『組織科学』58(1), 20-30.
[7] この点については以下の文献を参照。Homburg, C., Schwemmle, M., & Kuehnl, C. (2015). New product design: Concept, measurement, and consequences. Journal of Marketing, 79(3), 41-56.
[8] この点については以下の文献を参照。Ton, L. A. N., Smith, R. K., & Sevilla, J. (2024). Symbolically simple: How simple packaging design influences willingness to pay for consumable products. Journal of Marketing, 88(2), 121-140.
デザインを巡っては、デザイナーの方の創造性がコンセプト作りにいかに役立つか、消費者の心を打つ製品がどのように生まれ、売上の向上につながるのかという議論が交わされることがあります。もちろん、それは重要なのですが、今回は製品の外形・外観に絞ったお話をさせていただきます。つまり、製品の外形・外観がどういうプロセスを経て、最終的に企業にとってのポジティブな効果につながり得るのかという話です。
製品の外形・外観が良いものであったりすると、消費者としては「きれいだな」「カッコ良いな」というように感情的に良いと感じます。一方で、製品の外形・外観に基づいて、それがどういった製品であるのかを判断しているという側面もあります。外形・外観を見て、「これはマイクだな」「これは使いやすそうだ」などと判断しています。それは、外形・外観を見て認識しているわけです。つまり、外観・外形を見て、製品の特徴を認知しているわけです。そして、外形・外観からもたらされた感情・認知の両者が組み合わさって、それがポジティブであれば消費者としては購買意欲が高まり、「多少高くても好みだから買いたい」という意思決定につながります [9]。もちろん、逆のケースもあり得ます。デザインを見て「カッコ悪いな」と思えば、その人は、買わなくなってしまいます。
企業への影響についてですが、消費者にとってポジティブな影響をもたらすことで、製品の販売数や販売価格が上がれば、企業の売上や利益も上がっていく、といった効果が期待できます [10]。その意味で、外形・外観は消費者にポジティブな影響を与えて、それを通じて企業のパフォーマンスアップにつなげることができます。
ただし、こういったデザインイノベーションの効果について、機能的・技術的なイノベーション効果との比較をすることも重要です。やはり、機能的・技術的なイノベーションが製品にもたらす影響には大きなものがあります。特に、自動車ではデザインが売り上げにもたらす効果より大きな効果があるといいます[11] 。そのため、機能的・技術的な要素がもたらす効果を無視してはいけません。もちろん、デザインの効果も存在するため、両者を意識した製品開発をすることが重要です。
[9] この点については以下の文献を参照。Bloch, P. H. (1995). Seeking the ideal form: Product design and consumer response. Journal of Marketing, 59(3), 16-29.
[10] この点については以下の文献を参照。Gemser, G., & Leenders, M. A. (2001). How integrating industrial design in the product development process impacts on company performance. Journal of Product Innovation Management, 18(1), 28-38.
[11] この点については以下の文献を参照。Talke, K., Salomo, S., Wieringa, J. E., & Lutz, A. (2009). What about design newness? Investigating the relevance of a neglected dimension of product innovativeness. Journal of Product Innovation Management, 26(6), 601-615.
日本企業におけるデザインイノベーションに関しては、経済産業省と特許庁が2018年5月に、「「デザイン経営」宣言」という資料を出しました[12] 。デザイナーの方の発想を生かしたイノベーションや、製品のデザインを良くしていくという活動を重視していく姿勢が明確にされましたので、進展していると考えています。
ただ、2000年代からデザインの重要性がずっと指摘され続けており、改めて2018年にデザイン経営宣言が出されるということは、この領域のマネジメントが難しいということでもあります。
その背景には、デザインに対する明確な評価基準が定まっていないことが考えられます。「デザインを新しくしましょう」と言っても、「新しいとはどういうことなのですか」「どう新しくしたら良いのですか」となりますし、「良いデザインを作りましょう」ということになっても、「良いデザインとはそもそも何ですか」という話になってしまいます。消費者が好むデザインが良いデザインだとすると、1人1人好みのデザインは異なるはずで、市場に出してみないとわからないということになってしまいます。
そうした問題意識を持っていた中で、製品デザインの捉え方を整理してみようと思い立ち、先ほど述べた「「製品デザイン』の捉え方─経営学研究への応用」という論文をまとめました。その結果としては、先行研究上でも、製品デザインの捉え方について乱立しているので、その概念の整理もしていかないといけないというものでした。結論としては、企業としてデザインイノベーションを重視しようとしているものの、その実現については困難さがあり、実務面・研究面双方で今後も取り組んでいく必要があるということです。
[12] 特許庁(2018)「「デザイン経営」宣言」
秋池 篤 氏
東北大学大学院
経済学研究科 准教授
2011年東京大学経済学部卒。2015年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学(2018年に修了)。博士(経済学)。その後、東北学院大学経営学部, 助教・講師・准教授などを経て、2024年から現職。