多くの経営者は、「会計は苦手だ。好きになれない」と発言しがちだ。中には、「財務責任者や税理士の先生に丸投げ」とまで言い出す方も珍しくない。特に、管理会計となると尚更だ。「それは経営にどう役立つのか」と疑問を投げかけられてしまう。そんな状況を少しでも打破できないかと、経営者を含め一般大衆に管理会計を布教するために著書を書き上げた大学教授がいる。関西学院大学商学部教授の濵村 純平氏だ。経営に悩んだときに、「そういえば、管理会計ってのがあったな」と思い出してもらうきっかけになってくれれば嬉しいと語っている。実際、管理会計の面白さはどこにあるのかを聞いた。インタビューの前編では、濵村氏の研究テーマやアプローチの仕方などを語ってもらった。
私は学部も大学院も神戸大学です。学部では、実は流通サプライチェーン系のゼミでした。そのため、大学院に入っても似たようなことをやっているというのが、最初のきっかけだと思っています。管理会計の方にも興味を持っていました。大学院時代の管理会計の師匠は、松尾貴巳先生(現・神戸大学大学院経営学研究科 教授)です。もともと三菱総合研究所でコンサル業務をされていらして、その後アカデミックの世界に入って来られた方でした。近年は、パブリック・セクター(政府、独立行政法人、学校法人、医療法人など。公共の利益のために活動する組織や分野全体。公共セクターともいう)など非営利組織を対象とした研究に重点をおいておられるのですが、神戸大学の副学長というお立場ゆえお忙しく、研究時間の確保がかなり難しいご様子です。
私の方は管理会計のどちらかというとクラシックな振替価格(企業内部の事業部門間での製品やサービスの取引価格)というテーマを手掛けていました。それが、サプライチェーンや流通とかなり大きく関わっていたため、両方を組み合わせたような研究を進めていたわけです。
私たちの世代では、実は原価計算というかコストに関する研究、特に販売費及び一般管理費(販管費)と呼ばれるコストがあり、そのコストの研究が2007年、2008年頃からすごく流行っていました。会社の中の情報やデータを使って研究するのですが、コストの情報は世の中になかなか出してくれません。ここが管理会計研究のすごく難しいところです。どの企業も、自分の会社の物のコストはどうなっているのかというのはなかなか出してくれません。でも、財務諸表で出ているコストが、今言った販売費及び一般管理費みたいな形であって、それに着目して財務諸表上でできるような研究をしようというのが、ものすごく流行っていた時期でした。
私もそこに加えていただいて、近畿大学経営学部教授の安酸 建二先生や大阪公立大学院経営学研究科准教授の新井 康平先生などと一緒に研究をしてきました、ただ、私自身は今、基本的には管理会計における業績評価をメインに取り組んでいます。会社の中で人をどうやって評価するかというところです。
学生も同様ですが、多くの人が会計に対して持つイメージは、何か細かいとか、ケチケチしているとかだったりします。しかも、数字を使うので複雑だと思われています。
ご存じの通り、会計は財務会計(株主・投資家・金融機関などの社外の利害関係者に企業の財政状態や経営成績を財務諸表を核とする会計情報に基づいて報告する会計処理)と管理会計とに大別されます。それぞれ情報を使う人が違うだけで、最初に習う簿記のイメージがついてしまうために、そういう細々とした手続きをしていく印象がついているのではと思っています。管理会計、財務会計いずれにせよ、誰かがその数字を使うというところに重きを置いてみると、意外と面白く捉えられるのではないかと思っています、私がやっている業績評価に関しても、会社の中で数字を上手く使って組織を円滑に回していきましょうということが主なテーマです。
なので、単なる数字として捉えるのではなく、数字を使って上手く意思決定をしたりとか、組織を回したりというところに、私個人としては重きを置いています。という形で、かなり興味深い分野だと個人的には思っています。
たまたま、学部時代のゼミの先輩が大手ゼネコンに就職して財務担当になったのですが、OB会で会ったときに、「どうしてわざわざ管理会計向けの数値を作らないといけないのですかね。面倒くさいです」と言っていました。そうなんですよね。おっしゃる通り、財務会計はどの会社も絶対作らないといけないのですが、管理会計は最悪作らなくても良い数字であったりします。そこをどうしていくかが結構問題になります。当然そのコストを測定するにもコストが必要ですからね。そこは大変なので、悩まれるところでしょう。わかる気がします。
しかし、PL(損益計算書)やBS(貸借対照表) を含めて、企業の意思決定のためには必要な数字があると考えています。最近、授業で扱ったことなのですが、業種によってその企業のコスト構造が全然違っていたり、売上原価よりも圧倒的に販管費が多かったりします。そういったコストの状況の把握は、よりよい意思決定に役立つのではないかと考えています。
役員報酬、経営者報酬(企業の役員・経営陣に支払われる報酬体系)に関しては、つい最近制度改正がありました。コーポレート・ガバナンス・コード(上場企業が行う企業統治における原則・指針として東京証券取引所が示したもの)もそうなのですが、それ以降、会社法や内閣府令(内閣府の長である内閣総理大臣が制定する命令)などのルール上の改訂がすごく多いトピックです。簡単に言ってしまえば、会社の外に出す情報がとにかく増えました。具体的には、どういうふうに報酬がその額になっているのかをしっかりと書いて開示してくださいというルールができたのです。
それがあったので、業績評価をこれで分析できるのではないかと考えました。しかし、有価証券報告書に書かれているにもかかわらず、細かく見ていくと結構書いている企業と書いていない企業の差が激しいです。2019年だと、半分くらいが詳細に開示していないと言われているような状況でした。
ならば、日本企業の報酬はどうやって決まっているのかに興味が出て来て、その辺りを研究し始めたというわけです。それを今も大規模データを使って、これを暗黙的アプローチ(直接的に企業の開示情報を使って分析するのではなく、数値から統計的に確認される事実を使って報酬体系を分析するアプローチ)というのですが、実際のものを見るのではなくて、データを使ってこうなると推測しています。
はい、そうです。おっしゃる通りです。私の場合は、もともと数理モデル(世の中で起こるさまざまな現象をシステムや数学的な形式で表現しようとする試み)、数学を使った研究や理論研究が中心です。しかも、共同研究者の方たちがデータを集めてくれたり、データ分析をしたりするのはアドバンテージがあるので、彼らと協力しながら研究を進めている形になります。
基本的に、私自身は今言った通り数理モデルの研究者なので、数理モデルの論文やそういう知見を応用しながら予測を立てて分析をしています。いずれにせよ、やはり数式もそうですし、数量的なものを使った研究がメインになっています。
はい、分かれます。大きくは、3つぐらいに分けられると思います。一つ目は、私がやっている経営者報酬系の大規模データを使ったような実証研究と呼ばれるもの。二つ目がケース・スタディやアンケートなどでフィールドの情報を使ったもの。三つ目は実験研究です。最近実験は結構流行っていて、ラボ実験室に被験者を集めて何かシチュエーションを与えて、実際に意思決定をしてもらうというものです。私が実施したものだとオンラインを使って遠くにいる人に実験を受けてもらうという試みがありました。そういう形に分かれると思います。
得意かどうかは怪しいところなのですが、「まあ面白いな」と思ったということです。先ほど言った私の学部ゼミの方が、実はどちらかというとそちら寄りの人が多くて、指導教員もそうでした。ゼミの二つ上の先輩や大学院の同期も似たようなアプローチをしていたということもあって、数理モデルの方に非常に興味を持って研究をしてきました。
どこまで細かい話をするかにもよりますが、哲学的な発想でいくとアプローチの仕方が、そもそも違います。哲学もそうですが、何もないところから思考をスタートするのは演繹的アプローチ(deductive approach。基本概念や前提、一般的な原理・原則を設定し、それらに基づいて議論するアプローチ)と呼ばれていて、こういう前提を置いていったら、この結果が出てくるみたいなアプローチをしています。
データを使う系は、「このデータから何が言えるか」という帰納的アプローチ(inductive approach。具体的な事例や観察の中から必要なものだけを抽出し、それらを一般化して議論するアプローチ)になります。なので、順序が基本的に逆なのです。私がメインにしているのが経済学的なものなのですが、経済学自体が人の行動を予測するための道具と私は捉えていて、会計でも心理学や社会学を応用して研究を進めています。心理学は、特定の状況下でこういうふうに人が行動するとか、社会学もこういう社会的な状況に置かれた人がこういうふうに行動するという、その人の行動に関する考え方を会計という対象に応用しています。
例えば、役員報酬の決まり方がこうなっているという話をするときに、そのメカニズムを説明するために、今言った理論を使って「人の行動はこうなっているはずだ。だから、この結果が得られた」というようなメカニズムの解明のために使うというのが、私自身がやっている形です。
私自身は結構色々なことをやってきました。ただ、「これで一旦まとめる」みたいなことはあまりしていません。2024年11月に『経営者報酬の理論と実証』(中央経済社)という本を、私を含む共同研究者三人(他は近畿大学の井上謙仁・准教授、流通科学大学の早川翔・准教授)がメインとなって出版しました。いずれも、先ほど説明した経営者報酬の実証的アプローチを手掛けている研究仲間です。結局、この後もどんどん研究を続けているので、「一旦ここまでできている」というところを出すというのが、基本的には私のスタンスにはなります。研究者の方によっては、書籍でまとめて、それでこの研究を終わらせるという方もいますが、私の場合は基本的にそういう発想はあまりありません。
2025年11月に出版された『評価と報酬の経営学 アイツの査定は高すぎる?』 (光文社新書)に関しても、どちらかというとかなり意図的に議論自体は浅く広くしています。結構投げっ放しなところも入れています。なので、今これだけ課題に挙がっていることをいかに研究として続けていけるかというところを、私個人としては重視しています。
確かにそうですね。でも、私の場合は趣味と言えるハードルが低いのでしょう。だからいろいろ挙げているのかもしれません。ただ、最近は講義の方が忙しくて、お酒を飲むしかできてないです。お酒に関しては、多少詳しいと思います。
まず、業績評価のやり方の開示自体は、公開企業であれば法律上かなり厳しく言われていると思います。中小・中堅企業に関しても、所有と経営が分離していれば恐らく指摘される可能性があることなのではと思います。そういう報酬を開示する意義は、法制度上も確かにやらないといけないルールになっています。ガバナンス(企業や組織の管理・統治)という観点、株主の観点から見たときに、この企業はこんなことを考えて事業を展開していると知らせることにもつながるわけです。
例えば、 ESG(企業経営や投資判断の中心的なテーマである持続可能性や社会的責任を測る基準。具体的には、「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス/企業統治)を指す)が、業績指標に入っているとなれば、この企業はESGとを大事にしているということが、それを見て何となくわかります。なので、株主への説明責任、受託責任、そういったところで開示が一つ意味を持つということになるわけです。
ただ、JAPPに公開された私の論文に関しては、もう一つ別の視点、すなわち競争の視点ですね。これが、実は私が数理モデルでずっと取り組んできた研究になります。競争の視点で考えると、例えばマーケット・シェアが業績評価に入っている企業を考えてみましょう。相手がマーケット・シェアを増やそうとしているなと気づいたときに、何かものをたくさん供給する戦略みたいなのを取ってくるのではないかと思います。それは、競争構造を一つ変えることになります。そういうふうにどんどん供給してくるんだという相手が思ってくれるとすれば、相手はもしかするとビビってしまうかもしれません。相手が沢山製品を出してくるのであれば、供給しすぎたら値崩れが起きる可能性を考えます。
なので、今までのよくあるガバナンスの議論とかではなく、競争の構造という意味で、相手企業に対して自分がどういうふうな行動を取るか、どういうふうな戦略を取るか、これを知らせるデバイスになっているというのが、役員の報酬契約の形態をとおして見えるわけです。これを開示するか否かによって、その競争構造は当然ながら大きく変化するわけです。
今の話だと、マーケット・シェアを重視することを他の人が知らない状態としたら、相手はビビってくれず脅しにならないので、これを開示することによって相手をビビらせることができます。でも、相手がそれにビビって引いてくれるのであれば良いのですが、それを開示しても相手が引いてくれなければ、結局自分も値崩れを起こして困るわけです。こういうトレードオフ(複数の条件が相いれることができないような関係)があります。言い換えれば、二律背反があるので開示するかどうかは戦略的に決めないといけないというのが、今回のその論文のテーマになっています。
大きい企業と小さい企業という感じで、今回その論文では仮定を置いていて、大きい企業がそういう開示をする。要は特に相対的業績評価と呼ばれるものを使っている場合、相手に勝たないとボーナスがもらえないので、相手に勝つような戦略を取ってくるわけです。なので、その場合、マーケットでアグレッシブというか、ものをたくさん供給したりしてマーケットを奪っていくような戦略を取ってくる可能性があります。そうすると、強い企業はそれで有利に立てるのですが、弱い企業はコストの面や色々な面で競争に勝てません。
なので、弱い企業は「じゃあやめておきましょう」と言って、意図的に開示をしないことで値崩れをわざと防ぐというようなことが結果として起こると理論的に示したというような研究になります。ここで、私自身が言いたいのは競争構造に対して役員報酬の契約の内容が影響するので、それが単純にガバナンスという観点で開示をしないといけないとはいえ、それを開示するにしても、例えばマーケット・シェアではなくて別の指標に重きを置くことで、その激しい競争を回避できることになります。どういう指標を選択するかを考えると、今日も開示しないといけないような状況になってきているので、開示する上で指標の選択をするときに、そういう競争の構造を頭に入れる必要があります。相手企業が自分の役員報酬の契約を見たときに、「こんな戦略を取ってくるのではないか」と思わせる一つのデバイスとして逆に上手く利用しないと、マーケットですごく不利な状況になってしまう可能性があるわけです。
濵村 純平氏
関西学院大学
商学部 教授
2017年3月に神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程にて博士(経営学)を取得。2017年4月より桃山学院大学経営学部講師、2020年10月より同大学経営学部准教授、2024年4月より関西学院大学商学部准教授、2025年4月より現職。現在、龍谷大学農学部非常勤講師、近畿大学経営学部非常勤講師、関西大学会計研究科(会計専門職大学院)非常勤講師、桃山学院大学経営学部非常勤講師も兼務。管理会計、業績評価、経営者報酬、コスト・ビヘイビア、流通チャネルなどを研究テーマとする。著書に『寡占競争企業の管理会計-戦略的振替価格と多元的業績評価のモデル分析-』『レクチャー原価計算論』(いずれも、中央経済社)『経営者報酬の理論と実証』(共著、中央経済社)などがある。