日本企業は本当に弱くなったのか――。その通説に真正面から問いを投げかけたい。現場力や技術力という強みを持ちながら、なぜ成果や利益に結びつかないのか。東京理科大学大学院経営学研究科技術経営専攻(≒専門職大学院・社会人ビジネスククール)で教鞭を執る岸本太一氏は、「その背景には理論と実務をつなぐ『設計力』と『俯瞰力』の不足がある」と指摘する。研究者として、また実務家と向き合ってきた立場から語られるのは、OJTだけでは補えない学びの意義と、日本企業が取り戻すべき自信の源泉。理論を“血肉化”し、イノベーションを成果へと変える道筋とは何か。前編・中編・後編を通して、日本企業の未来を拓くヒントを探っていきたい。まず前編では、岸本先生の専門分野や研究スタイルを聞いた。
【こんな方に、ぜひ読んでいただきたい】
①技術力はあるのに収益化に課題を感じている中小企業の経営者の方
②OJT中心の育成に限界を感じ、体系的学習を検討する人事責任者
③自社の強みを言語化できず、戦略設計に悩む次世代リーダー層
【前編のエッセンス】
前編では、岸本氏の研究者としての歩みを通じて、「理論を実装する経営学」の原点が語られる。博士課程での利益率分析から、現場を徹底的に歩くフィールドワークへ。数百社の中小企業経営者との対話を重ねる中で、研究テーマは国際経営やイノベーションへと広がった。その一貫した軸は「マーケットイン」、すなわち現場のニーズに応える姿勢である。研究成果を抽象化・理論化し、実務に役立つ形へと翻訳すること。OJTだけでは得られない視点を補う座学の意義と、実務家に貢献する経営学の可能性が示されている。
【前編のキーメッセージ】
①研究は市場のニーズから始まる――現場起点のマーケットイン発想
②理論は知識ではなく、現実を変えるための実装ツールである
③OJTだけでは育たない設計力と俯瞰力が経営を進化させる
私は、経営学者としてはかなり変わっている部類に入るのでは、と思っています。もともと大学院生時代、博士課程に所属していた際には、利益率の研究をしていました。例えば、日本と米国の利益率にどの程度の格差があり、なぜそのような格差が生まれるのかだとか。そういったデータ分析をメインに研究をしており、博士論文も「日本企業の利益率水準の長期的低下」をテーマに執筆し、学位を取得しました。
その後、教員となった二年目からは、東京大学大学院経済学研究科「ものづくり経営研究センター」(以下、ものづくり経営研究センター)で勤務しました。そちらの職場が、どちらかというとフィールドワークを徹底的に用いて研究する、現場を視察しながらアプローチするセンターでした。中小企業に関する研究には、一橋時代にゼミの先輩から誘いがあり、それ以前から参画していましたが、フィールドワークを絡めて本格的にコミットし始めていったのはこの頃であり、それが中小企業論を扱うようになった経緯です。
ただし、今はもう中小企業論以外にも、色々関わっています。現在勤務する東京理科大学大学院経営学研究科経営技術専攻(以下、理科大MOT)の学生は全員社会人なのですが、どちらかというと大企業の方が多いので、そういう意味では経営学やマネジメント全般を対象とし、戦略論や組織論、さらには国際経営論も研究分野に入れています。
また、理科大のビジネススクールは MBA ではなくて MOT(=Management of Technology)なので、 R&Dに関連する部門で働く学生も少なからずおります。 そのため、研究開発から新事業創造やイノベーションに至る分野も、私の専門の一つになっているというのが現状です。
これは、非常にシンプルです。一言でいえば、「マーケットイン」(市場や顧客のニーズを起点に製品やサービスを開発・提供する戦略的アプローチ)です。市場でニーズが増大し、お客さんからの依頼が増えてきたから研究を始めていくというのが、僕の基軸になっていると思っています。
恐らく、それが「マーケットイン」を象徴している事例だと思っています。先ほどお話した通り、ものづくり経営研究センターに勤務した後は、数年間、国内の中小企業をかなり回っていました。1ヶ月に数社程度のペースでしたから、少なくとも300超。場合によっては、500社ぐらい訪問したかもしれません。それだけ多くの中小企業の社長さんたちにインタビューしながら、研究を進めていたわけです。
その時に次々と持ち掛けられた相談の内容が、海外進出でした。例えば、山形県のかなり奥地、新幹線の駅から単線で更に1時間ぐらい行ったところにある中小企業の社長さんから、「これからインドネシアに出ようと検討しているのですが、岸本先生、国際経営に関する講演をしていただけませんか」と依頼されたこともありました。僕自身は、当時パスポートすら持っておらず、一度も海外に行ったことはなかったのですが、そうした相談が国内の色々な中小企業の経営者の方から続々と寄せられていました。
そういう意味では、「日本の中に閉じこもっていてはいけない」、自分で見に行って、自分で現地を調査して、研究をしないといけないと思い立ち、そこから手のひらを返したような形で、もう年に 2回ぐらい、具体的には夏休みと春休みが多かったですけれど、その期間において1週間ぐらい調査に行くようにしました。とにかく海外に行って、自分の中で自分なりの理解をしていく。そんな形で現場の人たちに貢献をしたいと考えました。
一般的には、中小企業論と国際経営論という分野は、全く関係がないように見えるかもしれませんが、このように僕の中では本当にマーケットのニーズに呼応して、「それに対して貢献をしたい」という意図で始めていったというスタイルです。これと同じパターンで他の色々な研究分野にも進出しているというのが実態です。
そうですね。カルチャーとして大きかったですね。ただ、私としてはむしろ、その前の一橋時代とのギャップのほうが大きかったと言えるかもしれません。
大学院生時代、私は伊丹敬之先生(一橋大学名誉教授、「人本主義」の提唱者。現在は中小企業大学総長を務める)の一橋における最後の弟子であり、博士課程のゼミ生でした。そこでは、たまたまデータ分析が自分のテーマでしたので、一度も現場に出たことがなかったのです。
一方、ものづくり経営研究センター長の藤本隆宏先生(2026年4月から理科大MOT上席特任教授に就任)は、日頃研究室にはあまりいません。週の半分ぐらいは地方に行ったり、色々な現場を回っていたりしていました。もうセンター全体が、そういう形でリサーチをしていました。そういう意味では、僕個人もあの時期に現場を見ることが非常に重要だと叩きこまれました。
現在在籍しているのが、理科大MOTという技術系の社会人が数多く通うビジネススクールなので、どちらかというとイノベーションや新事業創造、あるいはR&Dに近いところを中心に置いています。ただ、別にそちらだけではなくて、日本企業全体に関する講演等も行っておりますし、企業における経営職研修や戦略革新をテーマにしたワークショップなども担当しています。そういう意味では、イノベーションや企業変革につながるような経営学全般を研究しています。
マネジメントはやはり総論ですので、特定の分野のみを、例えば人事だけを知っていれば良いという話ではありません。あくまでも、マネジメントに関する様々な分野を総論的にシステムとして捉えて、日本企業のマネジメントにはどういう特徴や強みと弱点があるのかを解明しながら、本や論文も書いたりしています。
アプローチに関しては、先ほどお話した通りにフィールドワークや現場調査、インタビューを多用しています。ただ、僕としては別にフィールドワークにはこだわっているわけではありません。唯一の手法だとは思っていないと言ってもよいです。
例えば、マクロでより見ようとするためには、データ分析が有効なので、そういう見方もします。あくまでも、研究のテーマや対象に適合するような手法を適宜選んでアプローチをしています。研究者は大まかな傾向としては、データを用いた定量的な分析か事例研究のような定性的な分析のどちらかに寄りがちですが、私はあまりそういう観点で切ることはないです。
もう一つのアプローチのキーワードとしては、現実の実態を見るだけではなくて、それを抽象化・一般化して理論を構築することが挙げられます。多分、それが僕自身のアプローチの最大の特徴になると思います。
影響を受けているのが、大学院で指導していただいた伊丹敬之先生です。伊丹先生がやられていたのは、日本の現場を見聞きし、そこから帰納的に経営の理論を構築していくことです。なので、私自身も現実・現場を調査し、その結果を紹介するだけでは終わりません。例えば「半導体業界では○○が、××という理由で起きている」といった点を報告するだけでは、大きな価値には繋がりにくいからです。そこにとどまらずに、研究結果を抽象化・理論化して、結局どういうところがポイントで、どういった理屈が他の業界や事例にも応用できそうかというレベルにまで踏み込んでいくようにしています。そこが、もう一つのアプローチの大きな特徴だと思っています。
私自身はやはり、他の学者の方とはやや違い、変わっているのかもしれないです。少し昔に遡りますと、私は実学を教えてくれることを期待しながら、一橋大学に入学しました。真面目に授業も出ていました。最初の頃はです。しかし、その当時は自身に素養等が足りなかったこともあり、失礼な言い方をすると、「これを学んでも何にも役に立たない」「現実を変えることに何もつながらない」と思ってしまったんです。そこからは、もう大学に行くのをしばらくやめました。
大学院を受けようと思った動機は別に「学者になりたい」というわけではなくて、理論や座学を知っていると、知らない人に比べて遥かに目的を達成できる可能性が高まり、役に立ちそうだと気づいたからです。それで、「これは勉強をしなければいけない」と思い、大学院に行きました。
もう少し詳しく説明をさせていただきますと、大学にほとんど行かなかった期間は、テニスばかりをやっていました。「テニスをやる中では、技術を座学ではなく体験で学習ができる。その体験を通じて、技術成長の本質を追求しよう」、そんな決意も持ちつつ、一生懸命テニスに打ち込んでいました。
ご存じの通り、テニスはサーブを打ち、相手が打ち返してきたボールを、ワンバウンドでストロークというショットを打って、それで追い込み、最後にネットまで詰めてノーバウンドでボレーをして決める。まあ簡単に言うとそういうスポーツです。当初僕は、サーブもストロークもボレーもバランスよく練習したほうが効率良く上達できるのではと思っていました。ただ、正確には忘れましたが、その時たまたまゼミで読んだ本の著者、A.O.ハーシュマンが書いていた『経済発展の戦略』という本だったと思います。新興国がいかにスピーディーに経済成長を実現していくかをテーマにしていて、多くの研究者は色々な産業にバランス良く投資することが最も効率的に良いと指摘していたものの、私が読んだ本では「アンバランスで不均衡をつくった方が成長できる」と書いてあったんです。
「あ、なるほど」という理由も挙げられていました。例えば、土木と自動車という 2つの産業があるとします。その二つを、同じだけ成長させるのではなくて、先に自動車を数多く作れば、「道路が足りない」と皆がワーワー叫んで圧力がかかります。そうすると、道路を造らざるを得なくなります。結果的にインフラ建設がものすごく活発化するので、「むしろアンバランスにしたほうが成長する」。そんな理論でした。そして、「この理論、テニスにも応用できそう」と思ったわけです。
それで実際にアンバランスでやってみたら、成功したわけです。成長スピードがよりアップしました。その理屈も類似しているものが多く、サーブ・ストローク・ボレーをバランスよく成長させていると、自分より強い人は練習してくれないのですが、ストロークだけ集中して成長すると、ワンバウンドで打ち合う時だけは自分よりも遥かに上のレベルの人たちと勝負ができるようになり、練習してもらえるようになります。
しかし、上のレベルの人たちとの練習では、最後のボレーは上手くないわけですから、追い詰めたとしてもポイントは取れません。ポイントを取ろうとするためには、ボレーの技術の追求が必須となります。そんな風にアンバランスに成長させていった方が強い相手と練習や試合ができますし、自分の穴も見えてきます。そして、悔しい気持ちも生まれ、ボレーを向上せざるを得ないという圧力も発生します。それで、結局成長ができました。
理屈としては、読んだ本と類似だったわけです。以上のような実体験から、本当の意味で役に立つ座学を知っていると、現場でOJT(経験学習)だけをずっとやっている場合に比べてより発展ができる。座学は現実を変える手段になるんだと私は気づき、そういうものを追っていきたいと思い、結果的に学者の世界に入ってきました。
岸本 太一 氏
東京理科大学大学院
経営学研究科
技術経営専攻 講師
※肩書は取材時点。
2026年4月から准教授に昇任
平成14年一橋大学商学部卒業。平成17年一橋大学大学院商学研究科修士課程研究者養成コース修了。平成20年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。同年一橋大学大学院商学研究科特任講師。平成21年東京大学ものづくり経営研究センター特任助教。平成23年より敬愛大学経済学部准教授、東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員。平成26年より現職。著書に『中小企業の空洞化適応』(共編著、同友館。平成26年度〈第39回〉商工総合研究所 中小企業研究奨励賞〈経営部門〉を受賞)、『サービスイノベーションの海外展開』(共著、東洋経済新報社)、『日本型ビジネスモデルの中国展開』(複数章執筆担当、有斐閣)など。