長年来続いてきた日本のメンバーシップ型雇用は、終焉に向かいつつある。「次は、ジョブ型雇用だ」と、世間では大合唱が起きている。そのトレンドに乗り遅れまいと転換を急ぐ企業も多い。だが、二者択一的な判断が果たして正しいのであろうか。
こうしたなか、「日本に欧米流のジョブ型雇用を導入するのは困難であるとともに、適合しない。新たな選択肢を講じるべきである」と主張するのが、組織論の第一人者である同志社大学教授の太田肇氏だ。新刊『「自営型」で働く時代-ジョブ型雇用はもう古い!』で太田氏が提唱しているのが、「自営型」という働き方だ。なぜ、ジョブ型でなく「自営型」なのか。「自営型」は日本企業に何をもたらしてくれるのか。後編では、「自営型」を選択する意義やその成功事例などを聞いた。(前編はこちら
私は後者の方です。その理由は、三つにわけてしまうと結局欧米には勝てないと思うからです。日本が今後V字回復して逆転していくためには、思い切って働き方のルールを変えるというか、日本の強みを前面に出さないといけません。
そうです。メンバーシップ型の次はジョブ型という大合唱を受けて、ジョブ型に変えようとしたら、結局は欧米に追随するだけになってしまいます。それに、ジョブ型への移行自体も上手く行っていません。それなのに、なぜ今欧米を無理に追いかけようとしているのか。私はその点が疑問でなりません。
せっかくのチャンスを生かし切れていないような気がします。新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着いてきたので、これでまた元に戻れると安易に考えてしまっているようです。
そうです。もとに戻そうとした背景には、やはりジョブ型が日本企業に馴染まなかったからです。だから、色々な壁にぶつかっています。そこに「自営型」を入れ込むことによって、単なる日本式雇用への後戻りではなくて、なおかつジョブ型の壁を克服していくことができると思っています。
まず捨てるものは、閉ざされた共同体型の組織です。いわゆるメンバーシップ型の特徴と言っても良いでしょう。これにはもう限界があると言うか、賞味期限が来ています。他方で活かせるものは柔軟性やアナログ的なものです。ここは、日本の強みだと思いますね。
私は、2023年9月にGoogleフォーム(Google が無料で提供するオンラインのフォーム作成ツール)を使ってアンケート調査を行いました。もちろん、『「自営型」で働く時代-ジョブ型雇用はもう古い!』を出版することが知れるとどうしてもバイアスが入ってしまうので、そのことには一切触れませんでした。
図1 つぎのうち、どのような働き方をしたいですか? (回答者数:152人)
メンバーシップ型: 職務や勤務地を限定されず、社員として定年まで働き続ける働き方
ジョブ型 : 職務を限定して会社と契約し、職務を軸に社内外でキャリアを形成する働き方
自営型 : 社員であるか否かを問わず、半ば自営業のようにある程度まとまった仕事をこなす働き方
図2 将来の働き方として、理想とするのはつぎのうちどれですか?(回答者数:152人)
メンバーシップ型: 職務や勤務地を限定されず、社員として定年まで働き続ける働き方
ジョブ型 : 職務を限定して会社と契約し、職務を軸に社内外でキャリアを形成する働き方
自営型 : 社員であるか否かを問わず、半ば自営業のようにある程度まとまった仕事をこなす働き方
質問した項目は、一つが「つぎのうち、どのような働き方をしたいですか?」でした。この問いに対しては、メンバーシップ型が36.2%、ジョブ型が30.3%、「自営型」が33.6%。「自営型」で働きたい人の方がジョブ型で働きたい人よりも多くいました(上図1参照)。また「将来の働き方として、理想とするのはつぎのうちどれですか?」という問いに対しては、「自営型」が大きく跳ね上がって51.3%と過半数を占め、以下ジョブ型が32.2%、メンバーシップ型が16.4%の順でした。
大きな理由は、自律的な働き方を志向しているからです。組織の歯車のようになりたくないと考えています。
実は、1970年代にILO (国際労働機関) が「労働の人間化」という運動を積極的に推進しました。これは、労働を人間的なものにする施策の総称を意味します。その時に、「職務再設計」「職務拡大」といった施策が提示されました。それが、まさに「自営型」に近いと言えます。
ただ、それは一時のブームにしかならず、間もなく消滅してしまいました。その理由は、生産性が低く分業に勝てなかったからです。ただ、現代ではそこにITが入り込んできたことで弱点が見事克服されました。言わば、「労働の人間化」の新段階に入ったということです。
そう思います。本当に持っていきかた次第だと思います。ハードルをいかに低くするかが、「自営型」へのシフトの条件だと思います。
実は先日も京都の経営者の方々と「自営型」について話す機会がありました。皆さん、「方法論としては納得できる」「そう進めようとしている」などと言われていました。ただ、「それを実践する段階で立ちはだかる壁をどう克服したら良いのか」という点で悩んでおられました。
全部を一気に変えようとすると、それをこなせる人とこなせない人が出て来てしまいます。なので、どうしたら良いのだろうかと悩まれています。また、「『自営型』という働き方を評価や報酬にどうつなげていけば良いのか」という声も多かったです。
バリエーションがあると思っています。つまり、仕事によっては成果とリンクさせた、いわゆる歩合制的なものもあれば、他方では今まで通りで差を付けないという考え方があっても良いと思います。それは、各社の事情に応じてどちらでも良いのではないでしょうか。
私もそう思っています。「自営型」を実践されたい、ないし実践されておられる経営者と接点を持たせていただき、色々な課題を共有し解決策をその会社の方々と一緒に考えていきたいです。その中で、私自身ももっと緻密な話ができるのではと思っています。
現実的な話、今世間ではジョブ型が唱えられています。「うちもジョブ型にしないといけないけれど、実際やってみようとすると難しいなあ」と思われている経営者が多いはずです。「代わりに『自営型』を取り入れてみませんか」「ジョブ型よりももっと楽ですよ」とまずはお伝えしたいです。
既に、色々な業種で導入されています。例えば、製造現場でしたらパイプ曲げ加工、板金加工メーカーの武州工業株式会社。東京都青梅市に本社工場を構え、社員数が150名ほどの中規模企業です。この会社の特徴は、「一個流し生産」。一人の技術者が材料調達から加工、納期管理までを一貫して手掛け、高品質で効率的な生産を実現しています。もう30年も前から行っていたのですが、昨今はIoT(Internet of Things:インターネット・オブ・シングス)等を活用して会社全体の生産プロセスや必要な情報・データを見ながら、一人で業務をこなしていけるようになっています。それによって、生産性がアップしただけでなく、以前は毎日3、4時間の残業時間は当たり前でしたが、今では大幅に削減できています。生産性を高めて、雇用も守れているということで、2017年には第7回「日本でいちばん大切にしたい会社」の大賞も受賞しています。
変わってくると思います。今までのワーク・ライフ・バランスは仕事と生活と時間も場所もわけるのが一般的でした。これは、工場の労働観を引きずっている気がします。
これからは、ある意味、会社と個人とは基本的に対等になります。そうなると公私が融合していくと考えています。昔の農業や小売業もそうでした。仕事と私生活がもう一緒になって適当に生活もこなし、都合の良い時に仕事をする、そんな働き方が広がっていくと思います。
一言で言えば「異質性」だと思います。自分は「ここは人とは違う」というものを持つことです。その意味では、今までとは逆だと言って良いでしょう。従来は平均点で周りに合わせないといけないという考えでしたから。
メンバーシップ型やジョブ型のように、その給料に見合った貢献をしてくれないと駄目だというハードルがないので、場合によっては報酬も低くなるかもしれませんが、自分のペースで小さなところからやっていきたいということも可能になると思います。
そうです。「自営型」を普及させる上では、やはり社会の仕組みや制度が大きな障害になってくると思っています。つまり、大企業で働き続けた方が得だという構造です。それを変えていくことが必要だと思っています。そのための一つの運動に結びつけるためには、「自営型」の成功例であるとか、実際に「自営型」で働きたい人たちがこれだけいる、こんなにも活躍していると示していかないといけません。それをやっていきたいです。
今、中小企業は人手不足とリテンション、一言で言えば従業員の確保と言う大きな課題を抱えています。なおかつ、これまでは大企業の下請けのような形が多かったわけですが、こうした課題を克服する、ないしは状況を逆転する強力なツールとなり得るのが「自営型」です。言い換えると、中小企業の強みを活かせる働き方でもあるということです。ぜひ、「自営型」を自社に取り込んでいただきたいです。
太田 肇氏
同志社大学 政策学部
大学院総合政策科学研究科 教授
兵庫県出身。経済学博士。日本における組織論の第一人者として著作のほか、マスコミでの発言、講演なども積極的にこなす。近著は、『何もしないほうが得な日本 -社会に広がる「消極的利己主義」の構造 』(PHP新書、2022年)、『日本人の承認欲求-テレワークがさらした深層』(新潮新書、2022年)など。『プロフェッショナルと組織』で組織学会賞、『仕事人(しごとじん)と組織-インフラ型への企業革新』で経営科学文献賞、『ベンチャー企業の「仕事」』で中小企業研究奨励賞本賞を受賞。他に著書30冊以上。