長年来続いてきた日本のメンバーシップ型雇用は、終焉に向かいつつある。「次は、ジョブ型雇用だ」と、世間では大合唱が起きている。そのトレンドに乗り遅れまいと転換を急ぐ企業も多い。だが、二者択一的な判断が果たして正しいのであろうか。

こうしたなか、「日本に欧米流のジョブ型雇用を導入するのは困難であるとともに、適合しない。新たな選択肢を講じるべきである」と主張するのが、組織論の第一人者である同志社大学教授の太田肇氏だ。新刊『「自営型」で働く時代-ジョブ型雇用はもう古い!』で太田氏が提唱しているのが、「自営型」という働き方だ。なぜ、ジョブ型でなく「自営型」なのか。「自営型」は日本企業に何をもたらしてくれるのか。前編では、新刊執筆への想いや「自営型」の特徴などを聞いた。

01日本にジョブ型が
定着することはない

まずは、この10月末発売の新刊『「自営型」で働く時代-ジョブ型雇用はもう古い!』(プレジデント社)を執筆された意図をお聞かせいただけますか。

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「自営型」で働く時代-ジョブ型雇用はもう古い!』(プレジデント社)another-window-icon

今、世の中はIT化とグローバル化、そしてコロナ禍によって従来からのメンバーシップ型、日本型雇用が限界を迎えた感があります。そのため、日本全体としてメンバーシップ型からジョブ型への移行が声高に唱えられています。しかし、多くの企業が目標にしているジョブ型の賞味期限はそれほど長くないかもしれません。

実際に大企業などでもジョブ型を取り入れようとしているものの、なかなか思うようには行っていません。ましてや、中小・中堅企業はもう最初から「それは無理だ」と言われたりしています。私も色々な条件、特に社会的な慣行や社会の仕組みを含めて考えてみると、正直言って日本にジョブ型が定着することはあり得ないという確信に近いものを持ちました。

なかには、日本型やハイブリッド型などと名付けてジョブ型を導入しようとしている企業も見られます。ただ、私からするとあれはもうジョブ型とは似て非なるものです。さらに言えば、今の時代、特にVUCA(不確実さが高く将来への予測が難しい状況)の時代と称される変化の激しい時代にはジョブ型はもう古い、もはや時代に適合しないと思っています。そもそもジョブ型のモデルとされる職務主義は、産業革命後の少品種大量生産時代に登場したものです。経営環境が安定し、変化の少ない工業社会の時代には適合していましたが、今の時代にはフィットしません。

一方で世の中を見ると、特にシリコンバレーや台湾、中国、あるいはイタリアなどでは、組織に属する、属さないに関わらず、半ば独立自営のように働く人たちが増えて来ています。しかも、日本でもそのような傾向が見られつつあります。こうした働き方には柔軟性があり、今の時代にとても適しています。しかも、個人のモチベーションが上がりやすく、創造的な成果も生まれやすいと言えます。その点を踏まえると、もうこれからは「自営型」の時代ではないかと判断しました。

『「自営型」で働く時代-ジョブ型雇用はもう古い!』で読者に最もアピールされたいポイントは何でしょうか。

企業は今、人材不足で悩んでいます。特に中小・中堅企業では人材が定着しないということで、リテンション(人材の維持・確保)が大きな課題になっています。「自営型」はその解決に適した働かせ方ではないかと思っています。

それから、働く側や働き方に焦点をあててみると、メンバーシップ型にしてもジョブ型にしても、いわば受身的な立場で組織の枠組みのなかで働いていました。もうこのあたりで人を中心に働くようになっても良いのではないかと考えています。しかも、デジタル化やIT化の支援を受けて、それが可能になって来ています。

そう考えると、これからは自営型が企業にとっても、働く人にとっても望ましいのではないかと思います。それを訴えたかったということです。

ここからは太田先生のお考えを掘り下げさせてください。そもそも、ジョブ型だとなぜダメなのですか。

詳しくは、『「自営型」で働く時代-ジョブ型雇用はもう古い!』で説明していますので、そちらをぜひご覧いただきたいです。ここでは、さわりの部分だけお話ししておきます。

いざジョブ型を日本企業に導入しようとしても、さまざま大きな壁にぶつかってしまいます。例えば、既得権の壁です。日本は伝統的に年功序列、定期昇給という制度があり、働く期間が長ければ長いほど給料が高い、しかも給料は基本的には毎年上がっていくものだとされてきました。しかし、ジョブ型はジョブの種類とグレードによって報酬や給料が決まってきます。言い換えれば、能力が高まらなければ昇給のメドは立ちません。年功序列や定期昇給の恩恵を捨てきれる人は、果たしてどれだけいるのかという問題があります。

他にも、転職の壁や人材育成の壁なども立ちはだかってくるだけに、ジョブ型に固執するのは疑問だということです。

02デジタル化やIT化が
「自営型」を後押しする

「自営型」とは、どのような働き方を意味するのでしょうか。

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「自営型」とは、雇用か独立かを問わず、企業と関わりながら自営業のように働く、ないし組織に属しながらも職務を細かく定めず、ある程度まとまった仕事を一人で受け持つ働き方を指します。上の図に基づいてご説明しましょう。

「自営型」はフリーランスと雇用労働者に大別されます。まずは、フリーランスですが、こちらは個人で小売業や農林業に従事していたり、職人として独立して仕事を行っている人もいれば(上図Ⓒ)、企業から業務委託のような恰好で仕事を受注している人、いわゆるインディペンデントコントラクターと呼ばれる人(上図Ⓑ)もいます。

他方、雇用労働者でありながらもある程度まとまった単位の仕事を一人で受け持つ社員もいます(上図Ⓐ)。こうした方々を私は「自営型社員」と名付けています。業種によって色々な形態があります。例えば、製造業でしたら、一人で製品の組み立てを丸ごと受け持つとか、海外などではプロダクトマネージャーといって、製品の開発からマーケティングまでを一貫して担当するケースもあります。あるいは、営業でも従来のように製品別の担当ではなく、特定の地域においてあらゆる製品を受け持つということも想定されます。

従来ならば、分業にしていたものの、デジタル化やIT化の恩恵を受けて、必要な情報が迅速に得られるようになったことで、こうした働き方ができるようになりました。カメラを設置すれば製造の進捗状況が目で見えます。また、インターネットを利用することで工場全体の製造プロセスも把握できます。その結果として、一人で広範囲の仕事を受け持てるようになっているのです。

「自営型」にはどのような利点があるのですか。

四点ほど挙げられます。一つ目が、メンバーシップ型より責任の及ぶ範囲が明確であることです。専門性や生産性を高められます。二つ目が、職務が硬直的なジョブ型と比べ、比較的柔軟性があること。運用もフレキシブルです。社員としての雇用も可能ですし、フリーランスで契約もできます。会社と本人との意思に合わせてわけられます。三つ目が、テレワークとの相性が良いこと。働き方が多様化してきている現代にフィットしています。四つ目が、日本の風土に適合していることです。近代まで日本は職人や自営業者が多数派でした。彼らの働き方自体が「自営型」であったと言えます。

遡ると「自営型」は、日本に元々あった働き方だということですか。

私は元々あったと思います。ただし、限界があったのも事実です。それを今は、ITの力を借りて限界を克服、超越しつつあります。

その限界、制約は二点あったと思っています。一つ目は、分業した方が生産効率が高かったということ。二つ目は、熟練を要することです。言い換えれば、誰でもできるわけではないということです。この二つが、ITによって克服されたことが大きいと思います。



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03「自営型」は中小企業にも
適合しやすい

「自営型」は、企業の競争力アップにつながりますか。

そう思っています。理由は二つあります。一つは、労働力不足対策です。一人で一種の多能工のような形で仕事をするので、人手が少なく済みます。もう一つが、質の高い仕事ができることです。ある程度まとまった仕事を集団で行っていると、出来栄えがどうしても均一化、平準化しがちです。「自営型」であれば、あたかも芸術家や職人のように仕事を担う人が自分の才能を最大限に発揮することができます。一方でで均質性が求められる仕事は機械やITに任せたらよいのです。

「自営型」は中小企業にも適合しやすいですか。

適合しやすいと思います。元々、中小企業にはジョブ型は難しいです。どうしても小さな会社であると社員数も限られます。なので、一人の社員がカバーする業務領域が広くなっていきます。事務系にしても、この人は経理、この人は人事とジョブを分担するよりも、総務も庶務も人事も担う。場合によっては、営業もやってくれる。こういう人材が求められます。それだけに、一人で幅広く担当してくれる「自営型」は、中小企業にとっても有難い存在であると言って良いでしょう。

メンバーシップ型でもジョブ型でもない、「これからは『自営型』だ」とのことですが、現状では第四の選択肢はありえないということですね。

私はそう思っています。もっと言えば、今ジョブ型だと言われるものも良く見たら「自営型」というケースも多いのです。どうも、日本ではメンバーシップ型かジョブ型の二者択一しかない、どちらかの概念で捉えようとしがちです。もっと言えば、従来のメンバーシップ型ではなくて、一人ひとりが仕事を分担して受け持つことをジョブ型だと捉えてしまっています。要するに「自営型」という言葉がなかったので、ジョブ型だと言っているだけです。

ならば、「自営型」と言う概念が定着すれば考え方が変わってきそうですね。

そう思います。

「ジョブ型」と「メンバーシップ型」、「自営型」を併存させるという選択もありえますか。

それもあり得ると思います。やはり、企業によって事情が違ってきますからね。特に大きな企業になってくると、中にはルーティン的な業務があったりします。それはもう本当にジョブ型で良いと思います。もっと言えば、非正規ですね。パートやアルバイト、派遣などもジョブ型に近くても良いでしょう。それから新人も、自分で自立して仕事をするのは難しいでしょうし、あとはどうしても皆と一緒に仕事をしていきたいという人は、従来通りメンバーシップ型でやっても良いと思います。

「いやいや自分は仕事を任せてほしい」「自分のペースで働きたい」「もっと実力に応じた報酬やキャリアを得たい」という人は「自営型」に移るようにすれば、併存させることは可能だと思います。


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太田 肇

同志社大学 政策学部

大学院総合政策科学研究科 教授

兵庫県出身。経済学博士。日本における組織論の第一人者として著作のほか、マスコミでの発言、講演なども積極的にこなす。近著は、『何もしないほうが得な日本 -社会に広がる「消極的利己主義」の構造 』(PHP新書、2022年)、『日本人の承認欲求-テレワークがさらした深層』(新潮新書、2022年)など。『プロフェッショナルと組織』で組織学会賞、『仕事人(しごとじん)と組織-インフラ型への企業革新』で経営科学文献賞、『ベンチャー企業の「仕事」』で中小企業研究奨励賞本賞を受賞。他に著書30冊以上。

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