産業人口が減少する中、日本企業は新たな人材の採用が厳しくなっている。ならば、現有戦力の能力を最大限に引き出そうと考えるのは当然のことだろう。ここで重要なテーマとなって来るのが、ミドル・シニア世代にいかに活躍してもらうかだ。キャリアの転換期といえるタイミングとなると共に、ともすると「もはやこれが自分の限界ではないのか」「これからの成長を期待できない」と諦め始めていたりするからである。そんな課題に対して、ジョブ・クラフティングを行うことが有効な手立てとなると強調するのが、京都産業大学経営学部教授の高尾義明氏だ。インタビューでは、ジョブ・クラフティングの意義を聞いた。前編では、ジョブ・クラフティングとは何か、どのような効果が期待できるのかなどを語ってもらった。
【前編のエッセンス】
高尾先生は、会社員時代に抱いた「仕事と個人の想いのズレ」という疑問を起点に研究者へ転身し、組織と個人の関係を多角的に研究してきた。特に注目しているのが、働く人が主体的に仕事へ関与し意味づけを変える「ジョブ・クラフティング」である。これは、与えられた職務に自分のWillやCanを重ね、「仕事の手触り感」を高める行為を指す。同じ仕事でも捉え方次第で体験は大きく異なり、その違いを生むのが仕事に「自分のひと匙を入れる」姿勢である。ジョブ・クラフティングは業務・関係性・認知の三つに分類され、エンゲージメント向上やキャリア形成に深く関係する。人的資本経営が重視される今、個人の主体性を引き出す実践的な概念として注目されている。
【前編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
高尾先生の研究は、会社員時代に感じた「仕事に個人の想いが入り込む/入らないのはなぜか」という素朴な疑問から始まった。組織の中の“ノイズ”とも言える個人の想いを理論的に捉え直す試みである。
キーメッセージ②
ジョブ・クラフティングとは、仕事に自分を「ひと匙」加え、手触り感のある仕事へ変えていく行為である。同じ業務でも意味づけ次第で体験は変わり、主体的関与が仕事の質を高める。
キーメッセージ③
ジョブ・クラフティングは、業務・関係性・認知の三類型に分けられ、ワークエンゲージメント向上を通じてキャリア形成にも影響する。人的資本経営が重視される今、実践的価値が高い。
私は、研究者になる前に、新卒から4年ほど大手素材メーカー(神戸製鋼所)で会社員として働いていました。その頃に、はっきりと言語化できていたわけではないのですが、組織の中で働くことについて、ある種の違和感のようなものを感じていました。
会社では仕事が与えられ、それを遂行するのが基本です。ただ、同じ仕事をしていても、そこに自分なりの想いや意味づけをうまく乗せていける人もいれば、そうでない人もいます。それは個人の性格の違いだけではなく、置かれている状況や職場環境によっても左右されるように感じていました。「この違いはいったい何なのだろうか」。会社員時代、私はそんな漠然とした疑問をずっと抱えていたのだと思います。
組織から見れば、個人の想いやこだわりというのは、ある意味では“ノイズ”のようなものです。業務を効率的に進めるだけなら、必ずしも必要ではないかもしれません。しかし、その“ノイズ”がうまく仕事に入り込むことで成果が変わり、時には変革が生じることもある。そうしたことを理論的に捉え直そうと考えたのが、大学院生の頃の研究の出発点でした。そこから、組織と個人の関係を軸に、さまざまなテーマを扱うようになっていきました。
そして今から10年ちょっと前に出会ったのが、「ジョブ・クラフティング」という概念です。個人の想いやこだわりが、どのように仕事の中に入り込み、あるいは入り込まないのかを考える上で、非常にしっくりくるキーワードだと感じました。そこから本格的に研究を始め、最近では書籍の執筆や講演などの機会も増えてきています。大まかには、そんな流れでしょうか。
ジョブ・クラフティングとは、働く人たち一人ひとりが主体的に仕事や仕事上の人間関係に変化を加えることで、与えられた職務から自らの仕事の経験を創り上げていくことです。仕事では、ほとんどの場合、何らかの業務がアサインされ、それ自体は変えられないMustとして存在します。その中で、自分のWillやCaを少しずつ織り込みながら、仕事に対する手触り感を高めていく。ジョブ・クラフティングとは、そうした営みを指す言葉だと考えています。
学術的には、「従業員が自分にとって意義のあるやり方で、職務設計を再定義し再創造するプロセス」と定義づけられていたりします。重要なのは、ジョブ・クラフティングという言葉が学術的に定義される前に、実際の職場ですでにそうした行動をしている人たちが存在していた、という点です。自分にとっての仕事の経験をつくりあげようとしてきた人たちがいて、そうした行動を説明するために、研究者が後から「ジョブ・クラフティング」という言葉を考案した、という経緯があります。
そうしたことも踏まえ、「自分なりに手触り感のある仕事に変えていくこと」と説明することが多いですね。
例えば、同じ業務を複数の人が担当している、という状況は多いと思います。ジョブ・クラフティングの研究では、よく「掃除」の仕事が例として挙げられます。掃除という行為自体は同じでも、その人にとってそれがどんな意味を持っているのかは、人によって大きく異なります。
ジョブ・クラフティングの原点となった研究の一つに、病院で働く清掃スタッフを対象にしたものがあります。研究者が「あなたは何をしているのですか」と彼らに尋ねたところ、「私はマニュアル通りに掃除しています」と答える人たちもいれば、「私は患者さんの治癒に関わる仕事をしています」と答える人たちもいた、という話が紹介されています。同じ職場で同じ清掃業務を行っているにもかかわらず、両者の仕事の捉え方はまったく異なっています。つまり、行動としては同じ掃除という仕事をしていても、それをどういった経験と捉えているかは違う、ということです。
この「仕事に自分がどう関わっているか」を表す言葉として、私は「仕事の手触り感」という表現を使っています。クラフト(craft)という言葉には、手を動かして何かをつくる、というニュアンスがありますよ。そうした語感も含めて、「自分が関わってつくっている仕事なのか、それともただ与えられたものを受け取っている仕事なのか」という違いを表したいと考えています。
はい、その理解で問題ありません。
私がよく引用させていただいているのが、文筆家・編集者・ライターとして活躍されている一田憲子さんの著書『「私らしく」働くこと―自分らしく生きる「仕事のカタチ」のつくり方』(マイナビ出版)の中の一節です。
「仕事の中に『自分』をひと匙入れること……。その効き目はきっと計り知れないのだと思う。そして、もし『本当はあの仕事がやりたかったけれど、今はこの仕事しかできなくて』という状況でも、その”ひと匙”はきっと有効だ。イマイチ乗り気になれない仕事も、『なんだか面白くなってきた』、と味わいを変えるかもしれない」
ほんの少しでも自分の考えや工夫、こだわりを加えることで、仕事と自分との距離感みたいなものが変わってきます。その変化こそが、私が言うところの「手触り感が高まる」という状態です。
一田さんの本は以前から拝見していたのですが、ジョブ・クラフティングという概念を、研究者ではないビジネスパーソンにどう伝えればよいかを考えていたときに、この表現に出会い、「これは使えるかもしれない」と直感的に感じました。
実際に、ある商社の課長クラスの方にお話しした際にこの「ひと匙」という言葉を使ってみると、「すごくイメージが湧きます」と言っていただきました。
ジョブ・クラフティングという言葉自体は、どうしても少し学術的に聞こえてしまいますが、「ひと匙を入れる」と言い換えることで、日常の仕事の中で実践できる感覚として伝わりやすくなったと感じています。そこから、この表現をさまざまな場面で使うようになりました。
はい、3種類に大別されます。業務クラフティング、関係性クラフティング、認知クラフティングです。
まずは、業務クラフティングとは、具体的な業務の内容や方法・手順を変更したり、自分なりの工夫を加えてみることです。そもそも、ジョブ・クラフティングとは基本的に仕事に関わる何かを自分で変えることを指しています。その意味では、最もイメージしやすいのが、この業務クラフティングかもしれません。例えば、仕事の進め方を少し変えてみる、順番を入れ替えてみる、あるいは自分なりにやりやすい方法を試してみる。そうした小さな変更も、立派な業務クラフティングです。
次に関係性クラフティングは、仕事の遂行に関連する人たち、例えば同僚や上司、顧客、取引業者などとの関係性を増やしたり、関わり方を変えてみることを言います。仕事の意味は、実は他者との関係の中で形づくられる部分が大きいものです。他の人が自分の仕事をどう見ているのか、誰の役に立っているのかが実感できることで、仕事の手触り感は大きく変わります。
最後に、認知クラフティングとは個々の業務や仕事全体の意味、目的の捉え方を変えてみることです。さきほどの掃除の例もそうですが、「この仕事は自分や他の人にとってどんな意味があるのか」みたいなことが頭の中で変わる、そういうイメージです。もちろん、頭の中だけで変わるのではなくて、関係性が変わるから認知も変わるとか、実際に何か仕事を変えてみることでその手応えがあって、それで認知が変わっていくみたいなこともあると思います。一応区分としてはこんな感じですかね。
昨今、人的資本経営(人材をコストではなく「資本」として捉え、投資の対象として戦略的に活用する経営アプローチ)の重要性が叫ばれ、エンゲージメントをいかに高めるかが、HR業界的にすごく大事なことだと認識されるようになっています。そうした文脈が、ジョブ・クラフティングが注目されるようになった最大の理由だと思っています。なぜなら、ジョブ・クラフティングを行うことが、ワークエンゲージメント(従業員が仕事に対して活力、熱意、没頭の3要素が満たされている状態)の向上につながることが、研究によって明らかになってきたからです。
ワークエンゲージメントと、多くの企業で測定されている従業員エンゲージメントは同じではありませんが、ワークエンゲージメントが高まることで、結果として従業員エンゲージメントも高まるため、実務の文脈ではあまり厳密に区別せずに語られることも少なくありません。このようなエンゲージメント向上の具体的な手立ての一つとして、ジョブ・クラフティングが注目されているのだと思います。
もう一つの文脈が、キャリア自律との関係です。日本では「目の前の仕事への向き合い方を通じてどうキャリアをつくっていくか」という発想が、比較的受け入れられやすいことから、ジョブ・クラフティングを起点にキャリアを考えることが、日本的な文脈では特に納得感を持たれやすいのではないかと感じています。なお、海外の研究では、ジョブ・クラフティングとキャリアの関係についてはさほど盛んではありません。
ワークエンゲージメントとの関係については非常に盛んなのですが、キャリアとジョブ・クラフティングの関係についての研究は割と少ないと言えます。ワークエンゲージメントとジョブ・クラフティングについての研究と比較すると、キャリアとジョブ・クラフティングの研究はその1/10くらいかもしれません。
私自身は、キャリアというものを「仕事の積み重なり」によって作られているものと捉えています。キャリアと聞くと、転職や異動、昇進といった大きな節目を想像しがちですが、実際には一つひとつの仕事を経験し、それを積み重ねていく中で、結果としてキャリアが形づくられていくのではないでしょうか。
そう考えると、日々取り組んでいる目の前の仕事がどう変わるか、どう意味づけられるかによって、「自分はどんな仕事人生を歩んでいるのか」というキャリア感や、「これからどんなキャリアを描きたいのか」という展望も、自然と変わってくると思います。
その意味で、ジョブ・クラフティングを通じて仕事の捉え方や関わり方が変わることは、キャリアに重要な影響を及ぼすと考えています。実際、そのような関係性を実証した研究もありますし、日本では現在、私の研究チームで、ジョブ・クラフティングとキャリア形成のつながりを検討する研究を進めています。
ですから、私自身は両者は十分につながっている、むしろ自然につながるものだと捉えています。
高尾 義明 氏
東京都立大学名誉教授
京都産業大学経営学部教授
1967年生まれ、大阪市出身。京都大学教育学部で教育社会学を専攻。同大学卒業後、神戸製鋼所に就職。東京本社でアルミ・銅事業本部企画管理部で4年間勤務。その後、同社を休職して京都大学大学院経済学研究科修士課程に入学し、経営学を学び始める。博士課程への編入試験合格を機に同社を退職し、組織論研究者への道に専念。九州国際大学経済学部専任講師、流通科学大学情報学部専任講師・助教授、東京都立大学(旧名称:首都大学東京)大学院社会科学研究科経営学専攻准教授・教授、同大学大学院経営学研究科経営学専攻教授などを経て、2025年4月より京都産業大学経営学部教授(東京都立大学名誉教授)。現在に至る。専門は組織論、組織行動論。組織学会理事、経営行動科学学会理事なども務める。著書に『50代からの幸せな働き方 働きがいを自ら高める「ジョブ・クラフティング」という技法』(ダイヤモンド社)など多数。