産業人口が減少する中、日本企業は新たな人材の採用が厳しくなっている。ならば、現有戦力の能力を最大限に引き出そうと考えるのは当然のことだろう。ここで重要なテーマとなって来るのが、ミドル・シニア世代にいかに活躍してもらうかだ。キャリアの転換期といえるタイミングとなると共に、ともすると「もはやこれが自分の限界ではないのか」「これからの成長を期待できない」と諦め始めていたりするからである。そんな課題に対して、ジョブ・クラフティングを行うことが有効な手立てとなると強調するのが、京都産業大学経営学部教授の高尾義明氏だ。インタビューでは、ジョブ・クラフティングの意義を聞いた。後編では、『ジョブ・クラフティング: 仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』や「ゴミ箱モデル組織」などについて語ってもらった。
【後編のエッセンス】
高尾先生は、ジョブ・クラフティングの実践において重要なのは「スモールスタート」だと強調する。著書では、仕事を大きく変えようとするのではなく、日々の業務に小さな工夫や挑戦を加える「職場でできる小さな冒険」としてジョブ・クラフティングを捉える姿勢を提示した。また、組織は必ずしも合理的・体系的に意思決定されておらず、偶然の結びつきで決まる「ゴミ箱モデル組織」のような現実もある。だからこそ、個人が仕事にひと匙の自由度を持つことが、エンゲージメントやイノベーションにつながる。経営や人事には短期成果に偏らず、長期的視点で人の変化を見守り、自由度を与える姿勢が求められる。一方で若者の間では短期的・外発的動機づけが強まっており、仕事を通じた成長実感をどう育むかが今後の課題である。
【後編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
ジョブ・クラフティングのコツは大きな改革ではなく、小さな一歩から始めること。仕事の一部に「ひと匙」の工夫を加えるだけでも、仕事全体の手触り感は大きく変わる。
キーメッセージ②
組織の意思決定は必ずしも合理的ではなく、偶然で決まることも多い。だからこそ、個人に一定の自由度を与えることが、エンゲージメントや新しい発想の源泉となる。
キーメッセージ③
経営や人事には短期成果に縛られず、長期的視点で人の成長を支える姿勢が必要である。若者に増える短期志向に対し、仕事を通じた変化や成長実感を育む工夫が求められる。
この書籍は研究書ですが、研究者以外の方にも購入していただけたようで五刷までいきました。ほとんどの研究書は増刷なしがほとんどですので、異例のことです。それだけ多くの皆さんに関心を持っていただき、嬉しく思っています。
日本のジョブ・クラフティング研究者が結集して1,2章ずつ担当することで、色々な観点からジョブ・クラフティングを取り上げました。その結果、ジョブ・クラフティングの多面性を示すことができたと思っています。ちなみに、この本は韓国語にも翻訳され流通しました。
経営学以外の学問分野でも研究されているので正確に把握することは難しいのですが、20~30名という感じでしょうか。
色々なご縁から、私自身さまざまなテーマで組織を研究してきました。ジョブ・クラフティングやそれにつながるような領域の研究はもちろんですが、経営理念が組織にとってどんな意味があり、その浸透が従業員のどのような行動を導くのかといった研究もしていました。また、組織を全体で一個の主体と捉えて、組織間の関係性をエコシステムという見方で捉えるという共同研究にも参画していたことがあります。このように私自身がさまざまなテーマ・視点で組織を研究してきたからこそ、演習のテーマはそれを反映したタイトルにしています。
これは、組織内の意思決定をどう捉えるかに関するモデルです。意思決定というのは、既存の目的を達成するにあたって何か問題があって、それを解決しなければいけないときに、解決のための選択肢をたくさん挙げて、その中でベストなものを選ぶという流れを取るのが模範的だと言われています。しかし、実際にはそんなふうに体系的に問題解決しているとは限らず、そのときたまたま出てきた選択肢から問題がクローズアップされて意思決定が成されるといったことも結構多かったりします。会議で何か議論をしているときに、たまたまそこに入ってきた人がふと発した一言で、「それがいいね」みたいな感じで決まるということはないでしょうか。
「組織のゴミ箱モデル」は、模範的な流れで意思決定をしているとは限らず、そういう風にごちゃごちゃした感じで意思決定していることもあることを描写しようとしたモデルです。選択機会、参加者、問題、解という4つの要素が偶然結びついた、あいまいな意思決定と言い換えることができます。
そうした意思決定が良いとか悪いというよりも、現実的にそういう意思決定が成されていることを認識しようと言っています。もちろん、問題をしっかりと認識して、その解決につながる選択肢を体系的に挙げ、一つひとつについて「これが良い」「ここが悪い」という風に考えるのが理想なのかもしれません。しかし、実際には全部そうやっているわけではなくて、なし崩し的に意思決定されていることもしばしばあったりします。そういう現実を見て、ではどこから改善していけば良いのかみたいなことを考えていくみたいな感じですかね。
たとえば、3Mのポストイットの開発をゴミ箱モデルの立場から用いて解釈した研究などもあります。模範的な意思決定ではないところから、イノベーションの種が生まれてくるという可能性をゴミ箱モデルは示唆しているとも考えられます。
働いている人を見るときには、やはり長期目線が大事だと思っています。今回の話でいうと、ジョブ・クラフティングには、仕事を個人が勝手に変えるみたいな側面も含まれます。それぞれの人が自分のWillやCanを仕事に混ぜようとすることは、短期的に見ると他の人にとって少々面倒くさいことで、本当は言われた通りにそのままやってくれたら良いのに、と経営者・管理者は思うかもしれません。しかし、そういうある種の自由度みたいなことを認めていこうとすることがエンゲージメントにつながったり、新しい発想につながったりするみたいなことも、長期的に必ずあると思っています。
一方、人事の方や経営者の方は働いている人たちを「型にはめたい」みたいな志向があると思います。必ずしも型にはめずに、長期的な目線で少しずつ自由度を与えてみることで色々な良いサイクルが回っていく可能性、例えばエンゲージメントが高まるとか、新しい発想で何か仕事が変わっていくとかですね。そういうふうにつながっていく可能性もあると思います。そういう意味では、やはり長期的な目線で人の変化を見ることが大事なのではないでしょうか。
ジョブ・クラフティングも、例えば仕事が10あるとして、10の仕事全部をジョブ・クラフティングできなくても良いと私は思っています。10のうち、例えば1のところ、1とか2のところで何か自分がひと匙を入れられるところがあることで仕事全体の、それこそ手触り感というか、捉え方が変わってくるという気がしています。
その方によると、3年ぐらい前までは「嫌いな仕事なんてありません。全部勉強ですから」というコメントが多かったようです。恐らく、「仕事の中で自分なりにゲーミフィケーション(ゲームデザインの要素や原則を教育やビジネスなど非ゲームの分野に応用し、ユーザーのモチベーションやエンゲージメント、ロイヤリティを高める手法)みたいなのをもとに面白みを見つけるようにしています」という答えが多かったと言います。それが、「去年や今年はあまりなく、それが出来上がったら自分に何かご褒美を与えることで仕事を終えます」という答えが多くなってきたらしいのです。たまたまなのかもしれませんが、学生の方たちの仕事に対する捉え方や意義が変わってきているのではと思ってしまいます。高尾先生も学生の方たちと直接接しておられて、その辺りの変化をお感じになられますか。
そうですね。今おっしゃられることは割と腹落ちします。具体的に同じ経験ではないのですが、自分が乗り気になれない仕事に従事することが「長期的にはこういうスキルにつながるのでは」という発想をしない人が増えているのかなという気はしています。だから、嫌な仕事をやったら自分にご褒美を与える。そういう、いわゆる外的な動機づけ(報酬や罰など外部から与える刺激によって行動を促す心理的な働きかけ)みたいなものが増えている印象があります。でも、そういう人にも、その時描いているキャリアとは関係がないことや、やったことがないことに取り組んでもらい、それを通じて自分自身が変わっていくということを経験できるとよいのですがが、無理強いすると離職してしまうかもしれないので、そこの匙加減が難しいですね。
また、大学の授業をしていても同じようなことを感じます。今の若者には自分が変わるみたいな実感がないのかもしれないです。なので、私自身、非常に納得できるお話でした。
―高尾先生のお話をお聞きしながら、確かに多くの若者が長期的ではなくて短期的な答え方をするようになってきていると実感しました。貴重なお話をどうもありがとうございました。
【編集後記】
今回の高尾先生のインタビュー記事、いかがでした。全体を通じて一貫して主張されていたのは、ジョブ・クラフティングとは「仕事を変える技法」ではなく、「人と仕事の関係を編み直す姿勢」だという点でした。会社員時代の違和感から始まった研究は、仕事に自分の想いをひと匙加えることで手触り感が生まれ、エンゲージメントやキャリア、さらにはウェルビーイングへと波及していくことを示していました。一方で、それは決して強制できるものではなく、個人の自主性を尊重しつつ、組織が長期目線で自由度と支援を与えることが不可欠です。大きな変革ではなく小さな一歩、合理性だけでなく偶然や余白を受け入れる姿勢が、結果として組織と個人の双方を活かします。短期志向が強まる時代だからこそ、「仕事の中で自分が変わる」実感をどう育てるかが、今後の重要な問いとして残されたのではないでしょうか。あなたは、現在の仕事に満足されていますか。自信を持って「Yes」と言い切れますか。「そこまでは」という方がいらしたら、高尾先生がお勧めされているジョブ・クラフティングの考え方を取り入れてみませんか。
高尾 義明 氏
東京都立大学名誉教授
京都産業大学経営学部教授
1967年生まれ、大阪市出身。京都大学教育学部で教育社会学を専攻。同大学卒業後、神戸製鋼所に就職。東京本社でアルミ・銅事業本部企画管理部で4年間勤務。その後、同社を休職して京都大学大学院経済学研究科修士課程に入学し、経営学を学び始める。博士課程への編入試験合格を機に同社を退職し、組織論研究者への道に専念。九州国際大学経済学部専任講師、流通科学大学情報学部専任講師・助教授、東京都立大学(旧名称:首都大学東京)大学院社会科学研究科経営学専攻准教授・教授、同大学大学院経営学研究科経営学専攻教授などを経て、2025年4月より京都産業大学経営学部教授(東京都立大学名誉教授)。現在に至る。専門は組織論、組織行動論。組織学会理事、経営行動科学学会理事なども務める。著書に『50代からの幸せな働き方 働きがいを自ら高める「ジョブ・クラフティング」という技法』(ダイヤモンド社)など多数。