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青山学院大学 経営学部 教授 松尾陸氏インタビュー記事(前編)/今こそ、仕事のアンラーニングに着手しよう

作成者: JOB Scope編集部|2024/08/31

岸田文雄首相は、「官民挙げてリスキリングの推進を」とアピールしている。その影響もあって、リスキリングに取り組む企業が増えている。そうしたなか、「リスキリングの前にアンラーニングをすべきである」「アンラーニングがリスキリングの土台形成につながる」と説いているのが、経験学習の第一人者である青山学院大学経営学部教授・松尾 陸氏だ。

アンラーニングとは何か、どのような効果があるのかをインタビューしてみた。前編では、アンラーニングの定義や必要性などについて語ってもらいました。

01仕事上の経験がその後の成長にどうつながるのかを研究

松尾先生は「経験学習」の第一人者でいらっしゃいます。「経験学習」とは何かを教えていただけますか。また、どんなきっかけで「経験学習」の研究に着手されたのですか。

僕は、新卒で入社した製薬会社で2年だけ営業をしていました。ただ、あまり売れなくていつも課長に怒られてばかりでした。「芽が出ない」と判断し、その仕事を辞めて、大学院の修士課程に進学し、その後2年ほど民間のシンクタンクで働いてから研究の道に入ったんです。その時に、「さて何を研究しようか」と考えて思い浮かんだのが営業研究でした。自分がダメな営業マンだったがゆえにどうやったら売れるのか、そのメカニズムを解き明かしてみたいと思いました。それで、東京工業大学大学院の博士課程に通いながら認知心理学の視点から営業担当者がどういう知識構造や信念構造を持っているのかを研究していました。

「営業担当者はどうやって育つのであろうか」と研究を始めていた時に、当時・神戸大学の教授でいらした金井 壽宏先生(現:立命館大学教授)が、「一皮むける仕事上の経験」という視点からリーダーシップ開発の研究をされていることを知ったんです。そこで私も、この理論を研究に取り入れたところ、営業担当者の成長においても経験学習が重要であることがわかりました。その後、さまざまなプロフェッショナルの経験学習プロセスを分析しているうちに、段々と「営業」の要素が薄くなり、「経験学習」の研究が中心になっていったという経緯があります。

経験学習の理論の中では、米国の教育研究者であるデービッド・コルブにより提案されたモデルが有名です。具体的には、①具体的経験をして、②その内容を振り返り、③気づきを概念化して、④その気づきを試してみるというサイクルになっています。もう一つ実践的な研究では、米カリフォルニア大学のモーガン・マッコールらがいました。彼らは、優れたリーダーの経験学習を「出来事(イベント)」と「そこから得られる教訓」の観点から分析しており、金井先生も同様のアプローチで研究されていました。その面白さに惹かれ、僕もそのパターンで営業マンだけでなくプロジェクトマネージャーやITコンサルタントなどが、どういう経験をしていてその中でどのような教訓を得ているかを研究し始めました。

「経験学習」によって営業が育つかどうかは理論付けできたのでしょうか。

結果としては、「経験から学ぶ力」が大事だということがわかりました。「自分が成長したい」という思いと「お客様に貢献したい」「お客様を満足させたい」という他者への思い。こうした自己と他者への思いのバランスをとるような信念やマインドセットが、経験から学びとる力として大事だということです。つまり、経験するだけで自動的に成長するわけではなく。経験から吸収する力が欠かせないといえます。

僕はどちらかと言えば、経験そのものよりも、経験から学び取る力の方に力点を置いています。例えば、どのようなことを重視するかという目標志向には、他人から高い評価を得たいという「業績志向性」と、自身の能力を高めることを重視する傾向性である「学習志向性」がありますが、学習志向性が強い人ほど、さまざまな経験から学び取る力があり、アンラーニングを促すことがわかっています。

02アンラーニングとは「入れ替え学習」

松尾先生は近年、アンラーニングの研究を進めておられます。そもそもアンラーニングとは何なのでしょうか。

人は、仕事経験を積むにしたがって、自分の型やスタイルを作り上げます。しかし、社会環境、お客さんのニーズ、競争相手や製品、サービスが変わっていくと、そうした型やスタイルの効果が徐々に低下していきます。仕事の型やスタイルは、さまざまな知識やスキルが組み合わさってできていますが、環境の変化に合わせて、「もうこれは通用しない」という知識・スキルを捨て、新しく有用な知識・スキルに入れ替えなければなりません。アンラーニングとは、状況に適応するために、自分の型やスタイルのパーツを入れ替えてアップデートしていくことを指します。

これは、ソフトウェアのアップデートと良く似ています。ソフト自体は基本的には変わらないのですが、部分的に今のニーズにマッチするようにアップデートされるわけです。

同様に、人間の知識やノウハウも同じようにパーツを入れ替えたり、インターフェースを変えたりしてメンテナンスしていかないといけません。「捨てて新しいものを入れる」わけですが、捨てるところが強調されて「捨てる学習」と呼ばれているのですが、正確に言うとアンラーニングは「入れ替え学習」です。

なぜ今、「アンラーニング」が必要なのでしょうか。

最も大きな要因は、環境変化のスピードが早くなってきていることです。たとえば、AIが登場し、自動化サービスが発達していくと、かなりの仕事が不要になってしまいます。こうした状況に適応するためには、別の職種に移るために、新しいスキルを獲得する「リスキリング」が必要になります。

ただ、リスキリングだけでは不十分です。なぜなら、別の職種に移ってもAIによって自動化される可能性があるからです。大事なことは、よりレベルの高い知識やスキルを身につける「アップスキリング」によって、雇用を守ることでしょう。

AIに対応が困難なレベルの高いスキルを見つけることができると、そんな簡単には職が奪われません。ただ、自分のスキルをレベルアップするためには、今までの考え方やアプローチを根本から変えていく必要があります。単なる積み上げ式ではなく、基本的な設計やデザインをもう1回見直さなければなりませんが、その過程でアンラーニングが必要になるのです。

松尾先生は、「リスキリングの前にアンラーニングが必要」と講演で呼びかけておられます。その意味合いをご説明いただけますか。

変化の速い現在、仕事における自分の型やスタイルを見つめ直すことは、とても大切です。信念や自分の仕事の進め方、仕事の手続き、情報の取り方・決め方などが、「このままで本当に良いのか」と振り返らないといけません。その中で、「自分のレベルが低下傾向にある」「自分のやり方は時代遅れになりつつあるかもしれない」など、自分の型やスタイルを振り返ることが欠かせません。

例えば、「1から10まで指示して、部下を手取り足取り教える」というティーチング型の指導方法に限界を感じ、この方法を取りやめて、「ヒントを与えて部下に考えさせる」というコーチング型の教え方にアンラーニングした人がいたとします。後者の指導方法のほうが習得することが難しく、レベルも高いことから、このケースは、指導スキルをアップスキリングしているといえます。

また、マーケティング部門から人事部門に転職した人の事例を紹介します。その人は、人事に必要な知識やスキルを学習するというリスキリングに取り組みましたが、その過程で仕事に対する自分の考え方や仕事の進め方を一から見直すというアンラーニングを行いました。また、その人事部における採用方法をアンラーニングし、マーケティング的な要素を取り入れて成果を上げるなどアップスキリングすることも忘れませんでした。このように、リスキリングにしろ、アップスキリングにしろ、その過程においてアンラーニングが欠かせないのです。

03コンピテンシー・トラップにはまるな

個人だけでなく、チームや組織も「アンラーニング」をすべきなのでしょうか。

実は、「アンラーニング」は、組織がどのように成長するのかを研究する「組織学習論」において提唱された概念です。例えば、ヒット商品が出ると、企業はそのコンセプトや業務プロセスにしがみつき、そこから抜けられなくなってしまう「コンピテンシー・トラップ」にはまりがちです。つまり、企業は、過去の成功体験に捉われて、新たな方法や可能性を見つけ出さなくなってしまうという状況に陥りやすいのです。過去の成功経験にこだわるコンピテンシー・トラップは個人レベルでも起こる現象です。

個人であれば、自分の考え方一つで変えることができるかもしれませんが、組織には業務の進め方、情報共有の方法など、昔から受け継がれているものがあります。それらが、良いものであれば問題ないのですが、非合理的であったり、時代遅れの考え方であるとパフォーマンスが低下してしまいます。チームレベルであっても、古い意識やルーティン、ルール、慣習は変えていかないといけません。ただ、それを変えるのは個人よりも組織やチームの方が難しいといえます。なぜなら、複数の人が絡んでいたり、規範や風土として定着しがちだからです。

人や組織がアンラーニングにどう取り組めば良いか。アドバイスをいただけますか。

「両利きの経営」という言葉を聞かれたことがあるのではないでしょうか。要は、既存のビジネスを改善・効率化して収益を上げるというアプローチと、これまでとは異なる新しい事業を打ち出そうというアプローチ、その両方を同時に行う経営です。ただ、実践するのはかなり難しいです。なぜなら、新しいことをやろうとすると、古い慣習が足かせになってしまうからです。これは、個人でも同じことがいえます。

組織学習論で重視されているのが、既存の事業の影響を受けない形で、新しい事業を開発する「実験」です。実験をするときには、既存事業の部門から色々な注文がこないよう、自由度が高い体制にすることが大切です。そして、そこで成果が上がれば、他の部門に新しいやり方を広めていくようにする。それがスタンダードなアプローチです。個人においても、新しい習慣を実験的に取り入れて、徐々に定着させることは有効です。

組織レベルの「アンラーニング」としてよく挙げられるのが、富士フイルムとコダックの事例です。「フィルムビジネスにもはや未来がない」と判断した富士フイルムは、新たに化粧品や医薬を取り込んでいきました。一方、コダックも新たな領域に着手したものの、成果が導けるまで取り組みを続けることはできませんでした。どうしても、米国企業だと短期的な成果を要求されてしまうからです。結局、コダックは倒産してしまいました。これに対し、富士フイルムは、M&Aを活用しながら化粧品や医薬の領域で業績を伸ばしていきます。事業の入れ替えが上手くできた事例と言って良いでしょう。

04アンラーニングには2つのレベルがある

富士フイルムとコダック以外にも、松尾先生が注目された事例がございますか。

「我々は今後アンラーニングに取り組んでいく」と役員の方が社内に向けて宣言された金融機関がありました。これはすごいことです。草の根的に実験を積み重ねていくやり方もありますが、やはりトップから変わると一番インパクトがあります。役員が「アンラーニング」を宣言していると、従業員もやる気が出てきますし、実験も行いやすいですよね。

僕は、アンラーニング宣言後に、この金融機関に呼ばれて役員向けの研修を実施しました。具体的には、アンラーニングとは何かを説明したり、役員の方々に過去のアンラーニング事例を思い出してもらい、その内容を皆で共有するというワークショップをファシリテートしました。

そこでも話しましたが、「アンラーニング」にはレベルがあります。具体的には、根本的な仕事の考え方や進め方を変える「中核的アンラーニング」(深い学習)と、細かい知識やスキル、テクニックだけを入れ替える「表層的アンラーニング」(浅い学習)です。ちなみに、前者は「ディープ・アンラーニング」とも呼ばれています。大きな成長のためには、ディープ・アンラーニングをしないといけません。上記の金融機関の役員の方々が過去に実践したアンラーニングの事例を発表してもらいましたが、どれもディープ・アンラーニングに該当するものでしたので、現在、同金融機関が取り組んでいるアンラーニングも中核的アンラーニングだと思います。

05ミドルマネージャーのアンラーニングが不可欠

特にマネージャーに向けて、アンラーニングを進めるポイントをお聞かせください。

ミドルマネジャーに昇格する際、「なんでも自分でやってしまう」というスタッフ時代の仕事の進め方をアンラーニングできずに、部下に任せられれないという状況に陥る人が多いです。マネジメントの定義は「他者を通して事を成し遂げる」ことですから、自分が手を出すというマイクロマネジメントスタイルを捨てないと、良いマネジャーにはなれません。

僕は、10年以上、ある企業の課長研修を行っていますが、今年のテーマが「アンラーニング」です。最近課長に昇格した200人ぐらいの参加者に、自由記述調査を依頼し、マネージャー昇格時のアンラーニング経験を記入してもらいました。そこで一番多かったのは、「部下の仕事に対して細かく指示する」というアプローチを止めて、「アドバイスはするが、基本的には部下に考えさせる」「部下の強みに合わせて仕事を任せる」という指導に切り替えたという回答でした。ただ、そうしたアンラーニングを試みるものの、上手くいかないというマネジャーもいました。

ただし、「任せなければ部下は成長しない」とわかっていても、パフォーマンスを上げるために、口出しをしてしまいがちです。僕も大学院生と一緒に論文を書いたりする時に、つい口を出しすぎてしまいます。本当は任せなければいけないのに、「ここはこうしないと研究レベルが上がらない」と言ってしまうことが多いので、マネジャーの気持ちは良くわかります。成果を出さないといけないですからね。この「成果」と「育成」をどう両立させるかが難しいところです。

ある損害保険会社の人事部の方から教えてもらったことですが、その会社で高い業績を上げている課長を調べたら2つのタイプに分けられることがわかったそうです。一つは、自分のやり方を部下に押し付けて作業ロボットにしてしまう「ゴリゴリ系」のマネジャーです。それでも、部門としてのパフォーマンスは出ますが、任せてもらえない部下は成長しません。もう一つのタイプが、育成系です。それぞれの強みに応じて仕事を任せて、サポートしつつ自分で考えさせていくマネジャーです。ここで問題となるのは、ゴリゴリ系と育成系が同じくらい高く評価されているという点でしょう。

その損保会社では、「ゴリゴリ系ばかりだと、将来的に人材が育たない。これはまずい」「育成系を増やしていかなければいけない」と考えたそうです。これはすごく大事な話です。ミドルマネジャーのマネジメント手法をアンラーニングしていかないと、会社自体が将来的に成長できません。しかし、パフォーマンスだけを見ていると、そこに気づきにくいのです。その意味でも、マネジャーの指導方法を「見える化」して、問題があれば支援する体制を整える必要があります。最近話題になっている「社員のエンゲージメント」を高めるためにも重要だと思います。

また、マネジャー自身が、自分のマネジメントスタイルの問題に気づきアンラーニングするためには、マネジャー同士が対話できるコミュニティを作ることが有効です。ある人材教育の専門会社は、さまざまな企業のミドルマネジャーを集めてコミュニティ化して、定期的に対話をさせてさせてマネジメント力を高めるサービスを提供しています。例えば、ゴリゴリ系のマネジャーが、育成系でありながらもパフォーマンスをグングン上げている他社のミドルマネジャーと会話することで、「そういうやり方があるのか」「自分はこのままではまずいかもしれない」と気づきが得られるわけです。それで初めて本気で変わろうと思えるようになります。

マネジャーとして昇進し、職位が上がるに伴って部下が増えていきます。管理の範囲が広がるほど、ゴリゴリ系のマネジメント手法は通用しなくなってしまいます。だからこそ、会社としては管理職のアンラーニングをサポートしていくことがとても大事になるのです。

松尾 陸

青山学院大学

経営学部 教授

1988年小樽商科大学 商学部卒業。92年北海道大学大学院 文学研究科(行動科学専攻)修士課程修了。99年東京工業大学大学院 社会理工学研究科(人間行動システム専攻)博士課程修了。博士(学術)。2004年英国ランカスター大学にてPh.D. (Management Learning)取得。岡山商科大学助教授、小樽商科大学教授、神戸大学大学院 経営学研究科教授、北海学大学院 経済研究院教授などを経て2023年から現職。『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』(ダイヤモンド社)、『働き方を学びほぐす 仕事のアンラーニング』(同文館出版)など、著書多数。

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