ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)を導入すると、部門を越えた対面の交流は増えます。しかし東京大学の稲水伸行准教授は、それだけでクリエイティビティが劇的に高まるわけではないと言います。創造性につなげるには、オフィスだけでなく、戦略やビジネスモデル、人事施策や評価までを一体で設計することが欠かせません。
前編では、クリエイティビティの定義と、その源泉となる内発的動機付けや職場づくりのポイントを紹介しました。後編では、オフィス改革と人事施策を創造性につなげる方法を考えます。
本記事では、稲水准教授へのインタビューをもとに、ABWの効果と限界、チームの連携と外部とのつながりのバランス、報奨金に頼らない人事施策と評価、日本マイクロソフトとソニーの事例、日本型のジョブ型と「i-deals」、そして週休3日制などで生まれた時間や空間を生かす発想について解説します。
この記事でわかること
・ABWとは何か、創造性への効果と限界
・チームの連携と外部とのつながりのバランスとリーダーの役割
・報奨金に頼る施策が逆効果になりうる理由と、創造性を高める評価
・日本マイクロソフトとソニーに学ぶオフィスと組織の設計
・日本型のジョブ型と「i-deals」、空いた時間と空間を生かす発想
東京大学大学院 経済学研究科 准教授(取材時)。2003年東京大学経済学部卒業。2008年同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員・特任助教、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授などを経て、2016年より現職。専門は経営科学、組織行動論。職場の物理的環境や情報技術、人事施策がどのようにクリエイティビティにつながるのかを研究し、経営学の立場から「職場組織の総合科学」としてのオフィス学に取り組む。著書に『流動化する組織の意思決定』(東京大学出版会)。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
ABW(Activity Based Working)とは、仕事の内容(アクティビティ)に合わせて、働く場所を自由に選ぶ働き方です。集中作業、打ち合わせ、リラックスなど、目的に応じたゾーンをオフィス内に設け、移動しながら仕事をします。オフィス家具メーカーを中心に、ここ数年盛んに提案されています。
稲水准教授が複数の企業から位置情報のセンシングデータを提供してもらい分析したところ、次のことがわかってきました。
| 分析でわかったこと | 内容 |
|---|---|
| 人的な交流は増える | ABWにすると、部門を越えた対面のつながりが広がる |
| 創造性との関係は弱い | コミュニケーションが増えることと、クリエイティビティとの関係は、必ずしも明確には出てこない。弱い関係は観察される |
| 何らかの条件が必要 | ABWにすればすぐ劇的にクリエイティビティが上がるわけではなく、間に何らかの条件があると考えられる(詳細は研究中) |
出典:稲水准教授への取材をもとに編集部作成
ABWや自由席、テレワークで、チームの外や部門外とのつながりはつくりやすくなりました。一方で、「チームとしてのまとまりが弱くなっているのではないか」という声も出てきています。
| 創造性のフェーズ | 必要なもの |
|---|---|
| 新しいアイデアを出す | 外部のさまざまな知見を取り入れる |
| 出てきたアイデアを揉み、精緻化する | チームメンバー同士の深い議論 |
出典:稲水准教授への取材をもとに編集部作成
チームとして緊密に連携しつつ、外部とのつながりもつくる。そのバランスとフェーズによる使い分けをどう設計するかが、今まさに議論されているテーマだと稲水准教授は言います(チームを動き続ける存在と捉える考え方は、田中聡准教授の解説記事でも紹介しています)。
稲水准教授は、人事施策について2つのポイントを挙げています。
新しいアイデアに報奨金を出す、社内コンテスト(アイデアソン)で優秀なチームに賞金を出す――こうした外発的動機付けに振る施策は勧められないと稲水准教授は言います。最初は盛り上がっても、選ばれるのが1チームだけだと、「なぜあのチームが選ばれたのか」「自分たちの時間と労力は無駄だった」となり、経営陣への不信感が強まって逆効果になる例もあるからです(前編で紹介したように、創造性の源泉は内発的動機付けです)。
稲水准教授が注目するのが、マイクロソフトの取り組みです。いつでもどこでも働ける制度を整えるだけではうまくいかず、「お互いにコラボレーションしなければこの会社はだめだ」という危機感と、評価軸の変更が必要だったといいます。
| 変える前 | 変えた後(マイクロソフトの例) | |
|---|---|---|
| 評価の考え方 | 自分さえよければ評価が上がる | 顧客や同僚にどれだけよいインパクトやサプライズを与えたかを明確に評価する |
| 社員の行動 | 個人で完結しがち | 他の人を巻き込みながら仕事をする |
| 結果 | ― | 「いつでもどこでも」の働き方が機能し、生産性やクリエイティビティが高まる |
出典:稲水准教授への取材をもとに編集部作成
周囲を巻き込む行動が評価されるようにするには、評価項目と運用を一貫して設計し直すことが欠かせません。
周囲への貢献が評価される仕組みをつくる
クリエイティビティを高めるには、報奨金ではなく、顧客や同僚によいインパクトを与えたか、周囲をどれだけ巻き込んだかが評価される仕組みが効果的です。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援する人事制度改革プラットフォームです。
稲水准教授がオフィス学の研究を始めたきっかけは、日本マイクロソフトの品川オフィスでした。2011年の東日本大震災の直前に移転したこのオフィスは、今のトレンドであるABWの考え方をいち早く取り入れ、Web会議やビジネスチャットなどのツールも整えていました。
| ステップ | 日本マイクロソフトの取り組み |
|---|---|
| ① 戦略 | 2010年ごろ、GAFAに水をあけられる中で、クラウドへとビジネスモデルを転換 |
| ② 組織 | 一人の営業やコンサルタントの知識だけで売るのではなく、柔軟にチームをつくって売る体制へ |
| ③ 制度・オフィス | 人事体系や各種制度を変え、それに合わせて品川オフィスをつくる |
出典:稲水准教授への取材をもとに編集部作成
どういう戦略で稼ぐかを考え、ビジネスモデルを変え、それに合う組織をつくり、その組織に合うオフィスをつくって制度を整える――これをトップダウンでできている日本企業は多くないため、非常に参考になると稲水准教授は言います。
もう一つ稲水准教授が注目するのが、ソニーの技術系拠点にあるコワーキングスペース「BRIDGE TERMINAL」です。技術者が「これは面白い」と思ったアイデアを形にし、実験してみる「合間の時間や空間」が、最近のオフィスからは失われていた――その危機感から、誰でも何にでも自由に使える空間を、あえてつくったといいます。そこからいくつか面白い事業が生まれています。
ABWではアクティビティごとに「この場所はこう使う」という決まりが増えていきます。そうではなく、用途を決めない余白の空間が、エンジニアのクリエイティブ魂に火をつけたのです。
稲水准教授は、テレワークやハイブリッドワークで自律的に働く状況をつくるには、ジョブをしっかり定義し、それに紐づく成果を設定して見ていく必要があり、その意味でジョブ型はある程度必要だと考えています。ただし、日本企業に合う「日本型のジョブ型」があるのではないかとも見ています。
その手がかりとして稲水准教授が学生とともに調べているのが、「i-deals(アイディールズ)」です。i-dealsとは、従業員が「こういう働き方をしたい」「こういう仕事に就きたい」と雇用者や上司と個別に交渉し、合意を得て、自分に合った働き方や仕事を実現することです。メンバーシップ型かジョブ型かという二者択一とは違う流れとして、今後広がっていく可能性があるといいます。
なお、人的資本経営について稲水准教授は、現場でやるべきことはそれほど変わらないとしつつ、開示が進むことで、組織マネジメントにしっかり取り組んできた会社が評価されやすくなるという点で、うまく使えばプラスになると見ています。
最後に稲水准教授は、中小・中堅企業の経営者と人事責任者に向けて、生まれた時間や空間を、新しい挑戦のために使う発想を勧めています。
| 生まれるもの | 稲水准教授の提案 |
|---|---|
| 空間(テレワークで空いたオフィススペース) | すぐに返したり貸し出したりせず、何か新しいことに取り組む場として使う |
| 時間(週休3日制などで生まれた1日) | 他の仕事や雑事で埋めず、新しいテーマに取り組む時間にする。経営者は浮いた1日を奪わない |
出典:稲水准教授への取材をもとに編集部作成
週休3日制は、5日かかっていた仕事を4日でこなすために、優先順位をつけ、やらなくてもよい仕事をやめるきっかけにもなります。実際に、そのアイデアを出すためにあえて週休3日制を導入した会社もあるといいます。日本マイクロソフトも2019年夏に週勤4日制を試行し、生産性向上の成果を公表しています。勤務時間の一部を自由なテーマに使う「20%ルール」も同じ発想です。
そういった時間や空間を捻出することが結構重要なのではないかという気がします。
――稲水准教授
中小・中堅企業では簡単ではないかもしれません。それでも、テレワークや生産性向上の取り組みで生まれた余白を、創造性のために使う好循環をつくってほしい――それが稲水准教授のメッセージです。
A. ABW(Activity Based Working)とは、仕事の内容に合わせて、働く場所を自由に選ぶ働き方です。集中作業や打ち合わせなど目的に応じたゾーンをオフィス内に設け、移動しながら仕事をします。
A. 稲水准教授の分析では、ABWにすると部門を越えた対面の交流は増えますが、それがクリエイティビティに直結するという関係は必ずしも明確ではなく、弱い関係にとどまっています。何らかの条件が必要と考えられ、オフィスだけでなく戦略や組織、評価まで一体で設計することが大切です。
A. 稲水准教授は勧めていません。社内コンテストなどで一部のチームだけに賞金を出すと、選ばれなかったチームに徒労感や経営陣への不信感が生まれ、逆効果になることがあるためです。クリエイティビティの源泉は内発的動機付けだとしています。
A. 稲水准教授は、マイクロソフトの例を挙げ、自分さえよければ評価が上がる仕組みではなく、顧客や同僚にどれだけよいインパクトを与えたかを明確に評価する仕組みに変えることを紹介しています。周囲を巻き込む行動が評価されると、柔軟な働き方が機能し、創造性も高まるとしています。
A. 従業員が「こういう働き方をしたい」「こういう仕事に就きたい」と雇用者や上司と個別に交渉し、合意を得て、自分に合った働き方や仕事を実現することです。稲水准教授は、メンバーシップ型かジョブ型かの二者択一とは違う流れとして注目しています。
オフィスを変えるだけでも、制度を変えるだけでも、創造性は高まりません。戦略から評価、空間までを一貫して設計し、社員が新しいことに挑める余白をつくることが、生産性とクリエイティビティを両立させる道です。
創造性を高める人事制度を、プロと一緒に
戦略やビジネスモデルに合った組織、評価、働き方を一貫して設計することが、オフィス改革や働き方改革を創造性につなげる鍵です。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援します。
▶ 前編:クリエイティビティとは?経営学における定義とイノベーションとの違い、創造性を高める職場づくり(内部リンク)
▶ インタビュー全文:クリエイティビティがいかに生産性向上につながるかを考察する(後編)(JOB Scopeマガジン)