ブルウィップ効果とは、サプライチェーンの上流に行くほど、発注量の変動が大きくなっていく現象です。学習院大学の河合亜矢子教授は、この効果を抑え、サプライチェーン全体の無駄を減らすには、企業同士の情報共有と在庫の見える化が大きな効果を持つと語り、その仕組みを体感して学べる学習用ゲームも開発しています。
小売りの店頭で少し売れ行きが変わっただけなのに、卸、メーカー、部品の供給元へとさかのぼるにつれて、発注量の振れ幅が大きくなっていく――サプライチェーンでは、こうした現象がよく起こります。
本記事では、河合教授へのインタビューをもとに、ブルウィップ効果の仕組みとそれを体感できる「エレファント・ゲーム」、流通在庫の見える化の意味、オランダで研究したサーキュラーサプライチェーン、問題を正しく定義するための考え方、そして長期的な視野でサプライチェーンを考える重要性を解説します。
この記事でわかること
・ブルウィップ効果とは何か、なぜ起きるのか
・SCMを体感して学べる「エレファント・ゲーム」の3つの学び
・流通在庫をリアルタイムに見える化する意味
・サーキュラーサプライチェーンと、オランダに学ぶスピード感
・問題を正しく定義する方法と、長期的な視野の大切さ
学習院大学 経済学部 経営学科 教授(取材時)。2000年筑波大学第三学群社会工学類卒業後、物流企業に入社し、基幹システムの開発などに携わる。2003年に退職し、筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程(2005年修了)、同博士課程(2008年修了、博士(工学))へ。筑波大学サービス・イノベーションプロジェクト研究員、2010年高千穂大学経営学部准教授を経て、2017年より学習院大学。専門はサプライチェーン・マネジメント、経営情報システム。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
ブルウィップ(牛追い鞭)の手元を少し動かすと、先端は大きく振れます。同じように、消費者に近い下流の小さな需要の変化が、上流に伝わるにつれて大きな発注量の変動になっていく現象を、ブルウィップ効果と呼びます。
サプライチェーンでは、各社が自社の手元の情報だけで発注量を判断しがちです。そこに発注から納品までの遅れ(リードタイム)が加わると、全体の動きは非常に複雑になります。前編で触れた、売れない在庫が山積みになる一方で急な品切れが起きるといった問題の背景にも、こうした仕組みがあります。
サプライチェーンの仕組みを学ぶ教材として知られるのが、1960年代に米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のスローン経営大学院で考案された「ビールゲーム」です。ただし、ボード上で行うため多くの人数が必要で、SCMの基礎知識も求められます。
そこで河合教授は、東京理科大学の大江秋津教授とともに、同様の仕組みをコンピューター上で多くの学生が参加できるオンラインのSCMゲームとして実装しました。それが「エレファント・ゲーム」です。学習院大学の2年生向けの講義では、毎年約200人が参加して戦略立案の面白さと難しさを体感しており、多くの企業の研修でも使われているといいます。
| 必ず体感してもらう3つの学び | 内容 |
|---|---|
| ① ブルウィップ効果 | サプライチェーンの上流に行くほど、発注量が膨らむ |
| ② 遅れ(リードタイム)の影響 | 遅れやリードタイムがあると、サプライチェーンは非常に複雑になる |
| ③ 情報共有の効果 | 情報を共有することには大きな効果がある |
出典:河合教授への取材をもとに編集部作成
ゲームには、あえて多くを盛り込まないようにしたといいます。この3点を全員に体感してもらい、あとは参加者が話し合いや考え方を自ら調整しながら学ぶ設計です。シンプルだからこそ、習熟度に応じて気づく点が人それぞれなのが特徴です。授業で「情報共有は大事だ」と延々と聞くよりも、ゲームを楽しむうちにSCMの知識が自然に身につき、学生の評判も非常に良いといいます。
ゲームの名前の由来には諸説あるそうです。賢く、他者と協働する動物としての象のイメージ、助言を受けた研究者の名前にちなんだ説、そして「巨大で、見る人によって見え方が違う」という象の姿がサプライチェーンに似ているという説――どれも的を射ているため、あえてそのままにしているといいます。
流通の過程で業者が保管している流通在庫は見えるべきだ――河合教授はそうしたプロジェクトを進めてきましたが、今は改めて「見えたら何がうれしいのか」「どう使うのか」を考えているといいます。
| 観点 | 河合教授の見方 |
|---|---|
| 有事への備え | 地震などの災害やコロナ禍を踏まえると、避難所の物資など、生活に必要な最低限の在庫が見えていることは重要 |
| サプライチェーン全体 | すべての在庫を見える化する必要があるかは、まだ検討中 |
| 1つのチェーンの中 | 自社の実在庫を正確に把握できていないチェーンも多い。オンラインとオフラインの融合のためにも、チェーン内で在庫をリアルタイムに監視することは非常に重要で、まだ道半ば |
出典:河合教授への取材をもとに編集部作成
情報を共有し、見える化することは、在庫に限らず、組織が持つあらゆる資源を生かすための出発点です。人材についても、誰がどこにいて、どんなスキルを持っているのかが見えなければ、最適な配置はできません。
人材の情報を一元化し、見える化する
在庫と同じように、人材の情報も一元的に把握できてこそ、最適な配置や育成につなげられます。DEFiDEの「JOB Scope」は、職務やスキル、評価・育成の情報を一元的に管理できるクラウドサービスです。
河合教授は2023年から1年間、オランダでサーキュラーサプライチェーンとサーキュラーエコノミーを研究しました。
| 観点 | 従来のサプライチェーン | サーキュラーサプライチェーン |
|---|---|---|
| 流れ | 「作って、使って、捨てる」直線的な流れ | 使用後の材料を再びインプットとして循環させる |
| 資源 | 新たな資源(バージン資源)を採取し続ける | バージン資源の採取を抑える |
出典:河合教授への取材をもとに編集部作成
オランダは国土の多くが海抜ゼロメートルより低く、水害のリスクが高いため、地球温暖化を自分事として捉え、国全体で環境への意識が高いといいます。「もったいない」の意識が根づく日本とは親和性が高く、食品ロス対策や自然由来の素材の開発などで協力の余地があると河合教授は見ています。
| 観点 | オランダ | 日本 |
|---|---|---|
| 強み | 関係しそうな相手に広く門戸を開き、産学官でオープンに議論する。小さな取り組みでもすぐに実行し、課題をフィードバックしながら前に進める | 「質」を追求する姿勢。「もったいない」の意識が根づいている |
出典:河合教授への取材をもとに編集部作成
河合教授は、日本の「質」を追求する姿勢の尊さを感じつつ、オランダのスピード感も取り入れるべきだと語ります(地域の企業が連携して新しい価値をつくる「共創」については、下畑浩二准教授の解説記事でも紹介しています)。
「問題を正しく定義できれば、問題の80%は解けている」――河合教授が筑波大学在籍時に恩師から教わり、長く大切にしてきた言葉です。では、問題を正しく定義するにはどうすればよいのでしょうか。
河合教授は、問題の当事者(ステークホルダー)が、自分たちが何に困っているのかを互いにすり合わせながら、自分事として言葉にすることが必要だと言います。その方法論として挙げるのが、英国ランカスター大学のピーター・チェックランド名誉教授が考案した「ソフトシステム方法論」です。問題の状況をさまざまな立場から書き出し、「何の問題なのか」という基本的な定義をつくることを、最初のマイルストーンとします。
外部の人が問題を決めつけるのではなく、当事者が言葉を紡ぐことで、相手の立場を理解し、納得や妥協ができる形で問題を明文化できるのです。
問題が何かわからないままコンサルティング会社に相談する企業は多く、特に日本では、情報システムの要件定義をユーザー自身ができずに外部に依頼するケースがよく見られると河合教授は指摘します。本来、要件定義はユーザーが自社の業務プロセスを整理し、何をしたいのか、何のためにシステムを入れるのかを明確にすべきものです。それができないと、システムの導入が手段ではなく目的になり、結果として使われないシステムができてしまうのです(企業のつながり方を分析する社会ネットワーク論については、秋山高志准教授の解説記事でも紹介しています)。
サプライチェーンや持続可能性を考えるには、長期的な視野が欠かせません。2〜3年では社会を変えるような取り組みは実現しにくく、少なくとも5年程度のスパンで広い視野を持ち、変革が巡り巡って自社に恩恵をもたらすという確信を持つことが必要だと河合教授は言います。
河合教授は、中小企業の経営者には長期的な視点を持つ人が多く、アジャイル型で小さな取り組みを次々と試し、小さな成功体験を積み重ねている点を高く評価しています。一方で、経営者が2〜3年ごとに交代すると、ダイナミックな変革が止まってしまうことを懸念しています。
A. サプライチェーンの上流に行くほど、発注量の変動が大きくなっていく現象です。消費者に近い下流の小さな需要の変化が、各社の発注判断や発注から納品までの遅れ(リードタイム)によって増幅され、上流では大きな変動になります。
A. 河合教授は、サプライチェーンの関係者が情報を共有することに大きな効果があるとしています。各社が自社の手元の情報だけで判断するのではなく、需要や在庫の情報を共有し、見える化することで、発注量の振れ幅を抑えやすくなります。
A. MITで考案された「ビールゲーム」を原型に、河合教授と東京理科大学の大江秋津教授がオンラインで多人数が参加できるように実装したSCMの学習用ゲームです。ブルウィップ効果、遅れの影響、情報共有の効果の3点を体感でき、大学の講義や企業の研修で使われています。
A. 「作って、使って、捨てる」という直線的な流れを改め、使用後の材料を再びインプットとして循環させることで、新たな資源の採取を抑えるサプライチェーンです。河合教授はオランダで研究し、日本も小さな取り組みをすぐに実行するスピード感を取り入れるべきだとしています。
A. 河合教授は、問題の当事者が何に困っているのかを互いにすり合わせながら、自分事として言葉にすることが必要だとしています。その方法論として、チェックランド名誉教授の「ソフトシステム方法論」を挙げ、さまざまな立場から問題状況を書き出し、基本的な定義をつくることを最初の一歩としています。
前編で見たように、物流の現場へのしわ寄せを減らし、持続可能なサプライチェーンをつくるには、企業の枠を越えた協働が欠かせません。その土台となるのが、情報の共有と見える化、そして当事者が自分事として問題を定義する姿勢です。
情報の一元化と見える化を、実際の画面で確かめる
社員一人ひとりの職務やスキル、評価、育成の状況を一元的に把握できれば、組織の資源を最適に生かしやすくなります。DEFiDEの「JOB Scope」では、実際の画面を見ながら説明を受けられる個別オンラインデモを行っています。
▶ 前編:サプライチェーン・マネジメントとは?物流の2024年問題で見えた「現場へのしわ寄せ」と、リスクとコストを見える化する改革の進め方(内部リンク)
▶ インタビュー全文:サプライチェーン全体の価値最大化が、より良い未来を切り拓く(後編)(JOB Scopeマガジン)