基本的に、モノが店頭に並ぶためには、メーカーや問屋、物流会社、小売店など、さまざまな組織が関わる。この一連の流れを、「サプライチェーン」と呼ぶ。当然ながら、いかにその流れを円滑かつ適切にし、価値を高めていくかが重要になってくる。それが、「サプライチェーン・マネジメント」と呼ぶ考え方だ。この概念を長年研究しているのが、学習院大学経済学部の河合 亜矢子教授だ。実際に物事を動かすことは、今や当たり前のように捉えられがちだが、その背景には多くの企業や関係者の努力がある。しかし、時代が大きく変わりゆく中、もはや企業努力や人的努力だけでは解決できない課題が生じつつある。それが何なのか。どう向き合っていけば良いかを河合氏に聞いた。インタビューの後編では、昨今話題の「物流の2024年問題」の行方やサプライチェーン・マネジメントを楽しく学べるツールなどを語ってもらった。

01日本には積年の課題が数多い。合理化は不可欠

先ほどのコメントの中で、「物流の2024年問題」が2025年にもつながっているというお話がありました。それどころか、2026年以降も当面続くのではないでしょうか。

確かに、まだまだ全然解決していません。しばらくは、解決しないと思っています。

今後も続くということですか。

そうですね。この問題を巡って、2024年に思ったほど混乱が起きなかったのは、何かが良くなったからではありません。現場の人が上手く回したということです。日本人お得意の改善とか、現場の人の能力のおかげです。結局は柔軟に対応してしまい、大きな問題にはならず、物流が混乱することはありませんでした。といって、ここで変革への流れを止めてしまうと、最終的には本当に資源が足りなくなります。そうなるとニッチもサッチもいかなくなるので、物流の現場にしわ寄せが行かないように、少しずつ上のところから合理化を進めていくという、この流れを止めてはいけないと思っています。

それにしても、日本人は「20●●年問題」「20○○年の崖」などと言って、危機意識を煽るのが好きですよね。その割には、喉元を過ぎるとすぐに忘れてしまい、「あれは何だったのか」と思わざるを得ません。先生は、いかがお考えですか。

確かに、好きですよね。キャッチコピーを上手く付けて、注目してもらうというのが。私は、それが悪いとは言わないです。今まで全く光が当たっていなかった課題に、パッと光が当たることによって、問題を解決しないといけないというモチベーションが生まれるので、悪いことではないと思います。例えば、「物流の2024年問題」にしろ、「2025年の崖」(レガシーシステムの老朽化により、2025年以降、毎年最大12兆円の経済損失が生じる可能性があるという指摘)にしてもです。

ただ、いずれも「2000年問題」とは趣が異なります。2000年になった途端にコンピューターが止まるというのが、2000年問題。あれは、コンピューターのクロックの問題でした。一方、「物流の2024問題」や「2025の崖」は、長年ずっと抱えてきた課題が、その年に顕在化するという警告です。なので、何かを解決しているわけではないのです。そうではなく、1年か2年くらい前から騒ぎ始めることによって、少しずつでも良いから、とにかく合理化を進めていこうと布石を打っている状態だと思います。それはそれで、大事なことです。事実、「物流の2024問題」も物流にしわ寄せがいっていて、「このままだとダメだ」という世の中の動きが明らかにあります。「2025年」の崖にしても、このままだとあちこちでシステムが動かなくなってしまうので、もう少しビジネスプロセスのリエンジニアリングをしっかりと行って、クラウドに載せましょうという動きを確実に進めていくためにも、キャッチコピーをつけること自体は悪くないと思います。ただ、次々と新しいキャッチコピーを生まれているので、前のことを忘れてしまうというのは良くないかもしれません。

02リアルタイムでの流通在庫の見える化も推進すべき

わかりました。先ほど、河合先生からコストとリスクの見える化・可視化というお話もございました。河合先生が、もう1つ指摘されているのが「流通在庫の見える化」です。その重要性と手法をお聞かせいただけますか。

それは、とても良い質問だと思います。ずっと流通在庫(商品が流通し、業者によって保管されている在庫)は絶対見えないといけないと思って、このプロジェクトを進めて来ました。「流通在庫が見えたら嬉しいことって何だろう」と一回立ち止まって考えてみると、「どうやって使うのか」が今見えなくなっています。ただ、有事の際、例えば最近だと度々地震があります。また、先般のコロナ禍では国としてのレジリエンシーを考えたときに、生活に必要な最低限のものが見えていることはとても大事です。避難所で一体何が幾つあるのかが見えているとか、そういうことは絶対に必要だと思うのですが、一般の流通サプライチェーンの中ですべての在庫が見えていることが必要かどうかというのは、今立ち止まって考えている状態です。

ただ、流通在庫という意味では、現状ではそれぞれのチェーンが自分達の持つリアルの在庫を正確に把握できているかというと、そうではなかったりします。そういう意味では、オンラインとオフラインの融合を行うためにも1つのチェーンの中ではリアルタイムの在庫を常にモニタリングしていくというのは、すごく大事なことです。それはもう間違いありません。ただ、それがまだまだ道半ばという状態だと思います。

河合先生は、2023年から1年間オランダに「サーキュラーサプライチェーン」(材料や商品をすぐに廃棄するのではなく、できる限り長期に渡って利用する循環型のサプライチェーン)や「サーキュラーエコノミー」(資源を効率的に循環させ、持続可能な社会と経済的な成長を目指す循環型のシステム)の研究に行かれたとお伺いしています。どんな研究をされて来られたのですか。併せて、得られた収穫も教えていただけますか。

まず、「サーキュラーサプライチェーン」というのは、少し前から話題になっている概念です。従来まではモノを作って使って捨てるという、リニアな(直線的な)サプライチェーンでした。最後に使った後の材料を、もう一度、そのサプライチェーンのインプットとして作って、バージンミネラルを地球環境から、これ以上搾取しないようぐるっと回すようなサプライチェーンを作りましょうという概念と言えます。アップルなどの企業が、今進めようとしています。

オランダは、「サーキュラーサプライチェーン」に対する意識が非常に高い国です。なぜなら、ご存知の通り海抜がゼロよりも下にあって、水害リスクの高い国なので、地球温暖化の影響を自分事として捉えているからです。「これ以上、地球環境に無理をさせたらダメだ」という意識が国としてすごく高かったりします。なので、こうした取り組みを意欲的に進めているので、学んで来ようと思ったわけです。

「もったいない」という意識が根付いている日本とサーキュラーサプライチェーンの親和性は非常に高く、日本とオランダが一緒にできることも多いと思います。実際、食品ロスへの取り組みや、自然由来素材の開発など相互に関心を持てそうな取り組みも多くあります。ただ、オランダのスピード感が非常に速いところが日本との大きな違いです。オランダの場合、関係しそうな相手に門戸を広く開いて、産学官でオープンに議論をします。そして小さな取り組みからでもどんどん実行に移して、実質的な課題をフィードバックしてプロジェクトを前に進めます。日本のような「質」追求の尊さも実感しましたが、こうしたスピード感もぜひ取り入れていけたら、世界と一緒にできることが増えるのではないかと感じました。

03サプライチェーンの面白さを実体感できる学習用ゲームを開発

河合先生は、サプライチェーン・マネジメントを学べる「エレファント・ゲーム」を取り入れているとお聞きしました。どのようなゲームなのですか。

1a85a489-5572-4f4b-953c-d505e8480995

これは、私が初めて考え出したゲームではなくて、1960年代にマサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の先生方が考案した、サプライチェーンの複雑性や原理を学べる経営シミュレーションゲーム「ビールゲーム」がルーツです。「ビールゲーム」自体は、ボード上で行うゲームなので、それこそピザが食べられるくらいの人数で行うのですが、そのゲームに参加するにはサプライチェーンのリテラシーが少なからず必要になります。それを、大人数の学生にやってもらおうと思うと無理なので、私と現・東京理科大学 経営学部の大江 秋津教授が似たような仕組みをコンピューターのアプリケーションとして実装して、授業で使えるようにしたマルチプラットフォームのオンラインSCMゲームが「エレファント・ゲーム」です。

このゲームを活用することで、学生たちは大学の授業の中で実体験としてサプライチェーン戦略を立案するに当たっての課題などを主体的に学ぶことができます。現在は、学習院大経営学部の2年生向けに行う講義で用いていて、毎年200人程度の学生がゲームに参加し、サプライチェーン戦略を立案する面白さや難しさを実感してくれています。特徴は、各自のサプライチェーンの習熟度に合わせて、気づくことが違うことです。なので、すごくシンプルなゲームではあるものの、学びは人それぞれだと言えます。

企業の研修にも使えそうですね。

実際に、多くの企業でお使いいただいています。

まさに、河合先生と大津先生らのSCMに関する知恵が結集されているゲームなのですね。

結集というよりも、むしろあまり多くのことを盛り込まないようにしました。ポイントは、3つだけです。一つ目は、サプライチェーンにはブルーウィップ効果(サプライチェーンの川上に行くほど発注量が増加する現象)があること。二つ目は、遅れやリードタイムがあると、すごくサプライチェーンが複雑になること。そして、三つ目が情報共有をするとすごく効果があることです。この3つだけを必ず全員に体感してもらうことを意図しました。その上で、皆がどういうふうに話し合いをしていくと良いか、どういうふうに物事を考えれば良いかなどを、各自が勝手に調整しながら、サプライチェーンを学んでくれているという意味で良いなと思っています。

なぜ、「エレファント・ゲーム」と呼ぶのですか。

自分たちで作っておきながら、ネーミングに関しては諸説あります。有力なのは、大江先生が幼少期にタイにお住まいになっていて、象という動物がとてもクレバーで考え、他者と協働する動物だと捉えていたという説です。他にも、このゲームを作成するにあたり、アドバイスをいただいた元・多摩大学大学院客員教授の高井 英造先生の名前に絡めてとか、象があまりにも巨大なので人によって見え方が違っていて、それがサプライチェーンと似通っていて面白いからといった説もあります。核となる登場人物にも関わらずこんなふうに皆が違うことを考えているというのが、まさにSCMそのもので面白いので、諸説をそのままにしてあります。

 ゲームの評判はいかがですか。 

学生からの評判は、めちゃくちゃ良いですよ。何しろ、普通の授業であれば、「情報共有はすごく大事だよ」とか「頼んだものがすぐに届かない理由はこうだから」という私の面白くない話を延々と聞かないといけません。でも、「エレファント・ゲーム」であれば、楽しくゲームをしているだけで自然とSCMの知識が身に付きます。単純に言っても、ゲームをすることで1時間を過ごせますし、すごく楽しくて色々なことに気づけますからね。

04当事者が自分事として紡いでいかないと問題が定義できない

河合先生は、恩師から「問題を正しく定義できれば、その問題の80%は解けていると思って良い」との教示を授かったとお聞きしています。問題を正しく定義するためにはどうしたら良いのでしょうか。

「問題が定義できるとその問題の80%は解けていると言って良い」というのは、私が筑波大学に在籍したときに先生から教えてもらいました。以来、私自身すごく大事にしてきた言葉です。実は、今年それが書かれている本を初めて見つけました。『アカデミック・スキルズ――大学生のための知的技法入門』(慶應義塾大学出版会)です。大学生向けにどういう風に学問に向き合わないといけないかを説いた学習指南書のベストセラー、かつロングセラーで、現在は第3版が発行されています。その中にこの言葉を初めて見つけて、「これだったのか」と感激してしまいました。

問題を設定するには問題状況を抱えている人たち、それをステークホルダーと呼ぶのですが、実際に問題の当事者になっている人たちが、自分たちは一体どういうことに困っているのかとお互いに擦り合わせをしながら、自分事として言葉を紡いでいく必要があります。これを、英国国立ランカスター大学のピーター・チェックランド名誉教授が考え出した問題解決の方法論「ソフトシステム方法論」に沿って、問題解決のプロジェクトを動かしていくと、問題だと思っている状況を色々な人の立場で書き出して、今自分たちが考えようとしているのは、一体何の問題なのかという基本定義を作るところを、1つ目のマイルストーンにしないといけません。

そこで、外部の人が適当に「こういう問題でしょ」と言うのではなくて、問題を抱えている当事者の人たちが、その言葉を紡ぐことがすごく大事になります。それをしていくうちに、自分たちの頭の中を整理したり、相手の立場を理解したり、相手はこういう考え方をしていると知ったりするというプロセスを経ながら、皆で腹落ちできる、妥協できるような問題状況の明文化をするという方法論です。そういうことをしながら、問題を定義することがすごく大事だと思ってずっと取り組んできました。

「『そもそも問題が何なのか』がわからないまま、コンサルティングファームに相談を持ち掛けている企業が多い」という指摘は良く聞きます。

それはよくあるパターンなのではないですか。顕著なのは、情報システムを作るときにユーザー自身で要件定義ができず、コンサルティングファームに依頼するというケースです。これは、日本の場合にはかなり見受けます。

本来、要件定義はユーザーが作るべきです。自分たちの業務プロセスをしっかりと整理して、自分たちは一体何をしたいのか、何をするために情報システムを入れたいのか、そこの問題の明確化は、ユーザーがするべきだと思います。しかし、実際にはそれができないというところが、多分一番の問題だと思います。だから、情報システムを作ることが、本当は手段なのに目的化してしまいます。その先にある目的を叶えるための情報システムを作らないといけないのに、情報システムを作ることが目的になり、結局使われない情報システムができてしまいます。そういうところに随所に出ていると思います。だから、問題の当事者の人たちが、自分たちの抱えている問題を明確にして目的をしっかりと言葉にするというところがすごく大事になるわけです。

05長期的な視野、広い視点でサプライチェーンを考えよう


最後に、中小、中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。

サプライチェーンや持続可能性などを考えるときには、長期的な視野で物事を捉えないと物事が進みません。2年とか3年では、社会を変える取り組みは実現できないからです。少なくとも5年くらいのスパンで広い視野を持って、しかもこの変革が巡り巡って、自分たちに恩恵をもたらすことに対して熱い思いとそれから確信を持って。世の中を変えていくことが、絶対に必要になっていると思います。

そういう意味では、中小企業の社長さんは長期的な視点をお持ちの方がすごく多いですし、小さな取り組みをまずはやってみるという、アジャイル型(柔軟性と迅速性を重視したソフトウェア開発やプロジェクト管理の手法)でどんどん色々なプロジェクトを回して、小さな成功体験を積み重ねていかれている印象があります。日本の宝である中小企業のそうした取り組みが、これからもどんどん続いていくと良いなと思っています。
経営者が2年、3年で次々と変わってしまうと、ダイナミックな変革がストップしてしまうのが、私はすごくもったいないと思っています。それをどうすれば良いのか。私には答えがないのですが、長期的な視野でじっくり都市計画や産業計画をしていければ良いなと思っています。

―河合先生、貴重なお話をありがとうございました。

3c870fe9-db0d-4428-a121-c91e28aa4ab0

河合 亜矢子

学習院大学経済学部
経営学科 教授  

2000年筑波大学第三学群社会工学類を卒業後、物流企業に入社。3年間勤務した後、2003年に同社を退職。筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程に入学する。2005年修士課程を終え、同博士課程へ。続く、2008年博士課程を修了。博士(工学)。筑波大学サービス・イノベーションプロジェクト研究員に就任。2010年高千穂大学経営学部に准教授として着任。2017年から現職。専門は、サプライチェーン・マネジメント、経営情報システム。

JOB Scope メディアでは人事マネジメントに役立つさまざまな情報を発信しています。

経営・人事に役立つ情報をメールでお届けします