アントレプレナーシップ教育で本当に大切なのは、事業計画の作り方や資金調達といったビジネスの技術だけでなく、挑戦し続けるマインドセットを育てることです。大阪経済大学の江島由裕教授は、「起業の教育」はできても「起業家を育てる教育」は真に難しく、だからこそ取り組む意義があると語ります。
前編では、中小企業の成長エンジンとしての企業家的志向性(EO)と、人手不足や事業承継への向き合い方を紹介しました。後編では、アントレプレナーシップを社会や地域、大学でどう育てるかを考えます。
本記事では、大経大ENT塾の初代塾長でもある江島教授へのインタビューをもとに、アントレプレナーシップ・マインドを地域に根付かせる方法、大学でのアントレプレナーシップ教育とエフェクチュエーション、ENT塾の3段階の実践、多様な特性を持つ起業家の研究、そして西粟倉村に学ぶオーセンティック経営について解説します。
この記事でわかること
・アントレプレナーシップ・マインドを地域に根付かせる「応援の風土」
・起業家は育てられるのか――先天と後天をめぐる議論
・「起業の教育」と「起業家教育」の違いと、エフェクチュエーション
・大経大ENT塾の3段階のプログラム
・西粟倉村に学ぶオーセンティック(本物)経営
大阪経済大学 経営学部 経営学科 教授(取材時)。米国ピッツバーグ大学大学院公共・国際事情研究科修士課程修了、公共・国際事情修士(MPIA)。上智大学 博士(経営学)。専門はアントレプレナーシップ、中小企業経営、中小企業政策。日本ベンチャー学会清成忠男賞など受賞多数。大阪経済大学アントレプレナーシップ塾(大経大ENT塾)初代塾長。著書に『小さな会社の大きな力―逆境を成長に変える企業家的志向性(EO)』(中央経済社)、『創造的中小企業の存亡:生存要因の実証分析』(白桃書房)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
江島教授は、日本の起業環境はドラスティックには変わらないと見ています。だからこそ、非連続ではなく、少しずつ着実に変化の角度を上げていく必要があるといいます。
アントレプレナーシップ・マインドとは、組織だけでなく個人の思考や行動様式として、社会を一歩先取りし、リスクを厭わずに能動的に動く人々の活動を指します。その根っこは、前編で紹介した企業家的志向性(EO)と同じです。そして、そうした個人を社会が受け入れ、本気でいかす寛容性と支援のマインドが求められています。
| アントレプレナーを生む土壌 | 内容 |
|---|---|
| ダイバーシティとインクルージョン | 多様な価値観や経験の違いを認め、尊重し、受け入れる。言葉だけで終わらせず、社会の当たり前にする |
| 失敗を「途中のプロセス」と見る風潮 | 起業への挑戦や失敗を終わりと捉えず、成功への途中と見る |
| 身近な地域の応援 | 知り合いが起業に失敗したら一時的に仕事を紹介する、再挑戦には資金面・精神面・人脈面で地域が応援する |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
起業家のコミュニティ、経営者のコミュニティ、国・自治体・大学の支援コミュニティなど、起業家エコシステムは着実に動き出していると江島教授は言います。
「アントレプレナーは育成できるのか」――海外の学術誌でも大きな反響を呼んだテーマです。答えがあるわけではありませんが、江島教授は、資質の面から考える研究として、ADHD(注意欠如多動症)の特性を持つ起業家の研究を進めています(後述)。
その研究から見えてきたのは、ADHDの特性に見られる行動様式の一部が企業家的志向性の特徴と重なり、アントレプレナーシップの発揮に結びつく場合があるということです。一方で、こうした特性はカウンセリングなどを通じて調整されることもあります。江島教授は、アントレプレナーシップの発揮は、資質だけでなく、訓練や教育といった社会的な関わりによっても変えられる可能性があると考えています。
今、多くの大学で起業や事業創造の授業が行われ、ビジネスプランコンテストやベンチャーキャピタルとのネットワーキング、起業インターンシップなど、学びの場は格段に広がりました。江島教授はそれを評価しつつ、次のように指摘します。
| 起業の教育 | 起業家教育 | |
|---|---|---|
| 内容 | ビジネスプランの作り方、資金調達、組織マネジメントの型など、ビジネスの技術的な知識とノウハウ | スキルを何のために、どう生かすか。失敗を超えて事業を軌道に乗せるには。起業の実態と本質を知る |
| 到達しやすさ | 真面目に取り組めば誰もが同じレベルまで到達できる | 真に難しい。だからこそ取り組む意義がある |
| 育てるもの | 知識とスキル | 挑戦し続けるマインドセット |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
在学中に起業する人、好きなことを自営業やフリーランスで営む人、大企業で新規事業を担う人――現代のアントレプレナーは多彩です。江島教授は、アントレプレナーを規模や動機で決めつけるのではなく、「生き方」の問題として捉えることで、多様な育て方やいかし方が見えてくると言います。
江島教授が注目する考え方の一つがエフェクチュエーションです。エフェクチュエーションとは、成功した起業家に見られる思考プロセスや行動パターンを体系化した意思決定の理論です。
| 一般的なアプローチ(目的主導) | エフェクチュエーション(手段主導) | |
|---|---|---|
| 出発点 | まずゴールを決める | 自分は何者で、何ができるか(手持ちの手段) |
| 進め方 | ゴールを実現する手段を探す | 手段からアプローチしながら、周囲との関わりの中でゴールを定めていく |
| 向いている状況 | 先が見通せる状況 | 不確実性が高い状況(起業など) |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
起業の実践では先が読みにくく、試行錯誤がつきものです。粘り強く、自分が何者かを知り、周囲との関わりを通じて柔軟に進めていくことの大切さを、この理論が学術的な知見に基づいて教えてくれていると江島教授は語ります。
2023年1月、大阪経済大学にアントレプレナーシップ塾「大経大ENT(アント)塾」が開講し、江島教授が初代塾長に就きました。単位は付与せず、思いと熱量と塾へのコミットメントで塾生を選びます。一番の狙いは、同じ志を持つ仲間が集まり、協働と試行錯誤を通じて化学反応が起きるENTコミュニティづくりです。
| フェーズ | 内容 |
|---|---|
| ① 基本 | 新しいことに挑戦する意義、価値、喜びを理解する。上場直前・直後の若い起業家を招き、苦労も喜びも本音で語り合う。起業家マインドを育て、仲間をつくる |
| ② 応用 | チームで外部のビジネスプランコンテストに必ず出場する。学内の教員がメンターとして付き、専門的な助言とチームビルディングを支援。チーム内の摩擦を乗り越える経験も学ぶ |
| ③ 実践 | 事業をローンチする段階。江島教授が事業アイデアやプランを目利きし、外部のメンターやベンチャーキャピタルを紹介しながら伴走支援する。最終判断は学生に委ね、独立と自立を促す |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
江島教授は、大きな失敗でない限り小さなミスもよしとすることがあるといいます。米国のバブソン大学には小さな失敗をあえて経験させる授業もあるとされ、失敗からの学びこそが大事だというのです。将来は、関西の高校生や大学生、大学院生にも対象を広げたいと語っています。
挑戦する人を支え、失敗から学べる組織をつくるには、一人ひとりの役割や挑戦を見える化し、評価につなげる仕組みも役立ちます。
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近年、海外では、ADHDの特性がビジネスにポジティブに働く側面への関心が高まっています。江島教授は、これをアントレプレナーシップの視点から研究しています。
| 内容 | |
|---|---|
| 困りごとになりやすい面 | 一つのことに集中しすぎて予定を忘れる、場の空気を読めずに相手を怒らせる、衝動的にお金を使ってしまうなど |
| 強みになりうる面 | 際立った集中力で知識やスキルの習得が早い。好きな仕事への没頭度が高い。得意なことならリスクを厭わず突き進む行動力がある |
| 分岐点(江島教授の見立て) | 自分の特性を受け入れ、自分の行動を客観視する「メタ認知」が鍵を握る可能性がある |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
ただし江島教授は、ADHDの特性がポジティブに働くとは言い切れず、むしろ生きづらさを感じている人が多いのが実態だと強調します。起業家として脚光を浴びる人はごく一部であり、自分らしく働ける形として自営業やフリーランスを選ぶ人もいます。海外の研究では、著名な起業家の行動特性をこうした傾向と結びつけて分析する例もありますが、アントレプレナーシップには、世の中を変えるイノベーションから、ウェルビーイングを追求する生き方まで、多様な意義と役割があるというのが江島教授のメッセージです。
江島教授は、寄稿「村から学ぶオーセンティック経営」で、岡山県の西粟倉村の挑戦を紹介しています。自治体が民間に学ぶ話はよくありますが、その逆はあまり聞きません。村づくりを一つのマネジメントとして見ると、現代の企業経営にとって初心に返るような学びがあるといいます。
| 年 | 西粟倉村の歩み |
|---|---|
| 2004年 | 平成の大合併に加わらず、自主自立の道を選ぶ。補助金が減り、財源は厳しくなる |
| 2008年 | 「百年の森林構想」を掲げ、唯一無二の資源である森林を守り、活かし、循環させ、稼ぐというビジョンを示す |
| その後約20年 | ビジョンへの共感からUターン・Iターンの人が集まり、人口1,500人に満たない村に50を超える会社が生まれる。「ローカルベンチャー発祥の地」として知られるようになる |
出典:江島教授への取材、寄稿「村から学ぶオーセンティック経営」をもとに編集部作成
| 基本 | 西粟倉村の実践 |
|---|---|
| ① 経営戦略 | 百年の森林構想をロードマップに、地元の森林資源を中核の強み(コアコンピタンス)と位置づけ、生き残りの道筋を明確に描いた |
| ② マーケティング | 森林資源が紡ぐ村の空間を大切にし、その魅力をストーリーや体感、共感で直接つなげる「二人称的」なアプローチをとった |
| ③ 経営組織 | 村役場が、地元の経営者やローカルベンチャーとともに、生き残るための仕組みづくりの中心を担った |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
時間のかかる面倒なことばかりでも、変化を厭わず、ぶれずに、志と熱量と創意工夫で取り組む。そこには一点突破で価値を生み出そうとするアントレプレナーシップ・マインドが溢れていたと江島教授は語ります。基本を大切にする西粟倉村のオーセンティック(本物・本質)経営は、企業にとっても一見の価値があるのです。
A. 江島教授は、ビジネスプランや資金調達などの技術的な知識に加えて、そのスキルを何のために、どう生かすか、失敗を超えて事業を軌道に乗せるにはどうするかといった、挑戦し続けるマインドセットを育てることが何より大切だとしています。
A. 海外の学術誌でも議論されてきたテーマで、答えは定まっていません。江島教授は、資質の影響は大きいとしつつも、アントレプレナーシップの発揮は訓練や教育といった社会的な関わりによっても変えられる可能性があると考えています。
A. 成功した起業家に見られる思考プロセスや行動パターンを体系化した意思決定の理論です。まずゴールを決めて手段を探すのではなく、自分が何者で何ができるかという手持ちの手段から出発し、周囲との関わりの中でゴールを定めていくアプローチで、不確実性が高い状況に向いているとされます。
A. 2023年1月に大阪経済大学で開講したアントレプレナーシップ塾で、基本(挑戦の意義を学び仲間をつくる)、応用(チームでビジネスプランコンテストに出場)、実践(事業のローンチを伴走支援)の3段階で運営しています。単位は付与せず、思いと熱量で塾生を選びます。
A. 江島教授は、平成の大合併に加わらず自主自立を選び、「百年の森林構想」というビジョンを示して50を超える会社を生んだ西粟倉村が、経営戦略、マーケティング、経営組織という3つの基本に忠実だった点を挙げ、基本を大切にするオーセンティック経営として企業にも学びがあるとしています。
アントレプレナーシップは、起業家だけのものではありません。地域で、学校で、そして企業の中で、挑戦する人を応援し、失敗から学べる土壌を育てることが、活力ある日本をつくる一歩になります。
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▶ 前編:企業家的志向性(EO)とは?中小企業の成長エンジンと、コロナ禍の「内省」・人手不足・事業承継への向き合い方(内部リンク)
▶ インタビュー全文:企業家的志向性はアントレプレナーシップの原動力(後編)(JOB Scopeマガジン)