企業家的志向性(EO:Entrepreneurial Orientation)とは、経営トップを中心に企業組織が、市場に対して革新的で一歩先取りし、リスクを恐れずに行動する思考と行動の様式です。大阪経済大学の江島由裕教授は、この30年ほどの世界の研究で、企業家的志向性が中小企業の成長の鍵を握ることがわかってきたと語ります。
日本の中小企業は約336万社で、全企業数の99.7%を占め、全従業者の69.7%にあたる約3,310万人が中小企業で働いています(2021年経済センサス‐活動調査)。日本を支える中小企業が、時代の荒波を乗り越えて成長していくには何が必要なのでしょうか。
本記事では、アントレプレナーシップと中小企業経営・政策を研究する江島教授へのインタビューをもとに、コロナ禍から中小企業が学んだこと、成長エンジンとしての企業家的志向性、人手不足への向き合い方、事業承継の準備、そして日本の起業環境について解説します。
この記事でわかること
・コロナ禍が中小企業にもたらした「内省」という学び
・企業家的志向性(EO)とは何か、なぜ中小企業の成長の鍵なのか
・人手不足を「多様な人材をいかすマネジメントの問題」と捉える視点
・事業承継で大切な、渡す側と受け取る側の「準備」
・日本の起業環境の特徴と、起業家社会への課題
取材協力:江島 由裕(えしま よしひろ)氏
大阪経済大学 経営学部 経営学科 教授(取材時)。米国ピッツバーグ大学大学院公共・国際事情研究科修士課程修了、公共・国際事情修士(MPIA)。上智大学 博士(経営学)。専門はアントレプレナーシップ、中小企業経営、中小企業政策。日本ベンチャー学会清成忠男賞など受賞多数。大阪経済大学アントレプレナーシップ塾(大経大ENT塾)初代塾長。著書に『小さな会社の大きな力―逆境を成長に変える企業家的志向性(EO)』(中央経済社)、『創造的中小企業の存亡:生存要因の実証分析』(白桃書房)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
コロナ禍が中小企業にもたらした「内省」という学び
企業経営に影響を与える外部環境の変化には、ある程度予見できるものと、予測が困難なものがあります。
| 外部環境の変化 | 例 | 予見の可能性 |
|---|---|---|
| 一般環境要因 | 物価高、為替、少子高齢化、税、金利など | 一定程度予見できる |
| 個別環境要因 | 競合の動向、顧客ニーズの変化、規制など | 一定程度予見できる |
| 予測困難な変化 | 大地震などの自然災害、感染症のパンデミック | 予見が難しく、ショックが大きい |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
コロナ禍では、営業自粛中の飲食店がアルバイト先を失った学生に弁当を無償で配ったり、休業中のレストランが医療従事者に弁当を提供したりと、被害を受けた側が他者を助ける「お互い様」の利他的な行動も見られました。江島教授は、こうした光景はオーストラリアの大規模森林火災(2009年)や東日本大震災(2011年)からの復興過程でも見られたといいます。
では、経営者はコロナ禍から何を学んだのか。江島教授が一番に挙げるのは内省(振り返り)の価値です。
自分の会社は一体何のために存在するのか。
――江島教授
危機の中で事業を一つずつそぎ落とし、自社にとって最も大切なもの、創業から守ってきたものを真剣に考える。理念経営やパーパス経営が語られる中でも、その問いの意味をリアルに噛みしめる体験はあまりない――その経験は経営トップに強く刻まれ、今後の経営の糧になったのではないかと江島教授は語ります。
企業家的志向性(EO)とは?――中小企業の成長エンジン
予測しにくい変化が続く中では、大きな波を避けながらうまく乗るアジリティ(機敏さ)や、危機からいち早く回復するレジリエンス、BCP(事業継続計画)などの備えも欠かせません。そのうえで、コロナ禍の先で次に必要になるのが「突き抜ける力」、つまり会社の成長エンジンとしての企業家的志向性(EO)だと江島教授は言います。
| 企業家的志向性が低い | 企業家的志向性が高い | |
|---|---|---|
| 基本姿勢 | 守り | 攻め |
| 進め方 | 分析を重ねてから動く | 分析より行動 |
| 対象 | 既存の事業・市場 | 新しい事業・市場 |
| 重視するもの | 行動の正確さ | スピード |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
コロナ禍を経て市場の特性が変わり、これまでとは異なるニーズやウォンツが生まれています。そのニッチな領域で企業家的志向性を発揮することが、今後の中小企業発展のポイントになると江島教授は見ています(アントレプレナーシップの意味については、米倉誠一郎氏の解説記事でも紹介しています)。
人手不足は「多様な人材をいかすマネジメント」の問題
中小企業は多種多様で、一様には語れません。江島教授が話を聞いたあるゲストハウスの経営者は、「うちには人手不足の問題はない」と言い切ったといいます。給与などの条件がよいわけではなく、他社との明確な方針の違いを示し、それに共感した人が集まってくるのです。
自社の魅力や違いをぶれずに打ち出し、そこに共感する人に来てもらう。そこが基本中の基本です。
――江島教授
多様な人材を、会社の側が受け入れる
それでも、マクロで見れば人手不足は確かです。江島教授は、機械化やDXで業務効率を高めたうえで、付加価値の高い仕事を担う人材を、さまざまな方面から広く募集することが大切だと言います。
| 対象となる人材 | ポイント |
|---|---|
| 外国籍の人・留学生 | 日本人とは異なる発想や創造性、行動力があり、独立志向や知識・技術の習得意欲が高いと江島教授は感じている |
| シニア、主婦層 | 働き方や関心に合わせた業務の切り出しが鍵 |
| 障がいのある人 | 業務によっては優れた能力を発揮する場合がある。経済産業省もニューロダイバーシティ(脳や神経の特性の違いを多様性と捉え、社会でいかす考え方)を推進している |
| 今の若手社員 | 個人と会社の切り分け、社会問題への意識、職場の雰囲気やライフスタイルを重視する傾向 |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
大切なのは、業務の細分化、適材適所の人材配置、きめ細かなマネジメントです。若手社員に合わせて、社内ではファーストネームで呼び合う、仕事とプライベートを分ける、褒める、怒らない、業務を明確に示す――といった工夫をする中小企業もあるといいます。江島教授は、障がいのある人を適切にマネジメントできている会社は、誰にとっても働きやすい組織になっているという感覚を持っているとも語ります。
これまでは人が会社に合わせるという考え方でしたが、これからは会社が多様な人材に合わせて人事や組織を変えていかなければ、企業間競争に勝ち残れない。人材不足は、豊富で多様な人材をいかに登用し、いかすかという企業側のマネジメントの問題だというのが、江島教授の見方です。
業務を細分化し、一人ひとりに合った役割を任せるには、仕事の中身と求める役割を明確にしておくことが出発点になります。
業務を細分化し、適材適所を実現するために
多様な人材がそれぞれの力を発揮するには、仕事の中身や求める役割を明確にし、業務を細分化して適材適所に配置することが大切です。JOB Scopeでは、職務の定義から評価・報酬までの全体像をまとめた、ジョブ型人事制度設計のためのフレームワーク資料を無料で提供しています。
事業承継は「渡す側」と「受け取る側」の準備が勝負
中小企業の大半は同族経営であり、事業承継の問題は避けられません。ただし江島教授は、後継ぎが見つかれば解決という数合わせの話ではないと言います。必要なのは、組織を任せ、発展させられる能力を持った後継者です。
| 事業承継で押さえたいこと | 内容 |
|---|---|
| 世代交代でパフォーマンスは落ちると心得る | 偉大な創業者の後を継ぐのは至難の業。組織の活力低下を前提に、その程度を抑える準備をする |
| 守るだけでも、変えるだけでもいけない | 暖簾や家訓を受け継ぎつつ、新しい付加価値を生み出すプレッシャーと向き合う |
| 渡す側にも責任がある | 後継者の能力だけの問題ではない。バトンを渡す側の関わり方も問われる |
| 承継のかなり前から関わり合う | 語り合う場をつくり、互いの考えを理解し、学び、関係性を築く。どのタイミングで、どの部分を渡すかを準備する |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
今走っている経営者と後継者の走るスピードは異なります。渡すタイミングや渡す部分を誤れば、バトンを落としてしまうかもしれません。準備こそが、事業承継というレースの勝敗を分けると江島教授は語ります(後継者育成については、高田朝子教授の解説記事でも紹介しています)。
日本の起業環境――「少産少死型」と起業家社会への課題
アントレプレナー人材は確実に増えているものの、海外と比べると、ユニコーンのような急成長型の起業家や、社会を変えるイノベーションはまだ少ないと江島教授は言います。
| 日本 | 英米 | |
|---|---|---|
| 起業と廃業 | 起業も廃業も少ない「少産少死型」 | 起業も廃業も多い「多産多死型」 |
| 起業の典型 | 会社で経験を積んでからスピンオフ・スピンアウト、家業の継承 | 独立起業の割合が比較的高い |
| 起業後 | 倒産・廃業の割合は高くない | 廃業率が比較的高い |
出典:江島教授への取材をもとに編集部作成
どちらがよい悪いではなく、歴史や文化、制度の違いによるもので、日本特有のあり方があってもよいと江島教授は言います。リスクマネーの増加や、資本金1円での起業も可能になるなど、環境は着実に整ってきました。
一方で、「なぜわざわざ起業するのか」という周囲の冷ややかな目や、失敗や再挑戦への社会の寛容性の低さは、まだ根強く残っています。大学の起業支援や社内ベンチャー制度、副業制度、若くして起業に挑戦し失敗した人を評価する企業も出てきました。周囲の人や組織、地域が、自然に挑戦者と失敗者を応援し続ける起業家社会へ――それが江島教授の願いです。
よくある質問(FAQ)
Q. 企業家的志向性(EO)とは何ですか?
A. 経営トップを中心に企業組織が、市場に対して革新的で一歩先取りし、リスクを恐れずに行動する思考と行動の様式のことで、会社の成長に欠かせない戦略概念とされています。江島教授は、守りより攻め、分析より行動、既存より新規、正確さよりスピードを重視する姿勢だと説明しています。
Q. なぜ企業家的志向性が中小企業の成長の鍵なのですか?
A. 江島教授によると、この30年ほどの世界の研究で、企業家的志向性が中小企業の成長の鍵を握ることがわかってきました。コロナ禍を経て市場の特性が変わり、新しいニーズが生まれたニッチな領域で企業家的志向性を発揮することが、今後の中小企業発展のポイントになるとしています。
Q. コロナ禍から中小企業の経営者は何を学びましたか?
A. 江島教授は、最大の学びは内省(振り返り)の価値だとしています。危機の中で事業をそぎ落とし、自社にとって最も大切なものや存在意義を真剣に問い直す体験が、今後の経営の糧になったのではないかと述べています。
Q. 中小企業は人手不足にどう向き合えばよいですか?
A. 江島教授は、自社の魅力や違いをぶれずに打ち出し共感する人を集めることを基本としたうえで、外国籍の人、シニア、主婦層、障がいのある人など多様な人材を広く募集し、業務の細分化や適材適所の配置、きめ細かなマネジメントで会社の側が合わせていくことが大切だとしています。
Q. 事業承継で大切なことは何ですか?
A. 江島教授は、後継ぎが見つかれば解決という数合わせではなく、組織を発展させられる後継者が必要だとしています。世代交代で組織の活力が落ちることを前提に、渡す側と受け取る側が承継のかなり前から関わり合い、語り合う場をつくって準備することが勝敗を分けると述べています。
まとめ:内省で原点を確かめ、企業家的志向性で突き抜ける
- コロナ禍は、自社の存在意義を問い直す「内省」の機会になった
- 企業家的志向性(EO)は、革新的で先取り的、リスクを恐れない思考と行動の様式であり、中小企業の成長エンジン
- 人手不足は、多様な人材を登用しいかすマネジメントの問題。会社の側が人材に合わせて変わる時代
- 事業承継は、渡す側と受け取る側が早くから関わり合う準備が勝負
- 日本は少産少死型。挑戦者と失敗者を応援する起業家社会への進化が求められている
後編では、アントレプレナーシップ・マインドを地域に根付かせる方法、大学でのアントレプレナーシップ教育とエフェクチュエーション、大経大ENT塾の取り組み、多様な特性を持つ起業家の研究、そして西粟倉村に学ぶオーセンティック経営について解説します。
多様な人材がいきる組織づくりを、プロと一緒に
多様な人材がそれぞれの力を発揮し、企業家的志向性を組織に根付かせるには、役割や評価、育成の仕組みを自社に合わせて整えることが大切です。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援します。
▶ 後編:アントレプレナーシップ教育とは?「起業家を育てる」本質とエフェクチュエーション、西粟倉村に学ぶオーセンティック経営(内部リンク)
▶ インタビュー全文:企業家的志向性はアントレプレナーシップの原動力(前編)(JOB Scopeマガジン)