[JOBSCOPE]教授インタビュー解説

草の根イノベーションとは?問いから始める技術経営|同志社大学・太田原準教授

作成者: JOB Scope編集部|Oct 18, 2026, 7:11:14 AM

 

草の根イノベーションとは、特別な才能や巨額の投資がなくても普通の人が実現でき、既存の仕組みを生かしながら日々の生産性を高めていくイノベーションです。同志社大学の太田原準教授は、イノベーションとは「必要なアイデアや技術を、必要としている人に届けること」であり、利益は後からついてくると語ります。

イノベーションの必要性が叫ばれて久しいものの、日本企業ではなかなか進まない――そうした声は少なくありません。「こうしたら良いのに」と思っても、その理由や結果を考え、実行に移す人は多くないのが現実です。

本記事では、経営史と技術経営論を専門とする太田原教授へのインタビューをもとに、「問い」から始める技術経営の考え方、イノベーションの本来の意味、草の根イノベーションと「包摂型イノベーション」、そして生産性の高い産業の経営手法を自治体や農業に広げる研究について解説します。

この記事でわかること

・「問い(リサーチ・クエスチョン)」から始める技術経営の考え方

・技術から考える「テクノロジープッシュ」と、ニーズから考える「ニーズプル」の違い

・イノベーションとは「必要なものを必要な人に届けること」

・草の根イノベーションと、成果を社会に行き渡らせる「包摂型イノベーション」

・製造業の経営手法を、自治体や農業に広げる取り組み

取材協力:太田原 準 氏

同志社大学 商学部 教授(取材時)。専門は経営史、技術経営論で、自動車産業を対象とした経営学・経営史の実証研究を行う。2001年3月京都大学大学院経済学研究科修了、博士(経済学)。龍谷大学・立命館大学の非常勤講師、東邦学園大学の専任講師・助教授を経て、2007年4月同志社大学商学部准教授、2013年4月より現職。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

「問い」から始める技術経営――リサーチ・クエスチョンとの出会い

太田原教授は2007年4月に同志社大学商学部に着任し、「技術経営論」を担当しました。しかし、MOT(技術経営)は海外から輸入された学問であることに違和感があり、技術の裏付けを持たない文系の学生にどう教えればよいかに悩んだといいます。

そこで手がかりになったのが、一橋大学名誉教授の佐藤郁哉氏から学んだ「リサーチ・クエスチョン(問い)」の重要性でした。太田原教授は、問いを起点に技術を探し、構想を育てて社会に実装するという方式で技術経営を教えることにしたのです。

テクノロジープッシュとニーズプル

観点 テクノロジープッシュ ニーズプル
出発点 技術(どんな技術があるか) 問い・ニーズ(社会や人々に何が必要か)
進め方 技術を起点に、その使い道や市場を考える 問いを起点に、解決に必要な技術を探し、構想を育てて社会に実装する
位置づけ 標準的なMOTの考え方(1981年にMITのビジネススクールで始まったとされる) 太田原教授が授業で重視する考え方

出典:太田原教授への取材をもとに編集部作成

大学院生のころから自動車産業、特にホンダの歴史を研究してきた太田原教授は、本田宗一郎氏をニーズプルの典型と見ています。欧米の技術の導入から始まった企業が多いなか、本田氏は「大衆のために何が必要か」という問いから事業を始めました。その出発点は、戦後、無線機の発電用エンジンを自転車に取り付けた、通称「バタバタ」だったとされます。

イノベーションとは「必要なものを、必要な人に届けること」

太田原教授は、イノベーションを「必要なアイデアや技術を、必要としている人に届けること」と捉えています。利益は、その結果として後からついてくるものだというのです。

日本企業でイノベーションが進まない理由について、太田原教授は「草の根イノベーション」に立ち返ることを提言します。「こうしたら良いのに」と思うことはあっても、その理由や結果を考え、実際に行動に移す人は多くありません。

太田原教授が共感するのが、2006年にノーベル経済学賞を受賞したエドモンド・S・フェルプス氏の著書『なぜ近代は繁栄したのか――草の根が生みだすイノベーション』(みすず書房)の議論です。生産性よりも、人々の幸福度を高めるために、草の根の生き方を取り戻すべきだという考え方です。

草の根イノベーションとは――成果を社会に行き渡らせる「包摂型」

生産性の向上は所得の向上につながりますが、その成果が社会に行き渡るには分配の仕組みが前提になると太田原教授は言います。そこで紹介するのが、2024年にノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル氏とジェームズ・ロビンソン氏らによる、「収奪型」と「包摂型」という区別です。

観点 収奪型 包摂型
成果の行き先 少数の富豪を生むだけで、成果が一部に集中する 成果が社会に広く行き渡る
AIの使い方の例 人の仕事を奪う使い方 人の労働力を補完し、能力を高める使い方

出典:太田原教授への取材をもとに編集部作成

太田原教授が提唱する草の根イノベーションは、この包摂型のイノベーションです。そこには2つの意味があります。

草の根イノベーションの意味 内容
① 普通の人が実現できる 特別な才能や巨額の投資がなくても、身近な「こうしたら良いのに」から始められる
② 既存の仕組みを生かして日々の生産性を高める まったく新しいシステムをつくるのではなく、今ある仕組みを活用して、日々の仕事の生産性を高めていく

出典:太田原教授への取材をもとに編集部作成

AIを人の仕事を奪う道具ではなく、人の力を補い、能力を高める道具として使う。そうした包摂型の発想が、企業にも社会にも求められています(日本企業のイノベーションが停滞する理由については、原田勉教授の解説記事でも紹介しています)。

技術で人の能力を高めるには、まず一人ひとりが今どんなスキルや経験を持ち、どこを伸ばせるのかを把握しておくことが出発点になります。

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生産性の高い産業の手法を、自治体や農業へ

太田原教授の研究の方向性は、生産性の高い製造業の経営手法を、自治体や農業といった生産性の低いセクターに広げることです。背景には、1980年代から米国で広がり、日本では2000年代から広がったNPM(ニュー・パブリック・マネジメント、新公共経営)の考え方があります。

対象 取り組み
自治体(三重県庁) 最初の事例。職員をトヨタ自動車のTQM(総合的品質管理)部門に1年間出向させ、学んだ手法を県庁の組織に展開した。現在は科研費のプロジェクトで、DXの普及と自治体の効率性・生産性の関係を検証している
農業 生産性の低いセクターの代表として、次の対象に。ハウス栽培や工場内栽培で天候のリスクが減り、テクノロジーで環境の管理もしやすくなったことで、工業と農業を分けて考える発想はなくなりつつある

出典:太田原教授への取材をもとに編集部作成

約7年前には、ヤマハ発動機からの委託で、農業におけるドローン活用を研究しました。ドローンを使いこなす農家は、データを使ってPDCAを回していたといいます。一方で、後継ぎのいない小規模な農家は取り残され、耕作放棄地が増えていく――そこに、太田原教授は日本の農業の大きな課題を見いだしました(中堅・中小企業のイノベーションについては、清水馨教授の解説記事でも紹介しています)。

よくある質問(FAQ)

Q. 草の根イノベーションとは何ですか?

A. 太田原教授が提唱する考え方で、①特別な才能や巨額の投資がなくても普通の人が実現できること、②既存の仕組みを生かして日々の生産性を高めること、の2つの意味を持つイノベーションです。成果を社会に行き渡らせる「包摂型」のイノベーションでもあります。

Q. イノベーションとは何ですか?

A. 太田原教授は、イノベーションを「必要なアイデアや技術を、必要としている人に届けること」と捉えています。利益は、その結果として後からついてくるものだとしています。

Q. ニーズプルとテクノロジープッシュの違いは何ですか?

A. テクノロジープッシュは技術を起点に使い道や市場を考える方法で、標準的な技術経営(MOT)の考え方です。ニーズプルは、社会や人々に何が必要かという問いを起点に技術を探す方法です。太田原教授は、本田宗一郎氏をニーズプルの典型として挙げています。

Q. 包摂型イノベーションと収奪型イノベーションの違いは何ですか?

A. ノーベル経済学賞を受賞したアセモグル氏らによる区別で、収奪型は成果が少数に集中し、包摂型は成果が社会に広く行き渡るイノベーションです。太田原教授は、AIを人の仕事を奪うために使うのは収奪型、人の能力を補完して高めるために使うのは包摂型だと説明しています。

Q. 生産性の低い産業の生産性を高めるには?

A. 太田原教授は、生産性の高い製造業の経営手法を、自治体や農業に広げる研究を進めています。三重県庁では職員をトヨタ自動車のTQM部門に出向させ、学んだ手法を県庁組織に展開しました。次の対象として農業に取り組んでいます。

まとめ:「こうしたら良いのに」を、必要な人に届ける

  • 技術経営は「問い(リサーチ・クエスチョン)」から始め、技術を探し、構想を育てて社会に実装する
  • 技術起点のテクノロジープッシュに対し、ニーズを起点とするニーズプル。本田宗一郎氏はその典型
  • イノベーションとは、必要なアイデアや技術を必要な人に届けること。利益は後からついてくる
  • 草の根イノベーションは、普通の人が実現でき、既存の仕組みで日々の生産性を高める「包摂型」のイノベーション
  • 生産性の高い製造業の手法を、自治体や農業に広げる。次の挑戦は農業の担い手不足

では、草の根イノベーションは農業の現場でどのように形になったのでしょうか。後編では、ゼミの学生たちが農業支援の現場で気づいたボトルネックから生まれたスタートアップ「AGRI-PASS」の挑戦と、「稼げる農業」の仕組みづくり、文理融合のアントレプレナーシップ教育について紹介します。

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