農業の担い手不足をどう解決する?AGRI-PASSの挑戦|同志社大学・太田原準教授

 

農業の担い手不足を解決するには、農地や技術があっても労働力が農業に向かわない仕組みを変える必要があります。同志社大学の太田原準教授は、ゼミの学生が農業支援の現場で見つけたボトルネックをきっかけに、文系と理系の学生が協働して農業労働力支援システムを開発し、スタートアップ「AGRI-PASS」の設立と全国への展開につなげました。

米価の高騰や農業従事者の高齢化など、日本の農業は多くの課題を抱えています。とりわけ深刻なのが担い手不足です。前編で紹介した「草の根イノベーション」は、農業の現場でどのように形になったのでしょうか。

本記事では、太田原教授へのインタビューをもとに、日本の農業の担い手不足の実態、学生が現場で気づいたボトルネックとAGRI-PASSの誕生、集落営農のデータ統合という次の挑戦、「稼げる農業」と「9.1農業」の構想、文理融合のアントレプレナーシップ教育、そしてジョブ型雇用への見解と「進化するジョブ」について解説します。

この記事でわかること

・日本の農業の最大の課題「担い手不足」の実態

・学生が農業支援の現場で見つけたボトルネックと、AGRI-PASSの誕生

・集落営農のデータ統合と「稼げる農業」の仕組みづくり

・文系と理系が協働するアントレプレナーシップ教育

・ジョブ型かメンバーシップ型かではなく「進化するジョブ」へ

取材協力:太田原 準 氏

同志社大学 商学部 教授(取材時)。専門は経営史、技術経営論で、自動車産業を対象とした経営学・経営史の実証研究を行う。2001年3月京都大学大学院経済学研究科修了、博士(経済学)。龍谷大学・立命館大学の非常勤講師、東邦学園大学の専任講師・助教授を経て、2007年4月同志社大学商学部准教授、2013年4月より現職。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

日本の農業の最大の課題は「担い手不足」

太田原教授は、日本の農業の最大の課題は担い手不足だと言います。中山間地の零細農家の平均年齢は約73歳。こうした農家の農地がすべて手放されると、耕作可能な土地は現在の半分になると見込まれています。

土地も技術もあるのに、労働力が農業に向かう仕組みが整っていない――これが問題の本質だと太田原教授は指摘します。

学生が現場で見つけたボトルネック

マッチングアプリに関心を持っていたゼミの学生たちは、議論の末に「今いちばんマッチングを必要としているのは農業ではないか」という仮説にたどり着きました。そこで、龍谷大学の眞鍋邦大氏の紹介で、JA全農おおいたで農業支援に取り組んでいた花木正夫氏(現・JA全農ふくれん)の取り組みを視察しました。

花木氏は、地域の農家がいずれなくなることを前提に、離農する農家に代わって栽培から出荷までを請け負う事業を進めていました。大分県の山間部で約3年続けてきたこの事業は、年間延べ約2.5万人の労働者を農地に送り出していました。

観点 現場の状況
シフト管理の方法 Excelと紙のファイルで管理
考慮すべき条件 技術、経験、運転できるかどうか、作業の希望など多数
担当者の負担 限界に近づいていた

出典:太田原教授への取材をもとに編集部作成

学生たちは、「このボトルネックを解消しない限り、事業はこれ以上伸びない」と指摘し、データの収集とシステム化に乗り出しました。

文理の協働で生まれた農業労働力支援システムと「AGRI-PASS」

段階 内容
① 要件定義(商学部) 学生が作業記録を付け、依頼者と作業者の記録を突き合わせて、最適なチーム編成の要件を定義。UI・UXまでを卒業論文にまとめた
② 試作(理工学部) プログラミングができない商学部の学生に代わり、理工学部の小板隆浩教授の研究室が、半年ほどで試作品を開発
③ 現場の評価 試作品を見た花木氏が「これが欲しかった」と評価し、教育・研究で終わらせないよう求めた
④ 事業化 2024年6月、太田原教授と小板教授の出資でスタートアップ「AGRI-PASS」を設立。代表取締役は小板研究室の卒業生で、商学部・理工学部の卒業生が副業で役員を務める
⑤ 展開 JA全農ふくれん(福岡県本部)がシステムの利用権を購入し、JA全農おおいた、JA全農兵庫にも提供。ホクレン農業協同組合連合会ではトライアル版が導入されている

出典:太田原教授への取材をもとに編集部作成

現場で使ってもらうと、「使いづらいじゃないか」という厳しい指摘も受けました。学生たちは半泣きになりながら修正を重ね、「これが現場なのか」と実感したといいます。

次の挑戦――集落営農のデータ統合で「後継者づくり」へ

現時点で実現したのは、シフトと作業チームの編成(番割)の自動化までです。しかし太田原教授は、これは請負の仕組みのボトルネックを解消する「応急措置」の第一フェーズにすぎないと言います。本丸は、農業の後継者づくりです。

優先順位 労働力・資源の確保の方法
① 集落の中で、農家同士や集落営農法人同士が、労働力・スキル・情報・農機を共有する
② それでも足りなければ、近隣の集落へ広げる
③ 最後に、農作業の請負を使う

出典:太田原教授への取材をもとに編集部作成

そのためには集落営農のデータ基盤が必要です。農家や法人の経営データを統合し、「バーチャルな経営体」をつくるイメージだと太田原教授は言います。ただし、農業はノウハウの塊で、作物や繁忙期もそれぞれ異なります。Excelでは属人的にしか対応できず、高齢の農家はExcelを使えないことも多いため、まずは誰かが入力を代行する必要があります。

1年間の作業スケジュール、必要な労働力、見込まれる収穫量と収益をヒアリングして集約し、地域のマスタープランを策定する。足りない部分は外部の請負で埋める。推進の主体には、地域、JA、自治体を想定しています。取材時点では、2025年7月から福岡の地域農協と連携して、複数の集落営農法人の作業計画データの統合に着手する予定だとしていました。

一人ひとりの技術や経験、希望を把握して最適なチームを組むという考え方は、農業に限らず、企業の人材配置にも通じるものです。

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「稼げる農業」と「9.1農業」――農地を守る構想

若手や動ける人がいる法人の作業時期をずらして組み合わせ、担い手を確保する。足りない分は農作業の請負で補う。データ基盤と請負システムが補い合うことで、集落営農の持続可能性を高めるのが太田原教授の構想です。その順序は、まず日本の農地を守り、生産性を上げられるところを見極め、「稼げる農業の仕組み」を築くことです。

実質所得が1,000万円を超えれば、「それなら後を継ごうか」とUターンする若者も出てくると太田原教授は考えています。この構想は「農林水産業みらいプロジェクト」に選ばれ、助成を受けています。戦後の焼け野原で本田宗一郎氏が「バタバタ」をつくったような、泥臭い取り組みが必要だといいます。

人生の1割を農業に――「9.1農業」

太田原教授が花木氏とともに推進するのが「9.1農業」です。「あなたのライフスタイルに、農的な生活を1割取り入れませんか?」をコンセプトに、本業9割、農業1割で、多くの人が少しずつ農業に関わる運動です。企業や町内会の単位で稲刈りに参加するだけでも、食料自給率や米の生産力を守ることにつながるといいます。

律令制の時代から続く短冊形の区分田は、非効率でも一度手放せば元には戻りません。太田原教授は、水田の価値は米の出荷額だけでなく、食料安全保障を含む多面的な価値で測るべきだと主張します。AGRI-PASSのシステムが9.1農業のような動きに加われば、農業に関わる人が増え、効率よく機能することが期待されます。

文理融合のアントレプレナーシップ教育

AGRI-PASSが評価されている理由について、太田原教授は文系と理系の連携を挙げます。研究を通じた教育は同志社の建学の精神であり、「良心教育」に沿って学生の問いや行動力を育てる場として、アントレプレナーシップ教育を位置づけているといいます。

担い手 役割 片方だけだと
商学部(文系) ニーズを発掘し、要件を定義する 「絵に描いた餅」になる
理工学部(理系) 要件を動くシステムとして試作する 「何に使うのかよくわからない」プログラムに終わる

出典:太田原教授への取材をもとに編集部作成

両者が分業し、協業して現場に実装する。その教育効果が評価されているのです。太田原教授は小板教授とともに、2003年に始まったプロジェクト型学習(PBL)の「同志社ローム記念館プロジェクト」を運営しています。理系の学生を中心に約3,500人が参加し、約400のプロジェクトが立ち上がってきました。これをタナベコンサルティングと連携したアントレプレナーシップ教育へ移行させ、企業の事業課題を学生のアイデアで解決し、事業化までを目指す仕組みを、2025年から本格的に動かすとしていました(取材時)。

起業を志す若者の母集団は大きくなる

太田原教授は、日本からアントレプレナーが生まれる動きはさらに大きくなると見ています。副業が認められるようになったこと、起業のハードルが下がったことがその理由です。大企業に入れば一生安泰という時代ではないなか、文理や性別を問わず「自分たちが起業するなら何ができるか」と考える層が広がっています。一度や二度失敗してもやり直せる仕組みはすでにあり、それを社会全体に広げていくことが重要だといいます(アントレプレナーシップ教育の本質については、江島由裕教授の解説記事でも紹介しています)。

現場に寄り添う姿勢の原点

太田原教授が現場の困りごとに向き合い、学生に伴走する背景には、30代前半に東京大学の藤本隆宏氏の研究プロジェクトで、製造業の現場を徹底して歩いて理論化する姿勢に触れたこと、京都大学の塩地洋氏から注目されにくい事例に重要な示唆を見いだす姿勢を学んだことがあります。そして、農業経済学者として北海道大学で教壇に立ち、農家と膝詰めで話していた父・太田原高昭氏の姿もあるといいます。

ジョブ型かメンバーシップ型かではなく、「進化するジョブ」へ

ジョブ型雇用について、太田原教授は、ジョブ型かメンバーシップ型かは一辺倒ではなく、個人や組織の中で混ざり合うものだと言います。大学院時代に「それで君は何ができるの?」と問われ、新米の非常勤講師でも責任を免除されなかった太田原教授自身のキャリアは、最初からジョブ型でした。一方で、同志社には教職員を「同志」とするメンバーシップの文化もあるといいます。

観点 太田原教授の見方
議論の前提 ジョブ型・メンバーシップ型の議論は、主に大企業の人事制度を念頭に置いている
ジョブ型の働き手 農業、漁業、建設業、中小企業の事務や営業、エッセンシャルワーカーの多くは、昔からジョブ型の労働市場にある
メンバーシップ型の成り立ち 大企業も設立当初は専門性を持つ人々の分業から始まった。競争上、新卒一括採用に乗り出したことがメンバーシップ型の始まりで、支配的になったのは理論よりも歴史的な条件による

出典:太田原教授への取材をもとに編集部作成

そのうえで太田原教授は、中小・中堅企業の経営者や人事責任者に向けて、「草の根イノベーション」を、自分自身と従業員の「ジョブ」として実践してほしいと語ります。ジョブ型雇用の先にあるのは、ジョブそのものをより良くしていくこと――「硬直したジョブではなく、進化するジョブ」です。諦めずに続ければ、小さな気づきを大きな変化に育てられる。そうすれば、個人も社会もより幸せになれると太田原教授は信じています(社員が自ら仕事をより良く変えていく考え方については、池田めぐみ助教の解説記事でも紹介しています)。

よくある質問(FAQ)

Q. 日本の農業の最大の課題は何ですか?

A. 太田原教授は、担い手不足だとしています。中山間地の零細農家の平均年齢は約73歳で、こうした農家の農地がすべて手放されると、耕作可能な土地は現在の半分になると見込まれています。土地や技術はあっても、労働力が農業に向かう仕組みが整っていないことが問題だといいます。

Q. AGRI-PASSとは何ですか?

A. 同志社大学の商学部と理工学部の学生・教員が協働して開発した農業労働力支援システムを提供するスタートアップです。2024年6月に設立され、農作業のシフトと作業チームの編成を自動化するシステムが、JA全農ふくれんなどで活用されています。

Q. 農業の担い手不足を解決するにはどうすればよいですか?

A. 太田原教授は、まず集落の中で農家や集落営農法人同士が労働力・スキル・情報・農機を共有し、足りなければ近隣の集落へ広げ、最後に農作業の請負を使う順序を提案しています。そのために集落営農のデータを統合し、地域のマスタープランを策定する構想を進めています。

Q. 「9.1農業」とは何ですか?

A. 本業9割、農業1割で、多くの人が少しずつ農業に関わる運動です。「あなたのライフスタイルに、農的な生活を1割取り入れませんか?」をコンセプトに、企業や町内会の単位で稲刈りに参加するなどして、食料自給率や米の生産力を守ることを目指しています。

Q. 「進化するジョブ」とは何ですか?

A. 太田原教授は、ジョブ型雇用の先にあるのは、ジョブそのものをより良くしていくことだとし、それを「硬直したジョブではなく、進化するジョブ」と表現しています。中小・中堅企業には、草の根イノベーションを自分自身と従業員のジョブとして実践してほしいと語っています。

まとめ:現場の気づきを仕組みに変え、農業と仕事を「進化」させる

  • 日本の農業の最大の課題は担い手不足。土地や技術はあっても、労働力が農業に向かう仕組みがない
  • 学生が現場で見つけたシフト管理のボトルネックから、文理の協働でシステムが生まれ、AGRI-PASSとして事業化された
  • 次の挑戦は、集落営農のデータ統合で後継者をつくり、「稼げる農業」の仕組みを築くこと
  • 文系がニーズと要件を、理系がシステムを担う分業と協業が、アントレプレナーシップ教育として評価されている
  • ジョブ型かメンバーシップ型かではなく、草の根イノベーションでジョブそのものを「進化」させる

前編で紹介した「草の根イノベーション」は、必要なものを必要な人に届けることから始まります。農業の現場で生まれたAGRI-PASSの挑戦は、その考え方が、普通の人の手で社会を変えうることを示しています。

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ジョブそのものをより良くしていくには、まず今の職務の内容や求められるスキルを明確にしておくことが出発点になります。DEFiDEでは、ジョブ型人事の基本となる職務の枠組みをまとめた資料を提供しています。

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Written By: JOB Scope編集部

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