感謝と称賛を職場に根づかせるには、経営層が「何のために取り組むのか」という目的を示し、現場では身近な小さな行動から始めることが大切です。東京女子大学の正木郁太郎准教授は、トップダウンで目的を示し、ボトムアップで手軽に始めることが鍵であり、人や組織への投資は、中小・中堅企業ほど大きな効果を生むと語ります。
感謝と称賛が大切だとわかっても、いざ職場で取り組もうとすると、「わざとらしい」「面倒だ」と感じる人もいるかもしれません。どうすれば無理なく続けられるのでしょうか。
本記事では、正木准教授へのインタビューをもとに、感謝と称賛を職場に根づかせる第一歩、心理的安全性や企業文化との好循環、サンクスカードなどのツールの生かし方、研修より大切なこと、そして中小・中堅企業こそ組織力に投資すべき理由を解説します。
この記事でわかること
・感謝と称賛を職場に根づかせる3つの進め方
・感謝・称賛と心理的安全性、企業文化の好循環
・サンクスカードやポイント制を生かすポイント
・研修より大切な「一歩踏み出す勇気」
・中小・中堅企業こそ、人と組織への投資が効く理由
東京女子大学 現代教養学部 心理学科 准教授(取材時)。2017年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(社会心理学)。東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、同人文社会系研究科研究員を経て、2021年4月東京女子大学現代教養学部専任講師、2024年4月より現職。専門は社会心理学で、職場のダイバーシティ、感謝と称賛のコミュニケーション、オフィス環境や働き方の制度とチームワークの関係などを研究。民間企業との共同研究やアドバイザーも務める。著書に『感謝と称賛』(東京大学出版会)、『強い組織は「感謝と称賛」でつくられる』(日本能率協会マネジメントセンター)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
正木准教授は、前著『感謝と称賛』(東京大学出版会)で、学術研究と企業の事例を紹介しています。そのうえで、職場で取り組む際の進め方として、次の3つを勧めています。
| 進め方 | 内容 |
|---|---|
| ① 目的を伝える(トップダウン) | マネジメント層が、感謝と称賛に取り組むメリットと「何のために取り組むのか」を伝える。可能なら根拠も添える |
| ② 身近な行動から始める(ボトムアップ) | 現場が重く捉えすぎないよう、仕事で関わる相手に「何を助けてもらってうれしかったか」を伝えるなど、手軽なことから始める |
| ③ イベントにして体験する | 「感謝デー」を設けたり、朝礼で感謝をテーマにしたりして、全社や部署で全員が体験する。良い点があれば続ける |
出典:正木准教授への取材をもとに編集部作成
正木准教授のゼミでは、旅行のお土産に「いつもありがとうございます」と書いた付箋を添えて渡す学生がいたといいます。こうした小さな行動の積み重ねが、感謝と称賛の文化をつくっていきます。鍵は、トップダウンで目的を示し、ボトムアップで手軽に始めることです(小さく始めて長く育む職場の取り組みについては、松本雄一教授の解説記事でも紹介しています)。
感謝と称賛を実践することは、心理的安全性、つまり対人関係のリスクを恐れずに率直に発言できる状態につながります(経営トップが心理的安全性を前提に人材を生かす考え方については、清水勝彦教授の解説記事でも紹介しています)。
その関係は双方向です。感謝と称賛が企業文化を良くする一方で、企業文化によって、感謝と称賛の根づきやすさも変わります。コミュニケーションへの投資を大切にする会社では根づきやすく、一人ひとりが独立して働くことを良しとする会社では根づきにくい傾向があるといいます。
感謝を伝えるためのサンクスカードやポイント制などのツールについて、正木准教授は使い方次第で効果があると言います。ある会社では、サンクスカードを導入した部署の方が、導入しなかった部署よりもエンゲージメント調査の得点が伸びたという結果も出ているそうです。
| ツールを生かすポイント | 内容 |
|---|---|
| ツールより運用 | ツールを入れること自体より、どう運用するかが大切 |
| 場面で使い分ける | 口頭とツールのどちらが良いかは一概にいえない。場面に応じて使い分ける |
| 現場と相談する | 運用の仕方を現場と相談しながら、自社に合った形に整えていく |
出典:正木准教授への取材をもとに編集部作成
正木准教授は、新著『強い組織は「感謝と称賛」でつくられる』(日本能率協会マネジメントセンター)を出版しました。前著は実務に寄せつつもデータが中心で難しかったという反省から、前著を学術的な「フォーマル版」、新著を一般向けの「カジュアル版」と位置づけています。
| 新著の3つの柱 | 内容 |
|---|---|
| ① 理論的な根拠 | 感謝と称賛が大切な理由を、心理学などの理論と実験・調査の結果からダイジェストで紹介 |
| ② 個人でできる工夫 | 一人ひとりが実践できる工夫を、背景となる理論や企業の事例とともに提案 |
| ③ 企業の事例 | 実際に取り組んでいる企業の事例を紹介。人事担当者が自社の参考にできる |
出典:正木准教授への取材をもとに編集部作成
正木准教授が伝えたいのは、身近な小さな工夫で組織は変えられるということです。ダイバーシティの話は大きくなりすぎて「自分事」になりにくい面があります。経営者や人事の役割は大きいと認めつつ、一人ひとりの取り組みも大切だと考えています。読者が自社で試し、うまくいった例もいかなかった例も共有してくれることを歓迎しており、研究は大学の研究者だけのものではないと言います。
感謝と称賛を学ぶ研修プログラムもあり、正木准教授も監修に関わっています。ただし、研修が向く会社とそうでない会社があるといいます。
| 会社のタイプ | 向いている取り組み |
|---|---|
| 感謝と称賛を体系的なビジネススキルとして身につけたい会社、目的から現場に浸透させたい会社 | 研修プログラム |
| すでに互いに敬意を伝え合う文化があり、直感や経験を重視する会社 | 研修より先に、感謝を伝える機会や手段を導入する |
出典:正木准教授への取材をもとに編集部作成
正木准教授自身も、感謝や称賛を面倒に感じることはあるといいます。それでも、感謝と称賛を人間関係への投資と捉え、怒りを向けない選択をしているそうです。行動は思想や信条とは別のもので、良い人間になる必要はありません。思ったことは、言わなければ伝わらない――大切なのは、一歩踏み出す勇気です。
一歩を踏み出したら、次はその取り組みを一時的なもので終わらせない工夫が必要になります。
感謝と称賛を生かす仕組みをつくる
感謝と称賛を職場に根づかせるには、日常のコミュニケーションの場づくりと、評価や育成の仕組みを組み合わせて考えることが役立ちます。DEFiDEでは、人事制度や組織づくりの課題について相談を受け付けています。
正木准教授は、人や組織への投資の効果は、中小・中堅企業の方が大きいと言います。
| 観点 | 大企業 | 中小・中堅企業 |
|---|---|---|
| 経営の回り方 | 仕組みで経営が回るため、人が入れ替わっても急には揺らぎにくい | 人材の確保が難しく、特定の人に頼って回っていることが多い |
| 人と組織への意識 | 効果が経営に表れるまでに時間がかかる | チームワークへの意識が経営に効きやすい |
| 必要な道具 | 大規模な調査やシステムを使うことが多い | 日常のコミュニケーションや地道な取り組みで十分に効果が出る |
出典:正木准教授への取材をもとに編集部作成
正木准教授は、社会心理学などの理論を「たたき台」として活用することを勧めています。理論をそのまま使えることは少なくても、工夫の出発点や武器になるからです。「社会心理学」などのキーワードで、わかりやすい本を探してみるのも一つの方法です。
A. 正木准教授は、マネジメント層が「何のために取り組むのか」という目的を伝え、現場では「何を助けてもらってうれしかったか」を伝えるなど身近な行動から始めること、さらに「感謝デー」などで全員が体験する機会をつくることを勧めています。トップダウンで目的を示し、ボトムアップで手軽に始めることが鍵です。
A. 正木准教授は、使い方次第で効果があるとしています。ある会社では、サンクスカードを導入した部署の方が、導入しなかった部署よりもエンゲージメント調査の得点が伸びたという結果もあります。ツールより運用が大切で、場面に応じた使い分けと、現場と相談しながらの運用が勧められています。
A. 感謝と称賛の実践は、対人関係のリスクを恐れずに率直に発言できる心理的安全性につながります。一方で、コミュニケーションへの投資を大切にする企業文化があるほど、感謝と称賛は根づきやすくなり、両者は好循環の関係にあります。
A. 正木准教授は、感謝と称賛を体系的なビジネススキルとして身につけたい会社には研修が向く一方、すでに互いに敬意を伝え合う文化がある会社では、研修より先に感謝を伝える機会や手段を導入するのがよいとしています。
A. 大企業は仕組みで経営が回るため人が入れ替わっても揺らぎにくい一方、中小・中堅企業は特定の人に頼って回っていることが多く、チームワークへの意識が経営に効きやすいためです。正木准教授は、日常のコミュニケーションや地道な取り組みで十分に効果が出るとしています。
前編ではダイバーシティを現実的に進める考え方を、中編では感謝と称賛が組織力を高める理由を見てきました。多様な人が集まる組織だからこそ、日常の小さな「ありがとう」と「すごいね」が、人と人をつなぐ力になります。
人と組織の状態を、実際の画面で確かめる
社員一人ひとりの役割や目標、評価、育成の状況を一元的に把握できれば、日常のコミュニケーションや称賛の機会を仕組みとして支えやすくなります。DEFiDEの「JOB Scope」では、実際の画面を見ながら説明を受けられる個別オンラインデモを行っています。
▶ 前編:深層ダイバーシティとは?「多様性は諸刃の剣」を前提に、自社にとって大切な違いを定義する方法と、管理職を救う価値観の線引き(内部リンク)
▶ 中編:感謝と称賛は組織力をどう高めるのか?「当たり前」をデータで確かめる意味と、人と人の「線」を太くする効果、テレワークとの付き合い方(内部リンク)
▶ インタビュー全文:社会心理学が解き明かす強い組織のつくり方――ダイバーシティ時代に求められる「感謝」と「称賛」の実践知(後編)(JOB Scopeマガジン)