ダイバーシティ推進や人的資本経営、心理的安全性、エンゲージメント向上――。企業には多様な組織課題への対応が求められている。しかし、制度や仕組みを整えるだけでは組織は変わらない。組織を動かすのは人であり、人と人との信頼関係である。本インタビューでは、社会心理学を専門とする東京女子大学准教授・正木郁太郎氏に、集団心理やダイバーシティ研究の知見を基に、現代の組織が抱える課題とその解決策を聞いた。管理職のマネジメント、感謝と称賛の実践、企業文化の醸成、中小企業における組織力強化まで、学術研究と企業実践を結び付けながら、組織を強くするための具体的なヒントを探る。後編では、職場における感謝と称賛の実践法や新著に込めた想いなどを聞いた。

【後編のエッセンス】 
本編では、正木郁太郎准教授が「感謝」と「称賛」を組織へ定着させる具体的な方法や新著に込めた思い、さらに中小・中堅企業への提言を語る。感謝や称賛は制度だけではなく、その目的を共有し、日常の小さな実践を積み重ねることで企業文化へと発展していくと説明。また、新著では学術的な研究成果を実務へ落とし込み、誰もが職場で実践できる形で紹介したという。さらに、組織改革は大掛かりな制度から始める必要はなく、一人ひとりのコミュニケーションの工夫が組織力を育てる第一歩になると強調。人材確保が重要課題となる中小・中堅企業ほど、人と人との信頼関係への投資が企業競争力を左右すると訴えている。

 

【キーメッセージ】 
① 感謝と称賛を組織へ定着させるには、目的を共有した上で、日常の小さな実践を積み重ねることが企業文化づくりへの近道となる。
② 新著は学術研究の成果を実務へ橋渡しする一冊であり、身近なコミュニケーションの工夫によって誰もが組織をより良く変えられることを伝えている。
③ 人への依存度が高い中小・中堅企業ほど、制度よりも信頼関係や組織力への投資が企業価値を高める重要な経営戦略になる。

01感謝と称賛を職場へ根付かせる実践の第一歩

ここからは、正木先生の著書を紐解かせていただきます。まずは前著『感謝と称賛』(東京大学出版会)では、このテーマをめぐる学術研究や企業事例を紹介されました。組織の中に、 「感謝」や「称賛」を取り入れる際に、正木先生が最も推奨される実践方法は何ですか。

それでいうと、幾つかポイントがあります。まず、一つはマネージャーの方や、会社のマネジメント層が「感謝」と「称賛」のメリットを説明することです。それが、ファーストステップとして必須になると思います。 「しっかりありがとうと言おう」みたいな話だけであれば、言われた側からすると「何を当たり前のことを言っているんだ」と思われがちです。 それだけ日常的な行動で、人によっては当たり前のものでもあるので、そう思うことも納得できます。その意味で、 「それは一体何のために取り組むのか」 「それを通じて何を目指すのか」という、理由や目的をきちんと伝えること、そしてそこにできればエビデンスなどのしっかりとした論拠を加えることは重要だと思います。

一方で、色々な根拠を付けたり、体系的に意見を発信したところで、現場がそれを重く捉えすぎて、かえって動けなくなってしまうのでは、どうしようもありません。やはり、身近に少しずつ取り込めるようにするというのも、これもこれで二つ目の大事なポイントだと思います。

具体的には、これも本当に何かものすごい施策をやるというのではなく、何か普段の仕事で関わる相手に対して、たまには一歩踏みとどまって、 「何を助けてもらって嬉しかったか」、そんな話を伝えるといったところからで良いと思います。

必ずしも感謝と称賛に直結しないのですが、例えばこのような例もあります。私の大学で、私自身もゼミの学生も、よく出張や旅行のお土産を互いに渡しています。そのときにある学年で過去にあった出来事で、感心したことがあるのですが、旅行のお土産を渡してもらう際に一言、 「いつもありがとうございます」とか付箋に書いて、それで渡してもらうことがありました。これくらいのことだったとしても、気持ちが伝わります。 「仕事でしっかりと関わっていてよかった」と思うこともあるかもしれないので、そういうふうに身近なところから、始めてみるのはいかがでしょう。

そういう手軽さみたいな部分と、何のためにとかビジョンや目的という、そこのところを両方、トップダウンとボトムアップでしっかりやっていくことが、鍵になるのかなという気がします。

あとは、強いて補足するとすれば、とはいえ初めにいきなり第一歩を踏み出す勇気はなかなかないみたいなこともあるので、そうなった場合は、全社的や部署・職場の中で「みんなでイベントにする」ということも有効です。会社によっては、毎月何日が感謝デーだとか、今週の朝礼では感謝にフォーカスを当てて伝え合うとか、そういうイベントを実施することもあります。

このようにして、失敗した時に言い訳がつきやすいような、そういうお祭りみたいにしてしまって、まずは全員に体験してもらうということも有効ではないでしょうか。そして、その中でちょっとでも「いいな」と思える部分があれば、イベント以降も継続してもよいと思います。そうして、 「感謝したり、ほめたりするのもたまにはいいものだ」 「緩やかに続けてみようか」ということになれば、十分に第一歩として踏み出せると思います。

02企業文化を育てる感謝と称賛の好循環

「感謝」と「称賛」の実践は、企業文化にも関連してくるように思います。いかがお考えですか。

そうですね。色々なところで影響はするだろうと思っています。まず一つは、そういう感謝や称賛することによって、それこそ心理的安全性(チームや組織内で対人リスクを恐れずに率直に意見や質問、提案ができる状態)みたいな話につながっていきます。

やはり、お互いに良いところは認め合って高め合っていく、そういう文化を作ることです。それを作るための簡単な第一歩として、まずは感謝と称賛を習慣づけることによって、足元を固めていくのが非常に重要だろうと思います。それが良い企業文化作りにつながっていくことになるというのが、感謝と称賛の実践が企業文化と関わる点の一つです。

二つ目は、その逆パターンです。企業文化が感謝と称賛のあり方に影響する、そちらの影響の向きもあるだろうと思っています。これまでに私が関わった会社の中でも、感謝や称賛がしっくりくる会社と、そうではない会社に分かれていました。やはり、普段から「コミュニケーションに投資をするのは大事だよね」 「人に話をするとか、人と前向きに関わるって仕事上欠かせないよね」という理解がある会社では、感謝と称賛が既に実践されているか、導入した際に定着が進むことが多いです。

逆に元々それほどコミュニケーションを取らなくて、どちらかというと良いことも悪いこともあまり話さずに、従業員一人ひとりが独立して働くことがスマートであると思っている会社だと、なかなか定着しない傾向にあるように感じます。

だから、感謝や称賛のあり方が文化によって変わる部分もあれば、感謝や称賛が文化をより良くする、両方の面があるので、やはり感謝や称賛と企業文化は色々な意味で切っても切り離せないものだと思います。

はい、わかりました。正木先生、企業によっては感謝や称賛を社員同士でポイントを与え合うとか、サンクスカードを送るなど、さまざまなアクションを起こしています。それらも良い手立てになるのでしょうか。

使い方によっては、十分良い手だろうと思います。それこそ、ある会社でサンクスカードみたいな施策を実施している部署の方が、実施していない部署よりもエンゲージメントサーベイの得点が伸びていたという結果も出ていたりします。そういう意味では適切に使えば、効果は出ると考えています。

その上で、 「口頭で伝えるのと、そういったアプリを使ったり、カードを使ったりするのとでは、どちらの方が効果的ですか?」みたいな質問もいただくのですが、私としてはどちらでも良いと思います。場面によって使い分けられることが大事だと考えています。それこそ、そんなツールがなくても、一人ひとりの方のコミュニケーションスキルがすごく高い会社であれば、例えば、 「今週は感謝週間。積極的に伝えよう」と言うだけで十分効果はあるかもしれません。

「そう言われても、何をどう伝えれば良いかわからない」、そういう方が多い会社はやはりツールみたいなものを活用して、色々組み合わせながら真意を伝える、相手に対する感謝の気持ちをお互いに伝え合う、そういうところから信頼関係を作って組織力を上げていけばよいと思います。

そういう意味で、一個一個細かいポイントをつける、つけないとか、ツールがどうのみたいな、こうした点は諸説あります。どれが良いか悪いか、なかなか初見ではわからないかもしれませんが、どのような形でも自社で働く人たちの考えや行動に合う形でしっかりと運用すれば、効果は出ると思います。

最終的には、自分の会社に合ったやり方を少しずつ模索していき、場合によってその使い方、運用のやり方を現場の方々と相談しても良いと思います。その意味で、自分たちが使いやすいやり方はどれなのかを現場の皆で相談していただきながら考えていくことをお勧めします。

03新著に込めた「実践へ広げる」という思い

さらには、今年6月 22 日に著書『強い組織は「感謝と称賛」でつくられる』 (日本能率協会マネジメントセンター)が出版されました。こちらを執筆された意図をお聞かせいただけますか。

これに関しては、私自身の反省が一番の念頭にあります。元々、東京大学出版会から出させていただいた前著『感謝と称賛』が、若干実務書に寄せているものではあるものの、やはり研究としてデータを基に語るという本なので、どうしても内容が難しくなっています。それはそれで反省もありました。

やはり、 「ありがとうって大事だ」とだけ言うと、 「何を当たり前のことを言っているのか」になってしまうので、しっかりと経営や組織運営に活かしていただけるためには足元をデータで固める必要があります。ということで前著ではデータを駆使する必要がありました。このことには十分な価値があったと思います。一方で足元を固めたところで、一般の方々からすると読みにくい内容であったら、それはそれで何も広がっていきません。その意味で、東京大学出版会から出させていただいた前著がフォーマル版だとしたら、今度はそのカジュアル版みたい格好で、一般の方向けの導入みたいなものとして読みやすいものがあった方が、より研究であったり、感謝と称賛を活かした組織開発であったりに関心を持っていただけるのではないかと考えました。

それもあって、新著の方はビジネス書の方に振っています。感謝や称賛がなぜ重要か、どのように・何に効果がありそうかといった要点はしっかりと載せつつ、前著で取り上げた研究の難しいところや、細かいデータみたいなところは極力省いています。その代わりに実践上の工夫や会社の事例なども織り込み、より身近に実践しやすいものに寄せています。

フォーマル版とカジュアル版が揃ったので、もし新著を読んで「こんなもの当たり前ではないか」とか、 「根拠はどこにあるのか」みたいな声が読者の方から上がってきたら、こちらとしては「待っていました」という話です。もっと知りたい方は、フォーマル版の学術書もありますし、論文も出しているので、データが気になる方はぜひそちらの方を見ていただけると有難いです。

04誰もが実践できる組織づくりへのヒント

ということだったのですね。今、カジュアル版という表現が出ましたが、前著がフォーマル版、そして新著がインフォーマル版という言い方もできそうですね。ところで、新著はどういった内容の本なのでしょうか。

それでいくと、中身は大まかに三つあると思っています。一つが、 「ありがとう」と感謝することが大事だとか、しっかりと褒めることが大事だということに、心理学や関連分野のどういう理論的な根拠があるのかを説明しています。それに関しては、前著のダイジェスト版として、 「感謝や称賛がなぜ大事なのか」 「その根拠を示すためにどんな実験をしたのか」などを一般の方向けに分かりやすく紹介しています。そういった理論やデータを本当に端的に紹介しています。 「それは当たり前では」 「どうして改めて重要だと言うのか」みたいなことを思った方に、 「こうした背景や実験・調査結果があるからです」と体系的にご理解いただくのが一つ目です。

二つ目のポイントは、その上でどういうふうに実践すればよいのかを、具体的な工夫とともに提案しています。このときも、ある実践方法を提案するにしても、その裏側にどういった心理学・社会心理学の理論的な根拠や、企業の実践事例があるのかといったことをできるだけ一緒に紹介しています。こうした自分自身でできる工夫、ここが二つ目です。

最後のポイントが、実際にそういったことを実践されている企業事例を、特に本の最後の方で紹介しています。終章でも、コラムという形で出版元の日本能率協会マネジメントセンターさんにご協力いただいて入れています。あとはその手前の第四章のところには、特に私が直接関わりがあった会社や、間接的によく伺っている会社、そういうところの事例とかも匿名や顕名で載せていたりします。

特に三つ目のポイントは、人事の方が、 「ならば自社としてどういうふうに進めれば良いか」 「他社の事例としてどんなものがあるのか」を単純に知ることもできます。また、その事例に対してどういう分析や、どういう観点から私が推奨しているのかなどといった背景や語り方も含めてご覧いただくのには便利ではないかと思います。

こちらの著書を通じて、読者に何を理解してもらいたいとお考えですか。

それでいきますと、身近でのちょっとした工夫で組織を変えられるかもしれないことをお伝えしたいというのが、今回の著書の一番の軸だと思います。やはり、ダイバーシティ推進の話が最も顕著なのですが、あまりにも話が大きすぎて自分事ではなくなってしまいがちです。それこそ、 「職場環境は会社が作るもの」 「組織作りは経営者や人事だけの仕事」というように、自分には関係ない、組織力は会社が何とかしてくれて、私はどちらかというと受益者です、という立場に偏りがちな議論も散見されます。

たしかに、経営者や人事の役割は大きいと思いますし、そこは事実です。しかし同時に、日々の一人ひとりの取り組みや、互いのコミュニケーションから何か社会を良くしていく、少しでも組織を良くしていく、そういうようなことができるのではと思います。そういったときに、組織は感情を持つ人間が集まって成り立っているので、身近な「ありがとう」を伝える、良いところを褒めるみたいな、そういうコミュニケーションからでも、人の集まりや組織は変わっていくと思います。感謝や称賛だけがすべてではないとしても、第一歩として、まずそういった「自分にできること」から一人ひとりが取り組みを始めて行こう、と思っていただけることが理想かなと思います。

もう一つは、これは本の中で本当に余談として書いている話なのですが、いざ実際にやってみて上手くいかないとか、 「もっとここはどうなのだろう」と突っ込みたい方がいらっしゃるのは、それはそれでありだと思っています。私自身完璧な研究を一人でできているつもりは全くありません。その意味で、例えば 100人ぐらい読者さんがいらっしゃったとしたら、その中に突っ込みを入れたい方が 5人ぐらいいらしたら、ぜひご自身で実際に研究していただいて、 「データを取ったらこうなりました」とか、 「こういう時は上手くいった」 「ああいう時は上手くいかなかった」など、実際色々考えていただきたいです。

研究は大学の研究者だけがやらなければいけないものではありません。色々な方々が試行錯誤の事例を共有したり、何か調査をしてみたり。上手くいった、上手くいかなかったみたいな蓄積を進めていくことで、皆で社会、組織を少しでも良くしていければよいと思っています。

05研修より大切なのは「一歩踏み出す勇気」

それぞれの現場でいかに運用していくか、より良い運用をどう目指していくかというところでは、職場におけるコミュニケーションを劇的に改善させていく研修プログラムを利用するのも一つの有効な流れになるのでしょうか。確か、正木先生は「感謝」と「称賛」のスキルを高め、職場におけるコミュニケーションを劇的に改善させていく研修プログラムの監修もされておられましたね。

選択肢としてはあると思います。ただ、これもやはりそれがベストな選択肢なのかは会社によると思っています。そういったトレーニングをして体系的に理解した方が動きやすい会社もあれば、 「難しいことを言われてもわからない」、そういう人も結構いらっしゃいます。それはそれで悪いことではないですからね。むしろ、もっと直感的に自分の経験や感性を大事にしたい、さらにいえばお互いにリスペクトを伝え合うことに慣れているというような会社であれば、わざわざフォーマルな研修を行う必要もないと思います。その場合は感謝や称賛を交わす機会や手段を導入する方が優先順位が高いでしょう。

一方で、感謝や称賛をビジネススキルとして身につけたいとか、感謝や称賛を実践するそもそもの理由や目的も含めて現場に浸透させたい会社であれば、研修プログラムを利用していただきたいです。こうした方々にはしっかりと自信を持って届けられるように、研修プログラムの開発も行われています。それとは別に、もっと感性で直感に従って動きたいという方や会社には、 「そこまで難しく考えずに、一歩踏み出してみれば良いのでは」というのが、私の意見です。

感謝と称賛の重要性を提唱される正木先生は、まさに実践者でもいらっしゃいます。企業や学生もそう見ているだけに、日々気が抜けませんね。それも、もう習性になっているということなのでしょうか。

たしかに、もうそこは癖みたいになっているかもしれません。ただ一方で、癖みたいになっているから、自分が素晴らしい人間なのかというと、決してそんなことはありません。それこそ学生と接していても、私自身人間なので時には、 「面倒くさいなあ」と思うことは正直言ってあります。特に、ものすごく忙しいタイミングに相談に来られた場合などです。

その中で、私が感謝や称賛を推奨しているからといって、それこそ、そんな行動を通じていきなり良い人間になるとか、ものすごい人格者になる必要はないと思っています。行動はあくまでも行動で、思想信条とは別だと思います。ただ、感謝や称賛が大事だ、ということを理解してさえいれば、先ほどのように「面倒くさいなあ」と思っても、踏みとどまれる理由ができます。少し面倒に感じても、感謝と称賛の習慣を人間関係への投資みたいに捉えて、意図的にやるようにしている部分がなくはないかもしれません。

一応、論理的には、何かイラッとした時に、そこで学生に怒りを向けるみたいな選択肢も存在はしますが、それを取ることはないですし、思いとどまれますね。それって誰にとっても幸せにならない、というように。私自身にもハラスメントのリスクもあれば、学生としても委縮してしまいますからね。何も言えなくなるみたいな、そういう悪循環になる話ですから。誰にとっても、その場の勢いに任せてやってしまうと上手くいくはずがありません。

であれば、そこはしっかりと前向きに色々なものを解釈して、その人間関係に投資をする方が、先々学生の側もちゃんと成長してくれたり、何か自分から前向きな提案をしてくれたりすると思います。

当然「無理なことは無理」と言いますが、やはり何かそういう人間関係の投資みたいな部分として、感謝すべきことはそうすべきですし、称賛もすべきです。思ったことは言わないと伝わりません。多少面倒でも、しっかりと伝えていくことが大事だと思い、踏みとどまっているというのが、私自身の話ですね。

06中小・中堅企業こそ組織力が競争力になる

最後に、中小・中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。

はい、承知しました。色々な中小企業の方やそういう方々向けの媒体でお話を伺ったり、議論させていただいたりすると、中小・中堅の会社の方がより人が組織にもたらす影響が大きいと感じています。それこそ、ある種、超が付く大企業、特に製造業とかになってくると、極論をいえば中の人が大きく入れ替わったとしても、経営に大きな影響は無いかもしれません。属人的ではなく、システムで経営が回っているので、若干人材や組織の力が揺らいだとしても、急に倒れはしません。そういう部分があると思います。

一方、中小・中堅の会社になると、そもそも人を集めるのも大変ですし、何とか集めた人で切り盛りして属人的に回しているみたいな部分もあったりします。そういう意味でより、人や組織、チームワークを意識していただくことによって、それで必然的により会社が上手く回るようになることもあると思います。

逆に、大企業で上手くいっている、いわゆるエンゲージメントサーベイや HR マネジメント、タレントマネジメントシステム…、そんなことをやらなくても、それもそれでよいのではないでしょうか。そうしたものの中には、システムとして組織を回す大企業に適したものも多いですし、そういうことをやらなくても、普段のコミュニケーション、組織力を高めるみたいな、そういう地道なものが大事にも思えます。そうした地道な取り組みは、中小・中堅の会社の方が、むしろ、大企業よりも効果が出やすいと思います。

効果が出やすいということは、逆に言うとそこにさらに投資をすべきだという話でもあります。そういった組織力を保っていくためにどうすればよいかという努力により、経営が大幅に変わる部分もあると思います。人や組織への投資が力になりやすいという点、そこは、自信を持ってやっていただいてもよいのではないでしょうか。

加えて、ならば具体的にどうすればよいのかについても紹介します。私が取り組んでいる社会心理学の研究もそうですし、世の中には人や組織の運営に一定の規則性を見出して、手助けになるような知識や理論みたいなものが存在しています。その意味では、 「感謝や称賛の勧めが面白い」と思っていただいたのであれば、私自身の本でもよいですし、 「社会心理学」などのワードで検索して、人や組織の仕組みに関する何か分かりやすい本を読んでみるのも良いでしょう。

そういったところから、まずは抽象的な知識や理論も学んでみてください。そうした知識や理論が丸ごとそのまま使えることは少ないと思いますが、少なくとも工夫の出発点や、武器にはなります。何も武器がない中、自分一人で頑張らなければいけないという環境よりも、武器も存在する中で頑張った方が、それなりにリターンが結構あるのではないかと思っていますし、少なくとも色々な工夫をする上でのたたき台にはなります。

まとめると、中小・中堅企業の方が人や組織に対する投資対効果は大きいのではないかとその投資方法を考えるうえで、人や組織の仕組みに関する知識・理論を取り組みのたたき台として活用すること。その二つを合わせてお伝えしたいと思っています。

【編集後記】
「感謝」と「称賛」は、多くの人がその重要性を理解している言葉である。しかし、本インタビューを通じて印象的だったのは、正木氏がそれらを単なる精神論や美徳としてではなく、社会心理学に基づく再現性のある組織づくりの手法として位置付けている点である。ダイバーシティ、心理的安全性、人的資本経営といった注目テーマも、結局は人と人との信頼関係という土台がなければ十分に機能しない。そのことを豊富な研究成果と企業事例を交えながら、極めて実践的に語っていただいた。特に印象に残ったのは、「自分を無理に変える必要はない」「身近な一歩から始めれば組織は変えられる」というメッセージである。大きな制度改革や新たな仕組みばかりに目を向けがちな今だからこそ、日々のコミュニケーションを見直すことの価値を改めて考えさせられた。人と組織の可能性を信じる社会心理学の視点は、多くの企業に新たな気づきをもたらすはずである。

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正木 郁太郎

東京女子大学 

現代教養学部 

心理学科 准教授

2017年 東京大学 大学院 人文社会系研究科 博士課程修了、博士(社会心理学)。その後、東京大学 大学総合教育研究センター 特任研究員、同 人文社会系研究科 研究員などを経て、2021年 4月より東京女子大学現代教養学部 専任講師、2024年 4月より現職。民間企業との業務委託やアドバイザーなどの経験複数。

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