深層ダイバーシティとは、価値観や性格、仕事経験、働き方など、目に見えない違いのことです。東京女子大学の正木郁太郎准教授は、ダイバーシティは成果にもつながる一方で対立も生む「諸刃の剣」であり、自社にとって大切な深層の違いを1〜2個に絞って定義し、「守るべき価値」と「多様でよい領域」を線引きすることが現実的な推進につながると語ります。
「多様な人が集まれば、組織はうまくいく」――そう期待してダイバーシティを進めたものの、現場では摩擦が増え、「ダイバーシティ疲れ」を感じている人も少なくありません。
本記事では、社会心理学の立場から職場のダイバーシティを研究する正木准教授へのインタビューをもとに、社会心理学から見た組織の捉え方、ダイバーシティが「諸刃の剣」である理由、表層と深層のダイバーシティの違いと自社での定義の仕方、そして多様な部下を持つ管理職を救う「価値観の線引き」を解説します。
この記事でわかること
・社会心理学から見た組織――「集団心理」という言葉への違和感
・ダイバーシティが成果と対立の両方を生む「諸刃の剣」である理由
・DEIの議論の成熟と、現実的なダイバーシティ推進
・表層ダイバーシティと深層ダイバーシティの違い、自社での定義の仕方
・管理職を救う「守るべき価値」と「多様でよい領域」の線引き
取材協力:正木 郁太郎 氏
東京女子大学 現代教養学部 心理学科 准教授(取材時)。2017年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(社会心理学)。東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、同人文社会系研究科研究員を経て、2021年4月東京女子大学現代教養学部専任講師、2024年4月より現職。専門は社会心理学で、職場のダイバーシティ、感謝と称賛のコミュニケーション、オフィス環境や働き方の制度とチームワークの関係などを研究。民間企業との共同研究やアドバイザーも務める。著書に『感謝と称賛』(東京大学出版会)、『強い組織は「感謝と称賛」でつくられる』(日本能率協会マネジメントセンター)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
社会心理学から組織を捉える
社会心理学は、人が複数集まったときの心理や行動、集団としての現象を扱う学問です。チームワークや組織文化も、その対象に含まれます。正木准教授は、組織文化への関心から出発し、大学院でダイバーシティを研究したのち、感謝や称賛といったコミュニケーション、さらにオフィス環境や働き方の制度とチームワークの関係へと研究を広げてきました。
「集団心理」「組織のDNA」という言葉への違和感
一般には「集団心理」の研究と紹介されることもありますが、社会心理学者の中には、この言葉を避ける人もいます。心を持つのは個人であり、集団そのものに心があるわけではないからです。正木准教授もこの考えに同意しています。
同じように、組織文化を「会社のDNA」と例えることにも、正木准教授は問題意識を持っています。法人がDNAを持つわけではありません。比喩で議論が終わってしまうと、一人ひとりの心理や行動のどこに問題があるのかという分析と解決が進まないのです。
ダイバーシティは「諸刃の剣」
正木准教授がダイバーシティの研究を始めたのは2013〜14年ごろで、博士論文のテーマでもあります。当時は女性活躍の推進が盛んで、「女性の比率を増やせば業績が上がる」といった主張も見られました。
しかし、社会心理学の知見では、人は自分と似た人を好み、異なる人との間では対立が生じやすいとされています。「多様な人が集まればうまくいく」という期待と、社会心理学の理論との間にはずれがある――その検証が、正木准教授の研究の出発点でした。
| ダイバーシティの側面 | 内容 |
|---|---|
| プラスの面 | 多様な視点や知識が集まり、新しい発想や成果につながることがある |
| マイナスの面 | 人は自分と似た人を好むため、異なる人との間で対立や摩擦が生じやすい |
| 現実的な考え方 | 人や集団の限界を踏まえたうえで、無理のない解決策を考える |
出典:正木准教授への取材をもとに編集部作成
DEIの議論は成熟しつつある
異なる人との間で対立が生じやすいという問題の根本は、この10年余りで大きくは変わっていないと正木准教授は言います。米国ではDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)の取り組みへの反発も見られますが、正木准教授は、その一因として「業績が伸びる」といった都合のよい根拠ばかりが強調されてきたことがあると分析しています。
日本でも現場に「ダイバーシティ疲れ」が生じている一方で、疑問を口にできる雰囲気や、メリットとデメリットの両方を理解しようとする姿勢は広がってきました。数値目標や「正しさ」の啓発だけでなく、一人ひとりが無理なくできることに目が向くようになっているのです。経営層や管理職だけでなく、組織の一人ひとりができることを具体的に示す研究が必要だと正木准教授は考えています(ダイバーシティを両刃の剣として捉えるリーダーシップについては、関口倫紀教授の解説記事でも紹介しています)。
表層ダイバーシティと深層ダイバーシティ
ダイバーシティは、目に見える違いと、目に見えない違いに分けて考えることができます。
| 種類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 表層ダイバーシティ | 外から見てわかる属性の違い | 性別、年齢、人種・民族、身体的な特徴など |
| 深層ダイバーシティ | 外からは見えにくい内面や経験の違い | 価値観、性格、仕事の経験、働き方、雇用形態、ライフスタイルなど |
出典:正木准教授への取材をもとに編集部作成
研究では、深層ダイバーシティの方が、チームのパフォーマンスにつながりやすいとする結果もあります。
自社にとって大切な深層の違いを1〜2個に絞る
ただし、深層の違いは数え切れないほどあります。「何でも受け入れる」としてしまうと、組織はまとまらず、葛藤や衝突が生じやすくなります。そこで正木准教授が勧めるのが、自社にとって重要な深層ダイバーシティを1〜2個に絞って定義することです。
例えば、社員が数百人いて、全員が中途採用で入社したある会社では、前職の業種によって専門用語や言葉の使い方が違い、コミュニケーションがかみ合わないことがありました。この会社にとって重要な深層ダイバーシティは、「前職がどこか」だったのです。新卒と中途の違いが重要な会社もあるでしょう。何が大切な違いかは、会社によって異なります(人事施策に潜む無意識の思い込みについては、厨子直之教授の解説記事でも紹介しています)。
自社にとって重要な深層の違いを見極めるには、まず社員一人ひとりが仕事に何を求め、何を大切にしているのかを知ることが出発点になります。
社員の価値観という「見えない違い」を把握する
価値観や働き方への考え方など、目に見えない違いを把握することは、多様な人材を生かす出発点になります。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」では、従業員が仕事に求める価値観を分析し、配置や育成、コミュニケーションを考えるヒントを得られます。
管理職を救う「価値観の線引き」
個性の尊重が求められ、テレワークで人とのつながりが薄れ、ハラスメントへの配慮から部下に話しかけにくくなる――職場の人間関係は難しくなり、管理職の負担も大きくなっています。若手の間では「管理職にはなりたくない」という声も聞かれます。
正木准教授は、管理職は無理に自分を変える必要はないと言います。「違う価値観の存在を認めること」と「自分が変わること」は別だからです。例えば、異なる文化や信条を持つ人を受け入れるときも、管理職が自分の信条を変える必要はありません。互いを尊重して関わる「寛容さ」があればよいのです。リーダーシップは内面よりも振る舞いが大切で、役割を「演じる」と捉えることもできるといいます。
「守るべき価値」と「多様でよい領域」を線引きする
正木准教授は、企業に対して、「全員が守るべき価値」と「多様性を認める領域」を明確に線引きすることを勧めています。
| 領域 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 全員が守るべき価値 | 会社のミッションや大切にする価値観。全員で共有し、守る | 企業の使命や行動の指針 |
| 多様でよい領域 | ミッションに向かう貢献の仕方や働き方。人それぞれでよい | 仕事の進め方、得意分野の生かし方 |
出典:正木准教授への取材をもとに編集部作成
例えば、ジョンソン・エンド・ジョンソンには「我が信条(Our Credo)」と呼ばれる使命と責任の指針があります。ミッションは共有し守る一方で、貢献の仕方は多様でよい――このように線引きが明確になれば、管理職は部下との対話で判断しやすくなり、マネジメントの負担が少し軽くなります。ミッションが明確な会社には、合わない人が入社しにくくなるという効果もあります。この線引きは、経営層や人事、経営企画、社内広報などが担うべき役割です。
よくある質問(FAQ)
Q. 深層ダイバーシティとは何ですか?
A. 価値観や性格、仕事の経験、働き方、雇用形態、ライフスタイルなど、外からは見えにくい内面や経験の違いのことです。性別や年齢など目に見える違いである表層ダイバーシティに対し、深層ダイバーシティの方がチームのパフォーマンスにつながりやすいとする研究もあります。
Q. なぜダイバーシティは「諸刃の剣」なのですか?
A. 多様な視点が新しい発想や成果を生むことがある一方で、社会心理学の知見では、人は自分と似た人を好み、異なる人との間では対立が生じやすいとされるためです。正木准教授は、人や集団の限界を踏まえた現実的な解決策が必要だとしています。
Q. 深層ダイバーシティはどう扱えばよいですか?
A. 深層の違いは数え切れないほどあり、「何でも受け入れる」と組織がまとまらなくなります。正木准教授は、自社にとって重要な深層ダイバーシティを1〜2個に絞って定義することを勧めています。例えば、全員が中途採用の会社では「前職がどこか」が重要な違いになります。
Q. 多様な部下を持つ管理職は、自分の価値観を変えるべきですか?
A. 正木准教授は、管理職は無理に自分を変える必要はないとしています。違う価値観の存在を認めることと、自分が変わることは別であり、互いを尊重して関わる寛容さがあればよいとしています。リーダーシップは内面より振る舞いが大切だといいます。
Q. 「価値観の線引き」とは何ですか?
A. 会社のミッションなど「全員が守るべき価値」と、貢献の仕方や働き方など「多様でよい領域」を明確に分けることです。線引きが明確になれば、管理職は部下との対話で判断しやすくなり、ミッションに合わない人が入社しにくくなる効果もあります。
まとめ:違いを絞って定義し、守るべき価値を線引きする
- 社会心理学は、集団の比喩で終わらせず、一人ひとりの心理と行動から組織を分析する
- ダイバーシティは、成果と対立の両方を生む「諸刃の剣」
- 深層ダイバーシティは成果につながりやすいが、自社にとって大切な違いを1〜2個に絞って定義する
- 管理職は無理に自分を変えず、互いを尊重する寛容さを持てばよい
- 「全員が守るべき価値」と「多様でよい領域」を線引きすると、マネジメントが楽になる
では、多様な人が集まる組織で、人と人とのつながりを強くするには何が必要なのでしょうか。中編では、正木准教授が研究する「感謝と称賛」が組織力を高める理由と、テレワークとの付き合い方を紹介します。
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