[JOBSCOPE]教授インタビュー解説

戦略人事に人事データ活用が欠かせない理由と進め方|岩本隆特任教授

作成者: JOB Scope編集部|Oct 13, 2026, 7:27:29 AM

 

戦略人事とは、やることとやらないことを明確にし、経営にとって重要なことに優先順位をつけて行う人材マネジメントです。慶應義塾大学大学院の岩本隆特任教授は、下請けの仕事が減り、事業ポートフォリオの変革を迫られる中小企業にこそ、戦略人事が欠かせないと語ります。

産業構造が大きく変わる中で、「戦略人事」という言葉が注目されています。しかし、その重要性を理解していても、実際には機能していない企業が多いのが実情です。

本記事では、人的資本経営やHRテクノロジーに詳しく、人的資本報告の国際規格「ISO 30414」のリードコンサルタント/アセッサー認証を日本で初めて取得した岩本特任教授へのインタビューをもとに、戦略人事の定義、戦略人事が機能しない理由、中小企業にこそ戦略人事が必要な理由、経営戦略から始める進め方、そしてCHRO(最高人事責任者)を誰に任せるべきかについて解説します。

この記事でわかること

・戦略人事の定義と、それが「当たり前の話」である理由

・日本企業で戦略人事が機能していない背景

・中小企業にこそ戦略人事が必要な理由――事業ポートフォリオの変革

・戦略人事の出発点は「経営戦略をつくること」

・CHROやHRBPは「人を活躍させるのが上手い人」に任せる

取材協力:岩本 隆(いわもと たかし)氏

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授(取材時)。東京大学工学部金属工学科卒業、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ、日本ルーセント・テクノロジー、ノキア・ジャパン、ドリームインキュベータを経て、2012年6月から2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授、2023年4月より同研究科講師。2018年9月より山形大学学術研究院産学連携教授、2023年4月より同客員教授。2022年12月より慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。人的資本経営やHRテクノロジーに詳しく、人的資本報告の国際規格「ISO 30414」のリードコンサルタント/アセッサー認証を日本で初めて取得。一般社団法人日本CHRO協会理事(取材時)。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

戦略人事とは?――「当たり前」のことができていない

戦略人事は、英語では「Strategic Human Resource Management」、日本語では戦略的人材マネジメントと訳されます。岩本特任教授は、戦略とは、やることとやらないことを明確にしたうえで、やることに優先順位をつけて取り組むことだと言います。その人材マネジメント版が戦略人事であり、経営にとって重要なことに優先順位をつけて人材マネジメントを行う――よく考えれば当たり前の話です。

それでも戦略人事という言葉が流行るのは、それができていないからです。人事はルーティンワークが多く、戦略的に考える余裕がありません。さらに、日本には戦略のない企業、戦略的でない企業も少なくないといいます。経営が戦略的でなければ、人事も戦略的にはなりません(戦略人事の考え方は、守島基博教授の解説記事でも紹介しています)。

戦略人事が機能しない理由――ルーティンワークとテクノロジー

日本企業の人事は、事業部門から頼まれたことを粛々とこなす間接部門という位置づけが一般的でした。しかし、HRテクノロジーの発達で、勤怠管理や給与計算、労務管理など、人事が主に担ってきた仕事の多くをクラウドアプリで処理できるようになっています。

岩本特任教授が欧米の企業関係者と登壇したセミナーでは、米国企業の人事担当者が「旧来型の人事はいなくなった。CHROさえいれば、あとはテクノロジーでできる」と話していたといいます。戦略人事とは、経営戦略を実行するために人材マネジメントをどう支えるかであり、逆にいえば、戦略的でない仕事は人手をかけなくてもよくなったということです。

  従来の人事 戦略人事
主な仕事 勤怠管理、給与計算、労務管理などのルーティンワーク 経営戦略を実行するための人材マネジメントの支援
位置づけ 事業部門から頼まれたことをこなす間接部門 経営や事業部門のパートナー
テクノロジーとの関係 テクノロジーで代替できる仕事が多い テクノロジーで生まれた時間を戦略的な仕事に充てる

それでも日本企業で戦略人事が進まないのは、会社都合で人を辞めさせることが難しく、単純作業をしている人の仕事を少しずつシフトさせる必要があるからです。労働組合との交渉もあり、仕事をドラスティックになくすこともできません。

人材マネジメントは人事だけの仕事ではない

岩本特任教授は、人材マネジメントは人事だけでなく、経営トップやラインのマネージャーなど、人をマネジメントするすべての人に関わると強調します。CHROはそれを社内で推進する役割ですが、一人では大変なため、その代理として各部門にHRBP(HRビジネスパートナー)を置こうとする動きが広がっています。欧米企業の人事部は、まさにHRBPのような仕事をしているといいます。

中小企業にこそ戦略人事が必要な理由――事業ポートフォリオの変革

戦略人事に取り組む最大の意味について、岩本特任教授は、日本企業が1990年代から事業ポートフォリオを変革できていないことを挙げます。戦後は米国に追いつけ追い越せで、見えている市場で懸命に頑張ってきました。しかし、どの産業も成熟し、新しいビジネスを立ち上げなければならない状況です。「失われた30年」とは、90年代以降に新しい産業を立ち上げられていないという意味だといいます。

この変化は、中小企業にとって特に深刻です。

業界 起きている変化
エレクトロニクス いち早く危機が訪れ、大企業が決めた仕様どおりにつくる下請けの仕事がどんどん減った
自動車 EV(電気自動車)シフトで、自動車メーカーが付き合いのあった部品メーカーとの取引を見直す動きが出ている。下請け企業は、培った技術を新しい市場で展開する必要に迫られている

出典:岩本特任教授への取材より(取材時点の状況)

下請けの仕事では、マーケティングをする必要も、市場をつくる必要もありませんでした。しかし、新しい市場に自ら出ていくには、これまでとは違う働き方と、新しいビジネスに合った人材が必要になります。

「日本人はゴールがわかっているビジネスは得意です。しかし、自分からゴールを作っていったり、市場を創造したりと言うのはあまり経験がない」

――岩本特任教授

「人材版伊藤レポート」でも経営戦略と人材戦略の連動が強調されていますが、その前提として、新しい事業にどう入っていくかという経営戦略が必要です。戦略を立てれば、それを実行する人材と人材戦略が欠かせません。だからこそ、中小企業も含めて戦略人事の重要性が高まっているのです。

戦略人事の出発点は「経営戦略をつくること」

戦略人事を実現するポイントとして、岩本特任教授はまず経営トップが経営戦略をしっかり考えることを挙げます。そのうえで、次のような流れで人材戦略に落とし込みます。

  1. 経営戦略をつくる:例えば5年後に会社をどんなステージに持っていくかを決める
  2. 人材戦略に落とし込む:その戦略を実行するために、どんな人材を採用・育成・配置すべきかを考える
  3. カルチャーとの相性を確かめる:新しく迎える人材が、自社の常識や働き方になじめるかまで考える

新しい人材を迎えても「カルチャー」が合わないと定着しない

大企業では、戦略コンサルティングファームが関わることもあり、理屈のうえでは経営戦略をつくれます。ポイントは、それを人材戦略に落とし込めるかどうかです。例えば「人材ポートフォリオの中でDX人材を何十%に増やす」と描いても、新しい事業はビジネスモデル自体が変わるため、新たに採用した人とカルチャーが合わず、居づらくなって辞めてしまうケースが多いといいます。

中小企業では、さらに典型的です。大企業で部長を務めた人が定年退職後に中小企業で働くケースも増えていますが、大企業の部長の感覚で指示や指導をしてしまい、職場で浮いてしまうことも少なくありません。

経営戦略から必要な人材を描き、採用・育成・配置まで一貫させるには、それを支える人事の仕組みが欠かせません。

経営戦略を、人材戦略と人事制度に落とし込む

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CHROは「人を活躍させるのが上手い人」に任せる

岩本特任教授は、人事に求められる能力が変わってきたと言います。これまでの人事に求められたのは、労働組合との折衝や労働法の知識、社内トラブルや訴訟への対応などでした。これからは、人事の専門家ではなく、ビジネスの専門家をCHROに任命することが重要になります。

  これまでの人事に求められた力 これからのCHRO・HRBPに求められる力
得意分野 労働組合との折衝、労働法の知識、トラブル・訴訟への対応 経営戦略やビジネスの理解、人材マネジメント
人との関わり 事務作業が多く、人と接する機会が少ない 人の心をつかみ、人を活躍させるのが上手い
向いている人の例 人事一筋の専門家 営業出身者、海外子会社の社長経験者、成果を上げた事業部門長

実際、大企業のCHROの集まりでは「営業畑の出身です」「海外子会社の社長をしていました」という人によく出会うといいます。岩本特任教授は、人事部門は本来、人のサイエンスをよく知っている人が担うべきであり、人と接するのが得意な人を戦略人事のスタッフに任命していくことが重要だと語ります。

中小企業では、社長や事業部門長が兼務してもよい

CHROは専任である必要はありません。社長が担ってもよく、社長が忙しければ事業部門長が兼務してもよいと岩本特任教授は言います。中小企業でも、人の扱いに慣れた社長がいるはずです。そうでなければ、事業部門のマネージャーとして部下の心をつかむのが上手い人に、CHRO的な役割を与えるとよいといいます。

日本ではCHROを置く企業はまだ一部です。人事白書2025によると、CHROを設置している企業は18.1%にとどまっています(HRビジョン『日本の人事部 人事白書2025』。CHROの役割については、小杉俊哉氏の解説記事でも紹介しています)。

よくある質問(FAQ)

Q. 戦略人事とは何ですか?

A. 岩本特任教授は、戦略とはやることとやらないことを明確にし、やることに優先順位をつけて取り組むことであり、その人材マネジメント版が戦略人事だとしています。経営にとって重要なことに優先順位をつけて人材マネジメントを行うことで、戦略的に経営している企業にとっては当たり前の話だと述べています。

Q. なぜ日本企業では戦略人事が機能しないのですか?

A. 人事の仕事にルーティンワークが多く、戦略的に考える余裕がないためです。HRテクノロジーでルーティンワークを代替できるようになっても、日本企業は会社都合で人を辞めさせることが難しく、労働組合との交渉もあるため、仕事を一気にシフトできないと岩本特任教授は指摘しています。

Q. 中小企業にも戦略人事は必要ですか?

A. 岩本特任教授は、中小企業にこそ必要だとしています。下請けの仕事が減り、培った技術を新しい市場で展開する事業ポートフォリオの変革が喫緊の課題になっているためです。新しいビジネスには新しい働き方と人材が必要で、そのための経営戦略と人材戦略が欠かせません。

Q. 戦略人事は何から始めればよいですか?

A. 岩本特任教授は、まず経営トップが経営戦略をしっかりつくることが出発点だとしています。そのうえで、戦略を実行するためにどんな人材を採用・育成・配置すべきかという人材戦略に落とし込みます。新しく迎える人材が自社のカルチャーになじめるかまで考えることも重要です。

Q. CHROには誰を任命すべきですか?

A. 岩本特任教授は、人事の専門家ではなく、経営戦略やビジネスがわかり、人を活躍させるのが上手い人を任命すべきだとしています。営業出身者や成果を上げた事業部門長などがCHROになるケースが大企業で増えています。中小企業では、社長や事業部門長が兼務してもよいとしています。

まとめ:中小企業の戦略人事は、経営戦略と「人を生かす人」から

  • 戦略人事とは、経営にとって重要なことに優先順位をつけて行う人材マネジメント。戦略的な経営には当たり前のこと
  • 人事はルーティンワークに追われてきたが、HRテクノロジーで代替できる仕事が増えている
  • 下請けの仕事が減り、事業ポートフォリオの変革を迫られる中小企業にこそ戦略人事が必要
  • 出発点は経営戦略をつくること。それを採用・育成・配置の人材戦略に落とし込む
  • CHROは人事の専門家ではなく、人を活躍させるのが上手い人に。中小企業では社長や事業部門長の兼務も可

後編では、戦略人事にデータとテクノロジーが欠かせない理由、「企業は人なり」を議論し直すことから始める進め方、データだけでは説明できない人の心への向き合い方、そしてトップダウンからボトムアップへの転換について解説します。

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