中小企業こそ戦略人事が必要な理由|慶應義塾大学・岩本隆特任教授が解説

戦略人事にデータとテクノロジーの活用が欠かせないのは、戦略が客観性・論理性・定量性を備えて初めて「戦略」と呼べるものだからです。慶應義塾大学大学院の岩本隆特任教授は、データで議論しながらも、データだけでは説明できない人の心を理解することが大切だと語ります。

前編では、事業ポートフォリオの変革を迫られる中小企業にこそ戦略人事が必要であり、CHROを「人を活躍させるのが上手い人」に任せるべきだという岩本特任教授の考えを紹介しました。では、戦略人事は具体的にどう進めればよいのでしょうか。

本記事では、岩本特任教授へのインタビューをもとに、戦略人事にデータとテクノロジーが欠かせない理由、「企業は人なり」を議論し直すことから始める最初のステップ、サーベイをアクションにつなげる方法、データだけでは説明できない人の心への向き合い方、人事部門の変革、そしてトップダウンからボトムアップへの転換について解説します。

この記事でわかること

・戦略人事にデータとHRテクノロジーが欠かせない理由

・「企業は人なり」を議論し直すことから始める最初のステップ

・サーベイを取るだけで終わらせず、アクションにつなげる方法

・データだけでは説明できない「人の心」への向き合い方と人事部門の変革

・中小企業がトップダウンからボトムアップに転換すべき理由

取材協力:岩本 隆(いわもと たかし)氏

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授(取材時)。東京大学工学部金属工学科卒業、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ、日本ルーセント・テクノロジー、ノキア・ジャパン、ドリームインキュベータを経て、2012年6月から2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授、2023年4月より同研究科講師。2018年9月より山形大学学術研究院産学連携教授、2023年4月より同客員教授。2022年12月より慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。人的資本経営やHRテクノロジーに詳しく、人的資本報告の国際規格「ISO 30414」のリードコンサルタント/アセッサー認証を日本で初めて取得。一般社団法人日本CHRO協会理事(取材時)。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

戦略人事にデータとテクノロジーが欠かせない理由

岩本特任教授は、戦略とは客観性・論理性・定量性があって初めて戦略と呼べるものだと言います。ところが日本企業では、定量化されていないものを「戦略」と呼んでいることが少なくありません。戦略人事というからには、データになっていなければならない。データの活用なしに戦略人事はあり得ないというのが、岩本特任教授の考えです。

戦略の要件 意味
客観性 誰が見ても同じように理解できる事実やデータに基づいている
論理性 目的から施策までの筋道がつながっている
定量性 数値で測り、進み具合や成果を確かめられる

従業員を「顧客」と見れば、マーケティングの技術が使える

最近は、マーケティング部門の出身者が人事部門に移るケースも増えています。岩本特任教授によると、人事のテクノロジーは技術的には難しくありません。マーケティングのテクノロジーのほうがずっと複雑で、データを分析して施策を打つのが当たり前です。従業員を顧客と見れば、マーケティングの技術をそのまま転用できるのに、人材マネジメントではほとんど活用されてこなかったといいます。

最初のステップは「企業は人なり」を議論し直すこと

戦略人事を進める最初のステップとして、岩本特任教授が勧めるのは、自社にとっての「企業は人なり」を議論し直すことです。

「企業は人なり」は松下幸之助氏の言葉で、多くの経営者が口にします。ところが、その意味を尋ねると「雇用を守ること」と答える会社が多いといいます。岩本特任教授は、本来の意味はすべての従業員が活躍していくことであり、それはまさに人的資本経営の考え方だと言います。

「皆さんの企業では全ての従業員が活躍できていますか」

――岩本特任教授

こう問いかけると、活躍している人として名前が挙がるのは数人だけということがよくあります。そこで「すべての従業員が活躍できていない理由は何か」を考えてもらうと、課題が次々と出てくるといいます。

  1. 「企業は人なり」の現状を議論する:自社ではすべての従業員が活躍できているか。できていないなら、その理由は何か
  2. 「企業は人なり」のあるべき姿を議論する:これからのビジネスを考えたとき、どうあるべきか
  3. 課題に優先順位をつけて取り組む:構造的な課題を明らかにし、経営として優先して取り組むことを決める

経営幹部や従業員を交えて30分ほど議論するだけでも、課題はかなり明確になるといいます。課題に優先順位をつけて取り組むこと自体が、戦略人事の「戦略」です。

サーベイを取っても、アクションがなければ変わらない

岩本特任教授が講演したある企業では、全従業員に成長実感のサーベイを取っていましたが、結果は低いままでした。理由は、サーベイを取るだけで、アクションを何も行っていなかったからです。成長実感を得にくい要因はサーベイから明らかだったはずなのに、経営として何も議論していなかった。人材の議題が経営に上がってこなかったことが、課題の根源でした。

データがなければ、経営会議で人材について議論することもできません。データを取り、それを経営の議論とアクションにつなげることが、戦略人事の第一歩になります。

サーベイを「取るだけ」で終わらせない

従業員の声をデータで把握し、課題を明らかにして経営の議論とアクションにつなげることが、戦略人事の出発点です。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」は、生成AIで従業員の属性や組織の特性に合わせた質問を作成し、組織の状態を迅速にきめ細かく可視化します。

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働き方は「プロスポーツ型」へ――産業構造の変化

最近は、企業のホームページやIR資料に「働きがい改革」「全員活躍」「成長実感」「キャリア自律」といった言葉が数多く見られます。いずれも一人ひとりが生き生きと働くための言葉であり、まさに戦略人事だと岩本特任教授は言います。

背景にあるのは産業構造の変化です。製造業の全盛期には、皆が同じものを同じようにつくっていました。そうした産業の多くはアジアの国々に移り、日本にはほとんど残っていません。ソフトウェアのビジネスでは、年功ではなく若い人のほうが成果を出すこともあります。

  これまで(製造業全盛期) これから(プロスポーツ型)
働き方 皆が同じものを同じようにつくる 一人ひとりがプロとして工夫し、活躍する
評価の軸 年功序列 一人ひとりの成果や貢献
接客の例 マニュアル化された接客 一人ひとりが工夫する接客(スターバックスなど)

一人ひとりが活躍しなければビジネスが成り立たない時代には、それに合った人材マネジメントをしなければ競争に勝てないと岩本特任教授は語ります。

データだけでは説明できない「人の心」と、人事部門の変革

戦略はデータをもとに議論するものですが、人は複雑で、データですべてを説明することはできません。脳神経科学や遺伝子の分析で体系化できる部分もあるものの、人の心はそこまでわかっていません。そのため、人間とはどういうものかを理解している人が経営幹部の中にいることが欠かせないと岩本特任教授は言います。そうでなければ戦略人事をどう実行すべきかイメージできず、気づいたら人がどんどん辞めていた、ということにもなりかねません。

まずテクノロジーを導入し、仕事をシフトする

人事部門が管理業務から抜け出せるか、戦略人事を担える人材がいるかも課題です。岩本特任教授の答えは、まずテクノロジーを導入すること。会社都合で人を辞めさせるのが難しい日本企業では、配置換えで仕事をシフトしていくことになります。

岩本特任教授が人事トップを集めて開いたラウンドテーブルでは、ほぼ全員が人事部出身ではありませんでした。ある人は、着任当初は部下が言うことを聞かなかったものの、部下の仕事の多くがクラウドアプリで対応できると気づき、自分の考えを理解する部下を一人ずつ増やして、3年でメンバーを入れ替えたといいます。

一方で、若い人事担当者は事務作業に時間を取られるのを嫌い、テクノロジーの導入を歓迎する傾向にあります。人間科学を学びたいという意欲も強く、関連するセミナーや研修に積極的に参加しているといいます。

中小企業はトップダウンからボトムアップへ

中小企業に戦略人事が広がらない最大の障壁として、岩本特任教授は「俺の言うとおりにやればよい」という創業オーナーが多いことを挙げます。「戦略人事の重要性はわかるが、オーナー社長が理解してくれない」という悩みは、全国で多く聞かれるといいます。

これまでは、トップダウンで指示を出し、従業員が動けばよい時代でした。しかし、下請けの仕事がなくなり、新しい市場や商品をつくらなければならない今は、若い従業員も含めて皆がアイデアを出す、ボトムアップのエネルギーが欠かせません。そうした企業文化にしなければ生き残れないと岩本特任教授は言います。

実際、カリスマ性のある創業者のあとを継いだ二代目が、従業員の力を借りるために人材マネジメントのあり方をガラッと変え、うまくいっている会社も少なくないといいます。

ツールと補助金を活用して、体系的に進める

岩本特任教授は、人材マネジメントの改革を推進するためのツールは市場に数多く出ており、それらを活用すれば体系的に進められると言います。国の補助金も活用できます。取材時に紹介された「IT導入補助金」は、2026年度から「デジタル化・AI導入補助金」に名称を変えて継続しており、AIを含むITツールの導入費用の一部が補助されます。

項目 内容(デジタル化・AI導入補助金2026 通常枠)
目的 中小企業・小規模事業者の労働生産性の向上
対象 AIを含むITツール(ソフトウェア、クラウドサービスなど)の導入
補助率 原則1/2以内(最低賃金近傍の事業者は2/3以内)

出典:中小企業庁「デジタル化・AI導入補助金2026の概要」。公募要件や補助額は年度・回次ごとに変わるため、申請前に公式情報の確認が必要

よくある質問(FAQ)

Q. なぜ戦略人事にデータが必要なのですか?

A. 岩本特任教授は、戦略とは客観性・論理性・定量性があって初めて戦略と呼べるものだとしています。そのため、戦略人事というからには人材に関する情報がデータになっていなければならず、データの活用なしに戦略人事はあり得ないと述べています。

Q. 戦略人事は何から始めればよいですか?

A. 岩本特任教授は、自社にとっての「企業は人なり」を議論し直すことを最初のステップとして勧めています。すべての従業員が活躍できているかという現状と、これからのあるべき姿を経営幹部や従業員で議論すると、30分ほどでも課題が明確になり、優先順位をつけて取り組めるようになるとしています。

Q. 「企業は人なり」の本来の意味は何ですか?

A. 松下幸之助氏の言葉で、多くの企業は「雇用を守ること」と捉えていますが、岩本特任教授は、本来の意味はすべての従業員が活躍していくことだとしています。それは人的資本経営の考え方そのものだと述べています。

Q. 従業員サーベイを取っても成果が出ないのはなぜですか?

A. 岩本特任教授が紹介した企業の例では、成長実感のサーベイを取っていたものの、結果に対して経営として議論もアクションもしていなかったため、改善されませんでした。データを取るだけでなく、経営の議題に上げてアクションにつなげることが重要です。

Q. 中小企業で戦略人事が広がらない理由は何ですか?

A. 岩本特任教授は、「俺の言うとおりにやればよい」というトップダウン型の創業オーナーが多いことを最大の障壁に挙げています。新しい市場や商品をつくるには、若い従業員も含めて皆がアイデアを出すボトムアップの企業文化への転換が必要だとしています。

まとめ:データで議論し、人の心を理解し、ボトムアップの文化へ

  • 戦略は客観性・論理性・定量性が前提。データとHRテクノロジーの活用なしに戦略人事はあり得ない
  • 最初のステップは、自社にとっての「企業は人なり」を議論し直し、課題に優先順位をつけること
  • サーベイは取るだけでなく、経営の議論とアクションにつなげて初めて意味を持つ
  • 人はデータだけでは説明できない。人間を理解する人が経営幹部にいることが欠かせない
  • 中小企業は、トップダウンからボトムアップの企業文化へ。ツールや補助金も活用して体系的に進める

働き方がプロスポーツ型に変わる中で、すべての従業員が自律的に活躍できる会社をつくること。それが、これからの中小企業が生き残るための戦略人事です。

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▶ 前編:中小企業こそ戦略人事が必要な理由とは?事業ポートフォリオ変革の時代に、CHROを「人を活躍させるのが上手い人」に任せる(内部リンク)

▶ インタビュー全文:全ての従業員が自律的に活躍できるよう、中小・中堅企業も人事マネジメントを大胆に切り替えていく必要がある(後編)(JOB Scopeマガジン)

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