ジョブ型を成功させるポイントは、副作用をあらかじめ理解して手を打ちながら、ジョブ型の考え方を軸に、日本の事情を加味した「良い塩梅」で運用することです。外資系企業でジョブ型人事制度の導入を推進してきた一守靖教授は、その鍵を握るのは管理職だと語ります。
ジョブ型雇用を検討する日本企業が増える一方で、「ジョブ型にすれば成果主義になる」「形だけ導入したがうまくいかない」といった声も聞かれます。ヒューレット・パッカードやNCRなどで人事責任者を務めた一守教授は、ジョブ型を支持する立場でありながら、ジョブ型は決して万能ではないと言います。
本記事では、一守教授へのインタビューをもとに、ジョブ型の3つの副作用、副作用を防ぐための管理職の育成、ジョブ型と日本的な運用の「良い塩梅」、ジョブ型と成果主義の違い、ジョブ型の定着を左右する要因、人事部門の「アドミン人事」と「戦略パートナー人事」、そして人をマネジメントするうえで重要な「AMO」について解説します。
この記事でわかること
・ジョブ型の3つの副作用
・副作用を防ぐ管理職育成――「人」ではなく「仕事」を見る
・ジョブ型と日本的運用の「良い塩梅」とは
・ジョブ型は成果主義ではない――よくある誤解
・アドミン人事と戦略パートナー人事、AMOの考え方
事業創造大学院大学 事業創造研究科 教授(取材時)。ヒューレット・パッカード、シンジェンタ、ティファニー、NCRなどの外資系企業や、bitFlyerなどのベンチャー企業で人事部門の責任者を務め、ジョブ型人事制度の導入、社員教育、組織文化の変革、人事部員の育成などを推進。同時に複数の大学院で教育・研究に従事し、アカデミックの知見をビジネスの実践に生かす取り組みを行っている。ピープルマネジメントコンサルティング代表。日本生産性本部「人的資本経営の測定・開示ワーキンググループ」座長(取材時)。慶應義塾大学博士(商学)。著書に『人的資本経営のマネジメント:人と組織の見える化とその開示』(2022年)。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
一守教授にとって、ジョブ型は原点です。きっかけは、高橋俊介氏(当時ワイアット社長)の著書『「自由と自己責任」のマネジメント――市場原理と大人の契約』(ダイヤモンド社)に共感したことでした。その後入社したヒューレット・パッカードでは、まさにその経営が行われており、人々が専門性を高め、自分の意志で仕事を選べるようになっていたといいます。それを「人間らしくて素晴らしい」と感じたことが、ジョブ型を支持する理由です。
とはいえ一守教授は、すべての日本企業がジョブ型に移行すべきだとは考えていません。前編で紹介したように、地方の企業などは雇用の流動性や社内の人材の状況から、ジョブ型にシフトしにくい事情があります。
一守教授は、ジョブ型には次のような副作用がありうると指摘します。
| 副作用 | 内容 |
|---|---|
| ① 退職者が増える方向に働く | 専門性が高まれば市場価値も高まる。個人には望ましいが、企業は社員を引き留めるために、これまで以上に企業としての魅力を高めなければならない |
| ② 部署間の壁(サイロ)ができやすい | 仕事の専門性を軸に組織が分かれるため、部署をまたいだ協力が生まれにくくなる |
| ③ 管理職の力量に左右される | ジョブ型の運用は管理職のマネジメント力が鍵。管理職がしっかりしないと、社員の不満が高まる |
雇用する側とされる側がともに緊張感を持ち、その相互作用で両者が強くなることが理想ですが、企業にとって簡単なことではありません。ジョブ型に移行するなら、こうした副作用をあらかじめ理解し、打ち手を考えながら導入すべきです。形だけの導入では失敗する可能性があると一守教授は言います(ジョブ型導入時の注意点は、上林憲雄教授の解説記事でも紹介しています)。
副作用への備えを含めて設計するには、ジョブの定義から評価・報酬・育成までの全体像を押さえておくことが出発点になります。
ジョブ型の制度設計を、全体像から検討する
ジョブ型をうまく運用するには、ジョブの定義や評価・報酬・育成を一貫して設計し、副作用への打ち手まで考えておくことが欠かせません。JOB Scopeでは、ジョブ型人事制度を設計するためのフレームワークをまとめた資料を無料で提供しています。
ジョブ型では、仕事の専門性をもとに人を束ねる要素が強くなります。同じ分野で高い専門性を持つ管理職が、部下に相応の仕事を与え、育て、成長を支えれば、部下はモチベーションを高め、よい仕事をするようになります。
日本企業では、社員を育てるのは人事部や研修部門の仕事だと考えられがちです。しかしジョブ型では、育成を主に担うのは管理職になります。だからこそ、管理職のマネジメント力を高める教育にしっかり投資してほしいと一守教授は言います。
管理職教育の第一歩として一守教授が勧めるのは、部下一人ひとりの「仕事」を見ることです。かつては「部下の人となりを見て、接し方や指導の方法を決めよう」と言われていました。今は「その人がしている仕事を見なさい」と伝えているといいます。
| 部下Aさんの業務の例 | マネジメントの仕方 |
|---|---|
| すでに楽にこなせる業務 | 完全に本人に任せる |
| 新たにチャレンジする業務 | 新入社員のように丁寧に指導する |
「この人はベテランだから放っておく」「まだ若手だから全部手取り足取り教える」といった大雑把な扱いをしない。同じ部下でも、担当する業務ごとにマネジメントの仕方を変える――この視点を身につけることが、管理職教育の第一歩です。
一守教授は、ジョブ型の考え方(フィロソフィー)を念頭に置き、全体の整合性を保ちながら「良い塩梅」でマネジメントすることが必要だと言います。好例として挙げるのがソニーで、欧米のジョブ型企業から見れば日本的な要素が混じったジョブ型に、日本企業から見れば欧米と同じジョブ型に見える、絶妙な運用をしているといいます。
ただし「良い塩梅」は、「日本式ジョブ型雇用」のような中間の第3の選択肢という意味ではありません。日本企業の人がイメージする外資系企業のジョブ型は、一般に思われているほど厳密に運用されているわけではない、というのが一守教授の理解です。
例えば、ジョブ型では「仕事が変わらないと給料が上がらない」と言われます。制度上はそのとおりですが、実際には、優秀な人を引き留めるために、より大きな仕事を用意して担当させ、昇給や昇格につなげることも珍しくありません。それは日本でも海外でも同じです。だからこそ、日本のやり方のよいところを取り入れた「良い塩梅」の運用は十分に可能だといいます。
経営者の中には、ジョブ型を成果主義、あるいは結果主義と誤解している人も少なくありません。しかし、ジョブ型が当たり前の欧米企業でも、行動評価(プロセス評価)は普通に行われています。
| よくある誤解 | 実際 |
|---|---|
| ジョブ型=成果主義(結果だけで評価する) | ジョブ型の欧米企業でも、行動やプロセスの評価を普通に行っている |
| 仕事が変わらない限り、給料は絶対に上がらない | 制度上はそうだが、優秀な人材にはより大きな仕事を用意して昇給・昇格させることも珍しくない |
| 外資系のジョブ型は厳密に運用されている | 一般に思われているほど厳密ではなく、柔軟に運用されている |
ジョブ型が日本に定着するかどうかに最も影響するのは、労働法制だと一守教授は言います。日本にある外資系企業の多くは、米国本社と同じ制度を使っていますが、日本には解雇規制があるため、まったく同じ運用はできません。その「日本的な味付け」をどの程度加えるかによって、各社に合った運用ができます。
今の若い世代は、これまで以上に専門性を高めたいという意識を持っています。そのため一守教授は、大きな方向としては、ジョブ型をベースにしながら、企業ごとに「良い塩梅」の制度設計と運用をしていくのがよいと考えています。一守教授が勤めたNCRは、日本で100年以上事業を続け、社員も文化も日本的で労働組合もありながら、古くからジョブ型が当たり前に定着しているといいます。
一守教授は、人事部門の役割を大きく2つに分けて捉えています。
| アドミン人事 | 戦略パートナー人事 | |
|---|---|---|
| 主な役割 | 各種手続きや給与計算などの業務を確実に行う | 人事のプロとしてのスキルで、事業部門の責任者やマネージャーを支え、ビジネスの成功に貢献する |
| 代表的な機能 | 人事オペレーション | HRBP(HRビジネスパートナー)。CoE(人事制度設計・研修・採用などの専門家チーム)の協力を得て、担当事業の戦略に沿った人事戦略を立案・実行する |
日本でもHRBPが注目されるようになりましたが、一守教授によると、戦略パートナー人事に向けた人事部門のトランスフォーメーションは、世間で言われているほど進んでいません。大手企業でも「まだ途中」というところが多いのが実情です。人事白書2025でも、CHRO(最高人事責任者)を設置している企業は18.1%にとどまっています(HRビジョン『日本の人事部 人事白書2025』)。
ただし一守教授は、誤解してほしくない点があると言います。戦略パートナー人事は、アドミン人事がしっかり運用されていて初めて成り立つものです。両者は入れ替えではなく足し算、比率の問題であり、アドミン人事を安定させたうえで戦略パートナー人事を上乗せしてほしいと語ります(CHROや人事の役割については、小杉俊哉氏の解説記事でも紹介しています)。
最後に一守教授は、中小・中堅企業の経営者と人事責任者に、次のメッセージを送っています。
1つ目は、人的資本経営という名称にとらわれず、人は唯一心を持った資本であることを常に念頭に置いてほしいということです。人をマネジメントするうえで重要なのがAMOです。
| 要素 | 意味 | 経営者が意識すること |
|---|---|---|
| A:Ability(能力) | 仕事に必要な能力 | 社員の能力を高める |
| M:Motivation(モチベーション) | 仕事への意欲 | やる気を引き出す |
| O:Opportunity(機会) | 能力を発揮する機会 | 機会を与える |
社員が高いパフォーマンスを発揮するには、この3つがそろう必要があります。2つ目は、現場の管理職の育成が、人材マネジメントすべての鍵になるということです。
人事責任者や人事部門の人たちには、人的資本経営の登場で人のマネジメントへの注目が高まっている今こそ、人事プロフェッショナルとしての存在価値を高め、企業の成長に貢献するチャンスだと伝えています。
「皆さんには、人的資本経営という言葉をバズワードで終わらせないようにする責任と義務があると思っています。」
――一守教授
大企業でも中小企業でも、大都市でも地方でも、自社の人的資本経営のストーリーを考えて発信してほしい――それが一守教授からのメッセージです。
A. 一守教授は、ジョブ型の副作用をあらかじめ理解して打ち手を考えながら導入し、ジョブ型の考え方を軸に、日本の事情を加味した「良い塩梅」で運用することが重要だとしています。その鍵を握るのが管理職のマネジメント力であり、管理職の教育に投資することを勧めています。
A. 一守教授は、専門性と市場価値が高まることで退職者が増える方向に働くこと、仕事の専門性を軸に部署間の壁(サイロ)ができやすいこと、管理職の力量によって社員の不満が高まりうることを挙げています。
A. 同じではありません。一守教授によると、ジョブ型が当たり前の欧米企業でも行動評価(プロセス評価)は普通に行われています。ジョブ型を成果主義や結果主義と捉えるのは誤解だとしています。
A. ジョブ型では、社員の育成を主に担うのは管理職になります。一守教授は、部下の人となりではなく担当している仕事を見て、楽にこなせる業務は任せ、新たにチャレンジする業務は丁寧に指導するなど、業務ごとにマネジメントの仕方を変えることが管理職教育の第一歩だとしています。
A. アドミン人事は各種手続きや給与計算などを確実に行う役割、戦略パートナー人事は人事のプロとして事業部門を支え、ビジネスの成功に貢献する役割で、HRBPがその要となります。一守教授は、戦略パートナー人事はアドミン人事がしっかり運用されて初めて成り立つため、入れ替えではなく足し算で考えるべきだとしています。
A. 社員が高いパフォーマンスを発揮するために必要な、能力(Ability)、モチベーション(Motivation)、機会(Opportunity)の3つの要素です。一守教授は、社員の能力を高め、やる気を引き出し、機会を与えることを常に意識してほしいと述べています。
ジョブ型も人的資本経営も、導入すること自体が目的ではありません。自社の考え方に合った「良い塩梅」の仕組みをつくり、管理職と人事が人の成長を支えることで、初めて企業の成長につながります。
ジョブ型の制度設計から運用まで、プロと一緒に
ジョブ型を「良い塩梅」で運用するには、自社の考え方に合わせた制度設計と、管理職が使いこなせる運用の仕組みが欠かせません。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援します。
▶ 前編:人的資本経営のストーリーとは?経営戦略から指標まで一貫させる開示の考え方と、中小企業が取り組む意義(内部リンク)
▶ インタビュー全文:これからはすべての企業が、自社の人的資本経営に向けたストーリーを語る必要がある(後編)(JOB Scopeマガジン)