組織の〈重さ〉とは、新規事業の立ち上げや既存製品のリニューアル、撤退といった活動を阻んでしまう、組織の劣化の度合いのことです。大阪大学の渡辺周准教授は、重い組織では根回しなどの内向きの調整に過剰な時間が使われ、業績も振るわない傾向があると語ります。
環境が大きく変わる中、企業は戦略や事業、人材の戦略を変えていく必要があります。誰もがそう認識していても、実際にはなかなか進まない、思った以上に時間がかかる――そんな経験のある経営者や管理職は少なくないでしょう。
本記事では、「企業が変わる」ことをテーマに研究を続ける渡辺准教授へのインタビューをもとに、一橋大学を中心に約20年にわたって行われてきた「組織の〈重さ〉」調査から見えてきたこと、重い組織の負の側面、組織を軽くする方法、組織の重さの測り方、そして年齢構成のいびつさが戦略転換に与える影響について解説します。
この記事でわかること
・組織の〈重さ〉とは何か――調査の概要
・重い組織で起きていること(内向きの調整と業績の低迷)
・組織を軽くする方法①:組織を小さくする
・組織を軽くする方法②:計画を個人まで落とし込む
・年齢構成のいびつさとミドル層の厚みが戦略転換を左右する理由
大阪大学大学院 経済学研究科 准教授(取材時)。2010年一橋大学商学部卒業。2015年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得退学。一橋大学大学院商学研究科特任講師、東京外国語大学世界言語社会教育センター助教、同大学大学院総合国際学研究院講師などを経て、2022年4月より現職。専門は経営戦略論、経営組織論。「企業が変わる」ことをテーマに、新規参入や撤退を促す要因・阻害する要因、組織の〈重さ〉、組織の年齢構成、経営者交代の影響などを研究。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
渡辺准教授の専門は経営戦略論と経営組織論です。戦略の問題を考えるために、組織や人の問題を扱っています。大学院以来取り組んでいるのが「企業が変わる」ことの研究です。戦略を変える、新しいビジネスに参入する、既存のビジネスから撤退する――そうしたときに、何が新規参入を促し、何が撤退を阻むのか。企業が変わることを可能にする能力と、阻む要因を研究しています。
組織の〈重さ〉とは、組織の中で新しい事業を起こす、既存製品をリニューアルする、既存のビジネスから撤退するといった活動を阻害してしまう、組織の劣化度合いのことです。ビジネスパーソンが感じる「なんとなく重たい組織」「軽快な組織」という感覚に、極めて近い考え方です。
| 「組織の〈重さ〉」調査の概要 | 内容 |
|---|---|
| 実施 | 一橋大学の21世紀COE、グローバルCOEの中核的なプロジェクトとして、沼上幹氏(一橋大学名誉教授)を中心に開始 |
| 期間・回数 | 2003年から隔年で7回 |
| 対象 | 日本のさまざまな大企業の事業部(事業部の規模の中央値は200〜400人程度) |
| 測定方法 | 12項目の質問を、各事業部で7人以上が回答 |
出典:渡辺准教授への取材をもとに編集部作成
分析の単位は事業部で、その規模の中央値は200〜400人ほどです。そのため渡辺准教授は、大企業だけでなく、中小企業にも当てはまるところが多いと考えています。
7回の調査を通じて安定して観察された、組織が重いことの負の側面は、次の2つです。
| 重い組織の負の側面 | 内容 |
|---|---|
| ① 調整に時間がかかる | 新規事業、製品リニューアル、撤退のいずれでも、製品コンセプトの検討や市場調査といった市場向けの活動ではなく、社内の根回しや反対しそうな人の説得といった内向きの活動に過剰な時間が使われている |
| ② 成果が振るわない | 利益率や売上の伸びといった客観的な成果でも、よくない傾向がある |
出典:渡辺准教授への取材をもとに編集部作成
ただし渡辺准教授は、根回しや調整そのものが不要だと言っているわけではないと強調します。問題は、内部向けの調整が過剰になっている組織があり、それが実際に問題を引き起こしていることだといいます。
重さを軽減するうえで極めて重要だと分析から見えてきたのは、組織の規模を小さくすることです。データに表れる重い組織の多くが、肥大化した組織になっているからです。
「組織を分けると人を追加で雇う必要があり、コストが上がる」「シナジーが失われる」という反応も多いといいます。例えば「A商品とB商品を同じ工場でつくっているから分けられない」という声に対して、実際に現場を見ると、AとBの生産ラインは完全に独立しているといったことが、生産や研究開発の現場でよく見られるそうです。
中堅・中小企業はすでに小回りが利く組織です。渡辺准教授は、組織が巨大化して重くなりがちな大企業に対し、その弱点を突いていけるのが中堅・中小企業の利点だと言います。
もう一つ、軽い組織と重い組織の違いとして明らかになったのが、計画がよく見られているか、計画が個人まで落とし込まれているかという点です。
| よくあるイメージ | 調査の結果 | |
|---|---|---|
| 計画の役割 | 計画は個人を縛り、その場の状況に応じた対応の足かせになる | 計画が立てられ、個人まで落とし込まれ、皆がそれを見て動いている |
| 組織の重さ | 計画に縛られているほど調整に労力がかかり、重くなる | 計画が個人まで落とし込まれ、達成度と報酬がリンクしているほど、組織は軽い傾向がある |
出典:渡辺准教授への取材をもとに編集部作成
簡単に言えば、事前にきちんと計画を立て、それを皆が見て動いていれば、事後に改めて調整に過剰な労力を割かなくて済むということです。大企業に限らず、中小企業にも有効な示唆だと渡辺准教授は考えています。
計画を個人の目標にまで落とし込み、達成度を評価や処遇とつなげるには、目標設定から評価までを一貫して運用できる仕組みが役立ちます。
計画を個人の目標と評価に落とし込む
組織を軽く保つ鍵の一つは、計画を個人まで落とし込み、その達成度を評価や報酬とつなげることです。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援する人事制度改革プラットフォームです。
組織の重さを正確に測るには、12項目の質問を各事業部の7人以上に答えてもらうという、かなり大がかりな調査が必要です。では、直感で判断できるのでしょうか。
渡辺准教授は、この研究がもともと「組織が重くて自分で何かしようとしても動かない」というビジネスパーソンの実感から始まったため、直感と調査結果はそれほど変わらない可能性はあると言います。一方で、大きな組織では、事業部長は健全だと思っていても、その下のミドルは現場を動かすのに苦労している、ということも起こりえます。
そもそも組織に利害対立や調整がないことはありえず、どの組織にも「重さ」は存在し、どれだけ重いかは相対的な問題です。その相対的な位置は、組織の中にいる人にはわかりにくいため、何らかの客観的な測定が必要になるのです。調査に協力した企業には、結果をフィードバックしていたといいます。
渡辺准教授は現在、学習院大学の鈴木健嗣氏、中央大学の西村陽一郎氏、中京大学の加藤政仁氏と共同で、組織の年齢ピラミッドの研究も進めています。
日本の伝統的な大企業の中には、新卒一括採用と終身雇用を続けながら、景気によって新卒採用数を大きく増減させてきた会社があります。その結果、就職氷河期世代だけが他の年齢層より薄いといった、いびつな年齢構成の会社が存在します。
| 研究で見えてきたこと(暫定) | 内容 |
|---|---|
| 戦略転換を担うのはミドル | 新しい事業への進出や、やり方を大きく変えるとき、中核的な実働部隊となって支えるのはミドル層 |
| ミドルが薄いと戦略を変えられない | 既存のビジネスから撤退し、伸びるビジネスへ進出できず、今の事業を続けるしかなくなる |
出典:渡辺准教授への取材をもとに編集部作成(統計的な分析による暫定的な研究結果)
企業が戦略を転換するには、ミドル層の厚みが重要――これが現時点での暫定的な研究結果であり、他の影響についても研究が続けられています(過去の成功体験から抜け出せない組織については、高田朝子教授の解説記事でも紹介しています)。
A. 組織の中で新しい事業を起こす、既存製品をリニューアルする、既存のビジネスから撤退するといった活動を阻害してしまう、組織の劣化度合いのことです。一橋大学を中心に2003年から隔年で7回、日本の大企業の事業部を対象に調査が行われてきました。
A. 渡辺准教授によると、市場向けの活動ではなく、社内の根回しや説得といった内向きの調整に過剰な時間が使われ、利益率や売上の伸びといった成果でもよくない傾向が見られます。ただし、根回しや調整そのものが不要なのではなく、過剰になっていることが問題だとしています。
A. 渡辺准教授は、組織の規模を小さくすることと、計画を立てて個人まで落とし込み、その達成度と報酬をリンクさせることを挙げています。事前に計画を立てて皆がそれを見て動いていれば、事後の過剰な調整が不要になるためです。
A. 渡辺准教授は、直感と調査結果が大きく違わない可能性はあるとしつつ、大きな組織では立場によって見え方が異なり、重さは相対的な問題でもあるため、何らかの客観的な測定が必要だとしています。研究では12項目の質問を各事業部の7人以上に回答してもらっています。
A. 渡辺准教授らの暫定的な研究結果では、新しい事業への進出など戦略転換を中核で支えるミドル層が薄いと、企業は戦略を変えられず、今の事業を続けるしかなくなる傾向があります。就職氷河期世代が薄い企業などが例として挙げられています。
後編では、人的資本経営が重要な理由と、社員教育への投資が賃金上昇以上に企業の生産性を高めるという研究結果、生成AIの時代に必要な「変わる覚悟」、そして中小企業の経営者が自分の時間を価値ある仕事に集中させるための投資について解説します。
組織の状態を、客観的なデータでつかむ
自分の組織が重いのか軽いのかは、中にいるとわかりにくいものです。立場によって見え方も異なるため、社員の声を客観的に把握することが出発点になります。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」は、生成AIで従業員の属性や組織の特性に合わせた質問を作成し、組織の状態を迅速にきめ細かく可視化します。
▶ 後編:社員教育への投資は割に合うのか?研修で賃金以上に生産性が上がる理由と、生成AI時代の「変わる覚悟」(内部リンク)
▶ インタビュー全文:「変わる」と「変える」をいかに上手くリンケージして経営するかが問われている(前編)(JOB Scopeマガジン)