[JOBSCOPE]教授インタビュー解説

日本企業の利益はなぜ低い?「利潤吸引力」と設計力|岸本太一氏

作成者: JOB Scope編集部|Oct 19, 2026, 4:01:14 AM

 

日本企業の利益が低い本質は、製品の魅力に見合った価格で売り、適正な価格で買うことで利潤を引き寄せる「利潤吸引力」の弱さにあります。東京理科大学大学院の岸本太一氏は、その背後には、戦略やビジネスモデル、組織を「設計」する力の不足があり、座学で設計力と俯瞰力を養うことが、日本企業の潜在力を成果に変える鍵だと語ります。

技術力も現場力もある。新しい技術も生まれている。それなのに、利益や成果に結びつかない――多くの日本企業が抱えるこの悩みには、どのような原因があるのでしょうか。

本記事では、岸本氏へのインタビューをもとに、日本企業の低い生産性の本質である「利潤吸引力」の弱さ、「経営=運営×設計」という考え方、OJT偏重で育ちにくい設計力と俯瞰力、そしてそれを座学で養う方法を解説します。

この記事でわかること

・生産性の差を生む4つの要因と、日本企業が負けているところ

・「利潤吸引力」とは何か、なぜ日本企業は弱いのか

・「経営=運営×設計」――日本企業に足りない設計力

・OJT偏重と現場昇進が、ミドルの「視野狭窄」を招く理由

・座学で設計力と俯瞰力を養う方法

取材協力:岸本 太一 氏

東京理科大学大学院 経営学研究科 技術経営専攻 講師(取材時。2026年4月に准教授へ昇任予定)。2002年一橋大学商学部卒業、2005年同大学院商学研究科修士課程修了、2008年同博士後期課程修了、博士(商学)。一橋大学大学院商学研究科特任講師、東京大学ものづくり経営研究センター特任助教、敬愛大学経済学部准教授などを経て、2014年より東京理科大学大学院。専門は中小企業論、国際経営論、戦略論、組織論、イノベーション・新事業創造など。共編著『中小企業の空洞化適応』(同友館、第39回商工総合研究所中小企業研究奨励賞〈経営部門〉受賞)、共著『サービスイノベーションの海外展開』(東洋経済新報社)、分担執筆『日本型ビジネスモデルの中国展開』(有斐閣)など。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

日本企業の利益が低い本質は「利潤吸引力」の弱さ

岸本氏は、企業の生産性の差を生む要因を、次の4つに分けて考えています。

要因 岸本氏の見方
つくる効率 日本企業が特に劣っているとは感じない。現場では今も節約や改善が活発に行われている
製品の魅力 研究開発が顧客のニーズを十分に考えていないという課題はあるが、アニメやおもてなしなど魅力の高い製品・サービスは多い
販売価格 製品の魅力に見合わない安い価格で売っている
購買価格 原材料やサービスを高い価格で買わされている

出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成

つまり問題は、価格を通じた利潤の分け合いの綱引きで負けていることにあります。岸本氏はこれを「利潤吸引力の弱さ」と呼んでいます。

例えばスマートフォンの量産では、部品や材料、製造装置、加工工程を調整し、量産を軌道に乗せる役割を、日本企業が数多く担っています。しかし、設計が固まると生産は他国に移り、その貢献に見合う対価を受け取る仕組みが十分ではないといいます。

5フォースで見る、利潤が吸い取られる構造

岸本氏が引き合いに出すのが、マイケル・E・ポーターが1979年に発表した5フォース(5つの競争要因)の考え方です。顧客の側に乗り換え先が多く、自社の側に乗り換え先が少ないと、利潤は顧客に吸い取られてしまいます。

利潤を引き寄せるには、業界の構造を踏まえて、事業戦略やビジネスモデルを精緻に設計する必要があります。ところが日本企業は、製品や工程の設計には力を注ぐ一方で、この設計を軽視しがちだと岸本氏は指摘します。

「経営=運営×設計」――日本企業に足りない設計力

岸本氏は、日本企業のイノベーションを生む力は衰えていないものの、それを成果に結びつける力は海外企業に比べて相対的に低いと見ています。その原因が、設計力の不足です。

岸本氏は、経営を「経営=運営×設計」という式で表します。

要素 内容 日本企業の状況
運営 既存の制度や仕組みの中で、日々の業務を回す 得意。特に大企業のミドル層に強みがある
設計 戦略やビジネスモデル、組織構造、評価制度などを設計・再編する 注力も能力も不足しがち。経営陣や企画部門の仕事と考え、自分事として捉えない人が多い

出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成

岸本氏は、ある大手企業の研究開発拠点で戦略研修を行った際、技術者がビジネスモデルをほとんど考えておらず、希少な技術が眠ったままになっている様子を目の当たりにしたといいます。技術を設計するだけでは社会での実装には至らず、研究開発の成果が事業化までにつまずく「死の谷」や、事業化しても市場で生き残れない「ダーウィンの海」で落ちていってしまうのです。

一方、米国企業は設計をしっかりと押さえている印象があると岸本氏は言います。例えば検索サービスでは、利用者からではなく、広告から収益を得るビジネスモデルが組み立てられてきました。

設計力の不足は、技術やビジネスモデルに限りません。組織構造や評価制度といった人事の仕組みを、戦略に合わせて設計・再編することも、経営の「設計」の重要な一部です(日本企業のイノベーションが成果につながりにくい理由については、原田勉教授の解説記事でも紹介しています)。

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座学が養う「設計力」と「俯瞰力」

岸本氏は、経営の座学には大きく2つの意義があると言います。

① 設計力を身につける

OJTでは日々の運営に追われ、制度や戦略の構成要素をなぜ変えるべきかを考える時間がなかなか取れません。建築の設計者が実務に入る前に基礎理論を学ぶように、経営や戦略の設計にも座学が有効です。

岸本氏の大学院で学んだ、創業30年ほどの中小企業の社長は、60歳を前に入学しました。その社長は、「代表者」と「リーダー」としての力は社長業で学べたが、「設計者」としての力は学べなかったと話していたといいます。

② 経営を俯瞰する力を身につける

岸本氏は、海外の経済誌のコラムをもとに、ミドルの失敗は、個々の業務が下手なことよりも、視野が狭いことによる場合が多いと指摘します。例えば、営業出身の課長が、本来必要な組織構造の見直しを放置し、すでにうまく機能しているマーケティングを変えて、かえって悪くしてしまうといったことです。

観点 OJT偏重・現場昇進の場合 座学を併用した場合
学び方 先輩や上司を見て、同じ慣行の中で学ぶ 理論を通じて、経営の全体像と仕組み同士のつながりを学ぶ
視野 同じ慣行の中で育った人の視野が、そのまま強化されやすい 自分の専門以外の機能も含めて、経営を俯瞰できる
設計 日々の運営に追われ、設計を考える時間が取りにくい 戦略や制度の構成要素を、なぜ変えるべきかを考えられる

出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成

OJTにも、現場を思い描く力を育むといった利点があります。しかし、マネジメントの本質は、ジェネラリストとしての俯瞰にあります。岸本氏は、OJTを不要とするのではなく、偏りを解消し、座学を組み合わせるべきだと言います(日本の労働生産性を高める方法については、滝澤美帆教授の解説記事でも紹介しています)。

多様な人と学ぶことで、俯瞰力が身につく

岸本氏が教える東京理科大学大学院の技術経営専攻(MOT)は、学生の平均年齢が約42.5歳と、実務経験の豊富な社会人が学ぶ場です(取材時)。

特徴 内容
多様性 MBAは文系出身で営業、経営企画、銀行、商社などの出身者に偏りがちだが、MOTには理系出身で研究開発や生産部門の人も多く、業界もさまざま。文系出身者も3〜4割ほどいる
ディスカッション 理論を血肉化する議論が中心。「開発の人はそう考えるのか」といった気づきが常にあり、経営を俯瞰して考える力が身につく
設計の演習 修士論文は必須ではないが、1年〜1年半かけて自社や自部門、業界の経営課題を研究する演習が必須。作成した内容を実務で実装するケースもある

出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成

取材時には、より気軽に技術経営を学べるオンラインの入門コースの開講も予定されていました。

日本企業は大きなポテンシャルを秘めている

岸本氏は、日本の経営陣や管理職は能力も技術もあり、愚直に運営を続けてきたと評価します。そのポテンシャルは計り知れないものの、それを生かしきれていないことが問題だというのです。

現場力、技術力、運営力に、俯瞰力と設計力が加われば、日本企業はさらに力を発揮できるはずです。OJTを適切に行ってきたこと自体は高く評価されるべきであり、自信を失わずにいてほしいと岸本氏は呼びかけます。そのうえで、利益や社会への貢献につなげるには従来の延長だけでは難しいため、まずは経営の座学に簡単にでも触れてみることを勧めています。

よくある質問(FAQ)

Q. 日本企業の利益はなぜ低いのですか?

A. 岸本氏は、つくる効率や製品の魅力ではなく、製品の魅力に見合わない安い価格で売り、高い価格で買わされていることに原因があるとしています。価格を通じた利潤の分け合いの綱引きで負けている状態を、「利潤吸引力の弱さ」と呼んでいます。

Q. 利潤吸引力とは何ですか?

A. 価格を通じて利潤を自社に引き寄せる力のことです。岸本氏は、ポーターの5フォースのように、顧客に乗り換え先が多く自社に少ないと利潤が吸い取られるとし、利潤を引き寄せるには業界構造を踏まえて事業戦略やビジネスモデルを精緻に設計する必要があるとしています。

Q. 「経営=運営×設計」とはどういう意味ですか?

A. 経営は、既存の仕組みの中で日々の業務を回す「運営」と、戦略やビジネスモデル、組織構造、評価制度などを設計・再編する「設計」の掛け算だという考え方です。岸本氏は、日本企業は運営に長ける一方、設計への注力と能力が不足していると指摘しています。

Q. なぜOJTだけでは設計力や俯瞰力が育たないのですか?

A. OJTでは日々の運営に追われ、制度や戦略をなぜ変えるべきかを考える時間が取りにくいためです。また、OJT偏重と現場昇進では、同じ慣行の中で育った人の視野がそのまま強化されやすく、ミドルの視野狭窄を招きやすいと岸本氏は指摘しています。

Q. 設計力と俯瞰力はどうすれば身につきますか?

A. 岸本氏は、OJTを不要とするのではなく、座学を組み合わせることを勧めています。経営の理論を学び、多様な経歴の人と議論し、自社の経営課題を研究する演習などを通じて、設計力と経営を俯瞰する力を養えるとしています。

まとめ:運営力に設計力と俯瞰力を加え、潜在力を成果に変える

  • 日本企業の利益が低い本質は、つくる効率ではなく、価格を通じた「利潤吸引力」の弱さ
  • 利潤を引き寄せるには、業界構造を踏まえて戦略やビジネスモデルを精緻に設計する必要がある
  • 経営=運営×設計。日本企業は運営に強いが、戦略や組織、評価制度の設計が弱い
  • OJT偏重と現場昇進は、ミドルの視野狭窄を招きやすい。座学で設計力と俯瞰力を補う
  • 日本企業のポテンシャルは大きい。まずは経営の座学に触れることから始める

前編では理論を「血肉化」する学び方を、中編では日本的経営の強みを見てきました。日本企業に実力がないのではなく、実力を生かす設計が足りない――その視点は、大企業だけでなく、中小企業にも共通する課題です。

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▶ 中編:日本的経営の強みとは?日本企業が失ったのは実力ではなく「自信」、米国の「標準化」と日本の「アレンジ能力」(内部リンク)

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